【続く非運】021【葉矛】
さて、題2章スタートです。
ゆっくりお楽しみ頂ければ幸いです。
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-21----続く非運
……また朝が来る。
稀鷺が僕たちと戦う事を決めた翌日だ。
当然ながら、今日も学校がある。
凪は昨日から引き続き入院しっぱなしのハズだ。
今日僕を護衛してくれる人間は居ない。
正直な事を言えば一日引きこもっていたい。
凪が居ないからと言って、翼さんが僕にかまけてくれるとは思えない。
それは、彼女と僕の『日常を』壊す行為だ。
恋葉 翼と僕に関わりなど無い。それが普通なんだ。
”僕と彼女は直接的な接点が無いハズ”なのだ。
稀鷺はあの後、この件に、つまり”戦い”に関わる事を明確に公言した。
理由を問われた彼は『葉矛が絡んでちゃぁ他人事だとは思えない』から関わるのだと言っていたが。
僕は、なんとなくそれだけでは無い様な気がして、深い追求をしてみた。
けれど、稀鷺はごまかすばかりだった。
結局ハグラカされて明確な理由についてはちゃんと教えてはくれなかった。
けれど、どんな理由があるにしろ稀鷺は心強い味方だ。
少なくとも僕よりは凪と翼さんにとって戦力となれるだろう。
ウェザード能力を使わなかった事を考慮しても、一時的に素手で聖樹を押さえ込んでいたのだ。
もちろん、新しい仲間が出来たからと言って油断は出来ない。
結局、稀鷺は”普通の人”に過ぎない。
彼は兵器を持った大人達と丸腰で渡り合う様な、普通の高校生の領域を超えるチカラは持ち合わせていないのだ。
目が覚めて来た。
行くにしろ行かないにしろ、とりあえず起きなくては……。
行くか行かないかで悩んで、念のために支度だけ行っていた時だ。
玄関で呼び鈴を鳴らす者が現れた。
稀鷺が?
凪で無いのは明らかだ。
支度は殆ど終わっていた。
制服に着替えてある。
髪型はある程度直した。
誰が来たって出迎えれる状態である事を確認し、僕は玄関に向かった。
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「------、御早う。ミヤビギ。」
訪問者を出迎えた僕は、まず固まった。
それこそ氷付けになった気分だ。
ピキーンと背筋が伸び、咄嗟の言葉も出ない。
数秒間固まった後、なんとか息を吸い込み言葉を発する。
「……なんで、君がここに!?」
……、と。
なんて、ことだ。
言葉を発し、硬直が溶けた僕は頭を抱える。
完全な不意打ちだ。
予想など出来るものか。
なにせ、扉の居たのは……。
「菊地……聖樹……!?」
「なんだ、その間抜け面は。」
彼女は僕の眉間をつついた。
攻撃では無かったのだが、唐突なその行動に僕は大きくノックバックした。
れ、冷静になるんだ……。
彼女は、何故こんなところに?
目的は?てか、怪我は?
……だが、それ以上に気になる事が多々ある。
気になること、まずは彼女の服装だ。
彼女は何故か”東紅葉高校の”制服を着ていた。
いつも手に持っている新聞紙に包んだ日本刀はないが、その代わりに鞄を持っている。
その鞄も、真新しいが凪の持っているモノと同等のものだ。
更に、背に弓道部がよく持っている様な矢包みを背負っている。
……が、それは矢にしては短いし、矢の様な特徴的な反りが無い。
ほぼ真っ直ぐである。
形状からして中身の想像は容易だ。
絶対に”アレ”だ……。
「ミヤビギ、いくらあたしの訪問が嬉しかろうが、そうやって固まっている暇はそれ程ないぞ。準備しろ。」
彼女はじれったそうな表情で、ワイシャツをぱたぱたさせている。
こんな状況でなければ脇腹がチラリと見える事によくよく注目して見ていたかもしれない。
僕には状況が飲み込めない。
いくらなんでも唐突過ぎる。
「準備って言ったって何の、というかそもそもなんで君がこんなところに居るのさ!?」
さっきも問いただした気がしたが、それはスルーされたのでもう一度言い直した。
なんでこんな時間にこんなところに居るのか。
……制服の事とか、それ以前の問題だ。
だって、普通なら彼女は……。
……その先を考えようとして、僕は息をのんだ。
彼女は------?なんだ?
普段彼女は何をしている?この時間は学校に行ってる?それとも不登校?
聖樹はそもそも何処に住んでいる?
学校は何処だ?南紅葉の制服だけで通っている学校は確定出来ない。もしかしたら何処からか調達したのかもしれないじゃないか。
現に彼女は、今は僕の学校の制服を着ているのだから。
……よく考えても見れば、彼女の事を僕は何一つ知らなかった。
故に断定出来ない。
彼女は南紅葉の生徒であるから、学校があるならここに居るのはおかしい。
そうやって、確定して結論付ける事が出来ない。
もしかしたら制服は何処かで調達したもので、実際はこの付近の住まいかもしれない。
だとしたらこの場に彼女が居る事もおかしくは無い……?
その理屈はおかしいだろう。
いくら理由付けにしたって無茶だ。
自分でもそんな理由付けでは納得出来ない。
そもそも理由付けよりも真実であって欲しい。
真実ならば納得出来る。
僕は瞬時に様々な考えを巡らせていた。
彼女が僕の前に現れた目的。
服装云々の意味。
しかし、そういった長考を全て一瞬で消し去り……。
いや、解決する一言を彼女は述べた。
「……何をそんなに考えている。同じ学校に行くのに、迎えに来る事の何がおかしい?」
彼女は平然と、さらっと、ナチュラルにそういった。
あまりに自然体に言ったため、”おかしいな?”と思うべき部分を探すのに一瞬かかった。
今、彼女は何と言った?
《同じ学校に通う》……?
ちょっと待って欲しい。
その言葉の意味を考慮した上で考えろ。
こうして迎えに来たって事は……?
「同じ学校って……。まさか、ミサキちゃん……?」
聞いてから後悔した。
僕は恐ろしい可能性を口にしようとしてしまった。
……頷くな!
頷かなくて良い!
ていうか、そもそも答えなくて良い!
別に君の事が嫌いな訳じゃないけど、ちょっと恐いんだよ!
それになんていうか、出来事に対しての心の準備がまだ……!
「ああ、そうだ。」
……僕の心境など、お構いなしに彼女は首を縦に振った。
「今日から学友だ。もっとも、既にそれ以上の関係だがな。あたし達は。」
なんてこった。
僕の思考は止まった。
先程思った恐ろしい”可能性”は、今”現実”となった。
凪が知ったら、なんて言うだろう。
どんな顔をするのだろうか……。
病院での凪の対応を見る限り、想像は難しく無い。
「随分、急な転校だね……?」
聖樹は肩を竦める。
表情を見る限りでは彼女自身もこの転校の突然さ、異常さ自体は理解している様だ。
「全くだ。レンヨウ ツバサも、なかなか人使いの荒いヤツだ。」
そう言った彼女はどこか疲れた様子でもあった。
「ツバサさんの指示、なの……?」
……翼さん。
まさか、人の通う学校すら指示して変えるとは思わなかったよ……。
いくら彼女がこちらに寝返ったからと言って、通学する場所や地域まで帰る事を強要するなんて。
……戦ってるのは遊びじゃない。
そんな事分かってるけど、学校の転校って僕からしたら大した事だ。
そこまでするか?と、内心で僕は呟いた。
まるで創作物の登場人物の様だ。
命がかかっているとは言え、その為に通学の環境を変化させるなんてね。
昔から小説では良く聞いた話しだ。
しかしそれじゃ現実味自体は無い話しだ。
……いや、だった。
現実味が無かったのはさっきまでだ。
今となっては『ああ、現実にもそういうのあるよね』って言える。
目の前に現物が現れては、存在や現実味の否定の仕様がない……。
「とにかく早く行くぞ。遅刻しても知らないんだからな。」
……急かす彼女を尻目に、僕は時計を見る。
今から出たら早過ぎる。
学校に着いて、一体どれ程暇を持て余す事に成るか……。
20分は下らない。
そしてそんな20分も早く行動する程には僕は心配性じゃなかった。
「まだ早いよ。今から行ったら、いくらなんでも早過ぎる。」
「良いから来い!遅刻しないまでも、さっさと行かないと……。」
彼女は僕の腕を掴んで引っ張る。
い、いや、まだ鞄とって来てないんだけど……!
抵抗を試みるが力が強い。
部屋の外まで引っ張られ、さながら部屋から引っこ抜かれそうになった。
「……おい、そこの変態銃刀法違反者。黙って離れろ。さもなくば、このまま無力化して警察に突き出すぞ。」
不意に声が聞こえた。
その声と同時に、僕から見て横方向から青白い氷の剣が飛んで来た。
剣は聖樹を掠め、そのままマンションの通路に転がった。
……この氷の剣って、作れるのは1人しか居ない。
「……ちッ。こうなるから、早く行こうと言っていたのだ。」
玄関口から外に出る。
通路の少し離れたところに、凪は居た。
「おはよう、葉矛。」
彼女は僕に柔やかに笑いかける。
表情は穏やかで、元気そうだ。
「な、ナギ!怪我、治ってる……!?」
そこに居た凪だが、まるでけろりとした様子であった。
つい昨日まで病院に居たハズなのに、元気過ぎるくらいに見える。
昨日まで包帯ぐるぐる巻きだったのに!
僕は凪に駆け寄ろうと、走り出した。
……のだが、聖樹に掴まれている事を忘れていた。
ビンと腕が伸びきって、一瞬ツリそうになった。
……女子って案外握力が強い。
それとも聖樹に限ってなのか?
僕は全力で走り出したが、聖樹は全く微動だにしない。
……あれ?
もしかして、僕の力が弱い……!?
「てか、ナギ。もしかして知ってた……?」
「何を?」
彼女は聖樹の方を見遣る。
僕の言葉を聞いた凪は不機嫌そうな表情を見せ首を傾げた。
彼女が手に持った氷の剣はぽたぽたと雫をたらしている。
朝とは言え、気温からして何もせずとも汗が出て来る程だ。
氷が溶けるのも早い。
「えっと、キクジさんが、同じ学校に行くことになったって。」
彼女の最初の反応。
つまり、最初の一言目だが『どうしてここにいる!?』という僕の様な”知らない者”の反応ではなかった。
それが示すことは、つまり……。
「ああ、知ってた。やりきれないね、どうも……。」
予想通りの答えが返って来た。
だからどうだと言う訳では無いが。
知っていたなら教えて欲しかった感じはある。
……もういいや。
わーわーと騒いでも仕方ない。
それより新たに浮上した疑問点によって僕の関心はそちらに向けられていた。
「えっと、ナギ……。それより出歩いてて、大丈夫?」
言ってて気がついた。
そういえば、といったら失礼かもしれないが。
「……てかミサキちゃんも!……怪我!?」
よく見れば2人とも、昨日まであった傷がまるで治ってしまっている!
包帯や絆創膏の処置など、既に一切が見られなかった。
包帯が取れ、絆創膏は無い。
けれど聖樹の顔に傷など無い。
凪に殴られた跡など、既に消えてしまっていた。
そしてそれは凪も同じだ。
彼女も怪我など無くなっていた。
「そんなことはどうでも良い。」
依然、剣を構えたまま凪は言った。
表情は続けて、極めて不機嫌そうだ……。
「とりあえず2人とも離れろ。朝から不謹慎だ。破廉恥だ!ボクはそういうの良くないと思う!」




