冒険者ギルドにて その2
「<眠りあれ>ってスキルがあるんですけど、効果わかりますか?」
「――<眠りあれ>ですか。聞いたことがありませんね。少しお待ち下さい」
受付嬢は席を立つと、奥にある棚から辞典のような分厚い本を引っ張り出し、ページを捲り始めた。
「……印刷技術って、どんなもんなんだ?」
ちょっと気になったので小声でリーンに尋ねる。
「活版印刷が主流ですね」
「なるほど……」
この世界の文字は、アルファベットのようないわゆる表音文字だ。
漢字と違って文字自体の数が少ないなら、活版印刷という印刷形態が広がっているのが自然だろう。
あとそういう印刷が可能ということは、それなりの品質の紙は出回っているということか。
「ちなみに、架空の物語とかエンターテイメント的な本ってある?」
「英雄や天魔戦争期の史実を元にした演劇や歌劇はありますが、架空となると少ないと思います」
世界そのものがファンタジー的な感じだからな……。
逆に言うと、こっちの世界のファンタジーは魔法じゃなく科学になるはず。
「……元の世界の科学のこと書いたら受けたりするかな?」
「それは例えばどのような?」
「月に行った話とか」
「……凄まじい世界ですね。娯楽という意味においてはアカシ様の腕次第でしょうが、思想的にはどうでしょうかね」
「禁書になったりとかするわけ?」
「月に行った、ということは……アカシ様の世界では地動説が広まっているのでしょう?」
「……もしかして、この世界は天動説が主流? っていうか、それが事実だったりするわけ?」
「思想は天動説で事実はやはり地動説です」
「もしかして、地動説を唱えたら異端審問されたりする?」
「さすがにそこまでは。ただ受け入れられることはないでしょうね。科学もまた然りです」
「科学を夢想してる人はいないのか?」
「いないということはないでしょうね。ただこの世界でアカシ様の世界のような科学が発展していないのは、科学が成立しないから――という理由もあるはずです」
元の世界で起きた化学反応が起きないとか、魔法が変な競合を起こしたりとか、そういうことだろうか。
元の世界では魔法は使えないと思うので、世界の違いといえばそれまでだが……。
「私個人はアカシ様の世界に興味があるのでお書きになることは歓迎です。物語や学問に限らず、もっと日常的なことでも――世界の差異が感じられる事柄であれば、何でも」
リーンの目がちょっとキラキラしている。
未知の異世界――その知識が魅力的・刺激的に思えるのかもしれない。俺もそうだし。
「よーし、なんか書いてやるよっ」
「はい、是非」
親指を立てると、これまでにない笑顔が返ってきた。
なんとなく、このリーンという天使のことが掴めてきた気がする。
地上に降りることも彼女にとっては刺激になるのだろうが、異世界の住人だった俺自身も刺激物に違いないはずだ。
「――なんでしょうか?」
「いや……あ、戻ってきた」
席に戻ると、受付嬢が頭を下げる。
「お待たせして申し訳ありません。やはりデータベースに記載はありませんでした。<眠りあれ>というスキルはユニーク・スキルのようですね」
「ユニーク……って、何でしたっけ?」
「世界でその人しか持っていないスキルのことです」
そうか、勇者しか使えません的な何かかっ。
「――けっこう珍しい?」
「そうですね、ユニーク・スキルを持っているのは多くても1000人に1人くらいでしょうか」
「ほほう。これ、やっぱり眠りに関係するスキルなのかな?」
「断言はできませんがおそらくは。睡眠の状態異常を与えるスキルだと推測されます」
「――睡眠ッ!? を与えるッ!?」
なんだその状態異常にしては超快適そうな名前は。
ちょっと受けてみたいっ。
「次の攻撃をヒットさせるか一定時間が経過するまで眠っている状態になる――それが睡眠の状態異常です」
「けっこう使えそうな効果だな」
「はい、効きさえすれば戦闘を優位に運ぶことができるでしょう。同等の状態異常を与える魔法も存在しますが、あまり一般的ではありませんね」
「どうしてです?」
「状態異常はレジストされる可能性が高いんです。自分より格上の敵には通じないと考えた方がいいでしょうね」
「格下なら普通に倒せばいいし、格上なら効かない。となると、他の魔法を優先して覚えた方がいいのか」
「そうなります」
弱いけれど群れで動く魔物には効果的。ただ、その程度の相手なら普通の攻撃魔法で十分効果的だという。
強力な魔物にお供がいれば有効に使えるが、攻撃魔法が効かないほどに強力な魔物は単体で行動するケースが多いらしい。
隠密行動時には攻撃魔法より優位性があるが――。
「後衛職は武器を使った攻撃力が乏しいですから、心理的にも攻撃手段を優先しますね」
「睡眠を与える魔法が使いづらいのはわかったけど、スキルの場合は?」
「スキルの場合は相手のレジスト能力を無視できる可能性が存在します」
「おおっ」
「あくまで可能性です。できるのだとしても、過信はしない方がいいでしょう」
「あ……そういえば、スキルってどうやって使えばいいんですか?」
「状態異常系のスキルは攻撃に付属して、一定確率で発動することが多いですね。身体強化や耐性などは、種族による天性という形で常に発動している場合もあります」
同じスキルでも効果や持続時間に個人差があるため、一概には言えないらしい。
使用にはとにかく慣れと熟練だそうだ。
「他にスキルはありましたか?」
「あったけど……」
<絶対睡眠>はたぶん、寝てるときに無敵的な俺が希望したスキル。
<神器適性>――推測でしかないが、この<神器適性>というのが英雄の条件なのだろう。
基本的な能力で天使に劣りまくっていると思う以上、それを補うための能力がこれだ。
女神が与えられた強力な武具を装備できるスキル。
……つまり、女神からチート装備をもらっていない俺は、ただの人。
<自動回帰>は死なない、不死を示すスキルっぽい。
体力S――疲れないもこのスキルの恩恵だと思われる。
性格的にはよく合っている。
RPGなどで、武器から揃えるか防具から揃えるかとなったとき、俺は防具から揃える派だ。
ゲームでもそれだし、ここが現実である以上、死なないことが肝要だろうと思う。
ただし、走っても走っても疲れないというのは微妙にいただけない。
疲労感のなさは現実感や達成感の乏しさに繋がってくる。
夢のように大地を踏みつける感触やら反動が消えるわけではないし、贅沢な悩みだろうけど。
<言語自動翻訳>はこの世界の人と普通に喋ったり、字を理解するためのスキル。
ただその効果範囲がどこまでかはわからない。
もしかすると、魔物とも喋れて、倒した魔物が起き上がって仲間になりたそうにこちらを見てきたり……はしないだろうな。
「効果がわからないのはないんで、とりあえずはこれで」
「了解しました」
これで冒険者登録と受けるべき説明は終了。
冒険者として、依頼を受けることができるようになったわけだ。
「どうも、今日は長々とありがとうございました」
掲示板を見に行く前に、受付嬢にお礼を言っておく。
元の世界の接客業に相手をしてもらっていたと考えると、だいぶ面倒で失礼な言動が過多だった気がする。
「いえ。少々騒がしかったとはいえ、よく話を聞いて下さっていたと思います」
「そりゃまあ死活問題なんで」
「違いありません」
小さく笑みを交わした後、受付カウンターを離れた。
* * *
冒険者のランクはF~Sの7段階。
登録したばかりの俺とリーンはもちろんFだ。パーティーとしてのランクもF。
個人なら同ランク以下、パーティーならひとつ上のランクまで依頼を受けることができる。
まあもう夕方で宿も探さないといけないし、今日は掲示板を眺めるだけで終わるつもりだ。
「ふうむ……」
F~Eランクの依頼は戦闘が必要なさそうな便利屋・お手伝い系が多い。
Dランクで熊とか狼といった獣、小型の魔物の討伐依頼がある。あとはそういった危険生物が出る場所での薬草の採取など。
非戦闘系もちらほらあるが、専門知識や技能が必要になってくるようだ。
Cで目につくのは護衛。大草原――南方向は安全だが、他方向の街へはそこそこ危険があるようだ。
熊型の魔物の毛皮や蜘蛛糸といった素材を求める依頼もちらほら。
Bより上は、大型モンスターの素材を始めとする、危険地帯らしき場所への侵入が必要な案件が中心となっていた。
内容的に、Cランクで冒険者として一人前といったところだろう。
報酬的に見ても、パーティーを維持できそうな収入が得られるのはCランクからだと思われる。
ちなみにランクアップは、同ランク以上の依頼を5回連続で成功が条件。
3回連続で失敗するとランクダウンするようだが、あまり実例はないそうだ。
上に行くほどに――失敗すれば、死ぬか引退級の怪我を負っていることが多いために。
「やっぱ、目指すべきはCランクか」
「そうですね。Cランクなら護衛依頼にかこつけて旅もできますし」
感覚的に、Cランクあたりが限界という気もする。
正直言って大型の魔物と戦っている自分の姿はあまり想像できない。
不死などという特性を持ってはいるが、攻撃力はたぶんしょぼい。
武器で補うにしてもいい武器は高いだろうし、当分は手に入らないだろう。
「んじゃま、泊まるところ探しにいくか」
「新鮮な海産物を出してくれる宿を探しましょう」
「まあ、それでオッケーだけど……食い意地張ってんなー」
「この街では海の幸を堪能する計画なので」
リーンがしれっと言い放つ。
大草原を南に進むと王都。
距離はともかくとして、進路を逆にとったのは『それ』が理由だったと思われる。
と、ギルドの入り口で別のパーティーと鉢合わせになった。
「うお――……」
俺たちを覆うでかい影を作る男5人の9の目は、すべからくリーンを捉えていた。
……げ。
「どうしました、アカシ様。早く行きましょう」
「あ、ああ……」
激しく嫌な予感がしたものの――声をかけられることもなく、そのまますれ違うことができた。
「なあ……リーン」
「はい」
「さっきので確信したんだけど、なんかしてるだろ」
リーンへ目を向けた男たちは、全員が顔をしかめていた。たぶん、痛みが原因で。
実は神殿へ行くときにも何度かそれらしきことがあったのだ。
声をかけてきそうな雰囲気の、冒険者っぽい風体の男たちがいきなり膝をついたり呆けたりすることが。
「軽く感電させているだけですよ。何か問題でも?」
「いや……うん、割と穏便な対処法だとは思うよ?」
声をかけさせないのが確かにベストだ。表面上は何も起きていない。
「アカシ様に声をかける方は止めませんよ」
道中の雑貨店で日記帳を買って渡された後、<海猫亭>なる宿屋を見つけた。
「……ビビビッと来たぜ。これが……一目惚れってやつかっ」




