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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【”僕”は、”誰”だ?:雅木『レキ』】
68/82

【聞きたく無い】041【葉矛】

【個体の武器】

【雅木葉矛】-0-41----聞きたく無い。



「ミヤビギ、腹は空かないか?」

 翌日の昼休みのことだ。

聖樹は唐突にそう言葉を発した。

いつも通りナギ、聖樹を迎えて昼休みを過ごしていた。

稀鷺は今日も学校にいない。


 この時も、僕は自分の手の平に見入っていた。

このごろ習慣になってしまって来ている。

直さなきゃなとは思うけれど、意識してしまう。


 それはそれと、不意に視線を向けていた手が握られた。

驚いて視線を上げると、聖樹が僕の手首を掴んでいたのだった。


「昼休みという時間は短い。食を楽しむのにレンヨウなんかに構っている暇はないぞ。」

「おい、今”なんか”って言わなかったか。おい。」

 凪が聖樹の手を叩き聖樹を睨む。

聖樹は一瞬しかめっ面をした後、叩かれた手を撫でながら凪を睨む。

また睨み合いが……。


 この会話も既に見慣れたものとなりつつあるが、相変わらず僕はこの2人の止め方を心得てはいなかった。

こういう時、僕はどうしたものか。

対処法が思いつかなかったので、2人から目を逸らしてぼうっとした。

そのうち、僕は物思いにふけることになった。


 ふと、昨日と同じく稀鷺のことが頭に浮かんだ。

彼ならばこの場でどういった対応を取るか?

簡単な話しだ。話しを大きく変えようとする。

稀鷺の常套手段だ。

相手が怒ってる時は話題を変えて話しをそらす。

試してみよう。



「ね、ねぇ!そろそろお腹すかない?時間が無いのは確かなんだし、みんなお弁当食べない?」

 ……酷く理屈的だ。

自分で思うが、もっと気が利いた言い方が出来ないだろうか……。

なんというか、コメディで話題を逸らす技術が欲しい。

友人稀鷺の様なテクニックが。


「……そうだね。葉矛が言うならボクも食べようか。考えてみれば、キクジごときに構ってお昼を食べ逃すなんてバカバカしい話しだ。」

 凪は納得した様だった。

ただ、一言余分に煽ったけれど。


「貴様、今あたしのことを”ごとき”と言ったか?あぁ!?」

 これを言ったのは聖樹だ。

く、口調が若干不良っぽくなったぞ……。

聖樹が言うと結構な迫力だ。

口には絶対出さないが、実際雰囲気不良と大差ないからね。

誰彼構わず睨むし、ピリピリするし、ガン見するし。


 聖樹が言った直後、クラスの数名がこちらを一瞬チラリと見遣って、それからすぐに目を背けた。

彼等の考えていることは僕に伝わって来る。

”障らぬ神にナントヤラ”だ。

皆、この人(聖樹)とはかかわり合いになりたく無いのだ。


 ところで、転校生の”菊地 聖樹”は”関わるとボコボコにしてくる恐い女”、世間で言う”暴力女”として認知されており、男女問わず皆に恐れられている。

そしてボクは転校初日から”悪魔女”に目をつけられたカワイソウなヤツという様に認識されている様だ。

その為か近頃は凪との関連で冷やかしは無いし、むしろ周りから同情されてちやほやとされているくらいだ。

別に被害が無いためイヤじゃない。でもちょっと哀しい。

こういうのって風評被害っていうのかな。

え?違う?


「……ミヤビギ、折角だ。弁当は学校の屋上で食べよう。何やらあたし達は人目を引いている。これでは落ちついて食事などできやしないからな。」


 聖樹の発言に、教室中がざわついた。

クラスメイト達は僕を嫉妬の目ではなく、哀れみの目で見ている。

みんな揃って、まるで期末テストの赤点通知を受けた生徒を見る様な、哀れむ様な哀しそうな瞳で僕を見て来る。



 聖樹のこの扱いには原因がある。

聖樹は転校してきた次の日、強引に絡んで来た野球部の先輩を校舎裏でボコボコにするというとんでもない暴挙を行っているんだ。

当初聖樹を『狙っていた』男子生徒がいたのだが、その少年はその一部始終を見ていた。

聖樹を『狙い』、声をかけた先輩の後を付けたのだ。


 その人の詳言によれば、先輩に詰め寄られた聖樹は一度躊躇い無く誘いを拒んだ。

それでも先輩は引かなず、聖樹の手を引き気を惹こうと試みた。

そして手を掴まれた聖樹は”寄りたいところがあるからいいかな?”と先に校舎裏に行く様に言った。

放課後、彼女は真っ先に剣道部へ立寄り竹刀を調達した。

その後、自身も後者裏に出向き……。

……という流れだった。


 転校して間もなくそんなことをしたら周囲に恐れられて当然だ。

その先輩は全治3週間の全身打撲の大怪我を負い、また口止めをされたらしい。

学校側からは聞き取り調査が行われたが、先輩が聖樹と自分との関係を否定したために、聖樹への疑いは晴れている。

だから、これは飽くまで”ウワサ”だ。

事件性は無いと学校は判断し、聖樹への影響は一切無い。

……だがその後、外見が良かろうが聖樹を『狙う』生徒はいなくなった。

僕は思う。ウワサではあるが、確信を持って言える。

多分これは事実なのだと。



 ------故に。

周りの生徒は今の僕を『ああ、死んだな。アイツ。』と言う目で見ている。

物理的、また精神的被害が無いため以前の状況よりはマシだ。

しかし結局注目を浴びている事実は変わらないし、これはこれでなんか嫌だ……。


「えっと、それは無理だと思う……。」

 聖樹には悪いが、僕は遠慮がちに言った。

相応の理由があってのことだ。


「あたしの弁当じゃ不満、か……?」

「そ、そうじゃなくて!」

 聖樹があまりにも哀しそうな顔をしたため、慌てて否定した。

ただ、その哀しそうな表情に多少の女々しさを感じる。

普段が雄々しいため、強調されて感じるのだろう。

……いつもそういう表情だったら、好きになれるかもしれない。

そう思う程、可愛らしい表情だった。


「この学校の屋上って、閉鎖されてて入れないんだよ。」


================================================



「------、ナルホドな。確かに入れそうにないな。」


 弁当を食べ終わった僕たちは、聖樹の要望で屋上を見に来ていた。

正確には、屋上に行けないってことを納得して貰いに来たのだ。

4階建てのこの校舎で屋上に行くには、ここから階段で上がるしかない。

しかし、屋上に行く為の道はロープによって塞がれていた。

ロープには『立ち入り禁止』と書かれた看板がぶら下がっていて、いかにも『入れないよ!』という雰囲気を醸し出している。


「……納得したかい?キクジ。」

 凪が不機嫌そうに聖樹を小突く。

『2人きりにしたら、キクジが血迷った(・・・・)時に対象のしようが無い』といって、凪は僕に尽きっきりになってくれている。

貴重な昼休み削ってもらって、なんだか悪いなとも思う。


「……フン。随分機嫌が悪いな。そうやって不機嫌になるくらいなら、最初からあたしたちに付いてこなければ良いのだ。」

「”たち”ってなんだよ、”たち”って。ボクはね、まだキミの事を完全に信用した訳じゃないんだからね!」

 2人がにらみ合う。

2人の間に火花が散っている……。

信頼関係を築けない2人は互いを啀み合っている。

周囲にいた男子生徒2名がその場から退避した。

妥当な判断だろう。僕もそれについて行きたいよ。



「ふん……。」

 先に目を逸らしたのは凪だ。

聖樹の手を掴み、強引に引いて歩き出す。


「なんのつもりだ、レンヨウ。」

「授業開始の5分前だ。オマエもボクも、そろそろ席につくべきだ。」

 聖樹は身を(よじ)った。

凪の手から逃れようと、少しだけ必至な様子だ。

しかし凪の力は相当に強い様で、聖樹が逃れようと躍起になってもびくともしない。


「教室に帰るにしたって、あたしはミヤビギと行くぞ。」

「黙って、来いよ……。」

 凪が押し殺した様な低い声を出して聖樹を威嚇する。

あ、あんな声出るんだ、凪……。

唖然とする僕を他所に、鋭い眼差しでジッと睨まれた聖樹は黙り、抵抗をやめてただ凪に引きずられて行った。



 ……僕も教室に戻らなきゃな。

そう思いつつ彼女等を眺め、ふと気がついた。

気がついたら、僕は笑みをこぼしていた。


 凪と聖樹は、互いに嫌い合っているクセしてとっても楽しそうに絡み合っている。

(いが)み合っているのに、仲良く見える。

……不思議だけど、ああいう関係も友達って言えるのかな。

そういう関係で友達をするって、ちょっと羨ましいな……。

そして見ていて微笑ましくもある。


そんなコトを考えていたら、笑みがこぼれたのだ。



 ……こんな風に楽しい事を考えられる日がずっと続けば良い。

モチロンそれが叶わない事は”分かっている”けど、それでも。

そうやって思わずにはいられなかったのだ。



 実のところ、僕はずっと”個体ノ武器”が僕に与える影響に付いて考えていた。

城ヶ崎のあの一言が頭にこびり付いて離れないんだ。


 ------”人格が失われる”。


 いろいろな意味が考えられる言葉だが、”それ”を体感しかけた僕なら言葉の意味の真意が判る。

その言葉の意味するところは恐らく……。



 ……けれど理屈的に考えてみれば、個体ノ武器による影響なんてくよくよと考えて解決する問題じゃない。

だったら、気にする方がバカバカしいじゃないか。

気持ちも時間も勿体無い。

僕は小さく首を振った。


 しっかりしろ、雅木葉矛。

少なくとも、今は身体への影響はない。

普通にしていて、普通に出来る。

だったら悩み考える必要などないじゃないか。

悩むだけ損だ。



彼女達を追いかけようとして、1歩踏み出した。その時だった。




------『……レ、……ハ。』



「------……ッ。」

 なんだ。

急に背筋が冷たくなった。

頭の中で何かが、自分の、存在を……。



『……オ、レ……、ハ……』



《止めろ。聞きたく無い。》


 本能が告げる。

聞いては駄目だ。

声を強く拒絶した。

止めろ。それ以上僕に構わないでくれ……。



 『ズキンッ!』



 頭に、痺れる様な感覚と、激痛が走って……。

足に、体にチカラが入らなくなって。



 ------僕はその場に崩れ落ちた。

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