15. L1-BJ
L1-1の内部を一通り見学した。
樹から聞いたとおり、公園はなんとも心安まらない無機質な感じだ。一応、大型観葉植物の鉢植えが並んでいるが、それだけではな。植物も心なしか元気がないように見える。
コロ開から正式にL1-1運営に申し入れて森の内部に入る許可を得た。
狭い。森ってもっと大きなものだろう。
うん。すごく不健康だ。木々は元気がない。足下の人工土壌がなんとも清潔だ。草なんて全く生えていない。もちろん昆虫も居ない。
驚いたことに苔やカビの類いも見えない。彼らを排除することは凄く難しいはずだが、見事に除菌したようだ。
水は地下から供給しているそうだ。常に適度に人工土壌が湿っている。
風はない。気温は人間に快適な25℃で安定している。空調のせいだろうか。室内に居るような空気だ。いや、温室かな。とにかく森とは思えない。建屋のない巨大温室みたいだ。
ざっと見学した気づき、感想をまとめてコロ開と白丸先生にレポートを送る。
次はL1-BJの建設現場の視察だ。小型の連絡船で行く。
コロ開スタッフによって既にフライト計画はエリア運用に承認されている。コロニーのポートはいつもフル稼働だから時間厳守が求められる。俺たちは余裕を持って準備した。
また例の乗り物に乗って無重力エリアに移動する。1Gから0Gに移動するときは休憩なしで一気に行けるんだな。
今回は視察のみなので、乗客は俺の他、案内役のおじさんと、ここの偉い人3人の計5人。そして乗員が連絡船操縦士2名で計7名だ。
L1-BJはL1-1から50kmほど離れたところにある。L1には建設中のものを含めて6基のコロニーがあるが、L1-1を中心にして他の4基が同じ軌道で円を描いて公転してるんだ。そうすると全体でバランスが取れて安定するんだ。まだ、建設中の2基の質量が足りないんで、等間隔ではなく、上手く調整しているそうだ。
ただし、L1-Cだけは1,000kmほど離れたところに独立している。あそこからこっちを支配しようと狙っているんだろうか。
移動はスムースで、あっという間にL1-BJまで2,000mほどまで接近した。強いロケット噴射は1回だけ、短距離なのでそんなに強いGは感じなかった。後は姿勢制御の小さい噴射が数回あっただけだ。
まず、外側を見て回る。L1-1の外側はモニターでしか見ていない。さっき、連絡船で出発するときにちらっと見えた程度だ。建設中とは言え、こうして肉眼で見ると壮観だ。
肉眼と言っても、太陽光が当たる部分は反射光が強すぎるのでバイザー越しだがな。そのせいかな? 見ようによっては模型のようにも見えるから不思議だ。
コロニーの表面、所々で無人重機や搬送ロボットが動いているが、L1-BJの円筒形はほぼほぼできている。
上部は既に完成している。連絡用ポートがあって、資材搬入や人員の乗り込みに使われている。現在は、内部と底の部分を作っているところだ。自転を始めると重力が発生してしまうので、資材の運搬に余計なエネルギーが必要だ。だからまだ自転していないんだな。
今回の視察ではL1-BJには降りない。まだ円筒形の底の部分が塞がれていないからだ。作業と休憩のための機密区画はあるが、大半が真空なので宇宙服が必要だ。その上まだ自転を開始していないので、内部は完全無重力だ。
そんなわけで、俺は宇宙遊泳の資格を持っていないので連絡船から出られないんだ。
逆に言うと、まだ閉じられていないし、重力も発生していないから、連絡船に乗ったまま内部に入って見学できるんだ。もうしばらくすると底の部分を塞いで自転を開始するんで、今が連絡船に乗ったまま全部を見られる最後のチャンスらしい。
連絡船は円筒形の底の方に回り込んだ。BJ内部が丸見えだ。と言っても影が多くて肉眼ではあまりよく見えない。影の濃さは半端ない。漆黒の闇だ。バイザーを外しても何も見えない。
連絡船がゆっくりと円筒形内部に入っていく。上も下も横もすべて金属でできた筒の中だ。俺の長い人生でも初体験の異様な風景だ。
「あの凹んで見えるところが人工林の場所ですよ」
おじさんが指さす方を見ると、なるほど。円筒形内壁に、円周方向に帯状の凹みが見える。上へ、下へ続いている。天窓にも反対側の窓にも見える。直径がおよそ1kmだから、円周は3kmちょっとだ。凹みの幅は1km。面積にすると3平方kmだ。
BJスペース建設を見学したときは5平方kmは欲しい、と言ったが、やっぱり無理だった。ま、事前に聞いてはいたがな。
凹みの場所は円筒形の高さ方向で言うと底に近い。これも事前に聞いている。何しろ建設が始まってからの設計変更だからな。変えられるところは最後に手を着ける場所しかない。頭から作っているから底の方になっちゃった、ってわけだ。
本当は円周方向ではなく、高さ方向に作りたかったんだよね。円周方向だと、木が伸びたときに上の方の密度が高くなってしまう。でも、それが問題になるほど成長させないから、結局問題ないんだけどね。
高さ方向に作った方が、コロニー内の多くの場所から緑が見えるんで精神的に良いだろうって直感的に思うんだ。底の方だと円筒形の頭の方に居る人にはあまりよく見えない。きっと都会のビルから遠くの公園を見るような感じだろう。無いより良いか。
林になる帯状の凹み部分にも円い窓が所々にある。採光用だ。LED照明ではなく、太陽光を使うことにした。ただし、直接太陽光を取り入れると地上と違って強すぎる。だいたい地上と同じぐらいの色と明るさになるようにフィルターで抑える。さらに、曇りを演出できるようにフィルターを調整できるようにもしている。
それと、樹木の下から光が当たるとおかしなことになるので、窓周辺には光が当たらず、円筒内の向かい側に日が当たるように形状とレンズが工夫されている。さらに、窓付近は樹木を植えずに小さな草原にする。
散水設備は閉塞空間林野研究設備と同じだ。連絡船はあまり近寄ってくれないからモニターで拡大して見ると、針のようなものが突き出しているのが見える。ここから散水するんだな。
一方で、閉塞空間林野研究設備とは違って送風設備が見当たらない。これも事前に資料を見ているが、今作っている円筒の底の部分に作られる予定だ。風の向きは多少変えられるが、概ね底から頭に向かって一方通行になる。
自然界でも地形によってはそういうこともあるんで、閉塞空間林野研究設備でも同じような条件で実験している。もちろん、俺のシミュレーションも最近は一方通行でやっている。あんまり結果が良くないんで、小型送風機の追加とかを検討中だ。
人工林の中には築山と池と小川を作る予定だ。数メートルのアップダウンを作ってメリハリを出す。散策路と所々に東屋なんかも作る。そして、人工林を囲むようにカフェ、ホテル、コテージ、日本風の旅館なんかが複数建設されることになっている。ホテルと人工林の境界線にはイングリッシュガーデンを、旅館と人工林の間には日本庭園をシームレスに造る。旅館には露天風呂も作るらしい。
白丸先生の指摘で計画が変更されたんだ。地球からわざわざ宇宙の人工林を見に来ようという人は居ないだろうが、近隣のコロニー滞在者達は喜んでくるだろう。彼らは全員高給取りだからな。こんなところで建設資金が回収できるとは、日B政府も大喜びだ。既に運営業者も入札が終わっているという。
そういうわけで、これから作る底部分のポートは主に観光客用になる。もちろん、建設中は人工土壌の材料や腐葉土、樹木などの搬入に使うし、ホテルや旅館の建設資材搬入にも使われるぞ。
コロニーの建設自体は順調だ。例によって業者の不正だの、汚職だの事件はあるものの、建設自体はスケジュール通り進んでいる。L1-1、2の建設に参加していた経験が上手く活かされているようだ。
5年以内に底が塞がり、空気が満たされ、自転して重力が発生する。空気を満たして温度と湿度を安定させるだけでも長い時間が必要だ。重力が発生してから人工土壌の製造を始める。
植林開始まであと5年掛かるというのは長そうに思えたが、工程を考えるとずいぶん早いと思う。
「こっちは畑になります」
おじさんの指さす方に1平方kmぐらいの四角い凹みが見える。資料では見ていた。農場だ。全部で3カ所あった。小麦、芋、野菜などを作る予定だ。人工林より浅くて、凹みの深さは1mぐらいだ。
こちらにも俺の研究が流用されていると聞いている。つまり、人工土壌だけでなく、腐葉土や有機肥料を混ぜている。水のやり方も同じだ。風は人工林の方からコロニー全体に吹き付ける。地上と同じように収穫できると良いな。
L1-1、L1-BJの見学を終えた俺は帰路についた。スペースバスに乗って地球に向かう。
やっぱりここでも推進力に遠心力を使う。コロニーの発進用ポートの先端にワイヤーが装備されていて、外側に向かって伸びている。ワイヤーにはキャリアーが着いていてワイヤーに沿って自由に移動できるようになっている。スペースバスはこのキャリアーに接続してワイヤーの外側に運んでもらう。そして、タイミングを見計らってポイと投げてもらうと地球まで飛んでいけるというわけだ。
ただし、宇宙エレベーターに比べるとこのワイヤーは全然短い。コロニーの自転で産まれる遠心力も小さい。そこで、このワイヤーはコロニーの自転よりも早く回している。回転速度を調整すると電力がもったいないので、常に高速回転だ。空気抵抗がなくて慣性があるからな。メカニカルな摩擦のロス分だけエネルギーを補給してやれば永遠に回り続けてくれる。
スペースバスは、ポートの設備で徐々に回転させられ、ワイヤーに回転速度を合わせてから接続してワイヤーの隅まで移動する。回転を合わせるとき、乗員にはGが掛かる。そして、外を見ると目が回る。そのため、例によって個室に入ってモニターを見ながら出発を待つんだ。
乗船してから出発するまで2時間。宇宙って何やるにも時間が掛かるんだよな。
ワイヤーから離れるとロケット噴射だ。これは今までで一番強く、長くGを感じた。
いろいろ工夫はされているが、それでも往路に比べると速度が遅い。復路は10日かかる。
ほんと、宇宙旅行は忍耐がいるよ。瞑想でもしていればすぐ着きそうだが、なんか最近瞑想できない。弓道も下手になった。そうだ! この復路で瞑想の練習をしよう。
瞑想ばかりしていられない。仕事もしなければな。コロニー見学のレポートをまとめ、シミュレーションプランの再点検を行うことにした。宇宙というもの、コロニーというものを体験したことでいくつかの問題点も見つかった。
特に、樹木の運搬は難しいぞ。枯らすことを前提に、今すぐ運搬の予行演習をやっておいた方が良いな。企画書も書かなきゃ。また忙しくなっちゃったな。
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紗綾香「無事に初めての宇宙旅行ができましたね」
留浦1「うん。羨ましいな。私も肉体のある状態で体験したかったな」
留浦2「俺なら瞑想できるからあまり苦痛を感じなかっただろうな」
光2「あたしも3代目の光も孝と一緒だったら苦痛なんか感じないのにね。3代目光がかわいそうだわ」
紗綾香「この次の宇宙旅行は一緒だから大丈夫ですよ」
「「「え! 次があるのか」」」




