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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【”僕”は、”誰”だ?:雅木『レキ』】
64/82

【手の平を見ない時間】038【葉矛】

【個体の武器】

【雅木葉矛】-0-38----手の平を見ない時間




「------で、キミはボクを置いて行こうとしたんだ?」

 昼休み、凪は聖樹と顔を向かい合わせていた。

皆で机をあわせて弁当を食べようとしていた時に起きた突然の出来事だった。

両者凄く険しいしかめっ面だ。


「あぁ、置いていくつもりだった。というか、逆になんで貴様を待たなくてはならないんだ。」

 聖樹は弁当をガツガツと勢い良く食べながら凪に睨みをきかせている。

シュールであるが、緊迫した状況だ。

ちなみに僕は2人に挟まれ端で縮こまっている。


 こうなったのは聖樹のせいである。

聖樹がうっかり『あたしの言う通りこんなやつ待たずに家を出さえすれば…』などと言ったからだ。

彼女がこの発言をするに至った経路は、敢えて言わないでおこう。

言うと長くなるからね。

そもそも、朝の投稿中の段階でこの2人は……。

いや、それも敢えて何があったかは言わないでおこう。

説明が長くなるからね。


「そ、そもそも聖樹が葉矛の家に泊まってるなんて初めて聞いたんだけど!?」

「そりゃ言ってなかったからな。ミヤビギから直接言う事もしなかった様だしな。」

 凪は聖樹に詰め寄った。

彼女に顔をよせる。

それこそ肌が触れ合うくらいの距離にまで。


「な、なんだよ……。」

 何故だろうか。

急に聖樹が弱腰になった。

強く睨む凪の瞳に弱々しく見返している。


「……お前、今日からボクの家に泊まれ。」

 聖樹が身をぴくりと振るわせた。

凪の言葉に反応して目を見開いた。

……驚いたような表情を浮かべた。


「えっと、オマエそういう趣味……。」

「違う!一緒にするなバカヤロウ!葉矛の家で2人で生活だ?そんなの気に喰わないんだよ!!」


 凪は聖樹から身を引き叫んだ。

そして今度は僕に詰め寄って来る。

逃げる暇もなかった。


「何で教えてくれなかったのさ!ねぇ葉矛、キミ聞いてる!?」

 ふと、今は学校に来ていない友人、稀鷺を思い浮かべた。

彼がいればもうちょっと穏便にことがすんでいただろう。

彼は場を落ち着かせるのが得意な人間だからだ。

本人に落ち着きが無いのに……。

いや、むしろ『だから』か?


 しかし思い浮かべたところで今彼はいないのだ。

学校では『風邪休み』と言うことで収まっているが、実際はそんなんでは無いだろう。

先日、翼さんの助けがあって城ヶ崎から逃れ、帰ることが出来たが、その際『何か忘れている様な気が』していたのだ。

今日になってわかった。稀鷺だ。アレから一度も姿を見ていない。

いない事を認識するまでにかなり時間がかかった気がする。

アイツ、そんなに存在感薄かったかな。

先日はやけに陰が薄かった。


 ちなみに僕は稀鷺に何があったのか知らない。

それは凪でさえ知らなかった。

翼さんなら何か知っているのだろうか。放課後問うのもいいだろう。

……ともかく、今この場にいない友人に思いを巡らせても仕方が無い。



 凪の言葉には応えず僕は顔を背けた。

返答すると大変なことになる。そう感じたのもあった。

だけどそれより、ずっと考え事があるんだ。


 今日一日、僕はずっとこんな感じだった様な気がする。

なんだか気が沈んでて、授業も上の空で全く内容が入ってこなかった。

なにぶん、僕は学力を上げることよりももっと深刻な問題を抱えているのだから。



 ……ふと、視線を自分の手の平に向ける。

この手が得体の知れない”剣の様な何か”を掴んだのだ。

握っている感覚では紛れも無く剣。

だが剣はあんなに”もやもや”してないハズだ。


 見つめた手の平を開いたり閉じたりしてみる。

いつもと違う感覚があったりは、しない。

やはり異常はない。感覚も今まで通りである。

剣は出現しないし動作に不便は無い。

とりあえず、今は……。



「葉矛?どうしたの?」

 声に反応して顔を上げた。

凪が不思議そうな表情を浮かべ、僕をじっと見つめていた。


「……えっと、なにが?」

「いや、”何が?”じゃないでしょ。普通喋ってる途中に呆けたら不思議に思うって。それにお弁当食べないのかなって。」

 彼女は首を傾げながら言う。

そういうリアクションをされる程、僕は呆けていたのだろうか。

……ちょっと考え事が過ぎてるかもな。

昼休みは短いのだから、いつも通りちゃちゃっと食べきってしまおう。

それが僕の”普通”であるはずだ。


「あ、あれ?」

 弁当を取り出そうとして気がついた。

鞄に弁当が入ってない……!?

「どうして……。」

 ハッとして聖樹を見た。

刹那、彼女は僕と目を合わせるのを拒み顔を背けた。

聖樹、まさかさっきの……!


「ミサキ、機能の夜から今日の朝に掛けて僕の鞄に触ったかな?」

 僕は極力優しい声を出した。

昔妹にお菓子を取られた時、それを問う際に出したそれと同じ感覚で。

彼女は大きくぶんぶんと、首を横に振った。

しかし目は背けたままである。


「ねぇ……。」

「ミヤビギ。」

 ふと、聖樹はこちらに向き直った。

そして一言。


「美味だった。」


「……おい。」

 自然にドスの聞いた声が出た。

それに対し、彼女は依然僕を見据え、もう一言。


「美味だった。」

「……。」

 決めた。

前日から弁当を用意する習慣は辞めよう。

あまりにも危険だ。この居候は昼の食事さえ奪い去ってゆく。


「葉矛、ボクので良ければ一緒に食べる?」

 凪が弁当を取りだした。

……質素ながらも堅実に美味しいもの取りがなされ、尚且つ彩りもいい。

思わずゴクリと唾を呑んだ。

弁当が無いという状況と、

『行為に甘えていいのか?』と自問する自分がいる。

だが。


「い、頂きます。」

 プライドなんて如何だっていい。

僕は素直に凪と弁当を分かち合う道を選んだ。

すると凪は微笑み、箸で卵焼きを掴んだ。

それをこちらに向けて……え?


「ハイ。」

 は、ハイって?

ま、まさかコレは、ウワサでのみ存在が伝わる伝説の……!?

いや、落ち着け。

とりあえず落ち着くんだ葉矛。

アレは都市伝説でしかないハズだ。

それをこんな、頼んでもいないのに天然で再現してくれる人がいるハズが……!


「どうしたのさ?ハイ、『あーん』。」

 クラスの男子数名がこちらを勢い良く振り向いた。

僕はといえば、呆然として彼女と卵焼きを見比べる事くらいしか出来なかった。

……首を振って気を立て直す。

冷静になれ。箸は1つ。故に彼女がこうやって食事を差し出し食べさせてくれる事だって極自然な流れだろうが!

そう、これは自然の節理なのだ。これが真実なのだ、男子生徒諸君!


 自分の一言言い聞かせ、覚悟を決めた。

この後周囲の人物皆が敵対し、戦争が起こっても構わない。

覚悟はある!

さらば、負け犬諸君!


「あ、あー……。」

 ”ん”を言い終わる間際、凪は僕の口に卵焼きを差し込んだ。

なんというか、食べさせて貰っただけなのだが”差し込んだ”という表現が一番相応しい感じがした。

彼女の箸は鋭い軌跡を描き、卵焼きを僕の口へと運んだ。


「……ん。」

 口を閉じる。

なんだろう。味はごくごく普通に美味しい。

しかし、実感する美味しさは味覚から感じ取れるそれ以上のモノだ。

周りの目が痛い事は全く気にならない!

多少恥ずかしくはあった。しかし、『理由があっての事だもの』と言い聞かせる事で大分ごまかせた。


 ……そして気がついた。

これって、まさかの”間接キッス!”ってやつじゃないだろうか……?

この箸、凪の……!

うわわわわわ!!!

声には出さなかったが心の中で声を大にして、僕は叫んだ。

『稀鷺、済まない!僕はここまでの様だ!』



「気にいらねぇ……。」

 そう低く響く様な声で呟いたのは周囲にいた男子生徒ではなかった。

箸から口を離し、卵焼きの余韻に浸って、それから横を見る。

聖樹が、なんか恐かった。

特に表情を強張らせ、彼女は凪を鋭く睨んでいた。


「……なんか言ったか、弁当略奪女が?」

「ああ、言ったさ。気にいらねぇ。」

「あぁ、それはそれはお気の毒に……。でもねぇ?」


 凪は首を振り、そして存分に聖樹を見下した。

「何を言ってるか、ボクには分からないな。この状況は、どっかの料理出来ない駄目女が葉矛のお弁当を奪ったが為に成り立ったんだけれどね。葉矛がカワイソウだ。どっかの略奪寄生虫女がお弁当取るからさぁ!」


 いいえ、カワイソウじゃないです。幸せいっぱいです。

周囲でじろじろと見て来る男子生徒諸君より一歩進んだ存在だと優越感に浸った。

もう目立ってるからね。今ならドヤ顔の1つや2つ恐く無い。

状況が状況になってしまえば開き直れるものさ。


「キッサマ……。煽ってるつもりならそこまでにしておいた方がいいぞ……。」

「あー、聞こえないなー。時間無いしキミの相手なんかしてられないなー!さて葉矛。もう一度、あーん。」

 重ねて、自分の事を能天気だと思う。

またもや沈んだ気持ちは吹き飛んでいた。

今は楽しい。


 凪の料理は美味しかったし、聖樹と凪の口喧嘩はいつも通り行われた。

それを楽しむ余裕すら、僕には出来ていた。

楽しくて暗い事なんて考えなくて済んだ。

昼休みの間、僕はそんな時間を過ごした。


 今日初めてかもしれない。

自分の手の平から視線を外し続けられた時間なんて。

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