第347話:人生色々 その3
ルチルの『召喚器』――その名を『閃脚伴雷』と言う。
商売人だからか千客万来を元にした『召喚器』で、『花コン』における能力は少々特殊だ。主人公との友好度によって倍率が変化するが、その能力はお金を獲得する際に増加させるというものである。
他のゲームでもあることだが、『花コン』ではモンスターを倒すと経験値やお金、それと確率でアイテムが手に入る。
ルチルの『召喚器』はモンスターとの戦闘中に使用した場合、戦闘終了時に獲得できるお金が増えるという効果があるのだ。
この効果はボスモンスターが相手でも働くため、『花コン』ではルチルをパーティに入れて金稼ぎをするというプレイスタイルも可能だった。金を稼ぎ、アイテムを買い漁り、ゴリ押しで突破するという進め方が可能になるのである。
ただまあ、さすがにアイテムでのゴリ押しでは『魔王』や『魔王の影』を倒すのは難しく、自力を鍛えていないとどうしようもなかったりするのだが。
(名前は『花コン』と一緒だが、能力が違う……か? 攻撃系の『召喚器』っぽい雰囲気があるが……)
俺はルチルと相対しつつ、じっくりと観察する。
当然ながら、この現実たる世界でモンスターを倒したからといってお金や経験値が目に見える形で出てくることはない。
モンスターの素材を集めて換金することは可能だし、実戦経験を積むことはできるが、ゲームみたいにどのモンスターを倒したからお金がいくら、経験値が何ポイント、みたいな形でお金や経験値を得るのは不可能だ。
仮にその形式でお金や経験値が溜められるなら、ダンジョンに潜り続けてモンスターを狩りまくっていたランドウ先生は大金持ちかつレベルがとんでもないことになっているはずだ。今の時点で割ととんでもない人だけど、更にとんでもないことになっているだろう。
(問題は、この世界だと実現できない能力だから別の能力に置き換わったのか、何かの影響で変化したのかだが……モモカに惚れた点から考えると、変化したか?)
あるいは両方か、と結論付け、ルチルの出方を待つ。
「行きますっ!」
ルチルが地面を蹴りつけ――その姿が掻き消える。
姿を隠したり、透明になったわけではない。瞬間的な加速で俺の視界から消え失せたのだ。
(速いっ!)
姿は見えないが、気配は捉えた。俺のすぐ傍に出現したルチルが大きく足を振りかぶり、上段の回し蹴りを放ってくる。
側頭部目掛けて放たれた蹴りを剣で弾く。脚甲の『召喚器』で覆われているため、剣で迎撃しても足を斬ることはない……のだが。
「…………?」
蹴りを防いだ俺は思わず困惑の視線をルチルへと向けてしまう。
『閃脚伴雷』の効果はおそらく身体能力――特に速度を強化するのだろう。今の一撃を見た感じだと、速度という一点において俺を上回るものがあると断言できる。
だが、あくまで速いだけだ。一瞬見失うほどの速度を瞬時に叩き出せるのは大したものだと思うが、そこから接近し、踏み込み、攻撃を行うという一連の動作があまりにもお粗末すぎる。
ついでに触れたものを痺れさせる効果があるようだが、『一の払い』を使える俺は通じない。剣に魔力を乗せて相殺すれば済む程度の威力しかなかった。
「速度は大したものだが、『召喚器』の制御に意識を取られているな? 攻撃が大雑把すぎるぞ」
「……さすがですね。まさか一度の攻撃で見抜かれるとは……」
確信を込めて言えば、ルチルは真顔になって答える。素直に認めずブラフを仕掛けるぐらいのことはしても良いのだが、商売はまだしも、戦いの駆け引きに関しては未熟ということだろう。もしくは俺に見抜かれたと判断し、無駄な駆け引きは避けたか。
「ま、今のは挨拶みたいなものですよ。僕はあなたの戦い方や強さを知っていますが、あなたは知らないはずですからね」
「さて、それはどうかな?」
本気なのか負け惜しみなのか、苦笑しながら話すルチルに俺は不敵に返す。『花コン』での戦い方なら知っているから嘘じゃない。それに、眼前のルチルの戦い方もおおよそは予想がついた。
(速度特化なのにわざわざ足を止めて蹴りを打つ必要はないからな……跳び蹴りならまだわかるが、足を止めればせっかくの強味が死ぬ。そうなると、だ……)
選択肢から完全に排除するわけではないが、ルチルの速度を活かすなら別の戦い方の方が向いているだろう。『召喚器』は移動用と割り切り、速度に物を言わせて攻撃をする方が強いはずだ。
そんな俺の推測を裏付けるように、ルチルは短剣を二本取り出して逆手に持つ。
うん、それが正解だろう。速度を活かしてすれ違いざまに斬りつけるだけで強力な武器になる。ただまあ、速度を活かすためとバランスを崩しにくいようにするために、手に持つ武器の重さが軽いものに限定されるのが痛いか。
普通の剣を持ったらバランスが偏るし、剣の振りに合わせてバランスが崩れて転倒しかねない。その辺りまでは『召喚器』も面倒をみてくれないだろう。
「では……いきますっ!」
ルチルが再び姿を消し――俺が瞬時に振った剣と短剣がぶつかり、火花が散る。
「うわっ!?」
それだけでバランスが崩れたのか、焦ったような声と共にルチルが地面を転がっていく。両手に握った短剣で自分の体を傷つけないよう器用に転がるが、その瞳には驚愕の色が浮かんでいた。
「い、一回で……」
「正面から俺を斬りたいなら、ランドウ先生より速く動かないとな」
その程度の速度じゃあ斬られてやれんよ、と俺は剣を構える。速いは速いが、直線的過ぎて巧くはない。この程度の速度なら……透輝の訓練には丁度良いか?
「どうした? 一度防がれただけで諦めるか? ルチル、君のモモカに対する想いはその程度か?」
「っ!? まだまだ……これからですよ!」
俺が煽るように言うと、ルチルはすぐさま立ち上がって短剣を構える。うんうん、この程度ですぐに諦めるのなら、兄としてはモモカのお相手として不合格を突き付けざるを得ないよ。
そう思いながら、俺は向かってくるルチルと何度もぶつかり合うのだった。
「――そこまでっ! 勝者、ミナト=ラレーテ=サンデューク!」
そうしてルチルと戦うこと十分あまり。
途中からは最早決闘ではなく、ルチル相手の訓練に変わってしまったが、地面に叩きつけたルチルが気絶してしまったため俺の勝利で決闘が終わった。
まだまだ修正の余地があるが、少なくとも移動中に短剣を迎撃されても転ばないぐらいには鍛えることができた。あとは夜の自主訓練に顔を出したら鍛えてみるとしよう。
「よお、準備運動は終わったか?」
決闘委員によって搬送されていくルチルを見送った俺だったが、次の対戦相手であるジェイドが声をかけてくる。気合い満々といった様子で、今にも殴りかかってきそうだ。
「ええ、良い運動になりましたよ。先輩はどうです? 準備運動は必要ですか?」
最初は軽く当たろうか、と冗談を投げかけると、ジェイドは獰猛な笑みを浮かべる。
「いらねえよ。こちとら戦いたくてうずうずしてたんだ。そっちに休憩が必要ないっていうのなら、すぐにでも始めたいぐらいにな」
「疲れていないし、構いませんよ。やりましょう」
そう言って俺はジェイドから十メートルほど距離を取る。するとジェイドは目を丸くし、楽しげに笑った。
「相変わらず話がはえぇじゃねえか。そういうところは大したもんだって思うぜ」
「ありがとうございます。それで先輩、ルチルみたいに勝算があるから挑んできたんですよね?」
挑発というわけではなく、確認として尋ねる。
もしも以前と変わっていない、成長していないというのなら、残念ながら勝負にはならないだろう。以前決闘した時と比べ、俺も成長しているのだから。
だが、そんな俺の疑問は杞憂だったのだろう。ジェイドは歯を剥くようにして笑う。
「おいおい、当然じゃねえか。さすがの俺もそこまで無鉄砲じゃねえよ。ま、勝てるかどうかは実際にやってみねえとわからねえがな」
(……おや?)
やってみないとわからない、だなんて。少しばかりジェイドらしくないように思える。あるいは俺のことを認め、難敵だと判断してのことだろうか。
だが、そうなると、だ。
(まさか、ジェイド先輩もそうなのか?)
俺は少しワクワクとした感情を抱きながら視線を向ける。するとジェイドは獰猛に笑ったまま、両拳を構えて腕に力を入れた。
「ったく、ルチルの野郎が先に見せたからインパクトに欠けるが……」
そう言いつつ、手甲型の『召喚器』を発現するジェイド。そして『召喚器』が発光したかと思うと、その存在感を一気に増していく。
「狼の如き速き拳を、堅き護りを与えたまえ――『拳狼堅護』」
やはりというべきか、ジェイドも『掌握』の位階に到達していたらしい。能力を解放したかと思うと、ゆっくりと拳を構えながら腰を落としていく。
「と、いうわけでだ……以前の俺と同じだと思っていたら痛い目を見るぜ?」
「どうやらそのようで……」
油断するつもりなど毛頭なかったが、目の前で『召喚器』を『掌握』されると嫌でも警戒心が高まる。それと同時に、期待感も膨らむのを感じた。
俺は一度深呼吸をして心を落ち着けると、決闘委員の生徒に視線を向ける。するとどこか呆れたような視線が返ってきたが……委員長が決闘をしてごめんね?
「それではこれより、貴族科二年ミナト=ラレーテ=サンデューク対貴族科三年ジェイド=ネフライトの決闘を行う! 両者構えて……開始ぃっ!」
それでもきちんと開始の宣言をしてくれることに感謝しつつ、ジェイドとの決闘を始めるのだった。




