第369話:実感 その1
西の大規模ダンジョンが破壊され、一週間の時間が流れた。
その間、俺は療養である。透輝の『宝玉』によって傷は塞がっていたが、さすがに失った血液までは補填されなかったらしく、食って寝てを繰り返して体の回復に努めていた。軽い運動はしていたが、さすがに剣は振っていない。
透輝達はこの土地の領主からの要請を受け、引き続きはぐれモンスターの掃討に参加している。
ただ、俺が自分の目的やリリィとの関係について話して以降、リリィが精神的に不安定になってしまったため、リリィを抜いての掃討である。透輝、ナズナ、モリオン、アレク、メリアという五人パーティでの掃討だ。
それでも十分な戦力があるため心配していないが、こちら側に残ったリリィは俺にべったりだし、メリアが帰ってきたらメリアに引っ付いて離れなくなってしまう。その光景だけでリリィの母親に関してバレたも同然だろう。
実際、ちょっと鈍いところがある透輝でさえ『マジで?』と言わんばかりに目を見開いていたし、ナズナは瞬き一つすることなく固まっていた。なんなら呼吸も止まっていた。
アレクとモリオンは納得した様子だったが、北の大規模ダンジョンを破壊する前、攻略メンバーとしてリリィを連れてきた段階で疑っていたらしい。俺に似ていると思ったのもあるそうだが、俺とリリィの態度がおかしかったようだ。
そんなわけでリリィが不安定に安定してしまったが、俺の体調もだいぶ回復してきたし、はぐれモンスターの掃討もある程度進んだということで学園に帰還することとなった。
行きと同様に光竜キュラスに乗り、数時間の空の旅を送ったら学園へ帰還である。そして俺はリリィのことをメリアに託すと、寮に足を向けて自室へと入り、鍵をしっかりと閉め、一人になったことを確認するとベッドに腰を下ろす。
荷解きをしなきゃ、とか、せめて部屋着に着替えなきゃ、とか、色々と浮かぶことはあったが、ようやく一人になれたことで大きく、深々としたため息を吐き出した。
本当はオリヴィアや国王陛下に今回の件を報告しなければならないというのに、今はそれをする気力がなかったのだ。
「はぁー……あー……ああ……」
そして意味のない呻き声を上げ、ベッドに倒れ込んで背中を預ける。
(やっちまった……失敗した……ああ、失敗……しちまった……)
生き返って一週間が経ち、ある程度は落ち着きを取り戻した。だが、ようやく一人になれたことで心の奥底から沸々と、後悔や絶望の感情が湧き上がってくるのを感じる。泥のような、粘ついた暗い感情だ。
(グランドエンドは元々諦めていたとして、グッドエンドが……『宝玉』を消耗したからノーマルエンドになるのか? それとも努力次第でどうにかできる? でも別ルートの俺はノーマルエンドに着地したっぽいし、どうにもならない? そうなると……ああ、くそっ、思考がまとまらねえ……)
まずはオリヴィアに報告して、これからのことを考えるべきだ。
西の大規模ダンジョンを破壊できたし、アスターも仕留めることができた。その点に関しては万々歳で、これからの頑張り次第ではまだ、盛り返すことができはずだ。
そう――思うのに。
一人になったことで溢れ出た後悔と絶望が体に圧し掛かって、ベッドから起き上がらせてくれない。
考えないといけないこと、考えたいことが色々とあるはずだというのに、今はもう、何も考えたくない。
(あー……駄目だ……かといって眠ろうにも、眠れそうにねえ……)
スグリが作ってくれた安らぎのポーションを飲んだとしても、今は眠ることができそうにない。そう思えるほどに様々な考えが脳内に浮かんでは消え、次から次へと俺を責め立てるように存在感を主張してくる。
いっそのこと剣を振ろうか、なんて考えたが、今は動きたくなかった。ランドウ先生から剣を習い始めて、初めてのことだ。というか、ここ一週間ほど剣を振ってないな、なんてぼんやりと思う。やっても軽い運動だけだった。
このままベッドに体が沈みこんで、そのまま床までめり込んで、地面まで到達して、埋もれて消えてなくなりたい――そんな馬鹿なことを考え、はっ、と笑うが体が重たくて動けない。
これまで何度もくじけそうになってきた。その度に立ち上がってきたつもりだが、今回はとびきりだ。
なにせ、今回は明確に失敗したのだ。アスターに殺され、『宝玉』を消耗する事態を招いてしまった。これまでのようになんだかんだで上手くやれたわけではなく、失敗してしまったのだ。それも、取り返しがつかない失敗である。
(ああ、くそっ……あの不意打ちがなければ……やり直し……リリィなら……いや、言い出さないってことは無理か……そもそも既に一度、俺をバリスシアから助けたんだ。二度目を期待する方が間違っている……いや、でもなぁ……)
『宝玉』を消耗してしまったことはもう、仕方がない。最善は無理でも次善を目指さなくてはならない。
そう思うのに、動けない。もうだめだと、諦めと絶望が足を引っ張ってくる。どう足掻いても最良の未来は得られないのだと、そんな囁きが聞こえてくる。
ぐだぐだと悩んで、無為に時間を過ごす。時間が経過すれば解決するような問題ではなく、むしろ『魔王』の発生に近付くばかりだとわかっていても、動けない。
そうやってベッドに寝転がったまま天井を見上げて、どれだけの時間が過ぎたのか。不意に、玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。最初は躊躇するように、しかし俺の返事がないとわかると、強く、ノックの音が響く。
「…………」
応じなければ、と思いつつも、返事をすることさえ億劫だった。このまま居留守を使ってしまおうか、なんて考えが浮かんだ時、かすかに声が届く。
「ミナト様……いらっしゃるんでしょう? カリンです」
聞こえてきたのはカリンの声だった。おそらく、透輝達が帰ってきたのに俺の姿がないことを疑問に思ったのだろう。それでも多少時間が経ってから俺の部屋を訪れたのは、俺を探し回っていたからだろうか。
だが、いくらカリンが相手でも今は無理だ。顔を見せることができないし、見ることができない。今のこの、しょぼくれた顔を見せたくなかった。
「…………」
だというのに、気が付けば俺はベッドから身を起こしていた。そして自分の意思通りに体が動くことを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、のそのそとゾンビのような足取りで玄関へと向かう。
何を話せば良いのか、どんな顔をすれば良いのか。その辺りはまったく考えていなかった。ただ、無性にカリンの顔を見たくなって、扉を開ける。
「わっ……良かった、やっぱり部屋にいたんですね……ミナト様?」
無言で扉を開けた俺に驚いた様子だったが、カリンが不思議そうな顔をしながら俺を覗き込んでくる。多分、透輝達も俺が一度死んだことを伝えていないのだろう。不自然なところがない、普段通りのカリンだった。
「…………っ!」
――自分でも、不思議なことなのだが。
そんな、普段通りのカリンを見た瞬間、自分の中で何かが崩れるのを感じた。ギリギリのところでバランスを取っていた積み木を横から蹴り飛ばしたように、盛大に何かが崩れたのだ。
「……カリンッ!」
「えっ!? ちょ、ちょっ、ミナト様!?」
思わず、無意識の内にカリンを抱き締めていた。不思議なほどに抗いがたい衝動に突き動かされ、恥も外聞もなく、真正面からカリンを抱き締める。
そうやって突然抱き締めた俺に対し、カリンは慌てたような声を漏らした。だが、俺の様子が普段と違うと思ったのか、あるいは別の何かがあったのか、数秒もしない内に落ち着きを取り戻し、おずおずと俺の背中に両腕を回してくる。
「もう……どうしたんですか、急に。ビックリしましたよ?」
俺を落ち着かせるためか、優しい声色でカリンが言う。
抱き締めたカリンは思ったよりも小さく思えて、細くて、柔らかくて、温かかった。
そして、そんな温かさがじんわりと俺に伝わってくる。ドクドクと、早鐘のように心臓が脈打つのが伝わってくる。
本当に――不思議なことなのだが。
今になって、俺、死んだんだなって、実感が湧いて来た。
同時に、生きているんだって、心底から思えた。
俺には前世の記憶があるし、前世では自室に侵入してきた不審者に刺されて激痛にのたうち回りながら死んだ記憶もある。
そこから転生し、二度目の人生を歩むという奇跡みたいな事態に見舞われた記憶もある。
だが、今回はまるで別物だ。
アスターに心臓を貫かれて死んで、透輝の『宝玉』で蘇生して。
生き返ってからは自分がきちんと生きている実感があったつもりだったが、今になって思えば気が動転していたのだろう。実感なんて欠片もなくて、ただ、周りの反応に合わせて動いていただけだ。
そりゃあ透輝達がみんな心配するわけで。一体どんな顔をしていたのか、なんて申し訳なく思う。
「すまない……でも、今だけは……」
「……はい」
なんとか絞り出すようにして言えば、カリンも受け入れてくれる。
それが妙に嬉しくて――今後のことを思えば酷く絶望的で。
それでも今だけはと、心が落ち着くまでカリンを抱き締めていた。




