【死】032【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-32----"死"
「は、ぐぅぅ!?」
凪はその場に身を崩した。
凪を貫いた物体は、紛れもなく剣だ。
氷でもなんでもない。
普通に”鉄で出来た剣”なのだ。
剣は凪の太ももの辺りに突き刺さった。
「フ、フフ……。最後の最後で油断したか……!」
剣を引き抜こうとするが、剣の柄は彼女の手からは非情に遠い位置にある。
自分で掴んで退けることは出来そうに無かった。
更に言えば、凪の背面からそれは突き刺さっている。
尚更自分で引き抜くのは難しいだろう。
……だが、実際引き抜く必要はなかった。
剣は、独りでに砕け散ったのだ。
形が崩れ、破片となり散る。
”ぱりん!”
という角砂糖の砕ける様な感覚を連想させる音がして、武器はその形を失った。
しかし、その後が奇妙だ。
砕け散ること自体も唐突な事柄である。
だが、それ以上に妙なのは砕け散ったのに破片が残らないことだ。
剣は形を崩し、自身を細かく砕いて地面に散らばったはずだった。
……しかし、破片はいつの間にか何処かへ消えてしまった。
------、代わりにその武器のあった後には何か小さな物が残り、地面に落ち何処へとなく転がって行ってしまう。
遠すぎること、視界が悪いこと、残った物が小さすぎたこと。
全ての要因のせいで僕はそれが何なのかを確認出来なかった。
「……ったく。大した女王様だことだ。」
この声には聞き覚えがある。
そんな、なんで……?
なんで今のを受けて、城ヶ崎は立っていられるんだ!?
「オレじゃなきゃ死んでるぞ、アレは!その年で殺人犯にでもなりたいのか?」
ぼやきながら凪と向き合う。
先程と違い大分余裕がありそうだ。
呼吸を整え、ハンカチの様なモノで左腕の傷を塞ぎ------。
その手には、先程凪に投げられた物とほぼ同質の”剣”が握られている。
「なんだよ、それ……。」
足に出来た傷を庇いながら凪は呟く。
武器を持っていることに対して言ったのか、それとも彼が立っていることに不満を漏らしたのか。
多分両方だ。
……僕も同じ気持ちだ。
氷の断罪を防ぎきったことに対してもそうだし、あんな剣を一体何処から取り出したんだ?
聖樹と違い彼は剣を新聞紙に包み持ち歩いたりはしていない。
そもそもあの大きさの物を持ち歩いてなどいないのだ。
隠し持つにしてもアレは大き過ぎる。
それに、彼は既に1本、凪に剣を投げている。
つまりあの大きさの物を予め2つ以上所持していたことになる。
それはどう考えてもオカシイ。
物理的にあり得ない。
彼はそんなものを持っていなかった!
……いや、思考を柔軟に持つんだ。
そもそもあの剣自体が奇妙なのだ。
さっき凪に突き刺さった剣は『消え去った』じゃないか。
アレは、絶対に普通の剣じゃない。
「”なんだよ”って聞かれても答える筋合いはないな。しかしまぁ、なんだ。コレを出させた以上は……。」
彼は空いている左手を握りしめた。
その手は怪我こそ負っているが、既に手を動かせる程度には立て直している。
そして、何処かで見た様な現象が起こる。
握りしめた手の平から”光の輪郭線”が空間に伸びる。
線ははっきり、宙に剣の形の輪郭を作る。
それで気がつくと……。
「こっから無事に逃がす訳には、尚更いかなくなった訳だ。」
……剣がその手の中に握られている。
ただ、凪のやっていることとは根本的に違う。
その剣は普通に鋼鉄製で作られている様に見える。
決して、”何か”を剣の形にしている訳ではない。
銀色の刀身が氷の放つ青い光を受け、キラキラと輝く。
……綺麗だ。だけどそれを見て、僕は背筋が冷たくなった。
「いくぞ。今度はこっちがチェックを宣言させて貰う。」
城ヶ崎は凪に向かって駆け出した。
凪も身構える。
しかし彼女は足を庇い、走ったりは出来そうに無い。
「Free'is……。」
小さく呟くと上空に無数の剣が現れる。
凪の作り出す物は全て氷で出来ている。
ただし切っ先は真下に向け、槍の雨ならぬ剣の雨を降らせんとしている。
刃を形作っているのが氷だろうがなんだろうが、そんなことは対した問題ではない。
重要なことに、アレには結局即死級の殺傷能力がある。
「……さぁ、落ちろ!」
凪の号令と同時に剣が落下し始める。
半数以上は実体のない幻だ。
だが、この無数にある氷の剣は場を埋め付かさんばかりの勢いの広範囲を攻撃して来る。
その中から本物だけを見極め、弾き飛ばすことはまず不可能だ。
避けるのはもっと無理。
やっぱり凪の勝ちだ。
------、違う。
違うぞ。雅木葉矛。
さっきだって彼女はこうして攻撃したじゃないか。
むしろさっきの方が状況は良かった。
城ヶ崎は一歩も動けなかったし、頭上だけじゃなく背後、背面からも攻撃出来たのだから。
それで、なんで仕留めきれなかった?
分からない。
それが一番の問題なのにそこの部分が分かっていない。
……嫌な予感がした。
この攻撃は、先程の攻撃の下位互換だ。
だったら、まさか……。
「素手じゃないのよねぇ!今回は!」
……デタラメだ!!
城ヶ崎は両手に持った剣で落ちて来る剣全てを弾き飛ばしている!
幻、本物に関わらず彼に振れるコースをたどった剣全てに振れる様に斬撃を繰り出し続けているのだ!
しかも、その状態で勢いよく凪に向かっている!
あんなの、人間に出来ることじゃないでしょうに!
剣の雨の降り注ぐ地帯を強引に抜けた。
両手に持った剣をそれぞれ振りかぶり、飛び上がる。
凪に向かって一直線に刃を振り下ろそうというのだ!
対する凪は、地に膝をついた。
……何故だか息も上がっている。
どうしたというのだろうか。
足に怪我をしたとはいえ、何であそこまで満身創痍になっているんだ?
「王様、貰ったぞッ!」
彼は剣を振り下ろした。
凪も黙っちゃいない。
その手に氷の剣を生成し、城ヶ崎の一撃に対抗してみせる。
氷の剣は硬かった。
城ヶ崎の”普通の剣”を受け止めてもヒビ1つ入らない。
凪は剣を振り抜いて城ヶ崎と距離を取る。
大丈夫なハズだ。
彼女なら、まだここから挽回してくれるはずだ。
「え?」
僕はそう思った。
けれども……。
「……く、フフ。」
凪は不適に笑った。
同時に、剣を手放した。
手放した、というよりは剣が滑り落ちたのだ。
剣を握るその手の力が抜けた。
その結果、剣は凪の手から離れたのだ。
「時間、切れ……。」
かすれる様な声でそれだけ呟くのが聞こえた。
……凪はその場に倒れた。
同時に氷の世界が崩れてゆく。
周りの氷の柱は音もなく消え去り、地に突き刺さったつららの殆ども同様に無くなった。
最初からそこには存在していなかったかの様に、すっきりと。
気がつけば、辺りは再び元通りの風景に戻っていた。
辺りを遮っていた氷はない。
故に夕日の赤い光が辺りを照らす。
氷の消えた屋上は元会った通り殺風景であり、前と何も変わっていない。
強いて変化した点を言うなら、大きな水たまりがそこら中にあることくらいか。
------、氷の世界は消え、同時に凪は王の座を追われてしまった。
敗北したのは、凪の方だ。
ッ、どうすればいいってんだ。
あまりにもどんでん返しが続いていてそろそろ反応に困って来るぞ。
聖樹が倒されて絶望し、城ヶ崎が圧倒されて希望が湧いて来て、今度は凪が倒された。
どうなっちゃうんだよ一体。
流石にこれ以上はどんでん返しが起こりうる要因が見当たらない……。
「あーあ、スーツも変えなきゃなぁ。」
その声にハッとした。
半ば放心状態だった僕だが、現実に引き戻される。
何を他人事みたいに言ってるんだよ。
このままじゃ僕も聖樹も凪も捕まっちゃうじゃないか!
打開策、なんでもいい!
今の城ヶ崎はかなり消耗している!
だったら、何かしら出来ることが……。
「……んで、後は葉矛。お前だけになった訳だ。」
城ヶ崎に見据えられて、ぞっとした。
ヤバい。
さっき一度は戦う姿勢を見せたが、今となっては何であんなことが出来たのやらといった心境だ。
凪は強かった。
とんでもなく強かった。
アレを凌いだんだ。ヤツは。
僕にどんな抵抗が出来る?
いやいや、アリが恐竜に勝てるかよ。
手負いであることを考えても結構な無理ゲーに思えるぞ。
本当の意味で何も出来ない気がして来た。
言葉の通りそのままの意味で”手も足も出せない”状態だ。
彼は片腕さえ使えれば僕を死滅させられる。
それを考えたらこちらから策も無く手を出すのはあまりに無謀。
というか、戦うこと自体が無謀だ。
「ま、てよ。」
城ヶ崎は足を止めた。
いや、城ヶ崎の”足を止めた”んだ。
……凪が。
外傷こそ殆ど無いものの、力尽きて動くこともやっとのようだ。
そんな状態で、彼女は城ヶ崎の足を掴んでいた。
「……女性を足蹴にするのは趣味じゃない。だが、離さないんだろう?どうせ。」
「だって、離したらキミは葉矛を……。」
言い終わらないうちに城ヶ崎は凪を蹴り飛ばした。
腹を強く蹴られた彼女はあっさりとその手を離した。
……それを掴み続けるだけの腕力だって残ってなかったんだろう。
凪は声さえ出さなかった。
目に涙を浮かび、叫びを飲込んでいた。
そんな、地に力無く倒れ無力化したかつての王を見下し、彼は一言告げる。
「……あぁ。殺すね。」
「くッ、おい……!」
僕は喉の奥で叫びたい衝動を殺した。
城ヶ崎を呼び止めるこの行動にどんな意味があったのか。
僕は怒っている。
だけど、『どっちに』だ?
僕を殺すと宣言したことに対してか。
それとも凪を蹴ったことか。
その真意さえ纏まらない。
纏まる前に城ヶ崎に詰め寄られ、考えるのは中断せざるをえなかった。
彼は僕の胸ぐらを掴んだ。
一瞬で間合いを詰め、僕に触れる。
悲鳴を上げる間もくれなかった。
「なんで、お前は守られてるんだろうな。」
「……へ?」
それだけいって、城ヶ崎は手を離した。
「いや、なんでもない。それより御免な。オレが”固体の武器”を使ったところを見たろ、お前。」
彼は哀れむ様な目で僕を見遣る。
”ソリッド・アームズ”……。
さっきの剣のことだろうか。
そう言えば城ヶ崎は既に剣を持っていない。
そして屋上にあの剣は存在しない。
周囲に捨てた訳でもないみたいだ。
アレがなんなのかは良くわからない。
だけど……。
僕は頷いた。
あの剣を、僕は見た。
すると城ヶ崎は1つ、大きなため息をついた。
それから僕を見据え、小さく首を振り、そして……。
「生かしてやりたかったんだけど、みられちゃったら仕方が無いんだ。」
城ヶ崎は拳を後ろに引いた。
「ちょ、ま……!」
突然の動作。
何をされるか一瞬で悟った。
僕は手を突き出して拒絶した。
必至になって彼から離れようと地を蹴り身を引いた。
……だが、そんな小さな抵抗も全く無意味だった。
「死んでくれ。」
彼の拳は僕の腹を正確に打ち抜く。
「……ッ!!!」
痛みなんて感覚、無かった。
ただ気持ちが悪くて強い吐き気がして、それで……。
僕の体は宙を舞った。
そうだね。さっきの凪達みたいにすっ飛ばされたんだろう。
以前にも僕は聖樹の炎攻撃の爆風で同じ様な体験をした覚えがある。
あの時は宙にいる間はふわふわとした、なんともいえない無重力感を味わったものだ。
凄くふわふわしていて、頭がぼうっとする感じ。心地よささえ感じていたかもしれない。
今回は違う。
ただ景色がぶれて、気持ち悪さがまして息が出来なくてひたすら苦しい。
意識がハッキリし過ぎていて気持ち悪さは更に増す。
そして、重力の影響を受けた僕は落下する。
……この落下もかなり凄く長く感じられる。
落下中景色に異変が起こった。
僕は屋上でないところに落下して行く------…。
「ぐふぅ!ガ、はア”、ァ”ァ”ッ!!!」
接地した。
地面に体が叩き付けられた。
一瞬だけ視界にぽっかりと穴があいた様に空が移った。
丸い空が見えたんだ。
そうか。
僕は穴に落ちたんだ。
さっき聖樹の行った火炎攻撃は地面を抉った。
爆発で出来た穴に、運悪く落ちてしまったんだ。
「ぐぶぅぅッゥぐン、ぶぅぅ……!!!」
吐いた。
嘔吐物じゃなくて、血を。
溢れる。
血が。幾分も喉を通って口から放出される。
口からでは足りない。吐き出しきれない。
鼻からも出ている。
痛い。感覚がそれ以外受け付けない。
ヤバい。
目の前が真っ赤だ。
真っ赤に染まってゆく。
周囲を認識出来ない。
まともな叫び声さえ出ない。
僕があの穴から落ちたのだとしたら、それはビル一階分の高さから無防備に落ちたのと同じだ。
しかも城ヶ崎のパンチを土手っ腹に受け、その衝撃により吹っ飛ばされて落とされた。
あのパンチは今更ながら確かに効いている。
内蔵が揺れて、それが血の逆流を早めている。
全身が痛い。
背骨の辺りから腰の骨の辺りまで激痛が走っている。
折れてるのか。
腹の中が熱い。
体の中でどくどくと脈打ち、その血が押し出される様にして本来血の入ってはならない場所に入り込んで来る。
感覚、主に痛覚でわかるのだ。
全身に流れている血が、どんどん抜けてゆく。
手足の感覚が無くなってゆく。
頭が痛い。
物理的に痛い。
打ったのかもしれない。
今、僕の脳は痛覚を認識するだけの機械になっている。
全身に起こっている異常を全て痛覚で僕に察知させる。
気道に血がへばりつき、神経がそれを察知し痛みを引き起こす。
更に気道が血で塞がれ、息が出来ない。
体中の骨なんてばきばきに折れているのだろう。
そうでなければ体を動かすだけでこんなにも痛みがおこるものか。
苦しくて酸素が欲しくて、空気を吸う為に藻掻くのだがその度に喉の奥から大量の血が送りだされる。
そして、ふと僕は気がついた。
これが僕の受けた初めてのダメージだ。
本格的に攻撃を受けたのは、なんだかんだ言ってコレが初めてだ。
聖樹は、凪はこんな苦しいものを受け続けていたのか。
こんな風になりかねない攻撃に晒され続けていたのか……!
動かないことが出来ない。
なんとか体を捩って、必至に藻掻く。
藻掻けばそれだけ全身が痛みを伴う悲鳴をあげて、また『ゴバッ!』という不穏な音と共に血を吐き出させる。
だけど、冷静になって体を止めるなんて出来ない。
僕に出来るのは藻掻くことだけ。
藻掻かなくては意識を維持出来ない。
正気を失ってしまう。
体を動かそうとする試みは、僕にとって生きることへの執着の現れだ。
少しでも生き延びようとして行った抵抗だ。
それもだんだん出来なくなってくる。
痛いってのもそうだ。
だけどそれ以上に苦しい。
ひたすらに苦しい。
息が出来なくて苦しい。
息をしようとする度に食道に溜まった血が肺に入る。
そしてむせ込んで、また血を吐く。
息はどんどん出来なくなって来る。
目の端に赤いシミが広がって行くのが分かる。
はっきりとは映らない。
赤い景色の床の様な場所に何かが染み渡っているのがかろうじて分かった。
……あぁ、僕の血が地面に染み渡って行く。
目の前が真っ赤で、それでいて真っ暗になってきた。
あぁ……。
モノのリンカクが掴めなくなって来ている。
場所の風景は目に入って来ているはずだ。
だけど、何を見ているのか認識し、分析することが出来ない。
意識が遠のいて行って、なのに瞼は重くならない。
まだ僕は分かっていない。
『僕が死ぬ』ってことを認識出来ていなかった。
ただ、苦しくて苦しくて、なんで僕はこんなに苦しいんだろうって考えて、結局答えは出なかった。
どうでもいいや__。
苦しいし、頭の中が空っぽになって来ているし。
もう苦しいってことも認識出来なくなって来ている。
もう、どうだっていい------……。




