メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】⑪
夜が白み始めた頃、寝床から体を起こし、軽く頭を振って微睡みを振り払う。多少の睡眠では万全な状態にならないが、泣き事は全て済んでからと自分に言い聞かせる。
身支度を済ませ、石パンを胃に流し込むと、人気の無い道を歩みながら、冒険者ギルドに向かう。
自席に近付くと、不在により未承認となっていた書類が小さな山岳となって待ち構えているのが見える。積まれた書類を横目に熱いお茶を淹れ、ゆっくりとした動作で席に着く。
熱いお茶を一口すすり、空腹でも無いのに石パンを齧る。何度食べても、味や食感はとてつもなく悪い。だが、今はカロリー摂取にこれほど適した物は無い為、眉を顰めながら咀嚼し、飲み込む。そして瞳を青色に染め上げ、カロリーコンバータ・ライトを起動し、積まれた書類の処理を開始する。
処理した案件の一つに、公共クエストが見られた。対応者は、昨日訪れた孤児院の年長組であることがわかる。報酬は最低額よりも僅かに劣っていることが示されている。ランク外の者が対応しているのだから、報酬も下がっているのだろう。何も知らなければ、俺も不審に思わなかっただろう。
だが、今は違う。この書類一枚、案件一つに対して、血と汗と涙が込められていることを再認識させられている。
そして、公共クエストだけでは無く、全てのクエストに対して、公正な報酬が支払われてないのではないか?と疑念が払拭出来ないでいる。
今はその時ではない。疑念を疑惑へと変え、不正して調査するのはもう少し後だ。震える手を抑え込み、強くなりかけた筆圧を緩める。そして細く息を吐き、積まれた案件を処理し続けるのだった。
書類の山岳が平坦になった頃、チラホラと出勤してくる内勤者が出てくる。
一人ひとりに定型的な挨拶を機械的に向ける。内勤者はその様子を不快に思うことなく、俺に軽く会釈をして自席について業務準備を始めていく。
それもそのはず。監査チーム発足が決着するまで、俺は業務に専念することになるため、コミュニケーションが著しく疎かになることを事前に周知していたからだ。課の皆は神妙に頷き、了承の意を示してくれた。
だからと言って、経理課としての業務を遅延させる訳には行かない。不在時に承認が必要となる書類がある時は、翌日迄に対応する旨を伝えてある。その結果が机の小さな山岳だった。ちょっと多くないか?と愚痴がでかかる所だが、そのカロリーも書類処理に傾け、消化スピードを加速させるのだった。
始業ベルが鳴り響く前に書類整理をし終えた俺は、瞳の色を黒に戻し、承認済となった書類を各自に返却してゆき、確認漏れがあった場合は再提出するよう申し付けておく。提出者全員返却が終わると同時に始業ベルが鳴り響いたため、そのまま朝礼を行う。朝礼の合間、書類を受け取った者は、驚きの表情を浮かべ、受け取った者同士で顔を見合わせるが、誰も言葉を発しない。
簡単で、代わり映えのない業務連絡をし終えた後、確認漏れによる再提出がないことを確認した俺は、今日も不在時間が多くなる旨と、不在時は書類を机に置いておくよう指示する。
皆が頷くのを確認すると、俺は早速協力者である彼の元に向かったのだった。
行先は資材管理部となる。先日ピックアップした案件より、傾向を見極める為だ。
資材管理部に着くと、既にビリーが山積みとなっている資料の前で、頭を掻き毟りながら何かを書き連ねていた。だいぶ早くから行っていたのか、資料の周りには紙片が乱雑に散らばっていた。
ビリーは俺の来訪に気付くと、ペンの動きを留め、散らばった周囲を片付けながら連日の労苦を労ってくる。
「相変わらず早いなレオンさん。早速だが始めようか」
ビリーはそう言うと、何かを書き連ねていた用紙を渡してきた。
「昨日のアタリをつけた資料よりピックアップした担当者の傾向を、資材管理部視点で出してみた。レオンさんの観点でも見てみてくれ」
仕事が早い。俺がやろうとしていたことを事前にやっていてくれた。やはり、彼は監査チームに招聘すべきだろう。先を読む能力に、実践しようとする気概を、埋もれさせる訳には行かない。
横道に逸れそうな思考を戻し、瞳を青に染めて、渡された用紙を確認する。纏められた内容には、不明点の内容毎に、上位数名が書き連ねられていた。
「これは凄いですね。昨日の今日で、これだけ簡潔に纏めていただけるとは」
纏め上げられた内容に唸りを挙げると、ビリーはやや疲労を滲ませた苦笑を浮かべる。
「レオンさんが、あのあと何かをしようとしていた事は判っていたからな。俺は、俺に出来ることをしようと思っていただけさ」
ビリーは口にはしないが、恐らく時間外作業をしていたのだろう。始業ベルが鳴ったばかりの時間帯で、作業を終わらせることは、物理的に不可能だ。
「…無理はしないで下さい。貴方に倒れて貰う訳には行かないのですから」
ビリーは軽く頷く。俺は彼の厚意をありがたく受け取り、経理課としての観点でも確認を進めていく。
時間は刻一刻と過ぎていくが、歩みは着実に進んでいった。
「この辺りが妥当でしょう」
常習性が強く、かつ不明点が色濃い者を洗い出す。ピックアップした担当者の中で、対象となったのは3人まで絞った。あとはこの対象者が狢なのか、山羊なのかを見極めて、言質を取る必要がある。
持ち込んだ石パンも大半を消費しており、気がつけば、時間は昼休憩間際になっていた。
「少し休みましょう。根を詰めすぎても、効率は上がりません」
瞳の色を黒に戻し、両手の掌を目に押し当て、スキル行使による疲労を労る。ビリーは二つ淹れたお茶の片方を俺に勧め、もう片方を口にして一息を着いていた。
資材管理部の他メンバーは、こちらを気にすることなく、思い思いに昼休憩に向かって行き、部屋には俺とビリーの他に、姿は見えなくなった。
「この3人の不明点を、部長と結び付けられるだろうか?」
ビリーはやや不安気な表情を浮かべる。作業の合間に、証拠集めについては自身の伝手を使っていることを伝えていたが、不安を拭いきれないのだろう。
「恐らく、としか。確定的なことは言えませんが、確かなスジに依頼していますので、私は期待しています」
「伝手というが…いや、すまない。今のは聞かなかったことにしてくれ」
ビリーは問い掛けようとした言葉を押し留め、不用意に口にしてしまったことを謝罪してくる。俺は軽く首を横に振り、気にしていない旨を示す。
情報の共有は大事だが、明かすべきものと明かさない方が良いものがある。特に裏側、つまりは非合法に頼った手段となれば、知っていただけでリスクを負うことになる。
俺はビリーに対して不要なリスクを負わさない為に、情報源は明示しなかった為、それを失念して口にしてしまったことにビリーは謝罪してきたのだ。
「お茶、ご馳走様でした」
お茶を飲み干し、少し大きめの声で礼を言う。室内には誰も居ないはずだが、敢えて周囲にまで聞こえるくらいの声をだして礼を言う。そして、声をひそめ、本題を伝える。
「私はこの後、裏取りの結果を伺いに行きます。ビリーさんは、例の3人の動向を把握願います。証拠が集まり次第、時間を分けて言質を取りに行きましょう」
ビリーは黙って頷くと、
「また、来てくれ。最近は茶葉だけでは無く、茶器にも凝るようになっているからな」
と言い、敢えて俺の会話に乗ってくれた。意思を汲み取り、機転を利かせてくれるからこそ、彼は信頼出来るのだ。
資料を纏め、席を立つ。向かうは証拠集めを依頼したヤツの元だ。
急ぐが、慌てない。手札は揃ってきている。
不安を押し殺しながら、歩みを進めるのだった。




