《憂鬱と罪悪感と》037-#《城ヶ崎》
《城ヶ崎》
21-#
【個体の武器】
【城ヶ崎】-0-37----資料と現実と 《憂鬱と罪悪感と》
「これの何処が万全の体勢だ?」
あーあ、相変わらずイヤミったらしい口調なことで。
業務を全うしていたところ、突然会議室に呼び出された哀れなオレは、部屋に入るなりいきなり罵声を浴びせられた。
ま、それは別に構わない。
この展開は予想出来ていたさ。
結局、責任はオレにあるのだ。
しかし、先日転勤先であんな事があってまたすぐ本社に戻され、そしてすかさずのこの呼び出し。
頭の痛くなるタネとしては十分だ。
あぁ、憂鬱だ。
年少ながら世間体と上下関係を重んじるオレはヤツの失礼を気にせず軽く会釈をする。
実に謙虚だろう?
多少煽られた程度で動じない。
それが大人の持つべき余裕さ優雅さと言うモノだ。
そしてそれを持っている分、オレはそこらの大人よりよっぽど賢しい存在だろう。
ところで会議室のテーブルはやたらと長い。
向き合う様に座ると相手方との距離が非情に遠いのだが、近いからと言って隣の席に座るのはこういう場合普通はしない。
なのでオレは、テーブルを挟んでヤツと向き合う様に椅子に腰掛けた。
ため息を堪えながら、オレはヤツを見据えた。
------さっきからオレが”ヤツ”と呼んでいる人物だが、名を継浩という。
理子やオレの”上司”にあたる人物だ。
……35歳。独身。生活習慣が狂っており糖尿病気味。
趣味は面白みに欠ける毒舌で、特技は部下への八つ当たりと給料泥棒。
絵に描いた様な無能な上司だ。
考えても見れば、実際コイツが役立っていた事があっただろうか?
いいや、無いね。断言出来る、
立場が上だから従っているが、仮にコイツがオレの部下になったら真っ先に首を切る事になるだろう。
……だが、それは出来ないのが現実だ。
誠に残念な事にコイツはオレよりも高い立場に居るのだ。
コイツの”会社”での地位は『社長』だ。
つまりこの建物で一番偉い人間だ。
一番偉いのだが、コイツよりも更に後ろに”親会社の社長”がいる。
ソイツがオレ達にとって一番偉いヤツなのだが、オレはソイツとあった事は無い。
当然だ。
誰とも会わない様にする為に、この無能でムカツくオッサンに社長なんて称号くっ付けて居座らせているのだ。
直接的に自分たちが指示をしない為にこのオッサンが居る。
故に、社長とは名ばかりで実際の立場は”主任”のそれに近い。
かませ犬。所詮コイツは”もしも”の時の為のストッパーか保険だ。
本人はそれに気がついていない様だが。
……そういえば説明がまだだったか。
オレ達の組織は”実働”、”研究”、”情報”という三つの班があり、それぞれが独立した役割を持って動いている。
三つの班がそれぞれの役割だけをこなし、それによって互いに貢献している。
互いの班の行動に付いて把握することは必要最低限の事だけだ。
協力して作業してるってのに、どうにも冷たい仕組みだな。
そして、継浩はその三つの班の長って事になる。
……重ねて言うが、カタチだけな。
実際は偉そうに愚痴をこぼすだけで活動内容などはオレの様な班長が自己判断で決めている。
組織として統率力が薄いのは確かだが、それ故に何処かがヘマっても細部まで被害が行き届かない。
特に、”大本”は絶対に割れない。
”実働”が物的な必要品や情報を探る。
特殊な能力を持っているウェザードを捕まえてみたり、時には雑用的な事もするな。
例えば、目撃者の排除とか。
”研究”は実働から物を受け取り詳しく調べ纏め上げる。
オレでもどんな研究をしているか、詳しくは判らない。
行き過ぎた機密主義だと思う。ホント。
だが彼等が調べた事柄が、今の世間の”ウェザード”という存在の常識の基準になっている。
そして”情報”が研究によって判明した事を社内の人間に広め、士気を上げる。
実際自分たちの功績が目に見えるってのは活動家に取って活力になるものだ。
更に情報班の連中は3つの班全ての情報を統括し、上からの指示を伝えたりもする。
主に実働班に情報や指示を行き渡らせ機動力を底上げする役割を担う。
研究班の齎す情報は時として実働班の活動の役に立つ。ウェザードの能力の規則性とか知っていて損の無い情報だ。
他班とののやり取りが禁じられている中、ちゃんと研究班の調べた事が実働隊に生かされるのは情報班がいてこそだ。
他には目撃者の情報とか、要するにオレ達が活動するにあたって都合の悪い情報を隠す事もするな。
こうやって役割に特化し、それぞれが役割をこなす事で効果的に物事は進行する。
オレがサンプルを集めれば研究班の作業がより進行する。
このシステムが意味するところは、他の班のヤツ等の為にも自身の作業だけに集中しろってことだな。
ま、理子達ならその辺朝飯前に行えるだろう。
理子はちょっとだけ”抜けてる”が、やる事はやる女だ。
自分のすべきことはきちんと分かっているヤツだ。
「聞いているのか!城ヶ崎!!」
どん!と机が叩かれた。
悪い。今まで何か喋ってたなら、聞いてなかった。
……などと、流石に上司に生意気な態度を取る訳にはいかないので愛想笑いを浮かべるに留まった。
「……とにかくだ、この件の責任はお前にあるとみて間違いないな?」
「ハイ。……いや、あー、えっと。違う……。いえ、間違いありません。」
テキトウに返事を返したが為に問われた質問の重大さに気がつくのが遅れた。
反射的に”違う!”と言いかけたが、考えてみれば違わないのだ。
確かに責任はオレにある。
取り逃がしたのもオレだし元の原因もオレの不注意だ。
菊地 聖樹という個人を信用し過ぎた事が最大の失敗だ。
ヤツは満足げに頷いた。
コイツ、オレの失敗が嬉しいのだ。
今回のオレの失敗は明白だ。
ヤツ等が攻め入る隙を作った事と、上手い具合に撒かれてしまった事だ。
恋葉 翼は見た目に反してユーモア溢れる性格だった様だな。
あの場面で”爆発物”なんてモノを創作するなんてな。
4階をくまなく調べてもその類いの物は発見出来なかったし、それに階層が爆発する事も無かった。
今現在、継浩が抱える最大の悩みは”オレに地位を奪われないか否か”なのだ。
若くしてここの地位に収まったオレを、ヤツは恐れている。
オレは地位なんかに興味は無い。
立場を上げて来たのは、その方が大きい影響力を持てるからだ。
オレは世間常識に”影響”を与える。
与えなきゃならない。
その為に地位を上げたのだ。
オレ個人の目的はこの会社が求めている事柄の結末、その先にある。
会社に貢献し、世間に影響を与え、その直線上にオレの求める”結果”がある。
それをなすのがオレの目的。
つまりこれ以上地位を上げようとは思わないし目の前のオッサンの首なんかに興味は無いのだ。本当に。
コイツはそんな事を信じないだろうが。
「生意気な目をしている。だがその目を見るのも今日が最後だ。」
ヤツは不適に笑った。
ため息が出そうだ。
コイツ、今回はどんな嫌がらせをするつもりだ?
前回は経費大幅カットだったが。
……そうだ。
依然ミヤビギの部屋を調査する際、あんなヘンテコなスコープを使うはめになったのも経費カットがあったからこそだ!
クソ、そう考えると忌々しい。
今回もどうせろくなことじゃないだろう。
「本日以降、貴様の地位を格下げする。つまり今日以降この部屋を訪ねて来るのはお前みたいな若造ではなくなるわけだ!実に清々する!」
……あーあ、ついにため息が出てしまった。
ここまで屑だと却って清々しいな。
コイツがオレを堕とした訳だが、どうせ失敗云々の前にオレが気に喰わなかったからに違いないのだ。
……まあ、良しとしよう。
立場の降格は痛いが、実質”実働班”の活動内容が大きく制限される罰ではなかった。
オレ達はチームだ。故にチームとしての機動力が落ちなければオレの降格など大した意味は無い。
新しくオレの地位に就くヤツが恐ろしく無能だったら話しは別だが。
その際はまたオレが元の場所に戻ればいい。その気になればすぐ戻れるだろう。
結局、この罰を受けたところでオレの目的への進行にそこまでの影響は出ない。
それだけで良しとしようじゃないか。
給料カットは少々痛いがな。
今月からはいつも以上に節電を心がけなければ……。
そう気を引き締めたちょうどその時だ。
------背後で物音がした。
「主任には残念ですが。」
扉が勢い良く開け放たれ、それと同時にとある人物が入って来た。
冷徹そうな口調。それに赤い短髪。
部屋が暗くてもパッと見で分かる。
理子だ。
「そうはなりませんね。」
彼女は赤い髪を揺らし淡々とした仕草で部屋に踏み入った。
オレの座った椅子の隣まで歩いてきて、そして立ち止まった。
「ならない?何故お前がそんな事を言える?決定権は……。」
「”主に”主任にあります。しかし、今回の場合は話しが異なります。」
理子は”主に”という言葉を強調した。
彼女はオレのすぐ傍らで背筋を伸ばして立ち、主任を見据えた。
理子は比較的継浩に気に入られている。
ある程度ヤツに生意気を言える立場にあるのだ。
その理由だが、理子が優秀だと言うのもあるのだろうが、それ以上に外見的意味合いが大きいだろう。
……オレは将来年を重ねても継浩の様なオッサンにはなりたく無い。
部下に無能とばかり思われる様な駄目上司には……。
「今回、責を問われるのは私ですから。本部の方にも申し立てています。」
「なに?」
「なにィ!?」
先に小さく呟いたのは継浩。
そして後に盛大に吹き出し驚いたのが俺だ。
「一々五月蝿いです、城ヶ崎。」
理子がオレを睨む。
けどさ、なんだってんだ?
いきなり現れて”責任は自分にある”なんて、そんな突拍子もない事を言ったんだぞ?
いや、それだけならまだしも『理子が』それを言ったのだ。
明日は槍がふるぞ、コレは。
「どういうつもりだ?」
珍しい。
継浩は珍しく理子に不機嫌さをぶつけた。
そうかい。そんなにオレを目の敵にしてるのかい。
別にどうってことないですけどね。
「そのままの意味です。今回城ヶ崎に非はありません。非があるのは私です。既に上に処分を請い、言い渡されました。故にこの件は既に解決した問題であり、不問と扱うのが妥当です。」
「納得いかんな。」
継浩は考え込む様に俯いた。
どうせ空っぽの頭なのに考えたって分からんだろ。
オレにも分からん。どうしてコイツが急にそんなことを言い出したのか。
「どういう事だ?理子?」
分からないのなら本人に聞くのが一番だ。
コイツは態々上層部に対して自分の失態を自己申告し、自分から処分を受けたというのだ。
理子の目的が見えない。
何かしらメリットのある行動なのか?オレがそのメリットに気づけないだけで実際には理子に優位に働く事柄なのか?
「先日の襲撃ですが、位置が特定されたのは裏切り者が発生したため。裏切りの有無について把握するのは情報班の任であるのですが、私は裏切りに気がつく事が出来ませんでした。」
理子は淡々と続ける。
まるで原稿用紙を読み上げているみたいにすらすらと。
「次に多大な量の資料が持ち出され流出、消失した問題ですが、城ヶ崎は資料を持った者を取り逃がしたりはしていません。」
「は?」
いやいや、実際オレはレンヨウ ツバサを逃がしたぞ?
ヤツが資料を物色した張本人であるはずだ。
それをオレは逃がしている。
それと”個体ノ武器”を宿したミヤビギ ヨウムにも逃げられた。
改めて思い返すと血の気が引く。
こりゃ酷い失態だ。大失態だ。
「ツバサは資料を持ち出していません。」
理子はオレに思考する時間を与えず話しを進める。
「実際に資料を外に持ち出したのは……。誰とも掴めない男子学生です。恐らくミヤビギかレンヨウと関係のある人物なのでしょうが、完全にノーマークの人間でした。」
「ウェザードでも無いのか?」
継浩が口を開く。
理子は黙って頷いた。
「資料を持ち逃げたその人物を逃したのは私です。城ヶ崎じゃない。原因、過程、結果。全てを見て合理的に考えて、彼に罪はありません。」
「いいや。」
継浩はニヤリと笑った。
理子の盲点を見つけたのだろう。
そこまでオレを落としたいか。
「”個体ノ武器”が損失した事は完全にコイツのせいだ。故に”個体ノ武器”損失の件に限っての処罰を……。」
「そのことでしたら。」
理子が切り返す。
まるで最初からそう言われる事を分かっていたかの様にスムーズに、迅速に言葉を返す。
「不問です。元から破棄する予定のモノでしたから。むしろ失敗作に適合してしまったミヤビギは非情に異質で貴重、重要な研究対象になったと言えます。」
理子は言葉を止め、オレをちらりと見遣った。
「故に。城ヶ崎のしたことは逆に我々の技術革新に繋がる可能性のある存在を作り上げた事になります。上層部は彼に対して優遇処置を取るでしょうね。」
「な、なんだと!?」
継浩は声を荒げた。
納得いかないのだろう。
正直、オレもだ。
オレが、オレが優遇処置を受ける?
非だらけだと思っていた先日の”アレ”は、全部理子が悪いって?
「理子、貴様……。」
「私の言葉は全て上層部からの伝達です。私自身の意思じゃ無い。どうしても抗議があるのなら、これを使って御抗議下さい。」
理子は携帯電話を差し出した。
彼女の髪と同じ、赤い色をしたシンプルなガラケーだ。
「……クソ!何を見ている城ヶ崎!さっさと出て行け、忌々しい!!」
継浩はそう言ったきり口を閉ざしそっぽを向いてしまった。
……そっとしておいた方がいいだろう。
オレは理子に続いて部屋の外に出た。
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「……あー、なんだ。」
正直気が重い。
部屋を出たオレは理子に声を掛けた。
だが、その後が続かない。なんて言えばいいのだろうか。
継浩から庇ってくれてありがとう?処分の身代わりになってくれてありがとう?
どっちもそうだが、どっちも違う気がする。
「……気にしないで下さい。私は正しいことをしただけです。」
オレが躊躇っていたら、理子が言葉を発した。
彼女は小さく肩をなで下ろした。
「貴方が咎められる理由は存在せず、むしろ功績を残していたのです。今、貴方が処分を受けないのは正常であり正当です。」
「いや、しかしだなぁ……。」
納得がいかなかった。
個体ノ武器が取られた事まで美化したのには無理がある。
明らかにそれはオレが原因だ。
それにレンヨウもミヤビギも止められず、ボコボコに打ちのめされて、こんな事で”功績”って言われても納得いくわけが無い。
「それに。」
理子はオレの言葉を遮った。
「貴方がいなくなったら私が困ります。」
彼女は小さくそう呟いた。
オレは目をぱちくりとさせ、理子を凝視した。
コイツ、いきなり何言ってるんだ?
「貴方は実に気に喰わなくて生意気で可愛げの無い少年です。しかし、現状私が最も戦力として信頼している存在でもあるのです。」
「お、おう?」
オレは面食らった。
コイツ、なんかおかしいぞ?
悪いものでも食べたのか?
憎まれ口は相変わらずだが、オレに対して褒める様な事を言い過ぎている。
「……ッ!わ、私は戦力として貴方に期待しているんです!それだけですッ!!」
「な、何故怒鳴る?」
理子は慌てた様子でオレから距離を取り、怒鳴った。
なんだってんだ?
理子の挙動不信さはオレの不安を煽った。
だから、引き続きオレは面食らうことにした。
「……とにかく!……だから、貴方はもうちょっと体を労って下さい。その身自体は貴重なサンプルであり戦力でもあります。」
オレは素直に頷いた。
良くわからんが、言葉以上に理子から心配の念を感じた。
不器用ではあるが、コレがコイツなりの『仲間意識』ってヤツなのかもしれない。
理子なりにオレを案じてくれているのかも。
……考え過ぎか。
だが、思惑はどうあれ身を案じられて悪い気はしなかった。
「……特に、先日の恋葉 凪と雅木 葉矛との連戦は無茶のし過ぎでした。」
「あぁ、言いたい事は分かった。分かったよ。」
オレは理子に背を向けた。
「城ヶ崎!」
理子が大声を上げる。
オレは振り返らず、手を挙げて反応してみせた。
「分かってるって。ありがと、な。」
正直、コイツに礼を言いたい事は沢山ある。
この会話の事もそうだし、身を気遣ってくれたことも。
先程庇ってくれたことも、正確な情報でバックアップを行ってくれる事にも礼を言いたい。
なんだかんだ言って、オレもコイツを信頼してるし仲間だと思っている。
だが、長ったらしく言葉を並べて礼を言うのは間違っている様な気がしたのだ。
一言で十分。それで気持ちは伝わるはずだ。
現にオレの一言の後、理子はオレに文句1つ発しなかった。




