2. 事実
「良い景色だな。空気も美味いし澄んでる。周りに建物も少ないし電気的、機械的ノイズも少なそうだ。電波望遠鏡を置くには最適だな」
「ああ、だがもうずいぶん前に役目を終えてしまったようだがな」
河内を連れて国立天文台野辺山宇宙電波観測所に来た。昨夜は宇宙の話で盛り上がったからな。その延長だ。
お盆だし、天気が良いから見学者が多い。ざっと見学した後、人混みを避けて隣の公園から観測所を眺めながら話をしていた。
「実は留浦に話があって来たんだがな…」
「ただの観光じゃないのか。で、歯切れが悪いな。何の話だ?」
「うん、お前の家族幸せそうだな」
「ああ。お陰さんで上手くいってるよ」
「……」
「何だよ。何が言いたい?」
河内は少し考えていたが、意を決したのか話し始めた。
「俺は新生制度に違和感を覚えて調べていたんだ。新生した人の中に、ちょと気になる人が居てな。その人の前世とかを調べていたらとんでもないことが解った」
「どんなことだ?」
「しかもだ。その人の過去を調べた後、現在を調べていたら、お前にたどり着いたんだよ」
「はぁ? 意味がわからん。順序立てて話してくれ」
「ああ。その気になった人というのが、お前の奥さんなんだ」
「光か!?」
「あれは新生前のセミナーで、新生体験者との懇談の時だった。ある人が新生者に質問したんだよ。『自分が生まれ変わる前と確かに同一人物であるという自覚はあるか?』ってね。そしたら、体験者の一人がパニックになっちゃってさ」
うーん。聞いたことがある話だ。っていうか、体験した話だ。
「お前、あのとき、あそこに居たのか?」
「え!? …… 留浦も同じセミナーに出てたのか?」
「パニックを起こしたのは確かに光だ。そして質問したのは俺だ」
「え! そ、そうだったのか…」
しばし2人で絶句する。
「そういえば、あの時質問した人、今のお前によく似てたな。新生直後は解らんかったけど」
「悪かったな。老けて。って、30年以上、いやもう40年近く前のことだろ。ほんとに顔覚えてるのか?」
「うーん…… 覚えてない」
冗談を交わせるだけ気を取り直せた。
「で、光の過去を調べたのか?」
「ああ。悪いが商売柄な。で、お前は奥さんの前世についてどこまで知ってるんだ?」
「……」
「何も知らないのか?」
「ああ、聞いてない。なんだか聞いちゃいけないような気がしてな。いつか光から話してくれると思ってる」
「そうか。じゃ、俺は話さない方が良いな」
「いや、待て。そう言われたら気になるじゃないか」
俺はしばらく心を無にした。弓道は今も続けている。瞑想もしている。心を落ち着かせることはできる。
………
よし、落ち着いた。
「話してくれ」
「良いんだな?」
「ああ、俺は光の夫だ。真実を知る権利がある」
夫婦の間にもプライベートはあるがな。今、そこはあえて無視だ。
「解った」
河内はゆっくり話し始めた。
「原光さんは俺たちが55歳の時に新生している。あの懇談会の前年だ。
光さんの前世の戸籍を調べた。あの懇談会から逆算して、光さんは年齢的には矛盾ななかった。だがな、驚くなよ。事故で亡くなっていたんだ。ニューロンパターンをスキャンする前に」
「何だと!」
なぜ人は驚かせたいときに驚くなと言うのだろうか。驚かないわけがないだろう。
「じゃ、光の前世の記憶は誰のものなんだ?」
「ああ、それだよ。それを調べたんだ。
原光さんは58歳の時にDNAを採取して新しい体の培養を始めている。前世の写真も見たが、今の光さんにそっくりだった。つまり、お前の奥さんはDNA的には間違いなく原光さんだ」
「それで?」
「問題はニューロンパターンだ。新生して1年後の光さんに俺たちは会った。ニューロンパターンをコピーしていないとしたら、幼児程度の知能のはずなのに、ちゃんと会話していた。しかも大学受験すると言っていた。明らかに、本来の原光さんとは別のニューロンパターンがコピーされている」
「そうなるな」
「そうなると、一体どこから、誰のニューロンパターンを持ってきたのか。何のために。それを調べた」
「うん」
「闇のプロジェクトがあった。ガードが堅くてな。8年かかったよ。で、動機は単純だった。金と人口問題だよ。せっかく培養した体を捨てるのは勿体ない。かけた金も勿体ないし、人口が一人減るのも勿体ない。だから、なんとか新生させたいと思ったんだな。新生庁とか学者とかが。上手くいけばその後に発生する似たようなケースにも適用できるかも知れないしな。それで以前から闇プロジェクトが活動していたんだ」
「まあ、その動機に矛盾はないな。日本は諸外国に負けず劣らず出生率が低下している。放置していると国がなくなるからな」
「その通りだ。だが、生きてる人間のニューロンパターンをコピーしたら、同じ記憶を持った人間が2人存在することになる。そうなると、いろいろ問題が起こることが予想される。ドッペルゲンガー現象みたいなもんだ。だから、そう簡単にはコピー元のニューロンパターンを用意できない」
「ああ、そうだな」
「そこで、既に亡くなっている人のニューロンパターンを使うことになったんだ」
「そんなものが都合良く存在したのか?」
「ああ、あった。新生技術確立のために多くの人のニューロンパターンがスキャンされたが、その被験者の中で死亡していた人が居た。しかも女性だ。既に体は培養されているから、性別が一致していないとまずいからな」
「それで?」
「そのニューロンパターンを提供したのは、お前が前世で勤めていた大学の川野教授だ」
「川野だと!」
=====
「川野だって!」
「夫さん、割り込んじゃダメですよ」
「いや、しかし…… ウーン。と、とりあえず引っ込むか」
=====
「よく知っているだろ?」
「ああ、俺がこの世で一番嫌いな奴だ」
「そうなのか。川野教授はもうこの世の人ではないよ。新生せずに去年亡くなった。94歳だったよ」
「憎まれっ子世にはばかる、って言うからな…… そうか! 川野はAIとニューロンパターンの研究をしていたな。研究室のメンバーでもスキャンしたのか?」
「ああ、ご推察通りだ。その研究室メンバーで、亡くなった女性、心当たりないか?」
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「妻さん!!!」
「夫さん、落ち着いてください。ここは穏やかな5次元空間ですよ。異世界の四次元空間の人達に水を差しちゃダメです」
「それはそうだが、聞いてないぞ!」
「ええ、楽しみにとっておきました」
「妻さん!!!!!!」
=====
「心当たり…… あるぞ。紗綾香か?」
「そうだ。お前の前世の妻の紗綾香さんだ。新生制度が始まったばかりの頃、32歳の時にスキャンしてる」
「その頃はまだ付き合ってもいなかった。面識はあったがな」
「そうか。川野教授は32歳の紗綾香さんのニューロンパターンを原光さんの新しい体にコピーすることを提案した。だが、闇プロジェクト内で指摘があった。新生者は皆68歳までの記憶を持っている。32歳の記憶では足りなすぎる。それに制度上、新生した後、紗綾香さんとして生きられるのはまずい。光さんとして生きてもらわなければならないとね」
「その指摘はもっともだな。容姿が光で記憶が紗綾香では、前世を知っている人に疑問視される」
「そこで川野教授は紗綾香さんのニューロンパターンをAIを使って加工したんだ。光さんの個人情報をすり込んだ」
「すり込むって、前の光さん当人の記憶じゃないんだろ?」
「そうだ。当局が入手した資料をAIが主観的に加工したものだ。素人にも解るが、上手くいくわけがない。それなのにプロジェクトは強行した。それがあの時のパニックの原因だ。過去を思い出そうとすると錯乱してしまう」
「……」
「で、その後、闇プロジェクトが光さんのメンタルのケアをして、川野教授が光さんに真実を話して納得してもらったんだ。
もともと紗綾香さんは聡明な人だったんだろ? そんな状況でも自殺しようなんて考えずに、現実を受け入れて新しい原光として生きることにしたらしい。その決断まで10年ぐらいかかったそうだが。
実際、新生後の経歴を見たら凄いじゃないか。成功者だ。お前の何倍も稼いでるんだろう?」
「稼ぎの話は余計だ。しかし、よく解ったな。そんなことまで」
「川野教授に直接聞いたんだ。2回取材した。1回目は役所の公式発表みたいな内容だったがな、2回目に俺がお前と友人だと話したら、全部教えてくれたよ。葬儀にも行った。なんだかすっきりしたような顔だったな」
「そうか…… で、この話を公開するのか?」
「はじめは商売として調べていた。当然公開するつもりだった。だが、お前にたどり着いてからずっと迷ってたよ。で、会いに来たって訳だ」
「それで」
「お前も光さんも樹君も、揃って幸せそうな顔してるからな…… 10年以上追っかけてきたネタなのに。参ったな」
「済まん…… ありがとう」
「ああ、良いんだ。お前に会う前から公表できないだろうなって思ってた。決心するためにお前に会いに来たんだよ。
それに、結局な、川野教授の研究は没になったんだ。光さんという成功例は有るが、リスクが高すぎる。それよりも、俺たちの体を培養しているときに制度が変わっただろ。培養中に何度もスキャンを繰り返して、いつ死んでも最後のスキャンから新生させるって方が単純だし、当人も世間も納得するからな。光さんの他には不自然に新生した人はいないようだし。だから良いんだ。この件は。
明日から俺は他の問題点を指摘していくよ」
「他の問題点?」
「ああ、もともと新生制度は年金制度立て直しから出てきたものだ。新生は1人1回限りだった。ところがこの前の制度改正で何度でも新生OKに規制緩和された。その上、最近は他の制度とも繋がった。労災保険だよ」
「あ、それなら一昨年スキャンしたぞ。今年もスキャンするんだ」
「そうだろ。公務員とか会社員とか、労災保険加入者はニューロンパターンの定期的なスキャンが義務付けられた。事故で死んだはずの人間が8年後に18歳で蘇るんだ。遺族に保険金を払い続けるよりは新生さてまた働かせた方が良いっていうんだ。おかしいだろ?」
「そ、そうだな。既に1回新生しているから、抵抗感がなかったが、そう言われるとおかしい気もするな」
「しかもだ。どうやら死んだ人間だけじゃなく、労災で重度の障害を負った人間も安楽死させて新生させようとしているようだ。人口減少も止まらないからって、それはもう犯罪だろ?」
「確かにな。制度が暴走してるな」
「ああ、俺はそれを止める!」
=====
「川野の奴、いけ好かない奴だとは思っていたが、まさかマッドサイエンティストだったとは…… で、奴はどこにいるんだ? こっちに、五次元空間に来ているのだろう? なぜ意識を合わせない?」
「初代夫さんの魂が穏やかになるのを待っているのですよ。それに、川野先生は初代夫さんの生前にいろいろ便宜を図ってくださっていますよ。初代夫さんが大学に残れたのは、学長になった川野先生が強く推してくださったからです。そんなに怒らないでください」
「うーん。そんな噂も有ったが、本当だとは思わなかった。それに、奴が学長になったのは、そのマッド研究の対価なんじゃないのか?」
「まあ、確かにそういう一面も有りますけど、川野先生の実力だけでも十分でしたよ」
「納得できん。納得できんが、奴のことはまた後で追求するとして。妻さん、酷いじゃないか。こんな重大なことを秘密にしておくなんて」
「光さんが良い子だって、何度も言ったでしょ。感づいてくださいよ。それに、秘密がないと話が盛り上がらないじゃありませんか」
「盛り上がりって、エンタメじゃないんだから」
「いえ、エンタメですよ。知らなかったんですか?」
「……」
「それよりも、4次元空間の皆さんに補足です。培養技術が進歩して、培養期間が10年から8年に短縮されています。それに伴って、制度の案内開始は57歳に、DNA採取と培養開始が60歳に、2年先送りになっています。覚えておいてくださいね」




