1.プロローグ――護衛任務という名の左遷
初創作です。
設定やミリタリー知識等は温かい目で流していただけると幸いです。
よろしくお願いします。
カイザー・ダルトンは未だかつて無いほど苛つきながら軍靴を鳴らして廊下を歩いていた。
普段であれば、軍人らしくオールバックに撫で付けられた黒髪と、彫刻のように整った顔立ちで周囲の目を惹く彼だが、今はその端正な顔を険しく歪ませている。紫紺の瞳には明確な怒りの炎が燃え、濃紺の軍服の上からでもわかるほど強張った体躯は、今にもはち切れそうなほどの覇気を放っていた。
そして先ほど手渡された右手にある辞令書は原型を留めないほど握り潰されていた。
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カイザー・ダルトン陸軍中尉
一、陸軍中央本部における現職を免ずる。
一、陸軍東部支部警護課附を命ずる。
一、本辞令発令をもって直ちに東部支部へ着任し、ディオス領主代理の護衛および同地の保安の任に就くこと。
帝国陸軍総司令部人事局
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中央本部から地方支部への異動など左遷も同然だ。だが、カイザーには左遷される原因が皆目見当もつかない。
二十六歳という若さで中央本部の陸軍中尉にまで登りつめたのは、決して伯爵家次男という家柄のおかげだけではなかったはずだ。元々体格の良かった己の肉体を更に鍛え上げ、あらゆる武術をマスターしただけでなく、分隊を率いて誰よりも着実に任務を遂行してきた自負がある。十九歳で入軍してから驚くほどの速さで昇進していくにつれ、胸に輝く略綬も増えていった。そしてそれがカイザーにとって誇りだった。
それが、どうして――。
――ダルトン中尉、これは単なる異動ではない。将来有望な君だからこそ、この異動を命じるのだ。帝国軍人としてしかと任務を全うしろ。
――……御意。
軍人の世界に「NO」は存在しない。YESか御意のみだ。口答えは一切許されず、不服なら軍を去るしかない。
総司令部人事局から呼び出しを受けた際は「大尉への昇進か、思いの外早かったな」などと脳天気に構えていた三十分前の自分を殴り飛ばしてやりたい。
しかも、単なる地方支部への異動ではなく「未亡人」の「護衛任務」だと? 最前線で戦ってきた軍人将校の自分が、なぜ田舎の未亡人なんかの子守をさせられなければならないのか。そんなもの東部支部の新人か窓際軍人にでもやらせておけばいいものを。おおかたその未亡人とやらが国の重鎮の愛人か何かなのだろうが、なぜ、どうして、よりよって俺なんだ。
「おぉこれはこれはエリート将校のダルトン中尉ではありませんか。そういえば聞きましたよ、東部支部へのご栄転が決まったとか」
「いやぁ、優秀な男は引っ張りだこだ。中尉殿のような逸材が中央に留まり続けるには勿体無い! 是非ともあの東部の田舎でも輝かしい功績を刻み続けてほしいものですな」
前方から見るからに嬉しそうなニヤケ顔の二人組が近づいてきた。確か彼らはオットー中尉とニール大尉だったか。カイザーよりも七つは年上でだが、階級はあっという間に追いつかれ、いずれ追い越されるのも時間の問題だと誰もが感じていた。
それ以来ことあるごとに嫌味を投げつけてきた小物たちだ。普段なら相手にせず適当に受け流すところだが、今日ばかりはそうもできそうにない。
カイザーは目もくれず、無言のまま二人の間を通り抜けようとした。
「おやおや我々は中尉殿の視界には入らないようだ。次にお会いするまで我々も中央で少しは頑張らんとなぁ、オットー中尉」
「全くです、ニール大尉。我々は中央で、ダルトン中尉は東部の田舎で頑張りましょうぞ。まぁ……次回お会いする機会ががあるかは分からんが。ハハハ!」
「確かに東部は田舎とはいえ美人が多いというからな。適当な東部の女と結婚して、そのまま骨を埋めるというのも悪くない人生だろう。ハハハ!」
右手が辞令書を強く握りしめていなければ、間違いなく奴らの胸ぐらを掴んでその歯を何本かへし折っていただろう。
カイザーは二人の下卑た嘲笑を背に受けながら寮へ戻り、少ない私物を無心で詰め込むと、その足で東部行きの列車に乗った。鞄の底にくしゃくしゃになった辞令書を押し込んで。
意地でも、中央本部のある方向は振り向かなかった。
まさかこの理不尽な異動がカイザー・ダルトンの人生を大きく変えることになるとは、苛立ちに身を任せるこの時の彼には思いもしなかった。




