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睡眠男子の異世界行脚 ~眠りあれ~  作者: えいてぃ
第1部 新たな英雄
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双満月の夜行


「……まったく、取引なんてしなくても俺は案内人の話に乗るしかなかったのにな」

「そうなのですか?」

「そうだよ。どっち行けばこの砂漠から出られるのかもわからないんだぞ」

「ここは砂漠の中心地で、どの方向へ向かっても砂漠から出るには15キロほどです」

「はぁ……広さはともかく砂漠の中心とか嫌がらせかよ、まったく」

「それほど害意はないかと。ここは1000年前に英雄様が降臨なされた場所なのです」

「……ああ、それならまあ理解できるな」


 最後に残った天使の一団と悪魔の大軍勢――それらを分断するように英雄は降臨したらしい。

 英雄が放った光が大平原の一角を吹き飛ばし、砂漠化させた。それ以来精霊が寄りつかないため、風が吹かず雨も降らない不毛の大地になってしまったのだとか。


 場所自体は英雄降臨の聖地とされているそうだ。


 そんなうんちく的な天使の話を聞き終え、ほうと一息ついた。


 何気なく異世界の夜空を見上げる。


「おっ、月がふたつもある」


 見かけ上、大きいのと小さいのがあった。

 小さい方は、地球の月と同じくらいだ。

 大きい方は……小さい月がパチンコ球だとすると、大玉転がしの大玉くらいはある。

 月との距離が近いのか、月が大きいのか――。


「しかもふたつとも満月か。道理で明るいと……」


 蒼い月光はかなりの光量があり、互いの姿を見るのに苦労はない。

 帳に覆われるはずの地上も、地平線とは言わないが、かなり遠くまで見通せる。


「双満月――とても珍しい夜です」


 月光に照らされた彼女の横顔は、俺が天使という名に持っている印象に恥じないものだった。

 神ならぬ身、地上の一種族――そんなふうに彼女は言ったが、その美しさは天上のものとしか思えない。


「アカシ様の世界では月はおひとつなのですか?」

「あ、ああ、あの小さい方と同じくらいだ」


 慌てて視線を空へ戻した。

 危ない、油断すると魅入られそうだ。


 改めて考えてみると、天使は案内人として危険かもしれない――主に俺の理性的な意味で。

 宝石のような硬質的な美麗さなので、性的な欲求が掻き立てられるかというと必ずしもそうでないけれど。


 だいたい俺、草食系に分類されるだろう睡眠男子だし。


「こっちの空に星はあるのか?」

「ありますよ。今夜は月が明るすぎて、見えませんが……」

「じゃあ星座ってのもある?」

「国や種族によって様々だそうです」


 ドラゴンなどの強力な獣や身近な道具、楽器などを割と自由に星の並びに当てはめているとか。

 各国各種族に共通して存在しているのは英雄、天使・悪魔くらいだという。


「種族によって正邪の意味が逆転する場合もあります」

「そりゃそうだろうな」


 天使による弾圧があったのなら、悪魔の蜂起は正当な権利だ。

 悪魔の眷属たちにとっては、悪魔こそが英雄だろう。

 絵画などがあれば、描かれ方が異なるに違いない。


「ところでさ、悪魔の眷属は……悪魔の封印を解こうと考えてたりするのか?」

「戦争終結後しばらくはそういう行為もあり、監視するようになったらしいのですが……」


 現在では封印された悪魔の存在を知る者自体、そう多くはないという。

 悪魔の眷属の、それも長命の種族に限られるのだとか。


「彼らにしても、封印された悪魔王を崇めているのは間違いありませんが、この世の平穏を『悪魔王がその身を犠牲に勝ち取った』として維持する方針を取っている種族ばかりと聞きます。何よりも、悪魔王ご自身が復活を望んでおられないのです。現在の平和な世界に満足しているご様子でして」

「悪魔王、平和主義者なのか……」


 対等に生きる権利を得るために戦ったのなら、知能を持つ種族が共存しているという今は悪魔王の願いが叶った世界だろう。

 そこに自分がいなくてもよしとしているなら、平和主義者な上にお人好しに違いない。


 ――ちょっと会ってみたい気もするな。


「悪魔王の復活を企む過激派もいるようですが、本当にごく一部でしょう。第一、悪魔王ご自身が復活を望んでいない以上、英雄との対話と承諾の上で成り立ったという封印の解除はおそらく不可能です。他の悪魔も同様に現状維持を望んでいるようですし――」

「なんか聞けば聞くほど、天使が悪者っぽいな……」

「その通りです。気に入らないから、という理由で他者を排斥するなど愚かにもほどがあるでしょう。あげく強烈な反撃を受けて天に助けを求める始末――ゾネ様と英雄様の温情で生き残っただけの無様な敗北者なのです」


 天界へ天使を連れていったのは、天使を腐らせ種を絶やさせる女神の壮大な計画――なわけないよな。

 罰は罰なのかもしれないが。


「当人たちがそれをあまり理解していないのも情けないのですけどね」

「辛辣だな、さっきから……」

「本音をそのまま口にできるというのはとても快適ですね。それだけでも天界を出た甲斐があったというものです」

「出るといえば、この砂漠からは早く出たいな」


 蒼い月光に照らされ、淡く輝いている地面は美しくもあるが――。


「私としては夜の間に砂漠を出たいと考えているのですが……」

「ああ、俺もそう」


 15キロだから、時速3キロなら5時間か。


「飛んでいけば数分ですが――徒歩で参りましょう。人と会う前にこれからのことを決めておいた方がいいと思いますので」

「そうだな、疲れたら飛んでもらえるとありがたいけど」

「その点は心配ないかと。アカシ様は転移の際、優れた体を獲得されたと聞いております」

「そうなの?」

「疲れず、死なず。そんな特性を有しているとゾネ様は仰っていました」

「へえ、死なないっていうのはありがたいな」


 ぶっちゃけ、清く正しく文明の利器に汚染された現代人の俺は、戦いとかできない。

 猪や狼くらいの、ファンタジー世界では雑魚扱いされそうな獣にコロリと殺られても不思議じゃないのだ。


 あるはずの何かしらの才能が開花するまではそれに頼って――って。


「なあ……死なない……不死って、けっこう強力だよな?」

「そうですね。基本的には聖獣の不死鳥、夜の貴族とも呼ばれる吸血鬼のみが持ち得る特性です」


 他には実体を持たない死霊、主の魔力が尽きない限り何度でも蘇る死兵などもそれに近いようだ。

 だが、『自己』修復といった形で不死性を備えているのはやはり不死鳥と吸血鬼くらいらしい。 


「アカシ様の体にどの程度の再生力があるかはわかりませんが、戦闘を相当有利に運べる特性だと思います。致命傷を与えて勝利を確信した相手を背後から刺す――無敵ではないですか?」

「い、いや……致命傷とか受けたくないぞ」


 痛くないかつグロくないならやっても、いや、やっぱやりたくないな。


「いざというときのために、どれほどの再生力なのか試しておきますか?」

「試さないっつのっ!」


 脳みそとかやられたらさすがにアウトだろうし、剣やら矢が刺さったまま再生なんてできないだろうし。

 毒とか体に残るのもまずいのではなかろうか。


 それでも負傷に悩まされないというのなら、剣と魔法の世界ではかなり役立つはずだ。

 ――あまり役立ってほしくはないけども。


「何にしても、なんか不死の特性で素質使い切ってそうだなぁ……」


 英雄云々と言われても、俺はどうしても自分がそんな大層な存在――精神エネルギーを持ってるとは思えない。

 寝てるときは無敵の能力と不死。それで終わりで不思議じゃないのだ。


 戦闘の才能に欠片も回ってなかったら、ゾンビ単体と変わらない。

 あの手のモンスターは複数で襲ってくるからやばいのだと相場が決まっている。


「いいや、とりあえず進もう。そこそこの街に向かうってことにして、どっち行けばいい?」

「あちら、東です」


 天使は空に浮かぶ大きい月から左に逸れた方向を示した。


 砂漠を東に抜けてすぐのところに道があり、その道を北へ少し進むと野営地があるらしい。

 そのまま北へ向かうと、それなりの規模の港街に着くそうだ。


「よし、行くか……!」


 異世界での記念すべき第一歩だ。

 かなり……今さらだが。


 うん、特に感慨はなかった。


「さて、これからのことだけど……」


 天使と並んで歩き、さらさらの砂に足跡を刻みつつ、議題を口にする。


「俺には、この世界での明確な目的はない」


 英雄は必要ないと言われて、英雄になる前にお役ご免だったからだ。

 よくよく考えてみると、元の世界でも明確な目的なんか持ってなかったわけだけど。


「では、明確でない目的はお持ちになっているのでしょうか?」


 さすがに鋭い。


「剣と魔法の世界って聞いてるんだけど、冒険者みたいな職業ってあるのか?」

「一般的な職かと思います」

「よし。んじゃ、それでいこう!」

「冒険者になる、ということですか?」

「ああ。冒険者に俺はなる!」


 睡眠が趣味とはいえ、これでも男だ。

 世界を股にかける冒険譚に憧れはある。

 そもそも英雄やら冒険なんかへの憧憬が皆無なら、爺さんの検索システムに選ばれることはなかったはずだ。


「私も冒険者は望むところです」

「冒険者になるには? ギルドに入るとか、そんな感じか?」

「冒険者ギルドに所属すれば、依頼を受けられるようになるようです」


 登録には幾ばくかの金銭が必要だが、それ以外は経験不問。

 13歳以上であれば、誰でも登録できるシステムになっているようだ。


 問題があるとするなら――。


「金だな。なんつっても、無一文だし……」

「少しなら持ち合わせがありますので、ギルドに登録するくらいなら平気かと思います」

「そりゃ助かる。ちなみに、金の単位ってどんななんだ?」

「単位はリーフで――」


 小銅貨1枚が1リーフ。銅貨1枚が10リーフ。大銅貨1枚が100リーフ。

 銀貨1000リーフ。大銀貨10000リーフ。金貨が10万リーフ。


 といったところらしい。10進法のようなので覚えやすい。


 平均的な水準の家の月収が2~4万リーフ。額面的な物価は日本の10分の1になるだろうか。


「私が持ってきたのは金貨で、手持ちは2枚です」

「え、それって少しどころかけっこうな額じゃないか?」


 世帯年収分……日本で言うと、ウン百万円か?

 1年くらいは普通に暮らせるって額だよな。


「性能の良い武具や魔具はとても買えませんよ?」

「そのへんってやっぱり高い?」

「家が買えるほどの額の品も多いようです。熟達の冒険者の稼ぎはそれほどいいとも言えますが」


 夢があっていい。そんな上級の冒険者になれる自信はないけども。


「それにしても、けっこう共通点というか、共通の概念が転がってるなぁ」

「アカシ様の世界と、ですか?」

「不死鳥とか吸血鬼とか、冒険者とかギルドとか、創作物の中でよく使われてるんだ」

「大きくふたつの理由があるかと。ひとつは転移の際に言語の擦り合わせが行われたことです」

「んー……まあ、こうして不便なく話せてる時点で今さらかもしれないな」

「もうひとつは、世界の創造における概念の限界と相似と申しますか……すなわち、それこそがアカシ様の世界の住人が神に近いと言われる所以でしょう」

「ああ……」


 なんとなく、理解する。

 おそらく、世界の神々は全能に近く、全知には遠く及ばない。

 この天使にあっさりと騙されてしまうくらいだしな。


 つらつら話しながら歩いていると、思っていたよりも早く疲労もなく砂漠を抜けることができた。





 登場は派手に。

 両軍の注意を引くように。


「ってなわけで、全力全開でとおりゃあああっ!!」


 どごおおおんっ!!


「…………は?」


 草原が一瞬にして砂漠化した。

 なな、何を言ってるかわかんねーと思うが俺にもさっぱりっ。


「おおお、おいっ、平気かっ!? 巻き込まれてないかっ!?」


 * * *


 一番慌てて一番驚いていたのは英雄だった。

 後世で語られているように、美々しく雄々しい登場ではなかったのである。


「……何度見ても笑えますね」



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