メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】⑲
施療院を飛び出した俺は、足早に次の目的地へと向かう。
通りを行き交う人々の顔はどこか暗く、時折聞こえる乾いた喉の音に、周囲が過敏な視線を向けている。
…既に、見えない恐怖が街を侵食し始めているらしい。
組み上げたパズルの裏を取るため、まずは薬師ギルドへと向かおう。
薬師ギルドには顔見知りの職員が居るため、ある程度情報を得ることが出来るだろう。
俺が所属する冒険者ギルドは、各ギルドと幅広く関係を持っている。薬師ギルドもその関係の一つだ。
薬師ギルドの主業務は、各種ポーションの生成、精製、そして販売となる。
冒険者ギルドは素材を納入し、薬師ギルドは成果物を卸している。
流通の過程で質、量を安定供給する為に、丁々発止のやり取りがあったのだが、それは別の機会に語ろう。
薬師ギルドは冒険者ギルドだけでなく、施療院にもポーションを卸している。俺は、そこに目を付けた。
一つ目、『灰咳』症例者を医療目的で隔離し、集中治療するので、対象のポーションの生成、精製が行われているはずだ。
二つ目、ポーションの生成、精製が行われていなくても、必要な素材の注文を行っていなければおかしい。
三つ目、隔離施設を独自の研究目的とした場合、『医療目的とは異なる』注文リストが並んでいるだろう。
一つ目、二つ目が該当するのならば、まだいい。隔離施設にて医療がおこなわれるのだから。対応は杜撰だが、俺の仮説が的外れだった、というだけで済む。
だが、三つ目が該当した場合、治る見込みのない隔離が行われ、研究という名の死刑台に送られる可能性がある。
逸る身体を抑えきれない。頭では落ち着くべきと思っているのだが、腕は速く振られ、足は力強く蹴りだしている。
たどり着いた先、薬師ギルドは白い面持ちで何も言わず、静かに佇んでいた。
扉を開けた先、待っていたのは…予期せぬ規律だった。
非常事態宣言の直後だ、阿鼻叫喚の混乱を想定していた俺の耳に届くのは、整然と歩く職員の足音と、淡々と書類をめくる音だけ。
この落ち着きは、異常だ。まるで、この事態を最初から織り込み済みであったかのように。
ざわめきもなく、規律に支配されたギルド内では、心臓の鼓動がやけに大きく感じる。まるで、ただ一つの異物であるような錯覚に囚われる。
異物と錯覚する理由、そう、違和感だ。
薬師ギルドには打ち合わせにより、幾度か足を運んだことがある。
その時に感じた雰囲気と、今の雰囲気が異なっている。それが違和感となり、自身を異物として錯覚させられている。
何だ?何が違う?何を違和感と感じた?雰囲気のどこが違う?
…匂い、そしてヒトだ。
打ち合わせに来た時には、ポーション生成、精製時に発する独特な匂いが鼻についたのを覚えている。
緊急事態宣言が発令され、稼働を上げる必要があると思われるにも関わらず、全く匂いがしてこないことに、違和感を感じていたのだ。
それに、人だ。
薬師ギルドには、冒険者ギルドや施療院以外にも、個人商店への販路がある。
個人商店との取引は、窓口で行われていたはずだが、今は誰も並んでいない。
緊急事態宣言が発令され、商機に目ざとい商人ならば、ポーションを大量購入し備蓄に回す。または転売してもおかしくない。
匂いがしない、そして人がいない。つまりは、ポーションの生成、精製が行われておらず、それは緊急事態宣言前に関係者に対して周知されていた?
いや、待て、それはおかしい。
もし関係者に周知されていたとしたら、何故施療院宛には周知されていなかった?
逆に考えろ。窓口に並んでいないのは、在庫が『元々無い』のではなく、完売により『無くなった』、または『売る気が無い』からではないか?
通常のポーションとしての素材分をも用いて、研究用のポーションを生成、精製しようとしている?その為、販売用の在庫がなくなり、窓口に人が居なかった?
…だとすれば、有って欲しくない仮説が現実味を帯びてくることになる。
死神の足言は、ゆっくりと、だが確実に忍び寄ってきていた。
「おぉレオンじゃないか、どうしたこんなところで」
思考の海に沈んでいた俺を引き上げたのは、薬師ギルドに所属する、顔見知りの職員だった。彼は素材納入担当で、俺と納入する量、質、期間を調整している。彼はシロなのか?クロなのか?
顔見知りを疑いたくは無いが、仮説があまりにも壮大過ぎるため、疑わざるを得なくなっている。
そんな俺の葛藤を知らず、納入担当の男、ジェイルは気安く話し出してきた。
「お前が直接此処に来るほど、切羽詰まった案件あったか?」
ジェイルの顔には、何かを隠そうとする様子は浮かんでいない。極めて自然体だ。
これが真意を隠す演技とするのならば、考えるだに恐ろしい。
「…いや、急な案件がある訳ではないんだが…」
ジェイルがシロであると断定しきれない以上、俺は見に徹する他ない。要は当たり障りの無い会話で情報を得られないか、様子を伺うということだ。
俺は世間話を装い、ジュイルより情報収集を試みるのだった。
「あぁ、緊急事態宣言の発令だろ?困るよなぁ。今でこそ落ち着いているけど、お前が来る前までは窓口に客が殺到して大変だったみたいだぜ?」
「在庫一掃、とまでは行かないが、ほぼ捌けたみたいだな。ちょっと古くなったものまで売れて、窓口の奴らは喜んでいたよ」
「そういや、『灰咳』だっけ?その治療薬となる素材、お前んとこにまだ在庫あったか?ある程度纏まった量が欲しいって言っていたんだが、用意出来るか?」
「俺も良く分からんのだが、治療薬に必要な素材以外にも、色々いるらしい。なんの為に使うんだろうな?」
「ったく。『灰咳』なんてめんどくさいもので緊急事態宣言が発令されると困るよなぁ?お前もそう思うだろ?」
分かっている。俺がジェイルに感じる怒りが、理不尽なものだということは。
だが、それでも。怒りを抑えることが難しい。
部長の子供が、院長先生が。そして孤児院の皆が危険に晒されているにも関わらず、『めんどくさい』という一言で済まされてしまうということが、『客観的な真実』であるということに。
深呼吸を数回繰り返す。
思考を巡らせろ。
感情と切り離せ。
ジェイルは俺たちの事情を知らない、第三者だ。怒りの矛先ではない。
突然深呼吸を始めた俺を見て、ジェイルは怪訝な表情を浮かべる。
ジェイルからすれば世間話をしていたら、唐突に深呼吸をし出したのだから、驚くのは無理ないだろう。…そう、こちら側の事情を知らなければ。
だからこそ、逆に。
一歩踏み込む。ジェイルの立ち位置を見極める。こちらの事情を明かさず、かつ薬師ギルドと冒険者ギルドの関係性を利用して。
「素材の種類と量?いや、流石に今すぐには出せないな。纏まった量が欲しいとしか聞いていないからな」
「あぁ、でも『灰咳』の治療薬に用いるのなら、『太陽草』と『銀星花』、『月涙水』は必須じゃないか?」
「他にも必要だと思うが・・・。そうだレオン、お前時間あるか?わざわざ戻るのもなんだし、こっちの担当者を紹介するから必要な素材を確認して行ってくれよ」
「固いこと言うなって。こっちでリスト作成して、そっちに注文しにいくより、今ここでリストを確認した方が早いだろ?」
「そそ、効率化効率化。お前の好きな言葉じゃないか」。
ジェイルに肩を抱かれ、薬師ギルドの奥へと誘われる。
鬼が出るか蛇が出るか。未だジェイルがシロである確信が持てない。
しかし、虎穴に入らなければ、虎児を得ることは出来ない。
動揺を悟らせないよう、努めて平静を装い、ジェイルの歩調を合わせる。
薬師ギルドは不気味なほどに、静かな規律が保たれているのだった。




