魔物チュートリアル
読んでいただきありがとうございます。
翌朝――。
「思わぬ幸運でしたね」
「だな、一気に10倍だもんなー」
俺たちはラッキーな出来事を振り返りながら、イワシに似た魚をムシャムシャ食べていた。
身の味も青魚系でよく似ている。
ちなみに昨夜食べたのはサンマくらいの大きさの魚と貝の壺焼き。
調味料は空腹のみだが、味も濃く脂ものっていてなかなかうまかった。
壺焼きもよかったのだが、視覚的観点からリーンには不評だったようだ。
「昼まで歩いて、あとは飛んでいきましょう」
「そうしてくれると助かる。3日も歩きで移動とか、現代人だった俺には拷問だ……」
「――それは、何かしらの優れた移動方法があったということですか?」
「1日あれば、世界のどこにでも行けるような空飛ぶ乗り物があった。馬車よりも速くて疲れ知らずな乗り物をどの家庭も持ってたし……」
「テレビという映像装置といい、乗り物といい、本当に興味深い世界ですね。それらも是非詳しく聞かせて下さい」
「んー、空を飛ぶのは飛行機っていって――……」
昨夜寝る前のように、俺は元の世界の知識を語る。
話すのはあまり得意な方じゃないものの、住んでいる世界が違うというだけで会話のネタに困ることはなさそうだ。
食事後、リーンが骨を焼却して灰にし、ベッドとテーブルセットを土に戻した。
飲み水は魔法で出せるので、昨日に引き続き手ぶらでの出立となる。
「では出発しましょう、アカシ様」
「なあ……そろそろそれやめてくれないか?」
「『それ』とは?」
「敬語。特に様付け。俺そんなに偉くないし、様とか呼ばれて喜ぶ性格してないんだよ」
自尊心はくすぐられるものの、実力で勝ち取ったものでもなし。居心地が悪いだけだ。
年齢的にもリーンの方が上だろうし。たぶんだけど。
「そう仰りましても……」
「友達と話すときとか、そんな感じで話してくれよ」
「友人と呼べる存在はいませんでした。目上の方ばかりでしたので私にとってはこれが自然なのです」
「……生まれたときからずっとそうだったってことか。それなら、まあ……仕方ないけどさ」
方言のように染みついてしまっているのなら、すぐにはどうにもならないだろう。
だが、いまいち釈然としない。
彼女のけっこうな黒さから推測するに、内心――思考では、小馬鹿にしていておかしくない気がする。
「アカシ様にとっても慣れない異世界――自分の下に誰かいる方が精神的な平穏を保てるかと思いますが?」
「やめてくれないならリーン様と呼ぶぞっ」
「それは……予想外の切り返しですね。ですが、この件につきましてはご勘弁いただけるとありがたいのですが……」
「しゃあないか」
タメ口の天使というのもイメージ的には微妙なので、いいということにしておくべきか。
* * *
歩いて北上していると、後発の馬車たちにどんどん抜かれていく。
感覚でしかないが、どの馬も車並みの速度が出ている気がする。
しかも、人を乗せたり、荷を引いていながら。
「なあなあ、あんな速さで走って、この世界の馬は平気なのか?」
「平気ではないでしょうが、回復魔法の使い手が乗っていれば問題ないでしょう」
「……それって、疲れたら回復させられて、エンドレス・ダッシュってこと?」
「そういうことですね」
「ちょっとひどい気もするけど……」
それで糧と寝床をもらう仕事なのだから……是とするべきなのだろう。
「やっぱ……便利だなぁ、魔法」
「使える魔法に合った職を選ぶ者が多いようですよ。例えば――」
水系統が得意なら水場がなくても農作業が可能。
炎系統ならゴミの焼却や製鉄、鍛冶などに利用できる。
体を強化できるなら土木に有利。などなど。
「……魔力がないっぽい俺は、どうなる?」
「冒険者になるのですから、そういった適性は気になさらなくてもよろしいのでは?」
「いや、まあ……そうなんだけどさ」
手に職というか、食いっぱぐれなさそうというか。
いいなぁ、とは思うわけだよ。
「アカシ様には無限の体力があるではありませんか」
「……役に立つのかすっげぇ疑問だけどな。回復魔法が使えるなら似たようなことができるわけだし」
「他者に効果を及ぼせない点で、体力無限がいまひとつな能力なのは確かですね」
「はっきり言ってくれるなぁ……でも、そうなんだよな」
怪我人がいたとしても、俺には治せないわけだから。
「俺が回復魔法を使えれば――なんて場面に、巡り会わないことを祈るしかないな」
「回復魔法が必要なときは、私にご命令下さい。魂と頭部と体の半分が残っていれば救ってみせますので」
「ああ、そうするよ……」
――けど、もしもそのとき。
俺は隣を歩くリーンの横顔をチラリと見る。
傷ついてるのがリーンだったらどうするんだ?
「――私のことなら心配ありませんよ?」
リーンの顔に微笑が浮かぶ。
「私を害することができる生物は、現在の地上には存在しておりませんから」
「さすが女神をハメた天使ッ、頼もしい!」
心を読まれたようで気恥ずかしかったので、俺は少し早足になった。
「……あぁ……それにしても、代わり映えのない景色だ……」
目に映るのは、青い空と遙か先へと伸びる馬車道。地平線まで茂っている草だけ――夜は綺麗で昼は退屈を誘うとは、なんと素晴らしいことか。
出発してから変化したのはたぶん、太陽の位置と影の長さくらいなものだ。
砂漠ほどではないものの、ただ進むには退屈な道のり。
「盗賊も魔物も出ないし。異世界の旅ではお約束なはずなんだけどな……」
自分に何ができるのかさっぱりな現状で、出て欲しいわけでは決してないが。
いや、本当に。
「盗賊はあまり出ないようです。ここは見晴らしが良すぎますから、待ち伏せにも逃走にも不便なのでしょう」
「そりゃねー……」
穴でも掘らない限り、隠れる場所はない。
ヒット・アンド・アウェイが信条であろう盗賊にとっては不利な土地に違いない。
「魔物も生まれづらい環境なのでさほどいないはずです」
「なんとも平和な場所だな……あ、そういえば魔物ってどういう定義なんだ? 獣は魔物とは呼ばないんだろ?」
「呼びませんね。獣も魔物とは敵対関係にあると言えます」
* * *
「魔物とは平たく言えば、マイナスの生物――でしょうか」
「んじゃ、俺たちとか馬とかはプラスに分類されるわけ?」
「はい。世界は平らを好みます。プラスの生物――例えば人間が誕生すると、その生命の強さに応じて魔物もどこかで生まれるのです」
「この世界に存在するプラスの生命とマイナスの生命の総量は等しい、ってことか」
「わかりやすい例は天使や悪魔ですね。私たち天使や悪魔は強大な魔力を持っています。なので、この世界において突出して強力とされる魔物――龍種は、おそらく私たちに対応して生まれた魔物でしょう」
「天使が1人生まれると、龍も1匹生まれるのか……」
そういう法則がこの世界にはあるということだろう。
「んじゃ、その龍が倒されたらどうなるんだ?」
「この世界で次にプラスの生命が誕生したときに調整されるようです。龍が死んだ分だけ総和がプラスになっていたなら、それをゼロにする強さの龍が再び生まれるでしょう」
「無限ループじゃんか……」
いくら倒しても魔物は減らないし、プラスの生命が増えるほど魔物も増えてしまう。
「物騒な話さ、天使が1人死ぬとどうなる? 龍が消えるのか?」
「いえ、新たに誕生するプラスの生命の合計が天使1人分になるまで魔物が生まれない、という形で調節されます」
「なるほどねー……でもそれだと、下手したら龍だけ残らない?」
「そのときは英雄様を呼べばいいのでは?」
「な、投げやりな……」
「現状では天使が死亡――寿命ですが――したとき、天使が龍を1体討伐しています。それほどまずい事態にはならないでしょう」
世界の裏話的な感じだな……。
「魔物が生まれる場所に法則性とかは? 街の真ん中に生まれたらけっこう大変なことになる気がするけど」
「人口密度の低い場所、というのが基本ですね。加えて雰囲気の悪い場所といいますか、日当たりの悪い場所といいますか――プラスの生命が生息するに適さない場所に出現するようです」
なんとなくイメージは湧く、かな。
山岳地帯やら洞窟の中やら、なんとなく強力な魔物が棲んでいそうな場所ということだ。
人が住まないから強力な魔物が発生するのか、強力な魔物が発生したから人が住まないのかはわからないが。
ただ、プラスの生命が増えると魔物も増えて、両者がぶつかる可能性も上がる。
この世界では、総人口がシステム的に抑制されている――と考えてもいいのかもしれない。
不条理な気もするが、飢餓問題などが起こりにくいとも言える。
「あ。あとさ、魔物が10体同時に殺されて、次に生命が誕生すると?」
「魔物10体分の強さを持つ魔物が生まれる、ということもありえますね」
「なるほどねー……ま、よくできてるんじゃないか?」
「いえ、世界の基本ルールでゾネ様が考えられたわけではないかと」
「あ、そう。でも、そうなると、俺が来た世界にも同じルールがあるのか?」
「あるはずです」
ふーむ……。
元の世界には魔物なんて存在はたぶんいなかったから、魔法やスキルといった要素が関わっているのかもしれない。
そういう超常的な要素があるせいで、魔物が生まれる――と。
もしそうなら、あの爺さんはそういう世界を選ばなかったということだ。
ある意味、弱い生物のみで世界を構成した。
「深謀遠慮か設定が面倒くさかっただけか……さて」
「アカシ様?」
「いや、なんでもない」
まあ、元の世界のことは今さらか。帰れないし。
その後、特にトラブルもなく昼になり、昼食後にノルデンへ向けて飛び立った。
世界の方向性を設定して下さい。
超常|○----------|物理
ピッ。
詳細を設定して下さい。
ずらずらー。
な、なんじゃこの設定項目の多さはっ!?
これをひとつひとつ決めていくのは面倒くさすぎるぞぃ。
もっと単純――もとい、単純明快な世界にしようではないか。
超常|----------○|物理
ピッ。
詳細を設定して下さい。
ちんまりー。
ほっ、よきかなよきかな。楽ちんじゃ。まずは、と。
大地の設定をして下さい。
こんなもん全部ランダムでいいじゃろ。1から考えるとかあり得ん。
生命体の作製をして下さい。
ずらずらー。
おうふっ。落ち着くのじゃ。まずは神の似姿たる人を作ろうではないか。
人の設定をして下さい。
ずらずらー。
これを生命体ごとに決めろというのか、無理じゃろ常考。
となれば生命体の設定は最低限で済ませたい。となると……。
設定するべきは、生命の最小単位じゃな。
繁殖・発達・分化などなどを最大にして、最終進化点を人に。
これで放っておけば世界は生命で溢れ、いずれ生命は人になる。完璧じゃて。
かくして、通常は数万年、数億年の時をかけて行われる世界の設定は完了した。
世界を作製しますか?
ポチッとな。