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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
事実は流言より奇なるもの
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芽生え

 アビーちゃん達の入れ替わり事件からしばらく経ったある日のこと。

 私はすっかり秋めいてきた街を歩きながら新しいロウソク作りのアイデアを得ようと花屋巡りをしていた。


 色とりどりの花を見ながら、ここには並んでいない金木犀を思い浮かべる。最近、街では、金木犀の香りが風に乗ってくるようになっていた。その素敵な香りをロウソクに閉じ込められたら素敵かもしれない。…いや街から漂っているのにロウソクにわざわざする必要はあるのかな?

そんなことを考えつつ、周囲の様子を何気なく目に入れながらお店めぐりを再開する。


「―――――……」

「……―――――」


 聞き覚えのある声がして、そちらに目を向ける。


「……え?」


 そこにいたのは、いつもよりも着飾った服装をしたルイド。そして彼は、店の中へ入って行った――華やかなワンピースを着た少女と共に。


 しばらく立ち尽くしていたが、2人が入って行った店の前に歩みを進めた。そっと店内を覗く。2人は微笑み合いながら、何かを見ていた。

 何を見ているのか、と店の看板を確認すると"パフューム"の文字が。2人が手に取っていたのは香水だったようだ。


 視線を店内に戻すと、楽しそうに笑い合う2人の姿が目に入る。


「―――……っ」


心が痛いような、苦しいような。今までにない感覚が身体をめぐる。ぐるぐると感情が渦巻いていて、動けなかった。

 どれぐらい時間が経ったのか。外からずっと覗いていることに店員が気づいたようで、怪訝な顔で近づいてくるのが視界に入った。そのことに気が付いて、ハッと身体を動かす。

 何も悪いことはしていないが、私は気が付けば駆け足で家に戻ってきていた。


 無我夢中で戻ってきた家。ほっと小さく息を吐いて、ドアを開く。いつも通りの光景が目に入るものだと思っていたら、全く家の雰囲気と馴染まない人が優雅にティータイムをしていた。


「やあ、メリアちゃん。お邪魔させてもらっているよ」


 妖艶に微笑むロッド伯爵。その姿を見て、少し乱れていた呼吸を整えて、私も笑顔を浮かべた。


「ロッド伯爵!!お久しぶりです!!この間は協力していただいてありがとうございました」

「どういたしまして」


 そう言って、美しい所作で紅茶を口に運ぶ。


「今日は何のご用ですか?」

「先日の残りをアル君からいただこうと思ってね」


 そうだった。アビーちゃん達の入れ替わり解決に協力してくれたお礼の残り、解決してからでいいと言っていた分がまだだった。


 あの後、アルが伯爵の提示した条件を飲んだことについて散々揉めたが、結局『お前でも同じことをするだろ?』というアルの一言で納得せざるを得なかった。

 アルの身体が傷つくのは嫌だったが、伯爵が求めるものを差し出さなければアビーちゃん達を助けられなかった。だから仕方がないことだと理解はできたが、それでもしばらく指を痛そうにしていたアルを見ていた分、複雑な気持ちになる。


「サーバン、あれを」

「かしこまりました、ご主人様」


 サーバンさんは、すっと私の前に小さな箱を差し出した。


「これは何ですか?」

「塗り薬だ。これを塗れば治りも早くなるし痛みも和らぐ」


 蓋を開けてみるとクリーム状の薬が入っていた。


「ありがとうございます!」

「いや先日すぐに渡せなくて申し訳なかったね」


 そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべるロッド伯爵。……やっぱり良い人なのかも。いや良いヴァンパイア?


「アル君はまだ寝ているんだろう?起きるまでゆっくり待たせてもらうよ」


 ロッド伯爵は少し間を開けて、カチャリと紅茶カップをソーサーに下す。


「ところでメリアちゃん、何か悩みがあるようだね」


 その言葉に、私は指先に力が入った。


「…悩みなんでしょうか?今あったばかりのことなので自分でもよく分からなくて」

「そう言う時は誰かに話すことで整理できることもある。よかったら聞かせてくれないか?」


 ロッド伯爵はそう言うとサーバンさんに目配せをした。頷いたサーバンさんは美しいカップに紅茶を注ぎ、ロッド伯爵の向かい側の椅子の前に置く。


「ありがとうございます」


 2人にお礼を言いながら促されるように椅子に腰掛ける。それから私は、つい先程の出来事をポツリポツリと話した。


 仲良しの男の子が綺麗な女の子と香水の店で楽しそうに過ごしていたこと。なぜかそれを見て苦しくなってしまったこと。


「なんでなのかよくわからなくて…見た瞬間は頭が真っ白になって、2人が店内で楽しそうにしてるところを見たらこの辺りがこう、ものすごく痛くなって」


 胸を抑えながらそう話すと、ロッド伯爵は何かを堪えるような表情を浮かべた。


「いいねえ、羨ましいなあ……。私は随分とそういったこととは縁遠くなっていてね、なかなかそういう気持ちになることもないんだ。ああ、いいなあ。青春だなあ」

「えっ、えっ、ロッド伯爵、何かわかるんですか?私どうしちゃったんですか?」

「いやあ、こればかりは私の口からは言えないね。私から言うのは野暮ってものだよ」


 そう言うロッド伯爵の後ろでサーバンさんはうんうんと頷いている。


「まあ一つヒントをあげようか。メリアちゃん、その場にいたのが別の人物ならどうだい?たとえば私やアル君が女性と楽しげにしていたら?」

「ロッド伯爵やアルが?」


 2人がそれぞれ女性と楽しそうに会話している姿を想像する。

 ロッド伯爵はすごく絵になりそうだ。美しい女性と香水を選ぶ姿はとても様になっていて見ているこちらもうっとりとしてしまうだろう。

 アルは……野次馬根性を刺激されそう。さすがにその場に突撃なんてことはしないが、後で興奮しながら根掘り葉掘り聞き出す自分が想像できる。



 ……あれ?なんでルイドの時のような気持ちにならないんだろう?



 その時、ドアが開く音がした。


「おはようメリ……ア?!なっ、ロッド伯爵?!」

「やあ、アル君。先日は慌ただしくていただけなかったからね。報酬をいただきに来たよ」


 あくびをしながら現れたアルは、ロッド伯爵に驚きつつもすぐに状況を理解したようだった。


「…先日はありがとうございました。血ですよね?本来なら私から伺わないといけませんでした。申し訳ありません」

「いいんだよ、おかげで良い話も聞けたしね」


 そう言ってロッド伯爵は私にウインクをしてきた。


「良い話ですか?」

「ああ、久しぶりに素晴らしい気持ちを思い出させてもらったよ。メリアちゃん、ぜひその気持ちは大切にして欲しい。その気持ち決して悪いものではないよ」


 悪いものではない。そう言うロッド伯爵の表情は、揶揄するようなものはなく、とても温かなものに見えた。


「……よく考えてみます。ありがとうございます、ロッド伯爵」


 私が感謝を伝えると、ロッド伯爵は嬉しそうに笑った。



※※※



 これからは後日談になる。もやもやを抱えていた私は思い切ってルイドに手紙を出した。

 先日綺麗な女の子と香水店に入っていくのを見たこと、とても楽しそうな様子に声をかけられずその場を去ったこと。


 この手紙を書く時、なぜかすごく緊張してしまった。ルイドに手紙を書くのはもちろん初めてのことではないのに、なぜこんなに緊張したのか。

 私の緊張を感じ取ったのか、ノアは「にゃあ」と鳴いて私の足に身体を擦り付ける。それから、猫らしい身軽な動きで窓から外に出た後、「大丈夫だからね」というように、チラリと私を振り返ってから、手紙を咥えて走っていった。


 返事はすぐに帰ってきた。

 あの少女は貴族の令嬢で、今度売り出そうとしている香水の瓶のデザインや種類、量などの参考にと令嬢間で今流行っている香水についての話を聞いていたらしい。


『完成したらメリアにも贈らせて。きっとメリアにも似合うと思う』


 そんな文言に、自分の顔がほころんだのがわかった。

 

「おい、メリア、お前顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」

「え?嘘…」


 アルに言われて自分の頬に手を当てると確かに熱くなっていた。


 もしかして体調不良だったのかな?

 いやでもこの手紙を読むまでは何とも……。


 訝しげな顔をしたアルは、私が手にしている手紙を覗き込もうとしてくる。


「だめ!!」


 思わず手紙を後ろ手に隠す。なぜかアルにこの手紙を読ませたくなかった。


「なんだよ、気になるだろ。何て書いてあるんだよ」

「え、えーっと……あっそうだ!!この間また探し物したお礼のお菓子まだ残ってるよね?食べよう食べよう!!」

「おい、誤魔化せてないぞ」


 アルを無視してお菓子の準備をする。


 まだまだ芽生え始めたばかりの感情。だが確かに育っている今まで感じたことのない胸の高鳴りの理由に、答えを出せる日はそんなに遠くないのかもしれない。


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