【凪の戦い】012【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-12----凪の戦い
何が起きたのか、正確に理解出来なかった。
分かるのは自分の身体が宙に浮かんでいることだけ。
彼女が手をかざした。
その次の瞬間、僕と稀鷺は攻撃を受けた。
正確に表現するなら、”ブチ当たった”と言うべきか。
衝撃波のような何かが僕達2人を貫いて、吹きすさんで行った。
迫り来る衝撃の壁にいなされた身体は宙をすっ飛び、空気に弾かれる。
僕はぼうっとする頭で無重力を感じていた。
ふわりと浮いている間は心地よささえ感じた。
時間が随分長く感じられる。
このまま永遠に浮いたままなのではないだろうか……。
まあ、当然そんな訳が無い。
そんなことを思っていたら急に身体に重力が架かった。
まるで虫取り網に捕えられたチョウチョの気分だ。
”ふわり”とした心地の良い感覚は一瞬で失せ、代わりにずっしりとした感覚がのしかかって来た。
……かと思えば、既にコンクリートの地面に叩き付けられている。
身体の背面を強かに打ち付けた訳だ。
「うぐ、ぁッ!!」
「どわぁーーー!??」
地面に叩き付けられて声が出る。
先に地に打ちのめされたのは僕で、そのすぐ後に稀鷺が続いた。
打ち身から身体中にじわりとした鈍痛が広がっていく……。
非情に痛い。痛いなんてもんじゃない。鈍痛は吐き気さえ引き起こしている。
飛んでいる最中、頭はぼうっとしていたのに、今は嫌という程はっきりとしている。
だから尚更、痛みをまじまじと味わうことになった。
「よ、葉矛? 今、何がおきた……?」
「わかんない、けど……。キサギはあの娘を怒らせ過ぎたんだと思う、な……。」
今のがあの娘のウェザード能力なのだろうか。
もっとしっかりと意識を保てていれれば、何をされたか分かったかもしれないのだが……。
……残念ながら、何が起こったかまるで分からない。
分かるのは僕たちは今ピンチであるということだけだ。
「どうだ? 気分は。」
黒髪の少女が近づいて来る。
愉悦に浸ったその声を聞いて危機感を覚える。
身体に熱を入れて、なんとか立上がろうと必至になる。
……マズい。身体が動かない。
痛い……!
「気分最悪だ……。お前、俺に何をしたんだ?」
隣の稀鷺だって僕と同じ状況で有るはずだ。
なのに痛くてひぃひぃ言っている僕とは対照的に、若干の余裕さえ見せて言葉を発する。
「お前が知る必要は無いだろう?さて……。」
ただし、彼女には関心の無い話しの様だ。
そも、元から彼女は稀鷺自体に関心が無い。
彼女は足を止めて、刀を構えた。
逃げることも出来ない。
彼女の視線はあくまで僕に向いていた。
「まずは、お前からだ。」
視線は冷たく振り下ろされている。
その様子を表現するなら、『まな板の上の魚に情けはいらないだろう』とでも言った風だ。
……その視線を直に受けて察した。
逃げれないのは痛みのせいだけじゃない。
恐ろしくて腰に、手足に力が入らない……。
「葉矛、悪い。おれも、動けねぇ!」
稀鷺も僕と同様だ。ただ、僕と決定的に違うことは、稀鷺はこの状況に対した恐怖心を抱いてないってことだ。
隣で倒れて動けないでいる。
稀鷺が動けないんじゃ、もうどうしようも……。
「……お前、キサギとか言ったか。お前はもう少し身度程を知った方が良かったな。ただの凡人が、あたしに敵うはずが無かったんだ。ウェザードと知っていたなら、自分だけ逃げてれば良かったんだよ。」
少女は稀鷺に向かって言った。
稀鷺はただ呻いた。
僕も稀鷺も立上がろうとしたがどうにも手が、足が震えて立てない。
僕の震えは恐怖が含まれ、彼の震えには憤怒が含まれ……。
両者、ただただ焦りだけが大きくなる……!
「骨折り損だったな。それには同情するよ。抵抗も虚しく、ナントヤラだ。」
刀が振り上げられた……!
視線は稀鷺から外され、僕に移る。
……否、僕の胸元に移る。
「あたしはこの場でお前を消す。お前にとっては見ず知らずの存在なんだろうが、恨むならあたしの自称上司を恨んでくれ。」
彼女の凍てつく様な視線に苛まれながら、僕は悟った。
どうしようもない。
後はこのまま、あの刃がギロチンの様に僕を引き裂くだけだ。
それで全部終わる。彼女の目的が終わり、僕の全てが終わる。
僕に出来るのはそれを待つことだけ。
話題を逸らしたりしたって結論は変わらない。時間を引き延ばすことに意味など無い。
抵抗しても結果は変わらず、故にそれも無意味だ。
だから僕は諦めてまぶたを瞑った。
せめて、痛くない様にしてくれ……!
「……悪いけど、そうはいかなくてね。」
不意に遠距離から声と音がした。
それはかなり遠くから聞こえて来た声だった。
そのはずなのに、その声は強くハッキリと僕の耳に届いた。
……声の後に、空気を切り裂いて何かが飛んで来る。
空気を分つこの音、棒状の何かが飛んで来る。
そしてギロチンは未だに僕に刑を降していない。
だから、自身を傷つける刃を見るのには恐れがあったが、僕はふっとまぶたを開け、様子を見た。
「……フン。」
黒髪の少女は身を翻して、飛んで来たそれを避けた。
彼女の近くをかすめる様に青白く透き通る透明な剣が通り過ぎていく。
堤防の側面、その刃は草むらの中に突き刺さり、夕日を反射して美しく輝く。
ーーーー半透明なその剣は、氷で出来ていた。
「葉矛がいなくなるのはイヤだし困る。そういうわけで、邪魔させてもらうよ。」
いつのまにか。
名も知らぬ少女に向き合う様に凪が立ちはだかっていた。
彼女の手には何も持ってない。徒手空拳である。
なにせ、たった今氷の剣を投げたばかりなのだ。
「ナ、ナギ! 来てくれたんだね!」
本気で嬉しくてつい叫んでいた。
この段階で『助かった!』と安堵のため息をついた程だ。
状況は何も変わってないってのに、それでも一気に希望が開けたって思った。
「な、なぎ? 恋葉さんが、なんでここに? ってか、今の氷の剣って???」
先程、少女がウェザードであると何の根拠も示さず答えた稀鷺だが……。
凪もそうだとは、流石の彼も思っていなかったらしい。
そっか、冷静に考えて、凪は稀鷺に正体ばらしちゃったんだよね……。
それをその場で深く考えなかった自分が恨めしい。
僕は、やっぱり自分のことしか考えられていなかった。
「やっと出て来たか。レンヨウ ナギ。」
少女が凪と向かい合う。
この娘は凪のことも既に知っているのか?
もっとも、凪はその筋では僕よりは有名人だろうし。
彼女は僕のことを知っているくらいなのだから、凪のことを知っていてもあまり不自然ではないのだが。
でも、そうだとしてもこの人は一体?
「……やっぱりこっちが目当て、みたいだね。」
「嘘だろ? レンヨウさん、ウェザードなの!? えっ、これ凄くね! 知り合いに既に魔法使い居たってことだろ? コレなんてラノベ!?」
稀鷺は身体を起こしながら、少し興奮した様子であった。
……とりあえず稀鷺は落ち着くべきだ。
そうやって驚くのは全部が解決した後からにするべきだ。
そういえば、気がつけば僕の身体も動くみたいだ。稀鷺はとっくに身体を起こして場を離れた。
全身ビリビリと痺れた様な感覚がするけれど、それを堪えれば身体が動く。
立上がって移動くらいは出来そうだ。稀鷺に習い、身体にチカラを込める。
この場から離れないと。状況が全く変わらない。
「葉矛、大丈夫? 遅くなってゴメンね?」
凪が気まずそうに言った。
最初から凪といればこうはならなかった訳で、彼女に汚点は無い。
僕の方からも謝ろうとしたが、その前に凪は身構えた。
黒髪の少女が凪の方を向いて構えたのだ。
「悠長にお喋りを楽しむのは良いが、私もそう気長に待っていられなくてな。能力を見られる可能性も恐ろしい。それ以上にあたしの得物を誰かに見られるのは宜しくない。」
そう言いながら日本刀を握り直し、また構える。
それを見て、僕はそそくさと2人から距離をとった。
2人の距離は15m程で、黒髪の少女の足下に倒れていた僕は全力を持ってして、しかし存在感をなるべく消して場を離れた。
……確かに。彼女の言っていたコトには一理も二里もある。
あんなもの持って外にいるのを見られたら間違いなく御用されるだろう。
ここは確かに日本だが、時代が違う。
それを持って歩いていい時代はとうの昔に過ぎ去っている。
廃刀令なんて何年前の話しだったか。彼女のスタイルは時代遅れにも程がある。
……待てよ、あんなもの持ってる人と喋ってたら、僕たちも巻き込まれる?
思わず周りを見渡してしまう。
運が良いのか悪いのか、こんな時に限って周りには人独りいなかった。
夕刻とはいえ、暑い季節に堤防付近で遊ぼうという思考の持ち主はそうそういない様だ。
少なくともこの付近には居なかった様だ。
やっぱり最近の少年少女はアウトドアよりインドア派の心の持ち主の方が多いのだろうか。
ちなみに僕はインドア派だから、その気持ちはよーく分かる。
「……さて、キミの都合なんてボクにはなんにも関係ないんだがね。……『菊地 聖樹』さん?」
凪の発言で少女の表情が曇る。
彼女が顔に出したのは、怒りではなく戸惑いの表情。
稀鷺の発言と行動によって生じた怒りなど、それですっかり消えた様に見えた。
”怒り”の上に新しく感情が上書きされたと言った方が、言い方的に厳密な気がする。
「あたしの名前を知っているのか? どうして……。」
凪は頷いた。
どうやら凪も相手のコトを知っているらしい。
……え? とするとお二人は知り合い?
……いや、聖樹と呼ばれた彼女は凪に名を知られる由縁は無いらしいし、それは考え辛いか。
「キミ達のお仲間が持ってた手帳にはね、キミの事も書いてあったのさ。細かい情報までしっかりとね。」
心無しか彼女、”菊地 聖樹”は唇を噛み締めた。
やっぱり知り合いではなかったらしいね。
早とちり乙。僕。
「……なら話しは早い。レンヨウ ナギ。あたしはお前をーーーー。」
-----、それは一瞬の出来事だった。
凪が一瞬で氷で剣を作り出した。
それとほぼ同時に菊地は剣を握り直し、一瞬で間合いを詰めた。
「……潰す!」
「ヤダね!!」
日本刀が振り下ろされ、凪がそれを受け止める。
いつも通り氷の剣を瞬時に取り出し、刃同士でカチ合わせる。
……だが。
凪の氷の剣は攻撃を受け止めると同時に、一方的にへし折れた。
悲鳴を上げそうになるのを堪える。
今彼女の集中を乱すのはダメだ。
だから初撃で一気に劣勢になった彼女には、ココロの中で懸命にエールを送った。
凪は攻撃を受けたせいで一気に体勢を崩した。
もちろん敵がそれを見過ごすハズ等無い。
振り抜かれた刀は刃を返して再び凪に襲いかかる。
剣を失ってしまった凪とは対照的に、聖樹の刀は当然健在だ。
傷1つ付いてない日本刀は、凪の首元に狙いをつけ、一直線に軌跡を伸ばす。
「ーーー、ーーーっ、!!」
折れた剣で必至に攻撃を払う。
凪はなんとか刀の軌跡をずらしてみせたが、好機を突いた攻撃が1度だけで終わる訳が無い。
往復して二撃目が振るわれる。キチンと刀身は返され、刃が凪の胴を切り抜かんと迫る。
体勢を立て直して居ない凪には、一撃一撃が致命打になりうる。絶対にコレを受ける訳にはいかなかった。
……否、そもそも日本刀で斬られて何ともない、なんてことはまず有り得ない。
ならば尚更、”受ける”体勢すら構えれず斬撃を受けようものなら、もうその後なんて無い。
だから凪は死に物狂いで迫る二撃目の斬撃を撥ね除ける。
一撃受ける度に欠け、砕け、使い物にならなくなって行く儚い刃で必至に耐える。
三撃目を受け、四撃目を流し、伍撃目は全力を持ってして振り下ろされる強烈な一撃だった。
伍撃目をなんとかいなすが、それで彼女の刃は砕け散った。
柄だけが僅かに拳程のいかさで残った。
しかし、そんな小さな氷が残ったところで防御手段に使える訳が無い。
彼女の武器は既に無く、再び素手に戻ってしまった。
徒手空拳では刀を受けることなど出来る訳が無い。
守りを失った凪はあまりに無防備で、仕留めるのも容易く思えた。
……ただし、それで勝負がつくことは無い。
既になった彼女を刃が襲うことは無いのだから。
その訳は最後の一撃にある。
そのあまりに強烈な一撃は先に放った4つの斬撃とは訳が違う。
聖樹はその一撃に全身全霊を架けたに違いない。
つまり結論から述べるに、凪を無防備にする為に全力になり過ぎた。
聖樹は凪の体勢を崩すまでに追いやったが、そこまでだ。
全力を注いで放った一撃に、すぐ後の追撃などは存在しなかった。
聖樹は刀を思い切り地に叩き付け、次の一撃をすぐに繰り出すことは出来なかったのだ。
菊地 聖樹は、後のことを考えない一撃でしか、恋葉 凪に隙を作ることは出来なかった。
だからそれを見計らって凪は競り合いから逃げた。
追撃の来ない一撃を見切った彼女は、その衝撃を利用して身体を逃がした。
刀の間合いからなんとか逃れ、そこで立上がり体勢を立て直そうとする。
__それでも僕はただ見ているだけしか出来ない。
情けなくは思うが、僕じゃあ相手にならないからね。
そこは割り切って、せめて邪魔をしない様に努めた。
「……ぐッ、こんのォ!!」
体勢を立て直すついでに、折れた剣の柄を相手に投げつける。
砕かれ過ぎて石ころにも等しい大きさまで縮小されたそれは、溶けかかって水しぶきをあげて凪の手から放たれた。
この結果は分かりきっていたことだ。
多分、凪だって最初から分かっていたはずだ。
所詮は凪の持つ剣は氷で出来たもの。氷はどんなカタチに取り繕ったって、所詮は氷なんだ。
ならば、鋼で出来た日本刀とぶつけ合ったら、当然勝ち目などあるハズが無いのだ。
「まぁ……そんなものか。」
菊地は得意げに呟くと、余裕そうな表情を浮かべて凪を見据える。
適当に投げつけられた氷の礫は彼女には当たらなかった。
「す、すげぇ! 見たかよ今の! 氷の剣作った!!」
稀鷺が横で盛り上がっている。
……この男、この状況を楽しんでいる。
じろりと睨むが、稀鷺は気にする様子は無い。
……だけどその気持ちも分かってしまう自分が居た。確かに今のは凄い。
剣を作り出してからの動作は凄く格好良かった。
別の意味で凪に惚れてしまいそうだ。
「……、だったら!」
凪は更に距離を取ると、新しく剣を作った。
剣を作るのは一瞬だ。その動作には一分の隙も見られない。
彼女の手の平に輪郭が浮かび上がり、次の瞬間には剣として身を固めている。
菊地は棒立ちでその様子を眺め、やれやれといった具合に手を振ってみせた。
ずいぶんと余裕そうだ。
最初のかち合いで一方的に勝ったことから菊地の方が精神的にも大分優勢になっている様に見える。
今の打ち合いで分かったコトは、接近戦で斬り合って勝てる相手ではないということだ。
凪の『剣が』負けている。
「もうそれは無駄だ。あたしの愛刀・《椿焰我》の相手としてはあまりに役不足だ。」
……それはそれはもう、凄く得意げに彼女はそう言いましたとも。
愛刀……?
え? もしかしてあの日本刀の名前?
刀に名前付けちゃってるの?
え、嘘?
うわ、刀に名前付けて使っちゃう女の人って……。
……そんなコトを口に出したら、コッチに火の手が飛んで来るかもしれない。
頭の中だけで彼女の趣味に口出しして、
「そうかい! そんなに自信があるんだったら……。」
そんなことをしている間にも事は進んでしまう。
凪は左手に剣を握りしめると右手を空高く掲げ、2つ目の剣を素早く生成した。
「避けるなよ!!」
左手の剣を投擲した。
剣はブーメランの如く水平に回転しながら真っ直ぐに狙った標的に飛んでいく。
「飛べ……!」
右手の剣を投げた。
その剣は山成りに飛び、敵の頭上から襲いかかる。
つまり正面からの一投、頭上からの一投は別々に同時に菊地に食らいつく。
刃に当たれば肉が削ぎ落される。柄や腹に当たれば骨が砕けちる。
どんな当たり方をしようが関係ない。どの道コレを受けた敵は致命的なダメージを受ける。
全力で投げられたそれは、違う方向から行われるニ連続攻撃として、真っ当に防ぐ事は極めて困難な連携技として成り立っていた。
さて、ここで問題になるのはコレを受ける人間についてだ。
如何に凪が全霊を架けて投球したそれが目にも留まらない早さを誇っていたとしても、冷静になればこの技の欠点に気がつく。
この技は”正面に向かって一投”と、”頭上を介して正面に向かう一投”の二投を1つずつ行っているに過ぎない。
つまり、”横軸”に対してはあまりに無防備な技だ。
正面に居る対象にしか投げかけられない故に、少し身を交わせば簡単に避けれてしまうのだ。
……ただし。
今回に限ってはその問題に注意を払う必要は無かった。
何故なら、技を繰り出す直前まで菊地はあまりに無防備を晒していた。
凪はそれを狙い打つ様に投げたのだから。
菊地からしてみたら、”剣”というモノは接近戦の為にあるものだと考えるが常である。
というか、一般人からしてみたらそれが常識だろう。
なら、離れた相手が剣を手に取ったところで、接近されるまではそれに注意を払う必要は無い。
まさか剣が飛び道具として使われるなど、彼女の思考には存在しない選択肢だったのだ。
投擲は凪が咄嗟に行った判断であり、常人が予測出来たはずが無い。
ーーーー故に、今から避ける事は叶わない。
身を捻ろうが避け切れぬ。屈もうが山也の軌道を描いた剣が襲いかかる。
今からでは何をしたって中途半端な回避行動にしかならない。
確実に剣は菊地に当たる。
避ける事は叶わない。つまりは必中。命中は既に必然であった。
「こんなものが……。」
しかし……。
菊地は軽く、凪の放った2つの剣を叩き割った。
彼女には回避以外にも防御手段が残されていた。
先程の斬り合いで既に鋼の刃は氷に勝ると結論が出ていた。
ならば、避け切れないのなら当てれば良いのだ。
氷の刃が鋼を越える事など無いのだから。
故に、刀は宙に正確且つ効率的な軌跡を描き、殆ど同時に襲いかかる2つの障害から主を守った。
……いくら撃ち落とす対象物が大きめだったとは言ってもだ。
人の手で狙いをつけられ投擲されて高速で飛んで来る物体を日本刀で”はじける”事はとんでもないことだ。
彼女はウェザードであるコト以前に剣の腕前も凄いのかもしれない。……痛々しいご趣味をお持ちの様だが。
「……通用する訳が!」
刀を振り切った時、2つの氷は粉々に砕け散っていた。
鋼が打ち付けられた衝撃に加わり、投擲された氷の勢いも在った。
氷の剣は一撃で原型を留めぬ程に砕けた。
後には砕けた破片がダイヤモンドダストを再現しだす始末だ。
氷の破片が日の光を反射して、煌びやかなの光を映し出す。
その中で『してやったり』と言った具合の表情を浮かべているところに。
ーーーー凪は、突っ込んだ。
その手には既に、新たに作られた氷の剣が握られている。
「……なっ!」
「その反応を狙っていたんだ!!!」
凪にとって先程投げた刃など、ただの布石に過ぎない。
当たろうが、外れようが、防がれ様が。
彼女のするべき行動は変わらないのだ。
凪にとっては最初から、菊地がなんらかのアクション起こす事だけが重要だったのだから。
ーーーー彼女は、最初の競り合いで正面から剣をブツけて勝てない事を把握した。
ならば、剣がヤツの武器と競い合わない様に戦うしか無い。
隙さえあれば、ヤツが迎撃の構えさえ取らないのならばそれが可能になる。
しかし、菊地が迂闊な隙を見せるとは思えない。
先程2つの剣を叩き落したのを見れば一目瞭然なのだが、菊地 聖樹の剣の腕は相当高い。
待っていて隙が出来る相手じゃないというのは言われなくたって察する事が出来る。
……ならば、こちらから仕掛けて隙を作り出すしか無いーーーー!
……氷の剣を突き立てる様に振り抜く。
菊地も咄嗟に反応して刀を振り上げようと試みる。
また、同時に回避行動を取る。
しかし刀を振り切った直後の硬直を狙われたため、今回は反応、対応が遅れる。
最初に投げた2つの剣は文字通りの牽制。
ならばこそ、この攻撃こそが本命なのだ。
コレが届きさえすればなんだっていい……!
その為に、一撃を与えるためだけに放った一対の投擲技だ。
氷の剣は一日に9本、連続しては6本しか作り出せない。
これはそのうちの2本を布石に使用した攻撃なのだ。
コレが外れたならば後は無い。二度は同じ攻撃を繰り出せない。本日は既に4度の生産を行っているのだから。
否、そもそも同じ攻撃が二度も通用する相手じゃないのだ。
だから凪は、この一撃に全てを託していた。
「そっちの得物が硬いなら……!」
凪の剣が菊地に届く。
剣は紙一重で菊地の肩をかすめ、制服の肩に切れ目を入れる。
しかし、彼女自身に傷は無い。
菊地は身を捻り必至になって、攻撃を完全に交わした。
防ぐ事なんて出来なかった。避ける事だって、凪の予定では出来なかったはずの攻撃だ。
その一撃を、菊地はただ、凪の想像を上回った実力を発揮して去なしきった。
「ーーー、このッ……!!」
その苛立ちはどちらのものだったのだろうか。
そんなこと、この戦いの結果を左右する要因には成り得ない。
かろうじて凪の攻撃を避けた菊地。
しかし、その行動には”後”がない。
回避行動はそこで止まる。
今の回避に全ての意識を注ぎ、次の手など考えてはいないのだ。
次の手など残していたなら、今の一撃は交わし切れなかっただろうからこそ、全てをかけてその致命打を避けた。
……しかし凪は違う。
攻撃を仕掛けた側である凪は、最初から次の手を頭の中で組み立てている。
菊地に”次”が本当に無いのならばーーー。
「……だったら、得物同士をぶつけなければ、良いだけだ!」
氷の剣を振り下ろす。当たるという確信を持って振り下ろした。
今度は当たった。それが必然だった。突き出した剣を引き抜く様に、剣を思い切り振り抜いた。
菊地の左肩に剣が振り下ろされ、その肌を切り裂いた。
しかし、傷は浅い。血が飛び散ったが少量だ。
そして、菊地もただ黙ってダメージを受けるだけではない。
「そんな、程度で!!」
菊地は相当我慢強いというか、まるで痛みに体勢があるみたいだ。
菊地は肩を斬られて尚、その痛みによって呻く事もせず刀を振り上げた。
凪は既に身を引いていて、間一髪と言った形ではあったが刃がその身に届く事は無かった。
一撃が浅かった分、菊地に対して踏み込みが浅かったからこそ、その一撃から逃れる事が出来た。
「ただで引けると、思うなァ!!!」
素早く刀を構え直す。足を踏ん張って身を地に深く据える。
身体の許容する限界を越えて、菊地は切り返した。
足にかかる負担を考えない踏み出し。踏切り。
この競り合いにて、菊地は凪との決着を図った。
距離を取ろうとする凪に詰め寄った。
無理な切り返しを行ったが為、今度は菊地が攻める側になった。
凪は剣を突き出し身を守ろうとする。凪からしたら菊地の追撃は予想外だ。
刀身の健在なその剣なら、振るう事で追い払えたかも知れない。もしかしたら反撃が成立したかも知れない。
けれど凪は咄嗟にその判断が下せなかった。
……それに対し、菊地は手の平を突き出す。
刹那、彼女はニッと口端に笑みを浮かべーーーー。
……今度は見えた。
瞬間的だったが、彼女の瞳が『赤色』に変化した。
凪は身を守ろうとしたにもかかわらず、吹っ飛ばされた。
衝撃波の壁が氷の剣を粉々に砕く。
……もう一度言おう。
今回は菊地が何をしたのかが見えた。
……アレは爆発だ。
菊地は手の平から小規模な爆発を起こした。
手の平に一瞬赤い光が巻き起こる。光は宙を伝い、凪のすぐ近くまで一瞬で到達する。
凪の手前まで走った紅い閃光は、そこで丸まり膨張し、爆炎となって拡散した。
「……っ!? うあぁ!?」
凪が悲鳴を上げる。
爆風に吹き飛ばされ、彼女の華奢な身体が宙を舞う。
吹き飛ばされた身体は堤防の道路から外れ、その下にある河原の空き地まで草むらの中を転がり落ちた。
同時に、付近の草むらの雑草に飛び火し、ところどころに火がつく。
ーーーー『炎』の能力__。
菊地が使うのは爆風その物ではなく、”炎”。
凪が氷を作れるなら、菊地が炎を操れても不思議は無い。……のだろうか。理屈的にはそれで良い気がするが。
ウェザードの能力は多彩で、『ウェザード』という枠組みを作っても1人ひとり能力の内容は異なるのだ。
もしかして、凪と菊地じゃ能力的に相性が悪かったのか?
”氷”は”火”に負ける様な印象しかない。
それはゲームのやり過ぎだろうか?
だとしても、現に凪は菊地に追いつめられてしまった。
「……詰め方を、誤ったな。……レンヨウ ナギ。」
自身の肩の傷を庇いながらも凪の元へ向かう。
とどめを刺す為に。最後の一押しをする為に。
彼女の爆風には殺傷能力は無い。アレにあるのは相手の身体を行動不能に追いやる程度の威力だ。
とどめを刺す時は刀である。刀が最後の一押しにならなければならない。
故に、最後の一撃を加える為には接近しなければならないのだ。
肩からは少なく無い量の血が出ているが、それほど気にしている様子は無い。
きっと凄く痛いのだろうけれど、彼女はそんな様子を微塵も感じさせない。
僕は凪を見遣った。
小さく身体を震わせながら必至に立上がろうとしているのが見える。
けれど、アレでは無駄だ。
彼女は立てない。
……さっきの僕と同じだ。
いきなり爆風に巻き込まて、何が起こったか分からなくて身体が自由に指示が行き渡らない。
全身の感覚が薄くて、自分の身体なのに自由が利かない。
さっき僕も味わったばかりだ。
「……決着だな。レンヨウ。」
菊地のその言葉にハッとする。
決着……?
それって、まさか凪が負けるってことか?
……先程の駆け引き。
凪は菊地にダメージを与えた。布石を十分に生かした連携技で、隙なき相手に傷を与えた。
……けれど、それで倒せた訳じゃなかった。
対照的に、菊地の炎は凪にダメージと言えるモノは与えれなかった。
……けれど、それで次に確実に仕留めれる状況を作ってしまった。
その差こそが全て。最初からこの勝負は削り合いではなく、相手に致命打を負わせられるかどうかの一本勝負だったのだ。
布石を張り、有利に攻めを行ったのは凪だったが、肝心の駆け引きで負けた。
……それともそもそも駆け引きなど無かったのかもしれない。
単純に菊地の方が強い『技』を持っていただけ。
『能力』が劣っていたと言えるかも知れない。
この戦いに必要なのは相手に隙を作る能力だった。
そして、そのチカラは菊地の方が上だったのだ。
更に言えば、主力とするべき得物の段階で既に菊地には負けていた。
……そしてこのままでは凪にトドメが降されてしまう。
菊地の宣言通り、完全に凪の負けだ。
「これで、終いだ。」
菊地が凪に近づく。
マズい?
マズい……!
本当に凪がやられちゃう……!?
「う、く……くぅ……!」
凪が小さく呻く。
な、なんとかしなくては!
出来ることはあるハズだ!
心の中でエールを送っていたって、戦況は代わり無いな、これは!
そう思っていて、気がついたら走り出していた。
「斬、鉄……!」
菊地が刀を振り下ろした。
一瞬、あからさまに痛々しい名前を叫ぼうとした気がする。
それには構っていられない。
気のせいだったことにした。
何を言おうとしていたかなんて、無視してなきゃ間に合わない。
そうして僕はその場に走った。
菊地の腕を掴み、なんとか刀を止める。
完全に止めるコトが出来なくても軌道を変える事は出来るハズだ……!
その為だったら、腕を掴むなんて正攻法じゃなくたってなんでもいい。
堤防の坂を風の様に走り抜ける。大げさなんかじゃない。
転ぼうが足を痛めようが構わないと、覚悟を決めた全力疾走で凪の元に走った。
今の僕が出来る事を成すだけだーーーー!!
『間に合えッ!!!』
そう思って、僕は飛びかかった。




