《勝手だけれど》25-#3/4《翼》
【個体の武器】
【恋葉 翼】-0-25#-3/4----不気味な程順調で--《勝手だけれど》
「恋葉、さん?」
後ろで蒼希君が声を掛けて来た。
彼は心無しか心配そうな表情であった。
そう感じたのは、私が誰かに慰められたかったから、なのかもしれない。
今この時に限っては、彼が声を掛けて来てくれたのが嬉しかった。
……いや、嬉しいという表現は正しく無いかもしれない。
このやるせなさから逃げる道の様な存在に感じられたから”旨い”と感じた。
逃げ道たる彼の言葉。
私はそれにすら縋りたかった。
私はそんな心境であって、彼は話しかけて来た。
しかし、なのに答えられない。
今回は意図的に返答しない訳では無く、出来ないのだ。
今喋ったらその拍子に吐いてしまいそうだったから。
「このファイル。この写真、見覚えがある……。コイツってもしかして……。」
蒼希君は私が落としたファイルを拾い上げた。
恐らくは蒼希君も”彼”を知っている。
”彼”は有名人だから。
------その資料が記していたのは、かつて『私が見捨てた1人の男子生徒』だった。
あの時、私は彼をただ見ていただけだった。
彼もまた狙われていたことは、確証こそ無かったがなんとなく把握していた。なのに。
『私に関係ないから』『リスクがあるから』『ただ、行動するだけのヤル気が起きなかったから』
そんな理由で私は彼を見捨てた。
そんな私の下らない考えのせいで、彼は死んでしまった。
……その後、彼がどうなったのか私なりに考えてはいた。
例えば、先日言った様なこと。
特殊な施設に拘束され、研究されているとか。
先日私は”人体実験が行われている”等という可能性を指摘したばかりだ。
こんな、最低な結果になっている可能性も想定はしていた。
しかし、今までそれはあくまで『可能性』に過ぎなかった。
私の妄想の域を外れなかったのだ。
ただの妄想だったから特別に悲しみもしなかった。
……妄想だから。決まった訳じゃないからと自分に言い聞かせていたから。
『まだ死んだと決まった訳じゃない』
その可能性があるだけで、私の心はどれだけ救われていたのだろうか。
”まだ生きているかもしれない”という小さな希望があっただけで、今まで私は耐えられていたのだ。
耐える、というよりも目を背ける事が出来たのだ。
それが潰えた瞬間、コレだ。
……耐えれない。
今まで私は逃げてただけだ。
目を背けてなかった事にしていただけだ。
それなのに私は、どこかしら意識的にその話題に対して自分なりの決着をつけていたつもりでいた。
……黙認するという決着を。
完全に乗り越えてしまうという決着を。
つまり、『逃げる』という決着を。
その逃げ道は、今塞がれた。
現実と向き合ったとたん、自分の偽って来た不安や公開を一気に突きつけられて……。
私はそれに耐えれるだけの強い心は無かった。
強い心など持っていないのは分かりきっていた。
だからこそ、今の今まで目を逸らしていたのだろう。
「レンヨウさん。アンタ、コイツとどんな関係だったんだ?」
不意に蒼希君が呟く。
どういう関係だったか。
……改めて考えれば、私は彼に特別な感情など抱いては無い。
「……友達とか?元カレシとか?フザケてるんじゃないんだ。本当に、コイツってどんなヤツだったの?」
彼の問いに対して言葉が出ない。
どんな人だったか、私は知らないから。
私は彼のことなんて殆ど何も知らない。
だから、ただ首を振って否定した。
本当にどんな関係でもない。
ろくに話した事すら無い相手だった。
------だから、私は余計に恐怖を感じる。
この人が特別な人じゃないのにも関わらず、私は打ちのめされた。
赤の他人と言ってしまえばそれっきりの、本当に『関係の無い関係』だ。
そんな人だったのにも関わらず、私のせいで居なくなったと思うと胸が締め付けられる。
私が黙認したから死んだと思うとまた吐き気がする。
……仮に、これが私の大切な人だったなら?
これが、ここに書いてある名前が仮に『恋葉 凪』だったら、私はどうなってしまったんだろうか。
「……ッ。」
……考えられない。
それを考えただけで鳥肌が立つ。
考えたくも無い。
それが起こったら冗談ではない。
「何があったかは今は良いッス。俺は聞かない。」
私は顔を上げた。
いつになく彼は真面目だった。
そこに居るのは私の知る”ただの五月蝿いコ”では無い。
「けど、めげてちゃ前に動けない。それじゃ葉矛も凪も困るじゃ無いっスか。だから今は動こう。俺は、葉矛を助けたい。俺が行動する理由はそれだけじゃないけど、この気持ちは本当だから。レンヨウさんがそんな調子じゃ俺が困る。今はめげてる時じゃない。」
彼はどんな目的を持っているか明かさない。
”葉矛を放っておけない”というが、きっとそれだけじゃない。
葉矛の存在を盾に行動動機を偽っている。
けれど彼の葉矛を心配しているというその言葉に嘘は無い。
理屈じゃなく、それは分かる。
この人は友達を心配していて、本気で助けようとしている。
私が凪を思うのと何が違うものか。
私はどうだ?
単純に、私は妹を助けたい。
自分も助かりたい思いもある。
彼はきっと私が見捨てたから死んでしまった。
妹にはそれを追いかけて欲しく無い。
追わせてたまるか。
”今はめげてるときじゃない”。
その言葉は強く私を揺さぶった。
------そうだ。
身勝手と言われても構わない。
私はこれ以上、何も失いたく無い。
例え話だが、”失っても”私に直接デメリットの無いモノは沢山あるだろう。
ただ、それで悲しむ人が居たなら直接私に損が無かったとしても私は辛い。
私が頑張ればその人達は不幸せにならなかった。
そう考えるのが辛い。
また、そう考えざるを得ない。
……そういうことか。
「……時間、無いよね。」
考えれば考える程に時間が無駄になって、心境は更に悪くなっていく。
考えるのは後回しでも良い。
今、そんな時間はない。
だから今は考えなくていい。
考えてはいけないのだ。
私は自分にそう言い聞かせた。
何度も深く深呼吸して心を落ち着ける。
ここは敵の本拠地なのだ。
泣いている暇など無い。
吐き気は収まらない。
涙で目の前はかすむ。
思考は冷静のそれから遠く及ばない。
だけど、前に進む事は出来る。
冷静じゃないけど。最善の状態ではないけれど。
それでも、立ち止まるよりは幾分もマシだ。
「……蒼希君。このファイル、それと私がそこに置いたモノ。全部重要だから荷物に加えておいて。」
彼に指示を出し、私は立上がった。
私は、凪を絶対にこんな風にはしない。
”彼”には悪いが、凪は”君”の後を追わせない。
モチロン私も暫く其方には逝けそうに無い。
まだやりたいことは沢山あるから。
だったら生き残る為に出来る事は全部やる。
幾人が私や妹の身を狙おうとも、全部防ぎきるだけの覚悟を持つ。
今は行動するときだ。
この気持ちは決意という程の物じゃない。
それに義務感もない。
私は、それがしたいからするだけだ。




