冒険者ギルドにて その1
「れ、レベル0っ……!? え、なにこれ、俺よわくねっ!?」
レベル測定を行う魔具から吐き出された冒険者カード。
そこに表記された数値を見て、俺は思わず声を上げていた。
神様どういうこと、俺無敵の英雄じゃないのかっ!?
――なんて、そんなことは願ってなかったから別に強くなくてもいいんだけど。
レベル0はさすがに、いくらなんでも酷いのではないか?
「同レベル以上の生物を殺した場合、その魂とも生命力とも呼ばれる力の一部を吸収できるのですが……」
これまで笑顔を絶やさなかった緑髪の受付嬢が、神妙な面持ちで説明をしてくれる。
「生まれてから生き物を殺したことがない方ですと、レベルが0ということもあるかもしれません」
「つまり、経験値が0ってこと?」
「はい。見るのも聞くのも初めてですが、おそらくはそういうことではないかと」
ということは、前の世界の経験は引き継がれていないってことか。
いや、世界のシステム自体が違うせいかもしれない。
魂を吸収――なんてシステムが元の世界にあったとは思えないからだ。
「昆虫や小動物を殺せばレベルが上がるかもしれませんね」
「なるほど……」
試してみる、と言いたいが――それだけのために殺すのもなー。
殺生は衣食住のためでなければ。
「釣りでもしてみるかな……あ、レベル0ってのはともかくとして、レベルが上がると強くなるんですよね?」
「レベルとは魂の格。強化されると肉体にも影響が現れます」
「ほほう。それはどの程度の割合で? レベル1から2になったら倍強くなる、ってことはさすがにないでしょうけど」
「レベル1の能力を基準値として、1割程度の向上だと言われています。レベル0が存在していたことを考慮するなら、レベル0を基準値として、その1割とするのが正しいのかもしれませんが」
「なるほど……つまり、レベル10まで上げると、元の倍強くなるってことでしょうか」
「ええ、能力的にはそうなります。しかし、レベルはあくまで格。存在の強さを意味した数値に過ぎません」
「というと?」
「個人個人の才能や種族による基準値の差異もありますし、武器や魔法やスキルの使用などを考慮しますと、戦闘能力の評価としてレベルは絶対ではないのです」
「レベル1が20に勝ったりすることも?」
「大いにあり得るでしょう」
頷くと、受付嬢は机の下から左手を出した。ナイフを握った手を。
「これは何の変哲もないナイフですが、これで貫けない生身の人間は存在しません。レベル50であっても、後ろから頸動脈を斬られれば終わりです」
キラリと妖しく光る受付嬢の黄色い瞳。
こ、怖いんですけど。呪われてない? その普通のナイフ。
いや、冒険者に荒くれ者が多いなら、自衛手段を隠し持っているのは自然な話ではあるけども……。
「高レベルの方が相手だと上級の防具や魔法によって防がれることもあるでしょうが――」
ナイフをしまい、居住まいを正す受付嬢。
「よほど強力な武具や魔法を用いない限り、対人戦闘は技術戦です」
「対人戦闘でレベルはあまりあてにならんと……」
「その通りです。もちろん、レベルが高いに越したことはありませんが――」
「そりゃ、レベルアップの能力向上は馬鹿にならないでしょうしね」
ベンチプレスで基準が50キロなら、1レベルで5キロ。10レベルで50キロだ。
力イコール強さではないにしても、50キロと100キロなら、腕力差だけできついのは明白。
――同じ筋肉量で倍の力の差があるのだとしたら、特に。
ただ、受付嬢は技術という言葉を口にしている。
たぶんだが、技術はレベルアップでは上がらないのだろう。
加えてベンチプレスで腕力を鍛えた場合、レベルアップにどう影響していくのか――。
「レベルは魔物と戦うときの指標として下さい。それもあくまで参考程度に留め、レベルで全てを判断することなきようお願いします」
それはレベルで全てを判断する人間がいるってことか?
レベル至上主義的な。低レベルは黙ってろとか。このレベルなら大丈夫だろうとか。
「レベルの更新はランクの更新時に行います。また、あちらの魔具をお使いになり、自分の好きなタイミングで測定を行うことも可能です」
示されたのはギルドの入り口近くにある魔具だった。
ちょうどギルドに入ってきたパーティーがそれを順に使っているのが見える。
「次に、レベルの数値が書かれた色が最も相性のいい属性となるのですが……」
「俺は黒か、なんか厨二っぽいっ! もしかして、闇とかですか?」
「いえ……闇は黒は黒でも揺らめいているといいますか。こういうベタ塗りの黒は相性のいい属性がないということでして」
「なんですとっ! 無属性とか、全属性とか、そんなんでもないんですかっ!?」
「最も相性のいい――なので、表記される属性は基本的にひとつです。無属性というのは正しいのですが……あえてメリットを探すとすれば、どの属性とも反発しないという点でしょうか」
「火は水と相性が悪いとか、そういう意味で?」
「はい、例えば火属性と相性が良い方は、攻撃・補助に限らず水属性の魔法の効果を減少させます。相克という現象ですね」
ふむ。でもそれはプラマイゼロではないだろうか?
「……ちなみに、相性のいい火属性の魔法の場合は?」
「いえ、その……」
「はっきりとっ! 俺は真実が知りたいっ!」
「自分が使う攻撃・補助魔法の効果を高め、相手が使う攻撃魔法の効果を軽減します」
相性のいい属性についてはメリットしかないらしい。
おそらく、相手にぶっぱされた火属性の攻撃魔法の軽減率は『火属性高相性>水属性の高相性』だと思われる。
「それはさておき、無属性の方には相克が起きません。魔法の効果は常に一定! なのです」
強調していただけたが、ほんの微細なメリットしかないわけだ。
O型は他の血液型から輸血受けられないけど、他の血液型に輸血できる的な感じに。
「デメリットは……?」
「デメリットと言いますか……無属性の方は単純に、魔法の才能がない方が多いので……」
「やっぱりそうなのか……おうふ」
剣と魔法の世界で魔法が使えないって、飛べない鳥みたいなもんだよなぁ……。
「魔法使えないって、冒険者として――致命的だったりする?」
「戦士系は魔法を使わない方も多いですよ。魔力を持ち得ない種族もありますし……」
「魔力がない種族は身体能力が高いとか、それを補う特別なスキルを持っているとか、そういうことですよね? ――わかります」
「い、いえ……その……申し訳ありません……」
「あ、いやいや。気にしてるわけじゃないというか、まあ冗談なんで。えっと、筋力とか体力とか、このあたりの項目が空白なのはどうしてですか?」
「それは、これから測定していただく項目ですので。測定は強制ではありませんが、自分の能力を知るためにも登録時の測定は推奨しています。どうしますか?」
「もちろんやりますともっ!」
どこかにあるはずのチート臭さを見つけてやる。
いや……たぶん体力の項目だと思うんだけどさ。
「了解しました。ええと、お連れの方も登録されるのですよね?」
と、リーンを見る受付嬢の顔は、少し赤らんでいた。百合か?
「ええ、お願いします」
「では必要事項に記入を」
と言って書かされる用紙だが、必須事項は名前だけらしい。
リーンは性別こそ女に丸を付けたが、年齢・種族・出身などなどは空白で提出した。
冒険者カードの発行手数料を支払うと、受付は手元の装置を使って新品まっさらの冒険者カードにリーンの名前を記載した。
カードは金属製。その一部に外部刺激で形状を変化させる魔法金属が使われているらしい。
それを外部装置を用いて整形することで、文字を表記する仕組みだ。
なので自動更新されたりはしない。残念。
「こちらにお手を……」
さっきの俺と同じように、リーンがレベルと属性の測定器に触れた。
数十秒後、出てきたカードのレベルは1。ずっと天界にいたのだからこれは当然か。
そして、表記の文字色は透明だった。
「こ、これは……全属性ですね」
「なんにぃぃぃっ!? 全属性に適性っ!? ず、ずるいぞおいっ!?」
「お静かに」
「そうですよ、アカシ様。さきほどからテンションがおかしいです」
「日本の青少年のロマンを体験してるんだから仕方ないだろっ」
「え、えーと……?」
「気にされないで下さい」
「そうそう、田舎者ってコトで勘弁してもらえると……」
頭を下げると、受付嬢は咳払いを一つ。
「正しくは、全属性に等しい適性があるということです。非常に珍しいケースですが」
「デメリットは? デメリットはないんですか?」
「お仲間のデメリットを先に尋ねるのはいかがなものかと思いますが……特にはないでしょう」
「そんなっ」
「属性の相克については、相殺されるので無属性の方と同じです」
属性の相性による減衰はないということだ。実態はだいぶ異なるが。
「全ての魔法を高い効果で扱える点、全ての属性に耐性を持っている点がメリットでしょう。もちろん、等しく相性が高いのか低いのかは要判断ですが」
ということは、低い可能性もあるのか……ま、期待薄だけどな。
「それでは、他の項目の測定を行いますので、こちらへどうぞ」
* * *
案内された部屋には――怪しげな器具が満載だった。
パンチングマシーンっぽいものに、ランニングマシーンっぽいもの。
屋台の型抜きっぽいものに肺活量を計るっぽいもの。
どこかの霊能師範の修業場を彷彿とさせる。
「各装置は能力値をおおよその値で測るものです。手を抜けば、数値は正確に出ないのでお気をつけ下さい」
「体力テストみたいなもんか……って、アナログすぎるだろ!」
びしぃっと空中に突っ込みを入れる。
「魔法で調べるとか、魔力を込めると数値が出るとか、そういうんじゃないんですかっ!? っていうか、レベルはそうやって調べましたよねっ!?」
「レベルと属性の測定については、冒険者ギルドの基本的な業務なのでどこの支部にも用意されているのですが……この手の魔具は、なにぶん高いので。王都などの大都市にあるギルドにしかないのです」
「そうなんですか……」
「ですが、ここにある昔ながらの各種測定器も先人の知恵と経験により作られたものですので、8段階のランクは正確に測れますよ」
ということで測定した俺の能力値は。
筋力:D 体力:S 敏捷:D 集中:B 魔力:G(0) 運気:
こんな感じだった。
そして、ここで測った項目がレベルアップによって上昇する能力値だと思うのだが……。
「――かはっ! やっぱり魔力ゼロだしっ」
「レベルが0なので、可能性はあるように思いますが……」
「ホントかっ!?」
「いえ……その……あくまで……可能性、は……」
期待を込めて受付嬢を見るも目を逸らされた。
そう、0にどんな数字を掛けようと0。1割も0。
レベルアップが単なる足し算なら可能性はあるが……期待薄だ。
「それより、他の能力値ですが――普人族のレベル……0としては非常に優秀だと思いますよ。レベル1の方でもたいてい全ての項目がFなので」
具体的には中級クラス――レベル20ほどの能力値に匹敵するらしい。
「Sがあるのもすごいですよ。Sに届く能力値を持っている方は一流の冒険者の中でもごく少数です。もしかしたら、魔力が体力に変換されるようなスキルをお持ちなのかもしれませんね」
むう、それは大いにあり得る推測だ。
「能力値の登録はどうしますか? 冒険者ランクやレベルとは異なり登録する義務はありませんが、この能力値なら登録しておいて損はないと思いますよ」
実力の裏づけになる、ということで登録をお願いした。
「レベルが10上がれば能力値のランクの向上が期待できますので、それを目安にチェックしてみてもいいかもしれませんね」
「つまり、能力値のランクは倍になると上がる計算?」
「そうなります」
数分で返却された冒険者カードの項目を眺めていると、能力値欄に空白があったことを思い出した。
「えーと、ところで運気はどれで?」
「運気は女神様からの加護の強さを表しています。運気とスキルは神殿で調べることになります」
「スキルも調べられるんですか?」
「運気とスキルの有無、スキル名を託宣という形にて知ることができます」
託宣か。天界が関わってるのか後でリーンに聞いてみよう。
「所持しているスキルの効果がわからないことがあればお尋ね下さい。冒険者ギルドにはスキルのデータベースがありますので、該当する情報をお伝えすることができますから」
「わっかりました。言いたくない場合は言わなくても?」
「スキルを秘匿するのももちろん個人の自由ですが、パーティーを組んだり他のパーティーと組んで仕事をするケースもあるかと思いますので、知られるとメリットが薄れるスキル以外はそれほど神経質になる必要もないでしょう」
受付に戻って残りの説明を聞き、リーンとのパーティー登録を済ませて、冒険者ギルドを出た。
* * *
「ふぅ……」
「どうかしましたか? 能力が思ったより低くてショックだとか?」
「うわ、抉り込んでくるなー……」
「よいではないですか、高すぎて騒ぎになるよりは」
「まあ……そうなんだけどさ?」
となると、リーンが計測しなかったのは、そうなるからか?
魔力とかすごそうだ。
「スキルはどうするんだ?」
「私ですか? スキルも特に調べる必要は感じていません。把握していますから」
「それもそうか……」
リーンって、何歳なんだっけ?
聞くと睨まれそうなので聞かないけども。
「託宣って言ってたけど、どんなシステムか知ってる?」
「目にしたことはないのですが、自動応答型でそういった装置があると聞いたことがあります」
「自動ってことは……女神本人が話してるわけじゃないのか?」
「女神様の録音音声で該当の情報を報せるという形だったかと」
「そりゃ残念、今回の不始末をどう思ってんのか聞いてみたかったんだけどなー」
「それはもう、泣いて悔やんでおりましたとも。直接謝罪されないのも合わす顔がないということなので」
真摯っぽい顔でリーンが語る。なんか嘘くさい。
だいたい女神は、あのいい加減な爺さんの、神という名の同族なのだ。
まともな神経があることは期待できない。
「ま、いいや。とりあえずスキル調べてくる」
* * *
神殿で銀貨1枚を寄付してスキルを調べてきた。
運気も調べることができたのだが、その数値は。
運気:G(0)
魔力と同じくゼロだった。
くそ女神めっ……欠片も反省してやがらないっ。
そのへんはリーンの出任せなんだろうからいいけども。
神官によると、運気がGというのはあまりよろしくないらしい。
女神からの寵愛を受けていない生物――魔物に近い扱いになるのだとか。
信仰心の厚い種族だと露骨に敵意を向けてくることもあるらしく、パーティーを組むなら注意が必要だという。
あとは盗賊など、犯罪者もこの数値が著しく下がるようだ。
それはこの世界の常識らしく、罪を犯している者は神殿には来ないということで犯罪者だと疑われることはなかった。
そんなこんなで、カードに数値は登録しなかった。
運気なんてあてにしてはいけないと捉えて前向きに行こう。
さて、次にスキルだ。
俺が持っていたスキルは5つ。
<眠りあれ>、<絶対睡眠>、<神器適性>、<自動回帰>、<言語自動翻訳>。
スキルは増えることはあっても、減ることは基本的にないらしい。
眠りに関わるどちらかが――両方かもだが――ジジ神様にもらったスキルのはずだ。
「……せっかくだし、<眠りあれ>の効果でも聞きに行ってみるか」
光あれ――じゃないけど、周りに効果がありそうだから。
などと考えつつリーンと合流し、再度冒険者ギルドへ向かう。
「次は『敏捷』項目を測ります。こちらへどうぞ」
床に白い線が3本。ん?
「このように左右に移動し、30秒の間に何回この線を跨げるかで――……」
「反復横跳びじゃんっ!」