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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【巻き込まれた者:雅木葉矛】
30/82

【悪気はなかったんだ!!】013【葉矛】

七夕ですね!おめでとうです。


挿絵練習中です。

でも”葉矛”の間に挿絵入れれるレベルになるかは微妙だなぁ……。

【個体の武器】

【雅木葉矛】-0-13----悪気はなかったんだ!!




 ……簡潔に記そう。

手首を掴み、攻撃を妨害するところまでは成功した。


「な、ミヤビギ……!雑魚が、邪魔をするな!」

 掴んだ瞬間に溝に膝を喰らう。

意識が飛びそうになる。

女子って案外力強いよね?

皆が言う程弱くないよね!?


 あっさりとふりはらわれてしまった。

……いや、この際だ。

振り払われたのは良しとしよう。

問題はその後にあった。

ある2つの要素が作用して(僕にとって)悪い方向に事が運んだ。


 まず1つ目。

パニックで目の前が真っ暗になった僕は、よろけて菊地に重心を傾けた。


 そして2つ目。

振り払われ、意識も薄くなっていたのにも関わらず僕は彼女の手首を掴んだままだったのだ。

ついでに反射的に空いた手で彼女の制服を掴んでしまった。


「な、な……!?」

 そのまま押し倒す様な形で倒れ込んだ。

つまり、押し倒してしまった訳なんだ。

僕が黒髪の少女こと、菊地 聖樹を。



「お、お前……!」

 菊地の上に倒れ込んだ僕に怪我は無かった。

それを不幸中の幸いと呼んでも良いのか。

僕は何が起こってしまったのか理解する為に10秒程要した。

その間、菊地はじっと目を丸くして僕を凝視していた。


「……??……、……!!!」

 自分の状況を理解した僕は大急ぎで立上がった。

その十秒間、僕は彼女を下に敷いているような状態だったわけで……。



「う、うわわわわ!!!ち、違う!違うんだ!!悪気は無かったんだ!!」

 立上がったと同時に僕は必至に謝った。

無実だ。事実だ!

まさか、女の子をクッションにして地面に倒れ込もうなんてことするつもりはなかったんだ!

凪を助けようとしただけで、こんな体勢になるなんて思ってもみなかった!信じてくれ!



「流石、俺のSoul Brotherこと雅木葉矛!俺にはとても出来ない事を簡単にやってのける!!」


 頭上から声がした。

見ると、堤防の道路から、稀鷺が煽り立ててきていた。

ヤケに『ソウルブラザー』の発音が良い。

言ってやりたかった。

ちがうんだ、本当に違うんだ!と。

それを言う前に稀鷺に言葉をかけられ、タイミングを失ってしまったのだが。


「コッチは気にするなー!周りに人がいないかどうか見てるだけだからな!戦いに割り込んだり、オマエの邪魔なんてするつもり一切無いからなー!!」

 口調が非常にのんきだ。

さっきまで自分が戦っていたくせに!

「き、キサギ、誤解だ!!わわ、悪気は無かったんだ!」

「コッチは気にするなって!敵さんから目を離してていいのか~?」


 ……そうだった。


 恐る恐る、振り返って菊地を見る。


 彼女は既に立上がっていて、僕をただじっと見ていた。

悪口を言うでも無く、攻撃もしてこない。

こちらを無表情に見ていた。

それが逆に恐い。

そして心に突き刺さる。

ただ見ているだけだ。

でも見られている僕からしたら、その眼差しは物理的に僕を貫いている様な。

そんな錯覚を起こさせる。



「お前……。」

 不意に彼女が口を開いた。

思わず反射的に二歩程後ずさりした。

も、もう一度、謝るべきだろうか?

あと一言、『悪気は無かった!』と言えば、許して貰えるだろうか……!?



「葉矛、離れていた方が、良い。」

 その思考は中断された。

背後からの声に反応して見遣る。


 凪がよろけながらも立上がっていた。

結果論だが、僕は時間稼ぎに成功したらしい。

そう、全ては作戦だった!


……てことで許して貰えるだろうか。

後で試しに弁解してみようか。



「ふん……。レンヨウ、まだ動けたか……。」

 困惑した表情から一変。

凪が動けることを知った菊地は再び表情を硬くする。


 謝るタイミングを逃してしまった。

安心した様な、取り返しがつかない様な。



「一撃喰らっただけで、ボクがやられるとでも……?過小評価も良いところだ。」

 なんとか立ち上がった凪は砕けた剣の破片……。

剣の柄の部分だけを握りしめている。

強がりを言っているが、凪はやけによろよろとおぼつかない足取りだ。

怪我の具合と動きの様子が釣り合っていない感じがする。

怪我自体はそこまで酷くないのだ。

僕もさっきあの攻撃を受けて、しかし大した怪我はしていない。


「ナギ!だ、大丈夫?」

 僕の問いに凪は小さく首を振った。

肩を上げて息をしている。

ダメージを受けて、というより『疲労して』弱っている様な印象だ。


「強がりを言っても仕方が無いから言うけれど、かなりキツいさ。」

 そう言いながら氷で出来た柄を投げ捨てた。

それは少し溶けかけている。

夕刻とは言え、夏の暑さは健在だ。



 凪の顔色が優れない。

「……さっきの段取りで仕留めれると思ったんだけれどね。そのつもりで攻めてたから、正直余力は殆ど無い。」

大丈夫、ではないようだ。

僕は凪を支えようとしたが、拒まれた。

あくまで彼女は自分の足で立ち、自身の敵と向かい合う。



 その様子を、菊地はただ黙って見ていた。

会話中で、隙を見せているにもかかわらず。

こちらからの攻撃を警戒するでもなく……。


 会話が終わるのを待っていてくれているのかな?

そんな事をして利点は無いよね。

だから単に、実は凪が隙を見せていなかっただけ。

そうに違いない。


 そういえば。

……不意に、数日前の会話を思い出す。




『氷の剣は、1日6個までが限界。それ以上は無理。』

『ウェザード能力は万能じゃない。ある程度の制限の中でしか使用出来ず、使用に限度がある。』




……、力の使用には制限が。


 能力の使用には何らかのリスクがある。

能力は万能じゃない、という翼さんの言葉はそういう意味なのだと今解釈した。

なにかしらの代償が、コストの様なものがあってそれ以上は使用出来ない。

だから1日に使用出来る回数に制限があるのだ。


 そして、”氷の剣を作る”という能力の使用回数は6回だと言っていた。

今日、僕が数え間違えてなければ既に5つの剣を使っている。

つまり次に作る剣が……。

凪の連続して作れる最後の剣って事になる。



「……相談は終わったか?」

 菊地は刀を構えた。

これ以上待つ気は無いらしい。

瞳が一瞬赤くなった様に見えた。


「普段から能力に頼っているからそうなるんだ。チカラを使えば、消耗するのだから、それに頼らない戦い方が重要なんだ。」

 服についた土を払いながら得意げに語る。

彼女の言っているコトの意味は僕にも分かった。


 凪は武器を作る事で消耗して、しかもそれは永続的に使える物でも性能の高い物でもないのだ。

それどころか、消耗してまで武器を作っても向こうの武器に迫ることも出来ない。

単純に不利だ。


「お前と違って私は一度しかチカラを使っていない。戦い方も1つのチカラの差というものだ。」

 だが、凪は能力を使って剣を作る以外に選択肢は無かったのだ。

さっきも言った通り、戦っているだけで損失は凪の方が大きい。

理論で考えれば、戦闘が長期化すれば一方的にいつの間にか有利不利の差が付いて凪は負けるだろう。

イレギュラーは発生するかもしれないが、それはあまりにも現実味の無い都合のいい解釈だ。

それでは負けの方が多分確実である。

不利すぎるギャンブルなど、凪じゃなくても普通はやりたくないだろう。


 凪は勝てる確立がちょっとでも高い方を選んだだけなのだ。

能力の余力の殆どを使ってでも、さっきの一回の攻撃で相手を倒そうとしたのだろう。

……結果、失敗してこの状況になった訳だが。


「ボクも人の事を言えた立場じゃないが、キミは口数が多いな……。」

 凪は右手を前に突き出した。

左手で僕を横に除けた。

もう一度、挑むつもりなのだろうか……?


「ナギ……。氷の剣って、もう作れないんじゃ……。」

 言いかけたが、凪の左手で口を塞がれた。

一瞬目があう。


 彼女は僕に小さくウインクしてみせた。

体調は優れないだろうに、精一杯強がってみせているのだ。


「こっちが不利だからと言って……なにもやらなきゃ、なにもしなきゃ最後にはボクもキミもやられて終わりだから……。キミは、ボクを信じて今はただ見てればいいのさ。」

 右手に剣が出現する。

剣が現れる瞬間、凪はとても苦しそうな表情を浮かべた。

やっぱり1つ作るのも大変な作業なのだろうか。



「……まだ向かって来るか。いいだろう、何度でも返り討ちにしてやる。」

 凪は駆け出した。

右手に作った氷の剣を、両手に持ち直す。

身を低くして、菊地に切り掛かる。


「無駄だと言って!」

 凪は構わず剣を振り上げる。

菊地はそれを刀で受け止める。


 耳をつんざく様な破壊音。

ガラスの割れて、こすれる様な甲高い音が響く。


 凪の剣が、一方的に折れた。

刀身の中程の部分からぽっきりと折れたのだ。


 なんどぶつけようとも、どんなぶつけ方をしようとも、氷は鋼に打ち勝てない。

硬度の差で絶対に負ける。

そこまでは分かりきっていた結果だ。


 しかし、今度はそれだけじゃなかった。

イレギュラーが起こったのだ。


……同時に菊地の持つ刀も、持ち主の手から弾かれた。

「なに……!?」



 いくら凪の剣の方が脆く一方的に武器破壊が起きるとはいえ、物体同士がぶつかり合った以上は、衝撃自体は持ち主に伝わっているはずなのだ。

今回凪は両手持ちで剣を振り上げ、菊地にダメージを与えるではなく、武器を叩き落とす事を最優先に攻撃を仕掛けた。



 そして、その案は成功したのだ。

凪は今日最後の剣を”捨てた”が、同時に菊地が丸腰になった。



 更に。

日本刀が弾かれた事に動揺した菊地は完全に無防備になる。

精神的に凪が大きく優位に立つ。

この競り合いに限っては、凪は余裕を持って菊地と対峙出来るハズだ。


 凪が消耗している分、これでもまだ両者の状態は五分とは言えないだろう。

まだ凪は不利だ。

しかし、それでも状況は動いた。

今度こそ、これが最後のチャンスだ。


「最後で、あってくれ!!」

 そう勇み『ここぞ!』と言わんばかりに凪が猛撃をかける……! 


 折れた氷の剣を菊地の右肩に突き刺す。

突き刺された地点から、血が滴り落ちる。


「うぐッ!! こいつッ!」

 菊地も黙ってはいない。

彼女も掌底を繰り出して反撃をしようとした。

凪はそれをひらりと避けると、続けて肘で溝に一撃を入れる。

それにより身体が折れ後頭部が凪の目の前に来る。

凪は躊躇う事無く、無防備な後頭部に肘を振り下ろす。


「うわ!いたそー……。」

 外野から、固唾をのんで見守っていた稀鷺が呟いた。

確かに痛そうだ。

あんなの喰らったら僕なら泣いている。


 最後に肘を浴びせられ下がった顔、正確に顎を膝で打ち抜いた。

一連の攻撃はまさに流れる様に行われた訳だが、全て綺麗に決まった。

見ているコッチが痛くなる。


「きゃあああぁぁ……!?」

 凪の攻撃を全て受けきった菊地は悲鳴を上げて、よろよろと後退した。

倒れ込まないだけ凄いと思う。


「し、しぶといヤツだな……。」

 凪が小さく呟いた。

彼女自身も大分疲労していたが、とどめをかけようと追撃に走った。


「今度こそ、終わり……。」

「あ、ぐッ……!ちょ、調子に……!乗るなッ!!」

 近づいて来る凪に両手を向けた。

また能力を使うつもりだろうか……!

菊地の瞳が赤色に変化する。


「消え、ろ!」

 手の平の中で火球が作られた。

今度は爆発ではなく、炎の弾丸の様なものが出来たのだった。

凪に向かって、それを『打ち出す』。



 それに構わず凪は直進する。

左手で身を守り、右手を後ろに引く。

避けようと言うそぶりも見せず、防ごうと言う行動は左手で行ったのみである。


 案の定、凪は正面から炎弾をまともに受ける事になった。

炎弾が直撃すると同時に小さく爆発が起こる。


「当たった……!?」

 この発言は僕でも稀鷺でもない。

火球を撃った当の本人のものだ。

火球を撃ち出した本人が、命中した事に一番驚いていた。

当たらない事を前提にあがきで打ち出したんだろうか。




 この事を後で振り返ってみて分かったのだが、凪は敢えて炎弾に当たりに行ったのだ。

彼女は炎弾に正面から当たってでもこの機をモノにしようとした。


 炎弾を受ける寸前、凪は地面を蹴って飛んだ。

その慣性は炎弾の直撃では止める事は出来なかった様だ。

炎のカタマリを受け、尚凪は菊地に接近する。


 炎弾を受け止めた左手は服も含めてぼろぼろになった。

しかし、それは左手に限ったことであり後ろに下げた右手は健在である。

氷を作り出す、その腕は無傷だった。


 その右手には、野球ボール程度の大きさの氷で出来た球体が握られている。


『氷の”剣”は作れない』。


 理屈はわからないが、剣でなく、球体なら作り出せた様だ。

それだけの余力はあったということか。


「刀さえなければ……!」


 慣性に任せて菊地の間合いに飛び込む。

仮に、彼女がまだ刀を持っていたとしたらこの時点で凪はバッサリ切られていただろう。

だが今の菊地は丸腰だ。

先程まで振り回していた刀は彼方の地に落ちている。

菊地は刀があってこそ戦えていた訳であって、武器さえなければそれほど戦える人間でも無い様だった。

さっき、凪に殴られ続けていた時に反撃がろくに出来なかったことからもそれが窺える。


「まだ……!」

 菊地は自身の肩に突き刺さった、折れた氷の剣を引き抜いた。

瞬間、血が傷口から吹き出すが、彼女はそれを気にも止めない。


「こっちのモノだ!!」

 凪は右手を思い切り振り抜く。

氷の球体は、単純に硬い。

これを使って殴るのは鈍器を使って殴るのと同じだ。

氷の剣ほどじゃないにしろ、振りかぶったそれを当てる事が出来れば威力は十分だろう。


 この攻撃は当たった。

炎弾に直撃した際に巻き起こったホコリで前が見えなかったこと、また炎弾が命中して面食らっていたのもあるだろう。

菊地は回避行動を取れなかった。

手を振りかぶった事による威力の向上、氷の塊の重さ、凪自体の感性も加わっている。

非常に重い一撃となり、それは菊地の額にブチ当たった。


 だが、同時に。


「負けてないッ!!」

 菊地は手に持った折れた剣を突き出す。

菊地の血の付いたそれは、凪の左肩に深く突き刺さる。


 凪自身は、炎弾に直撃する寸前の”慣性”で間合いを詰めた。

咄嗟に方向転換が出来る訳が無い。

菊地はただ剣を突き出しただけ。

突き出された剣の切っ先に、凪自身が自ら飛び込む形になった。

慣性による勢いは炎弾を突破してなお衰えない程に相応に強く、それが災いして氷の剣が凪に深く突き刺さる要因になった。

また、折れているとは言え剣先は鋭く尖っていて、また人体に突き刺さるには十分の硬度を保っていた。


「……!!!」

 声を上げる事も出来ず、菊地は地面に薙ぎ倒された。

凪の手にしていた氷が衝撃で砕け散る。

どれほどの力で殴ったのかが窺える。

さっきも言った通り氷は硬い。

それが砕ける様な勢いで殴られたらどんなに痛いだろうか。

想像したくない。



「……う、あぁ!」

 攻撃した側の凪も菊地の上に倒れ込む。

炎弾が当たった時点で、攻撃後に素直に着地出来る程の余裕は無かったに違いない。



「ナギ!」

 ……戦う事が出来ないならそれ以外で出来る事があるハズだ。

今の僕には、心配して凪の様子を見るしか出来なかったけれど、何もしないよりは……。

思ったら行動だ。

僕は凪に駆け寄った。



 凪はすぐには動けなかったが、幸いな事に菊地も相当消耗していた。

額に当てられた一撃が相当効いたのだろう。

コレが効かなかったら流石に人間じゃない。

菊地は虚ろな目で空を眺め、ただ呻いている。



「あー、葉矛。悪いけど、ちょっと起こしてくれないかな?」

 凪が手を差し出す。

手を掴み、なんとか凪を引っ張り起こした。

……意外と重かった、などとは口が裂けても言えまい。


「大丈夫?」

「さてね……。全身痛いし、熱いし……、身体が怠くて力は入らない。その上、左手は完全に使えないけれど。でも、生きてるよ。」


 冗談めいた口調ではあったが、要するに凪はボロボロだった。

元気な事を無事だと定義するなら、コレは無事ではすまない。

僕が肩を貸してやっと立っていられる状態なのだ。

「さて、この娘をどうしたものか……。」

 凪は肩に突き刺さった剣を抜き取り菊地を見遣る。

出血量はなかなかに多く、一部が僕にかかることになった。

気にはならなかったが。



 それよりだ。

敵対するこの少女はどうするのだろうか。

ここで逃がすとまた襲って来るかもしれない。

けれど……。


”見逃す”以外に選択肢がある?

警察に突き出してなんとかなるのか?

『ウェザード同士で戦闘してました』なんて、事情聴取で言う訳にはいかないだろ?

どうなるか分かったもんじゃない。

ウェザードの戦闘行動に対して法律が機能するかどうかもわからない。


 殺す?

ナイナイ。絶対あり得ない。

そんなの当然犯罪だし、僕にそんな度胸は無い。

凪だってそんな事をするとは思えない。

僕たちはただの高校生に過ぎない。

けど、だからって放っておく訳にもいかない。

ほとほと困り果ててしまった。


 どうしたものかと首を傾げていたときだ。


「勝手に、勝ったつもりになるな……!」


 驚いた事に、菊地はまだ健在であった。

顔を強打されてなお気絶すらしていなかった。

氷の塊が砕け散る様な勢いで殴られたのに。

それだけ考慮しても、非常なまでにタフだ。


「……その打たれ強さ、キミの能力の恩恵かな?」

 凪は呆れ顔だ。

凪にしてみれば、これ以上戦ってもいられないのだろう。

先程以上に疲労の色が濃い。


「そうかもな。ただ、これ以上は不毛な争いだ。そう思うだろう?あたしも流石にもうこの場でこれ以上お前と戦っていられる様な状態じゃない。お前だって、同じのハズだ。」

 戦ってもいられない、それは向こうも同じ様だ。

よく観察すれば……。

いや、その必要も無い。

菊地は明らかに疲労している。

息も上がっているし、身体は傷だらけ。

拾い直した刀を引きずり、持ち上げるのにも一苦労といった様子だ。

「それはお互い相手を仕留める好機であると、そう考えることも出来る。ボクたちは3人いる訳で、ボクは疲労しているが他の2人は殆ど無傷。2人はウェザードで無いにしても今のキミを追いつめるには十分過ぎる戦力差だ。」


 バッと、凪の方をみる。

今、なんて言ってた?

”3”人?

じょ、冗談じゃない!

僕を頭数に入れたのか!?

役に立てるならそれはいいのかもしれないけど……。

本当に一切なにもしないってのは、都合が良過ぎると思っていたけれども!

僕を戦力として頭数に入れるのはちょっと計画性に欠けるというか。



「俺は別に構わないぜ~?いきなり襲われたんだ。俺はナギちゃんに協力するよ~?」

 稀鷺が堤防の上から降りて来る。

思ったより乗り気だ。

女の子殴っちゃったって騒いでたヤツとは思えないな。


稀鷺は戦力になり得ると思う。

さっき能力を使われるまでは戦ってたのだから。


 でも僕は、僕には無理だと思う……。

稀鷺みたいに喧嘩が強い訳でも力が強い訳でもない。

むしろ僕は喧嘩とか力比べとかは苦手で、弱いんだ。

家でPCやゲームをしたり、読書してる方が性に合っている。

傷つき、疲労している菊地を捕えることさえ僕には困難なことに思える。

この状態の菊地でさえ、僕は捕えられるのか?

自信は無い。


「……ボクが、今のキミを逃がす理由があるかな?」

 凪は菊地に迫る。

だけど------。


「あるさ。」


 尚も菊地は余裕そうだ。

自身がある様でもある。

長い黒髪を翻して、僕たちに……『凪に』背を向けた。

どこから取り出したのか新聞紙を鞘に納めた日本刀に撒き始めた。


「説明してもらえるかな?その、理由。」

「結構簡単な話しだぞ?」

 そういって菊地は堤防の彼方を指差した。

その方角を見遣ると……。


「時間帯的に、部活動から帰って来る学校の生徒が来る。彼方に見えるだろう?」

 確かに見えた。

彼女が指を指した先に鉄橋がある。

その鉄橋の上に数人が歩道を歩いてるのが見える。

……制服を着ている。

僕の通う東紅葉高校の制服。


「おお、吹奏楽の連中か?運動部より遅く帰って来るんだな。駅前にでも寄ってたか?」

 解説ご苦労です、稀鷺。

そういえば、この友人も部活帰りだったのだ。


 部活が終わって、まだ間もない。

時間差で他の部活の人が通りかかってもなにも不思議じゃない。


「……ナルホド、ね。」

 凪は納得した様にしきりに頷いた。

人がいるのでは凪も菊地も動けないということか。



「……この場は助かった、と思っておこう。あたしは今日なかなか運が良い様だ。」

 菊地はそう言いながら新聞紙を刀に巻く作業を終えた。

彼女の愛刀こと《ツバキエンガ》は、今は新聞紙に包まれている。

端から見ればカレンダーか何かにしか見えないだろう。

町中で日本刀をあんな風に持ち歩く人間がいるなど誰も思わない。

その思い込みがあってこそ、成せる偽装である。



 不意に視線を感じた。

何故か菊地がこちらをじっと見ている。

仕留められなかったことに何かを感じているのだろうか。

それともやっぱり僕に、人に刃を向けたことに関してやっと疑念を抱いたのだろうか。





 ……ハッとした。

そのじっとりした眼差しに、プラスな思考は全て飲み込まれてしまった。

やはりさっき、押し倒す様な形になったコトに関して僕をみて内心で貶しているのだろうか!?

そうに違いない。

だが今更謝れる?


 無理だ。その話題を切り出すこと自体無理だ。

今更掘り返したくない。

何故思い出してしまったんだろう。

いまちょっと忘れかけてたのに!


「ミヤビギ。」

 いきなり名前を呼ばれる。

びくりと身をすくませてしまった。


「な、なん、なに……?」

 数回吃った。

彼女はこちらを見据え、ただ一言。


「……覚えておこう。」


 それだけ言った。


 僕は視界に暗がりがかかるのを感じた。

そういう錯覚を覚えた。

やっぱりさっきのこと、だよね。

顔から血の気が引いて行くのを感じる。



 彼女はきびすを返し、歩き出した。

ダメージを受けている為によろよろとした動きをして。

万全ではない様だが、歩くことに支障はなかった様だ。

人間とは思えない打たれ強さだ。



 僕は歩いていく彼女の後ろ姿を、ただ黙って見ているしか出来なかった。

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