【稀鷺…?】052【葉矛?】
【個体の武器】
【雅木葉矛?】-0-52----稀鷺…?
『---せ、先輩? イタズラしてる場合じゃないですよ……?』
……声が聞こえる。
女の子の声だ。
口振りや声に幼さが残っていて”少女”だとすぐにわかる。
『イタズラじゃない。わたしはここ、守ってる。』
声が聞こえる。
どうやら先程の声の主に応えた様だ。
今度聞こえて来た声は冷淡で、淡々とした印象を与えて来た。
……いや、ちょっと待った。
この2つの声はどこかで聞いた事がある様な気がする……?
どこで聞いたんだっけ? つい最近な気がするぞ。
記憶を辿って思い出そうとするが、その前に次に聞こえた言葉で思考が中断される。
『守ってるって……。雅木君が入れないじゃないですかぁ……。』
「---ッ……!?」
僕の名前が呼ばれた……?
……ッ、いや、稀鷺も凪も既に入っているのだ。
だとしたら、僕の名前を知っていても不自然は無い?
しかし……。
『葉矛ー? いるのー?』
……不安に思って後ずさったが、その声は僕に安心を与えた。
今、扉の向こうから聞こえて来た、その声には聞き覚えがあった。
『ゴメン、今開けるからね?』
これは凪の声だ。
やっぱり凪は既に着いていたのか。やっぱり向かう先はここで正しかった様だ。
突然凪の声で話しかけられたものだから、僕は咄嗟に言葉を返せなかった。
それで反応に困っていると、不意に扉が開いた。
「あー、葉矛? 置いてっちゃってゴメンね?」
凪は申し訳なさそうに頭を下げる。
僕は呆然とした。何故かって、それは……
「な、ナギ? その、それ……? 握っていて大丈夫なの?」
凪は平然としているが、その手は先程のドアノブをしっかりと握りしめている。
当然、金具からは青白い煙が上がっている訳で、更に言えば僕はそれの冷たさを知っている。
「あー、ボクは大丈夫。氷に触っても別になんともないんだよね。」
---あ、そうか、凪は氷のウェザードだから”耐性”があるんだ。
確か翼さんの持っていた書類の中で”ちらり”と見かけた覚えが有るぞ。
……冷静に考えて氷の剣なんて普通は掴んでいられるはずないよね。
「というか、ナギ。ココって一体……?」
僕は簡単に周りを見回した。
暗く沈黙した自販機、それと受け付けの様な場所がある。
よくわからないが、電気は通っているし手入れもされている様だ。
内装の様子や置いてある機材的にトレーニングジムの様な施設の様だが……? いや、なんでさ? 表から見たら廃ビルなのに、どうして内部はここまで手入れがされているんだろう?
……ふと、視界に2人の少女が目に入る。
1人は赤くて長い髪が特徴的で、とても大人しそうな子だ。今は何故かこちらを見て身をわなわなと震わせている。
もう1人は青い短い髪をしていて、こちらをツンとした表情で見据えている。
あれ? この2人には見覚えがある? 確か、どこかで……。
……2人の服装だが、”南紅葉”の女子生徒服だ。
思い出せそうなのだが、まだモヤモヤとする……。
「---君が雅木君、でいいのかな?」
不意に、声がかけられた。それは聞き覚えの無い声だ。
2人の少女の事は気になったが、僕は一度声の主に向き合った。
「あー、来て早々に酷い目にあった様だけれどさ。この子達に悪気は無かったんだから、あんまりぐちぐち言ってやんないでね?」
声の主だが、彼女には見覚えは無かった。
いや、はっきりしない。見覚えがある様な無い様な……。つい最近にあった様な気が……?
声の主は少女だった。
背丈がスラッと高い。……多分僕よりも高い。
それより、彼女の顔つき、それと金髪を見ていると”誰か”を思い出すのだが……。
服装は先程の2人と同じで、南紅葉高校の制服だ。
先程と同じで、何かもやもやとする……。どこかで見た様な気がするのだが……。
僕が頭を抱えていると、凪がその少女に話しかけた。
「ミハルさん、葉矛にはあったこと無いんですよね? どうして判ったのさ?」
「そりゃ、ツバサのヤツから聞いてるからさ! 奥手なアンタが仲良く出来る男子って、雅木君くらいなんでしょ?」
「え? ……なぁッ!? ねぇさんは何を言ってるのさ!?」
「……ミハル?」
少女の名前だろうか。
名前を聞いてピンと来た。
以前、翼さんが説明してくれた人に違いない。
「”刻次 美晴”さん?」
「おうよ! 始めましてだな、雅木君! それと、ようこそ。”魔術師同盟”へ。」
彼女はその手を差し出して来た。
目の前に居る少女が、あの”刻次 美和”の姉であり、城ヶ崎が”要注意人物”として見ている集団、【魔術師同盟】の中心人物……。
口調がどことなく乱雑だが、美和と違って雰囲気に秩序を感じる。
翼さんの友達とのことだが、ナルホド。確かにそんな雰囲気だ。
「おっと、そーいえば自己紹介がまだだったね。あたしはミハルってんだ。まぁ、実質的にココのリーダー的なことをやらされてる立場だ。宜しくな!」
「……あ、あぁ。ハイ!」
差し出された手を握り返すのに躊躇ったためか、美晴さんは改めて自己紹介を行ってくれた。
僕は慌てて握手を返した。
その間、美晴さんは別に表情を悪くするでも無く、ただじっと目を見つめて来ていた。
なんとなく視線を交わして思った。この人はいい人だって。少なからず”魔術師同盟”というチームには不安があったが、これならば僕も容易く打ち解けれるかもしれない。
「……おっと、ナギちゃんのお友達に馴れ馴れしくしちゃ、面目ないかな?」
「い、いや! そんなんじゃないです!」
美晴さんは、なにやら意味有り気に僕にウィンクをすると手を離した。
そこに凪が突っかかる。……のだが、僕はそれに感けることは出来なかった。
美晴さんに握られたとき、手の平がピシリと痛んだ。
先程の氷が影響してるのかも。
じっと手の平を見つめると、やはり若干だが赤くなっている気がする。
左手で右手の平を擦って、痛みを誤摩化そうと試みた。
「あ、あの、ミヤビギさん……。やっぱり痛みます……?」
ふと、先程の赤い髪の少女が声をかけて来た。
おどおどとした様子で、探る様に僕に視線を向けて来る。
「う、うん。別に大丈夫だよ……。」
僕はこの子の名前を知っている。
先程”刻次 美和”のことを思い出した今なら、彼女のことも思い出せる。
---”明崎 みちる”。以前美和が凪を尋ねて来た時に見かけた。
僕の方は彼女を見たことがあるが、実際に話したのは初めてだろう。話す機会も無いと思っていた。
だから名前を知られているってことはちょっとだけ不信感を覚えた。
「さっき、凄い音した。大丈夫だった?」
そうやって言って来たのはもう1人の少女、”香川 氷”だった。
冷淡でなんとなくぼうっとした雰囲気を醸し出している彼女だが、どことなくばつの悪そうな表情をしている。
口調に躊躇いも見える。ちょっとだけでも申し訳なく思ってるのかな。こうやって聞いてくれるってことからもそれが窺え……?
「へ? あ、あれって聞こえてたの!?」
しまった! さっき扉にぶつかった時の音は聞こえていたのか……!
無性に恥ずかしくなって来た。
顔が熱くなるのを感じる……。
あれは暗くてよく見えなかったから……!
そうやって言い訳をしようとした時だが---。
「……ドアに頭をブツけて負傷後、その場に踞り、更には不用意に扉の罠に引っかかって低温火傷しかけてた訳だな。我が友人ながら、見事な連鎖だ。あざとい! キャラ作りとしては実にあざといぞ、葉矛!」
「ハ!? き、キサギ!!?」
稀鷺は扉のすぐ前に立っていた。
にやにやとした表情を浮かべている。
クソ、アイツ僕の事を笑って……?
---……?
……あれ?
「えっと、稀鷺? なんで僕よりも後に入って来てるの……? 僕よりも先にココに入ったよね?」
……稀鷺は今まさに、開けっ放しになっていた扉から入って来たのだ。
けれど、それはオカシイ。
だって彼は僕よりも先に建物に入ったし、ココまで来る階段は一本道だし……。
「あー、とだな。ナギちゃんがドア開けた時に入りそびれちゃってさ! 葉矛が来たらどの道ココも開くだろ? 一緒に入った方がいいじゃん?」
「……えっと、そういうことじゃなくてさ。」
……なんだ、この違和感。
階段に稀鷺が隠れる様な場所は無かった。
しかし彼は先に入っていった。そもそも、ナギが開けた時に入りそびれたからって、なんで態々僕を待つ?
この友人なら扉を叩いて”開けてくれー”くらいの事は言うはずだ。
仮にそうやって催促した場合、ナギや翼さんがいる以上は扉が開かないはずは無い。
……どういうことだ?
「……待って。今、その子の事を”キサギ”って呼んだ?」
美晴さんが背後から声をかけて来る。
僕は彼女に向き合い、頷き……。
「……要するに、やられた訳か。」
彼女は表情を曇らせていた。
大きなため息をつくと、凪をこちらに突き飛ばした。
「ちょ、ちょっと! ミハルさんいきなり何を……!」
稀鷺は淡々とした様子で部屋の中まで入って来て、美晴さんにキッと向き合った凪の方を掴んだ。
「凪ちゃん、すこーし空気を読んでみてくれ。」
__場の雰囲気が変わった……?
さりげない動作だったが、僕も凪も気がついた。
ついさっきまで上目遣いで僕を見ていたみちるも、多少なりともばつの悪そうな顔をしていた氷も、僕達からそっと離れた。
みんなが周囲を囲う様にして身構えている。
僕達に敵意を向けている。……なんでだ!?
「昔の友人も信頼出来たもんじゃないねぇ……!」
美晴さんが押し殺した様にそうやって呟いた。
状況が呑み込めない。
稀鷺が来た瞬間に場の雰囲気が一変して悪くなった? なんで?
「ややや、ちょっち待てって!」
稀鷺は戯けた様子を見せると、自ら美晴さんに歩み始めた。
「……ッ!! く、来るな!」
「待ってくれ! 俺は別に……。」
---《バチン!》
破裂音に似た耳障りな轟音が鳴り響いた。
同時に美晴さんに近づいていた稀鷺は大きく飛び退き後退した。
ふわっと、僕の頬に暖かい空気が触れる。
……目視出来るレベルで彼女の周囲に”電撃”がほとばしっている。
長い金髪が逆立っていて、周囲にパチリパチリと音を鳴らし、火花が散っている。
「ッ、葉矛〜、悪りぃ! 実に話しが拗れたな……。こりゃ本気で来るぞ? 身構えといてくれ。」
「き、キサギ? 何言ってんのさ!? みんなは僕達と強力を……!」
《バチン!》
---破裂音が響き、電撃が鞭の様に僕の足下に迸った。
地に打ち付けられた雷は火花を散らす。
「理屈言ってる場合じゃねーぞ葉矛! 一度黙らせるしかないな、こりゃ!」
ちょ、いや! 訳が判らない!
なんで僕達が魔術師同盟に攻撃されなきゃならないんだ!?
躊躇っている暇なんて無い。目の前で構えている少女3人はみんなウェザードなんだ。しかも城ヶ崎達が厄介に考える程の抵抗組織だ。
相当なチカラの持ち主達のはず。
そんな人達が、同時に僕達に牙を剥く? 冗談じゃない! というか黙らせるったって稀鷺は普通の人間だろ? あんな強そうな能力持ってるウェザード相手にナニしようって言うのさ!
「あ、アンタ達が悪いんだぞ! 悪いけど、キサギ共々ここを通す訳にはいかない! みちる、ヒョウ、いいね!?」
周囲を囲う様にしていた後輩2人が身構える。
ま、マジでやる気なの……?
助けを求めて隣の凪に目をやる。
……彼女はちょうど、手の中に氷の剣を創ったところだった。
あ、あぁ……。凪もやる気ですか。話し合いの予知はないんですか!
「ッ、来るよ、葉矛!」
「な、なんでさぁぁ!?」




