第349話:再編
三月を迎え、学園に入って二度目の卒業式が行われた。
これにより三年生が卒業することになる――のだが。
「なんで試験で落ちてるんですか……」
「……卒業までに『掌握』した『召喚器』を扱えるようになりたくて、修行をしててな……全然勉強してなかった……」
在校生の席で見送る側として残ることになったジェイドに聞けば、そっと視線を逸らしながら答えてくれる。やめてください、その言い方だと俺やモモカが悪いみたいじゃないですか。
「ま、もう一年モモカと一緒にいられると思えば悪くねえ。来年度は同級生としてよろしく頼むぜ?」
「前向きすぎでは? ネフライト男爵に怒られませんでしたか?」
「いや? 学園でやりたいことがある、口説きたい女がいるって伝えたら呆れた顔で何も言わなかったな」
「それ、怒られるよりまずいやつでは……」
ジェイドを擁護するなら、留年する生徒は珍しさこそあれど毎年ゼロではなかったりする。特に多いのが技術科で、錬金術師を志す生徒が学園以上の設備を求められない、と判断して留年するのだ。
貴族科の生徒で留年する者は稀である。病気で長期療養していたとか、そういう特別な事情もなしに留年する生徒は学園創立以来初めてかもしれない。
だが、当のジェイドはそこまで気にしていないようだ。俺としても『花コン』の通りだから多少驚くだけで済むが、本当にそれで良いのかと思ったりはする。
(ま、まあ、カトレア先輩も卒業こそするけど学園に残るし……『花コン』の通りになったと思えばそうだから……うん……)
何が『花コン』の通りになり、何がならないのか、いまいちわからない。たとえば卒業試験の前にジェイドに声をかけ、しっかりと勉強をさせたら留年することもなかったのかもしれないが。
(まさか本当に留年するとは思わないじゃんか……)
学園での試験は基本的に落とすための試験ではない。生徒がどれだけ学力があるかを試験するのであって、授業をちゃんと聞いていれば赤点を取るような試験ではないのだ。
一応、追試があってそれに合格すれば問題はないそうなのだが、ジェイドは追試を断って留年したらしい。卒業するよりも学園にもう一年残った方が良いと判断したそうだ。
(そこまでモモカのことを好きだって証明しているのかもしれないけど、傍から聞く分には重すぎるんじゃないかな……)
幸いと言って良いのかはわからないが、ジェイドもモモカと一緒にいたいから狙って留年したわけではないらしい。単純に成績が悪かっただけだ……本当に幸いとは言えないな、これ。
だが、留年するならするで、もう一年モモカと接しやすい環境にいられると前向きに考えているらしい。そりゃまあ、卒業して王国騎士団なりに就職したら、気軽に学園生に会うことなんてできないしな。
俺がそんなことを考えていると、ジェイドは真剣な表情を浮かべて拳を握り締める。
「それに、卒業して王軍なり王国騎士団なりに行くより、学園で鍛えていた方が強くなれそうだしな。さすがに来年は卒業するが、今年はしっかりと鍛えるつもりだ」
「……そういう考え方もありですか」
どうやら職業軍人になるよりも学園にいた方が強くなれると踏んだらしい。普通に考えるとおかしいのだが、『魔王』をどうにかするまでは学園こそが騒動の渦中と思えば間違いでもないだろう。ほぼ同年代の生徒達と切磋琢磨すると考えれば、悪い選択肢ではないのかもしれない。
(そういう意味じゃあ、悪くない……か?)
モモカのことは別として、そう思えた。
卒業式も終わり、在校生が一年生と二年生だけとなった王立ペオノール学園。
来年度に関して話があるということで生徒会室に呼び出された俺は、中にいる人達を見て思わず苦笑してしまった。
アイリスにコハクにカトレア先輩と、卒業式前のメンバーが揃っているのだ。
「えー……先日は卒業式での見送り、ありがとう。来年度から教師の一人として学園で働くことになりました。生徒会の顧問も務めることになっていますから、来年度もよろしくお願いしますね?」
そう言って挨拶したのはカトレア先輩である。その顔には苦笑が浮かんでいるが、俺達としても苦笑を返すしかない。
カトレア先輩は三年間の成績から主席となり、その結果卒業生の代表を務めることとなって堂々とした態度で卒業式を行ったのだ。そんなカトレア先輩が普通に生徒会室にいるのが少しばかりおかしく感じられた。
「来年度もよろしくお願いします。カトレア先輩……いえ、カトレア先生とお呼びした方が良いのかしら……」
さすがのアイリスも困っているようで、頬に手を当てながらどう呼んだものかと頭を悩ませている。立場的には先生と呼ぶべきだが、これまでずっと先輩と呼んできたのだ。違和感があるのだろう。
「私的な場であれば先輩呼びでも大丈夫ですよ。公的な場ではさすがに先生と呼んでもらわないといけないですが……」
カトレア先輩も先輩で、違和感があるらしく苦笑を深めている。
(そういえば、父さんやウィリアムもネフライト男爵のことを先輩って呼んでたもんな。公的な場ではともかく、私的な場では学生の頃の上下関係が続いているのか)
そういうつながりがあるからこそ、何かあった時に助けたり助けられたりもするのだろう。笑い合うアイリスとカトレア先輩を見るとそんなことを強く思う。
「それではこの場はカトレア先輩と……先輩も含めて皆さんをお呼びしたのは、来年度の生徒会に関してです」
こほん、と一度咳払いをしてアイリスが本題を切り出す。それを聞いた俺は『あー、そんな時期かー』なんて軽く思考した。
「来年度もわたしが生徒会長を務めることになりますが、副会長に関してはカトレア先輩が卒業したことで空席となりました。そのため、来年度の副会長をコハク君にお願いしたいと思っています」
そう言って俺とコハクに視線を向けてくるアイリス。俺は様付けなのにコハクは君付けなのは年齢差によるものだろうか、なんて考えながら俺は首を傾げる。
「そういった用件なら俺は必要ないような……役員の選出に関しては会長の権限の内ですし、構わないのでは? コハクも別に構わないだろ?」
「アイリス殿下やカトレア先輩の補佐をしていましたし、できるかできないかでいえばできますが……他に適任者はいないんですか?」
俺が話を振ると、コハクも不思議そうな顔になってアイリスに尋ねる。やる気がないわけではないが、他の候補が気になったのだろう。
「ゼロとは言いませんが、コハク君以上に見込みがある生徒となると中々……今年度、わたしやカトレア先輩を補佐していただき、性格や能力もよくわかっているというのも大きいです。次男ですが辺境伯家の生まれですし、腕も立ちますし」
そう言いつつ、アイリスは俺へと視線を向けてくる。
「ミナト様を副会長にしてコハク君を決闘委員会の委員長に、という案も考えたのですが……こう言ってはなんですが、ミナト様以上の武威を持つ生徒がいないので決闘委員会から外したくないのです。しかし、望まれるなら副会長に就いていただくのも悪くないな、と」
「なるほど……その二択なら決闘委員長ですね。副会長に関してはコハクが適任だと思います」
俺を副会長に、というのはおそらくはアイリスからの気遣いなのだろう。以前から俺に対して妙に遠慮しているというか、本来は俺が生徒会長でもおかしくなかった、みたいなことを考えている節があった。
そのため、カトレア先輩が卒業したのに合わせて俺を副会長に、みたいな考えなのだろう。ただ、それを俺が望んでいないのもわかっているんだと思う。コハクを副会長にっていうのもその辺りのアレコレが理由の一つだろう。もちろん、コハクの能力の高さがあってこそだが。
「わかりました。それではコハク君、あなたさえ良ければ来年度は副会長をお願いします。そしてゆくゆくは生徒会長になってもらいたく……構いませんか?」
「はい、副会長に……はい? せ、生徒会長!? 僕がですか!?」
アイリスの発言に対し、コハクは目を見開いて驚く。なるほど、どうやら今日の本題はこちらだったらしい。
(生徒会長か……コハクの代だとめぼしい生徒が他にいなかったはず……仮にいたとしても俺の弟を超える生徒っていうのは早々いないだろうし、その上で貴族で家格も高い、なんて条件を満たせるのは……ゼロ、か?)
コハクの代の生徒の中で家格と実力が生徒会長に相応しい者、と聞かれてもすぐに答えられる者は稀だろう。それこそコハクか、その妹であるモモカの名前が挙がるぐらいじゃないだろうか。
(でもコハクは次男だからな……実家が伯爵以下だけど嫡男で実力もある生徒なら……あー、去年の武闘祭、学年不問条件不問で本戦に出た一年生、コハクとモモカしかいなかったか。文化祭は……騒動があったから詳しく見れてないけど、突出した生徒はいなかったはず……)
その点、うちのコハクは文武両道で真面目でがんばり屋で一年生の中ではトップクラスに強い。あれ? うちの弟ってば優秀すぎでは?
対抗馬はそれこそモモカぐらいしかいない……って、モモカはモモカで人気があるからな。性格的に望まないだろうけど、仮に生徒会長の座を狙うなら通りそうな気もする。まあ、選ぶのはアイリスだし、実力と生徒会での活動実績からコハク以外を選びそうにないが。
ちなみにだが、生徒会長になったからといって何か特権があるわけではない。学園内のことに関しては色々と権力を持てるが、勲章をもらえたり卒業後も何かしらの役職に就けたりするわけではないのだ。
だが、生徒会長として顔が売れるのはたしかである。それは将来、回り回ってコハクを助ける何かに化ける可能性があった。
「コハク君なら生徒会のことに詳しいですし、実務も手伝ってくれてますし……安心して次の生徒会長を託せるので、よく考えておいてくれませんか?」
「は、はあ……えっと……」
「今ならカトレア先生がおまけでついてきますよ?」
「アイリス殿下!?」
慣れないボケをかますアイリスに、件のカトレア先生が顔を赤くしながら叫ぶ。いや、ボケたんじゃなくて素での発言かもしれないが。
「……僕で良ければ、生徒会長を引き受けたいと思います」
「コハク君!? 今の流れだと、おまけに釣られて決めたように聞こえますよ!?」
なにやら覚悟を決めた様子で頷くコハクと、そんなコハクに対してツッコミを入れるカトレア先輩。釣られて決めたも何も、その通りじゃないですかね?
(再来年度はコハクが生徒会長か……)
それを実現させるためにも、『魔王』をどうにかしなければならないだろう。俺はコハク達に見えないよう、静かに拳を握り締めるのだった。
そして、その日の深夜のことである。
普段通り自主訓練を終えて寮の自室に帰った俺は、奇妙な現象に遭遇した。まあ、奇妙というか、ベッドの掛布団が何やら大きく膨らんでいるってだけの話だが。
「……あー……何をしているんだ?」
何と声をかけるか迷ったが、結局、真っすぐに尋ねることにした。
「…………」
そこには、なにやら不機嫌そうな顔で布団に包まるリリィの姿があったのだった。




