【改めて”無力”】026【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-26----改めて”無力”
唐突に警報が鳴り響いた。
学校でなる火災警報のそれと全く同じ物だ。
ジリリリ、という甲高い音が耳に響く。
クソ、やっぱりバレたのか!?
「おいキクジ!やっぱりあんなに堂々と行動してバレないってのは無理があったんじゃないか!?」
凪が聖樹に食って掛かった。
胸ぐらを掴み、聖樹に詰め寄る。
冷静に考えて、明らかに怪しいよね。
こんなところに子供がいることが。
フロアないでうろうろしててここまで問題無しにこれただけでも十分だろう。
気づかれるのにこんなに時間がかかった事の方が僕としては驚きだ。
真っ先に怪しまれてしかるべきだろうに。普通は。
人の先入観って恐い。
「……実はな、レンヨウ。」
聖樹は凪に胸ぐらを掴まれたまま、重たそうな口を開いた。
表情が弱々しい。いつもの聖樹の覇気が感じられない。
「あたしもバレる気はしてたんだ。『騙せたらいいなー』と思ってこの方法を選んだが、今にしてみればバレない方がおかしい気がして来た。」
「その意見はまともだ。キミにしては珍しくまともだ。だがまともになるのが遅い!『今にしてみれば』って、ちょっとでも考えればその場でわかるだろう!この進み方の無謀さが!計画性の無さが!なんでこんな方法を選んだんだよ!」
「いや、だって下準備とか要らないし、楽じゃないか。頭で計画練ったりとか、あたしはそういうの苦手だ……。」
「だったら最初からねぇさんに方法考えてもらえば良かっただろ!?”あたしに任せろ”って、なんで要らない見栄張ったんだ!!」
凪は聖樹の肩を掴みガクガクと彼女の身体を揺すった。
首ががくんがくんと振れているが、聖樹は抵抗する様子を見せない。
珍しく聖樹は大人しめな態度でいる。
『侵入者は第6階層、重要資料保管庫に侵入。至急対処しろ。』
不意に入った館内放送。
放送では確かに”第6階層”と言った。
何故、第6階なのだろうか?
ここは5階だ……。
まさか、見つかったのは僕たちじゃないのか?
「レンヨウ、離してくれ。見つかったのはあたし達じゃない様だ。見つかったのはお前の姉と蒼希とかいうバカだ。大方見つかった原因はあのバカのヘマだろうがな。」
6階?
確かに翼さんと稀鷺は僕たちに続いてここに潜入しているはずだ。
でも、行き先は4階だったはず。
変更したのか?
それとも他に誰かが……。
「だったらボクたちまで見つかる前にさっさと逃げよう。姉さんがいれば向こうは大丈夫だろう。こんな行き当たりばったりにも等しい馬鹿げた進み方で帰り無事に過ごせるか分かったもんじゃないしね!何が”あたしに任せろ”だよ、全く……。」
凪は一気に捲し立てた。
相当腹を立てている様だ。
対して聖樹は逆上したりはしない。
代わりに居心地悪そうに凪から目を逸らした。
「わ、悪かった。ケドここまでは無傷でこれただろう?」
聖樹は身を捩り凪の手から逃れる。
凪から少し距離を置き、そうぼそりと呟いた。
悪いとは思っているのかもね。
そうでもないなら彼女があんなに謙虚な姿勢を取るはずが無い。
僕は聖樹の事はまだ殆ど分かってないし、『そうでないなら』などと言い切ってしまうのは失礼なことかもだけれど。
「と、とにかくだ。バレたとは言え、ちゃんとここまで来たし目的の物は手に入れた。脱出は入ることより簡単なことのはずだ。ミヤビギ!もうデータは取り終えているな?」
ハッとしてPCの画面に目を落とす。
2人の言い合いがちょっと面白くて野次馬してたんだ。
モニタには待ち時間を表すゲージが表示されていたのだが、それは今『完了』の2文字を表示するウィンドウになっている。
僕はタスクバーの『取り出し』の項目を選択し、USBを引き抜いた。
デスクトップ画面から僕のUSBメモリの項目が消える。
データは取れた。
この中にバッチリ入っているハズだ。
「良し、行くぞ。」
聖樹は先陣を切って廊下に飛び出した。
警報が鳴っていても、廊下が騒がしくなったりはしていない。
来た時同様静かなものだ。
「エレベーターを使い1階に下りる。そのまま堂々とここを出て行く。何も、何処も難しい事じゃない……。」
聖樹は先を歩きながら、独りぼそぼそと呟く。
自分自身に言い聞かせている様だ。
「しっかりしてよ。やってる事はいい加減だけど、ここを知っているのはキミなんだ。今は頼りにしてるんだからね。」
凪が声を掛ける。
聖樹は無言でただ頷いた。
彼女の案内無しにここを進んだら、きっと元来た道を辿るのにも大分時間を要してしまう。
それくらい地形は入り組んでいたし、僕の方向感覚では来た道もどこだか分からない。
今は彼女が”頼り”なのだ。
------、来た時と違い、少しだけ走ったお陰か短い時間でエレベーターホール辿り着けた。
流石にここには人がチラホラ居る。
閑散とはしていない。
ただ、周りの人たちは警報が鳴った事と6階にいる侵入者の事で頭がいっぱいだの様だ。
誰1人として僕たちの事を注視する人間は居ない。
あっけない程に簡単にここまで来れた。
そして皆、批難よりも研究施設の情報などの安全確保を優先しているらしく、むしろ逃げることをしない。
それほどまでに重要な情報が沢山あるのか。
重要なのは、逃げるのが非情に楽そうであると言うことだ。
「……お前の言う通りだ。」
一度足を止め、聖樹は凪に向き合った。
「あたしが冷静でないとな。任せろって、言ったんだから。こんなところ早く出てしまおう。今ならまだ容易く逃げれるだろう。」
聖樹は先を急いでる様だ。
彼女はどこかそわそわとしている。
凪に文句を言われてから彼女はこの調子だ。
どこか落ち着きが無い。
「翼さんと稀鷺は?置いて行くのはやっぱりマズいんじゃ……。」
僕はふと別行動の二人組が気になった。
翼さんはともかく、稀鷺は僕より強いとは言え能力など持っていないのだ。
皆で無事に脱出出来ないのでは意味が無い。
これは助かる為の攻撃なのだから。
「なら戻ってみるか?」
聖樹の言葉に顔を上げる。
言葉からは想像出来ないだろうが、彼女は決して好意的にそう述べたのではなかった。
聖樹が僕を見るその眼差しは”呆れ”と”苛立ち”を表している。
彼女にそんな表情をされたのは初めてだ。
悪いこと言ったかな……?
自分の発言を振り返るが、心当たりは無い。
そうこうしてるうちに彼女が述べる。
「考えろ、ミヤビギ。戻ってどうなる。お前は自分自身が何の力も無く戦う事も出来ないと言う事を忘れていないか?」
……思いがけない言葉だ。
そして、とても”引っかかる”言葉だ。
目を逸らしていた何か、気がつかなかった様な何かを指摘しされている様な感覚。
具体的な心境としては、『学校の提出物を忘れたけど先生がそれを指摘してこないから今日一日なんとかオトガメ無しで乗り切れるかどうか』と授業中考えている様な感じだ。
モヤモヤとしたものが迫って来ていて、僕はそれから逃去りたい。
そう、逃去りたい。
僕はそれを指摘されたく無い。
思わず二歩彼女から後退するが、聖樹は言葉を続けた。
「お前が友達思いなのは構わないさ。それは良いことだ。……だがこの場に限ってそれを聞き入れて行動したのなら、振り回されて戦うのは結局あたしとレンヨウだ。お前じゃない。」
……唖然とする。
済ました表情で彼女は言った。
聖樹の言葉は決して間違いではない。
真実をそのままストレートに述べただけだ。
”戦わなきゃ”と言って勇んでも戦うのは僕じゃない。
僕にはそんな力も無いから。
それは紛れもない現実だ。
言われるまで意識出来なかった。
「キクジ。そんな言い方しなくたって……。」
凪は僕たち2人の間に割って入ろうとして、聖樹に強く拒まれた。
彼女は尚も言葉を続ける。
「お前は無力だ。蒼希以上に無力な存在だ。お前は自分の身だって自分で守れないだろう。今だってあたし達に頼ろうとした。そのクセは良くない。独りでは行動出来ない様にしまうのは、とても恐ろしいことなんだ。」
聖樹は一拍おき、息を吐いた。
彼女は改めて僕と向かい合う。
その表情に浮かんでいたものは、”虚しさ”だけであった。
聖樹はとても哀しそうな表情を見せた。
「責めている訳じゃないんだ。ただ、お前のわがままはレンヨウを消耗させてしまう。それに早く気がついて欲しい。あたしもレンヨウも居なくなって、そこで初めて自分の力の程を知ったとしたら、それは手遅れだから。」
……僕のわがままは凪を消耗させる。
確かにそれを深く考えはしていなかった。
「今のお前は人の心配よりも先に自分が生きる心配をしろ。あたし達はまずお前を安全なところまで批難させないとならない。それが、あたし達の力で出来る程度の行動だから。偉そうなことを言ったが、あたし達にも力量があるし限界がある。更に言うなら、お前が友達を心配する様にあたしもお前が心配だ。あたしはまずお前を助けたい。」
心配されてる。
聖樹の言葉は厳しいばかりでは無かった。
僕を案じてくれてもいたんだ。
それはとっても嬉しい。
けれど……。
『無力である。足でまといである。戦っても居ない。』
……良く考える必要がありそうだ。
僕は彼女達に守られるだけの価値はあるのか?
聖樹は今飽くまで『心配だから助けたい』と言ってくれた。
戦いに関して役には立たない僕をだ。
そもそも、戦いに限らず僕が彼女等に有益であった事などあっただろうか。
改めて、1つの疑問が生まれた。
もっと早くに考え始めていてもおかしくなかった疑問が。
『僕は、”僕自身は”戦ってる?』
自分たちを守る戦いに僕は参加しているのか?
彼女達と関わっているだけで、実際戦いに”参加”などしていないのではないだろうか。
力が無いから仕方が無いと、そう言って。
『力が無いから戦えない。でも戦っている?』
それって、何かおかしい様な……。
今までのそんな認識に目を向けだす。
彼女の発言は、その切っ掛けになるに相応しいモノだった。
僕は何をしているんだ?
日常生活で凪を助けれる?
馬鹿か。そんなの、友達として当然のことだろ!
それで浮かれてて、だから目を逸らしてて。
出来ることの模作が甘かったんじゃないか?
「葉矛。」
顔を上げる。
いつの間にか俯いていた様だ。
僕の名前を呼んだのは凪だった。
「菊地の言ってることは正しいよ。でもね、考えたってどうしようも無いことだってある。出来ることと出来ないことがある。無理はしなくていい。キミが負い目を感じる必要は無い。」
僕はただ首を振った。
凪の言葉は優しいけど、的を射てはない。
------ッ違うんだ。
考えてどうなる、どうしようもない、とかそんなことを言っている訳では無い。
考えること自体が重要なのだ。
そして考えなかったこと自体が問題なんだ……!
僕は甘えてた。
それを聖樹が教えてくれた。
今だって、僕は無意識に2人に甘えようとしていた。
『残りの2人を助けに行こう。でも僕じゃなくてキミたちがやってよね。』
簡潔に言うなら、僕はそう言っていたのだ。
いつの間にかそれが当然のことになっていた。
それで良い訳が無い。
今までそんな当然のことに気がつけなかったことが、重ねて悔しい。
「もういいだろう。とにかく2人は助けに行けない。戦力不足なんだ。今はお前とあたしとレンヨウ。この場にいる自身等の安全を考える時だ。……さっさと行くぞ。」
聖樹はそう言いつつ、エレベーターのボタンを押した。
この場でじっくり考えたいけど、それは後だな。
今は逃げなきゃ。
聖樹の言う通り、このメンバーでは戦力不足だから。
……せめて、僕が戦えれば少しは違ったのかもしれないけれど!
「……レンヨウ。回り道をしよう。」
エレベーターのボタンを押した聖樹だったが、急に振り返って部屋を出た。
彼女が向かったのは非常階段だった。
……階段で降りるのか?
「なんだってそんな面倒なことを?階段って降りるの遅く無いかな?」
ナギが不満を漏らす。
一方、聖樹は”不安”を漏らした。
それは言葉によってではない。
表情がそれを物語った。
出会ってから一度も見せたことの無い表情、それでいて連想すら出来なかった『不安そうな』表情を聖樹は浮かべた。
聖樹は凪に何かを言おうとして言葉につっかかる。
それからもう一度、発言を試みた。
今度は言えた。
彼女はぽつりと呟いた。
「……エレベーターは、動かない。」




