【紛れ込む貧相】051【葉矛?】
【個体の武器】
【雅木葉矛?】-0-51----紛れ込む貧相
とある”廃ビル”に、稀鷺は入っていった。
---駅に着いた僕達を”案内する”という稀鷺に続いて、僕と凪は南区の商店街にまで連れてこられた。
様々な店が建ち並ぶ商店街は思った以上に賑わっている。
話しには聞いたことがあったけど、南紅葉地区に足を踏み入れたのはなんだかんだいってコレが初めてなのだ。
ふと気になってちょっと本屋に目を向けてみると、駅前にある本屋とはまた違った品揃えであるようだ。
じっくりと見てみたい気持ちがあったが、稀鷺が先へ先へとさっさと向かってしまうため、見失わない為にも諦めた。
……平日でも活気付いている商店街で、賑わい立ち並ぶ店に紛れるようにその”廃ビル”はあった。
魚屋と本屋に挟まれて肩身狭そうに佇んでいるそのビルは、まさに”廃”ビルというのに相応しくみすぼらしい。
外壁のコンクリートはくすんだ灰色をしていて、ところどころひび割れたり欠けたりもしている。
建物の入り口には”売り地”と書かれてあり、黄色いテープで簡単な通行止めがなされていた。
稀鷺はといえば、テープに構わずさっさと建物に入っていってしまったのだ。
僕は躊躇い凪と顔を見合わせたが、凪さえも稀鷺の後に続いてしまった。
周りに行き交う人は多い。目の前にある建物が”入っちゃならない場所”であるのは明らかだ。
……どうにも、周りの人達が僕ことを注視している気がして入る気がしない。
しかし2人とも既に中に入ってしまった。躊躇ってる場合じゃ無い。
目は気になったが、僕は決心をつけてビルに入った。
入り口に張られたテープを潜ってすぐ、急な階段を上ることになった。
外からじゃ真っ暗なここの様子は見えなかった。
階段は薄暗く、コンクリートで左右を固められ窮屈でじめじめとした不気味な空間になっている。
目が明かりが無いため目が慣れないと足下がつっかかってしまいそうだ。
なれるまで気をつけないと。
僕は階段1つひとつの存在感を確かめながら慎重に登った。
壁に手を伝わせながら一段一段を踏みしめる。
全く、なんでこんなに真っ暗なんだろう。仮にも人が作った建造物のはずだろう……。
頭上を見遣ると蛍光灯らしい物体があるのが判る。うっすらと輪郭が見えるのだ。
ただ、それらは全て沈黙している。或は割れたり破損している。
……僕は悟った。活気付いている商店街でも、上手くいかない店もあるのだろう。
そうした店はこうやって寂れる訳だ。廃ビルになっちゃ誰も整備にこないし気にもされないだろう。
使い古されて誰も必要としない様な存在、か。
……あまり深く考えこんで心地のいい議題ではないだろう。
それよりも転ばない様に注意しなければ。
歩みを進める度に足音が階段に響いている。
ただ、ちょっと前にビルに入った稀鷺と凪の足音は響いてこない。
もう上についたのか? いいや、早過ぎる気がする。
それとも、階段じゃなくて他に進む方向があったの……。
「ッ!! ブッ!?」
不意にガツン! と鼻先から全身隈無く何かにブチ当たった。
同時に腹に何か出っ張ったモノが強くめり込んだ。
嘔吐感と顔面の痛さが同時に襲って来る。
鼻の頭がヒリヒリする……。まるで腹を殴られたかの様だ……。
一気に気持ちが悪くなった……。
顔全体を手で擦り、また腹を庇って僕は身を縮めた。
大きく深呼吸して身体を落ち着かせる。というか落ち着け、僕は何に当たったんだ?
痛みが引いてきてから、注意深く目の前を見る。
……、目が慣れて来た様だ。それがなんなのかすぐに判った。
僕のすぐ目の前には”扉”があった。赤く、それほど頑丈そうでも無い木の扉だ。
腹に当たったのはドアノブか。
周囲に人目が無いとしても、大分かっこ悪い。
「……っ。」
愚痴をこぼしたい気分だが、独り言を言ってこれ以上恥じを上乗せする気にはなれなかった。
例え周囲に人がいなくても、格好悪いものは格好悪いのだ。実に好ましく無い。
……さて、多分凪はこの先にいるはずだ。
入り口の様子を思い返してみて、他に横道逸れる様な場所は無かった様に思う。
目の前に扉が有る事でそれは確信に変わった。
……確証はないのだけれど。
ともかく、凪と稀鷺に追いつかなくては。
僕は扉に手を掛けた---。
「---ッ!!! あッついッ!?!?」
『ビリリッ』と来たぁあぁあ!!??
僕は咄嗟に飛び退き、ドアノブから手を離した。
背後は階段の為、飛び退いた拍子に体勢を崩しかける。なんとか転ばずには済んだのだが、また格好悪い……。
……ッ、それにしてもなんだっていうんだ?
自分の手の平を擦りながら恐る恐る見遣る。
------、手の平の表面が冷たく、何故かつるつるとした何かが付着している。
手の感覚がない。ひりひりとするばかりで指をあまり自由に動かせない。
僕はもう片方の、何ともない方の手で平を握ってみた。
そして確信した。
……コレ、氷だ。
---先程”あつい”と言ったが、それは撤回だ。多分、ドアノブはあまりに”冷た”過ぎたんだ。
瞬間的に手の平から広がる様にして痺れる様な、切れる様な強い痛みに襲われたのだ。
低温火傷って言葉をどこかで聞いたが、それってこういう時に起こるもの?
確か急に皮膚が冷えきったりすると腐ったりするんだよな……?
ぞっとして、慌てて手の平を身体で包み込んで手を温める。
……指先まで恐ろしい程冷たかったが、すぐに感覚が戻って来た。
どうやら最悪の事態にはなっていない様だ。
さっき腹に当たった時は服越しだったから良かったのだろう。
危ないところだったのかもしれない。仮に肌が触れていたら腹の辺りの皮膚が爛れていたかも……。
僕は扉を睨みつけた。改めて見遣ると、ドアノブの表面がカチカチに凍っている。青白い煙の様なモノが糸を引いて中を漂う様も見られる。これは多分冷気だろう。
……その冷気も薄暗くてよく目を凝らさないと見えない。どうりで気がつかない訳だ。
表面に薄く張られた氷を睨みつけながら、僕は脱力した。
先に進もうにもドアノブがこれじゃ進めないじゃないか……。
「参ったな……。」
ぽつりと独り言を呟いていた。
冷静に事を考えて、既に打つ手無しだ。
手で触れなきゃ扉は開かない。けど、僕にはこの冷た過ぎる冷気に耐えてドアノブを再び握る勇気はない。
それに安全に扉に触れる手段も無い。
帰ろうかな……。
……帰るに帰れないだろ。
『……っ。』
……そんなことを考えて呆然としていたら、ふと小さく声が聞こえた。
一瞬空耳かと思ったが、継続してぶつぶつと聞こえて来る。
声はどうやら扉越しに聞こえて来る様だ。
---僕はその声に聞き耳を立てた。




