メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㊹ / 灰咳奔走編
「き、君に、ま、まか、任せれば、大丈夫、という保障は、ど、何処にあるんだ!」
副ギルド長は、俯いていた頭を上げる。そして、顔面を蒼白にしたまま、息が絶え絶えとなりながらも。
反論にもならない、搾りかすとも思える小さな意地をぶつけてきた。
ハルト、ジェイル、施療院院長は、疑惑の刃を携えており。周囲に控える白衣の侍従は役に立たず。
恐らくは折れているのであろう心を、必死に立て直そうとし、意地をぶつける姿勢は見事。
が、既に詰んでいる。
ぶつける内容が、反論ではなく、条件提示になっている時点で。アンタは既にどうしようもない袋小路に追い詰められているんだよ。
「そうですね、施療院を取り囲む集団に対し、絶対に大丈夫、という保障は何処にもありません」
「下手なことを言えば、暴動に発展し、生命の危険はいや増すことになるでしょう」
「ですが」
「逆に言えば、彼らの意図を正確に汲み取り、要望に対する答えを提示することが出来るのだとすれば?」
「彼らの意図は?要求は?」
「聞こえてくるように、『灰咳』に対する治療を行うこと、ですよね」
「と、言うことは」
「治療により、症状が改善することを明言すれば良い、ということです」
「症状改善を行うための治療薬の製法、そして治療薬を精製するための素材確保」
「こちらを明確に提示しましょう」
「さらに」
「治療薬精製の為に時間がかかることを、敢えて提示します」
「集団の行動が暴動に発展し、対処することになれば、精製を行うまでに無駄な時間が発生する、と宣言しましょう」
「そして、その責任が、暴徒化しようとしている集団にある、と突き付けましょう」
「その上で」
「精製がスムーズに行えれば行えるほど、治療薬が迅速に行き渡り、結果として最高効率になる、ということを示しましょう」
「…大事なのは、論点のすり替えです」
「『適切な治療方法を提示出来なかった』ため、施療院や薬師ギルドに責任がある、のではなく」
「暴徒化した集団によって『適切な治療を行うための時間を浪費させられた』とすれば良いんです」
「その上で」
「治療における治療薬の成果は、貴方のもの」
「…貴方の背後に、どなたが潜んでいるかは、敢えて詮索しませんが」
「症例者の命を救う、という名分以上に、憚れる理由はありますか?」
「…そうそう、言い忘れていましたが」
「私がその気になれば、伝手を総動員して、薬師ギルドにおいて、帳面に記載出来ない秘め事や、貴方の個人口座、果ては配偶者、親兄弟の口座まで、隅から隅まで洗い出すことが可能である、ということを覚えておいてください」
「何しろ、私の本業は経理ですのでね。組織の歪な数字や、後ろ暗い金の流れを暴くのは十八番なんですよ」
「さぁ、一言、言うだけで良いんです」
「『全権を委任する』と。なぁに、悪いようにはしませんから」
上げられた頭は、再び下がり、副ギルド長はぼそぼそと何かを呟く。
発せられた言葉は半ば予想が付いている。
だが、敢えて言わせる。
この小狡い男より言質を取ることで、取り決めを反故されることを未然に防ぐためだ。
「聞こえません。はっきりと言ってください」
「症例者に対する説得は、レオン・クラークに『全権を委任』する、と!」
俺の懐に仕舞いなおした『音水晶』に触れたあと、脅迫にならない程度の圧迫した声量で追い詰める。
副ギルド長は俺の動きに気付くことなく、…震えた声で復唱する他に、術が無かったのだった。
「しょ、症例者に対する、せ、説得は、れ、レオン・クラークに、ぜ、ぜん、『全権を委任』、す、る」
瞳の色を黒に戻した俺は、折れた副ギルド長に駆け寄る白衣の侍従たちを尻目に、院長室を足早に立ち去る。
扉を閉め、数歩進む。ふと、浮遊感を感じる。
咄嗟に通路の壁に背を預ける。意思に反し、体に力が入らない。
スキルの過剰使用の反動により、膝が折れ、冷たい床に尻餅をついてしまう。
数舜遅れ、扉が開く音と共に、駆け寄ってくる足音が廊下に鳴り響く。
「レオンさんっ!」
「レオンっ!」
声の主は、副ギルド長包囲網の立役者である、ハルトとジェイルだった。
「…ハルト、さ、ん…ジェイル、さん…お疲れ…さまでした…」
掠れた声になりながらも、感謝の言葉を紡ぐ。
「いえ、良いんです…って、それよりも大丈夫ですか!?大丈夫じゃないですね!」
「落ち着けハルト。とりあえず此奴を休めるところに連れて行くぞ」
慌てるハルトを横目に、ジェイルが俺に肩を貸してくれる。
「ありがとう…ございます…です、が…私はこれか、ら…」
ジェイルは小さく頷く。
「あぁ、分かっている。だが、その体調じゃ説得しようにも出来ないだろう?」
「そうですよ、少しは休まないと!」
やや落ち着きを取り戻したハルトも、ジェイルとは反対側に回って、俺に肩を貸してくれる。
「わかりまし、た…では、水を…」
二人の補助を受けながら、休憩室に向かう。
説得の舌鋒を研ぎ澄ます為に。渇き、張り付いた喉を潤す水を欲するのだった。
水差しより注ぎ込まれた水を数杯、勢いよく飲み干す。何度かむせ込んでしまったが、ようやく人心地がついた。
ふぅ、と小さく息を吐き出す。
改めて二人に礼を言うと、礼に及ばないと、黙ったまま首を横に振って来た。
誰も喋らない。
数秒間の沈黙が続いた後、最初に声を発したのはジェイルだった。
「…あの男については、今のところ放置しておいても平気だろう。あれだけやり込められたなら、しばらくは立ち上がれないだろうからな」
ジェイルの言葉に首肯し、ハルトが続く。
「そうですね。自尊心の塊のような人でしたからね。他人から頭ごなしに命令されることなんて、滅多に無かったんじゃないですかね」
二人の言葉に頷き、俺も言葉を繋げる。
「お二人の言う通り、今のところは大丈夫でしょう」
「ですが、油断は出来ません。時間をおけば発言を翻すことも、容易に想像が出来ます」
「念のための保険も確保出来ましたが、使わないに越したことはありません。彼にはある意味、矢面に立って貰うのですから」
そういってチラリと見せた『音水晶』に、ハルトとジェイルの二人は驚いた表情を見せる。
「あの執拗な復唱強制は、このために!?」
「…なんというかなぁ。驚けばいいのか、呆れればいいのか、安心すればいいのか、わからんよ」
単純に驚くハルトと、複雑な表情を浮かべるジェイルに、俺は苦笑いを浮かべて誤魔化すのだった。
「さて、本題に入ります」
呼吸も整い、脳内に新鮮な酸素を巡らせることが出来るようになった俺は、居住まいを正して二人に向き直る。
「当面の問題は、暴徒化寸前の症例者の説得です」
「冷静に話そうとしても、極度の興奮状態ならば、耳には届かないでしょう」
「なので、いったん向こう側の主張を全面的に拝聴します」
「安心してください。拝聴するのと、受け入れるのは全くの別なので」
「要は、怒りによって上昇している沸点を、一度下げよう、ということです」
「人間、不思議なもので。要望を受け入れる、受け入れないに関わらず、話を聞いてもらう、という行為だけで、沸点が下がる物なんですよ」
「…えぇ。冒険者ギルドでの受付経験の賜物です」
「彼らとのやり取りに比べれば、要望は通らないが気持ち良くなってもらうことなど、なんてことはないでしょう」
「彼にも言いましたが、要は論点のすり替え、そしてメリットの提示です」
「効能が示されている薬の製法が確認されており、その上で邪魔をしなければ治療が受けられる、と示されれば」
「暴徒化する意味が無いと悟り、落ち着くことになるでしょう」
「その上で」
「敢えて混乱に拍車をかけるような者がいたとすれば」
「…それは恐らく…『灰咳』悪化により利権を貪ろうとする、黒幕になるでしょう」
「十中八九、出てこないと思います。そのために、彼を矢面に立たせますので」
「彼が離反した、と把握すれば、尻尾を切り、影に潜むことになるでしょう」
「…今は敢えて看過します。まずは、『灰咳』の蔓延を食い止め、症例者を救うことを目的としましょう」
そこまで言って、重くなった腰を持ち上げる。
気力は持ち直したが、体力は回復しきっていない。
石パンを口に詰め込み、強引に咀嚼する。形容出来ない不快さが口内に広がるのを、水で流し込んで誤魔化す。
その様子を見た二人は、おぞましい物を見た、という顔つきになる。
「…では、説得に向かいましょう。何を変な顔をして固まっているんですか。時間は止まってくれませんからね」
カロリー補給を終えた俺は、いまだ騒ぎ立つ症例者達の元に向かうのだった。
■執筆裏話
文句を言いたいだけの人と、正当なクレームを挙げる人の区別って、話を聞くまで出来ないですよね…
明らかにおかしいことに関しては声を挙げるべきですが、むやみやたらに、誰にでも噛みつくような人にはならないよう、気を付けたいですね。
評価、感想、御待ちしております。執筆のモチベーションアップに繋がりますので!




