第346話:人生色々 その2
「モモカ=ラレーテ=サンデューク殿の婚約者候補に関して、正式に申し込みたい。ついては、一対一で決闘を挑ませていただきたい」
「…………」
ジェイドの突然の申し出に対し、俺が最初に返したのは言葉ではなく沈黙だった。言われたことを理解するのに数秒要し、更に数秒思考してから首を傾げる。
「婚約者候補の是非は横に置いておくとして……何故、俺に決闘を?」
それがわからない。モモカの婚約者候補と決闘がつながっていないと思うのだが。
「モモカには何度も俺と結婚してくれ、と伝えてある。だが、その度に『お兄様よりも弱い殿方と結婚するつもりはありませんわ!』って断られてな……」
「モモカ……」
たしかに以前、『お兄様より弱い男性に興味はありません!』なんて言っていたが……ジェイドの気持ちを断るためだと思っていたんだが、どうやら本気だったらしい。
(俺より強い男性って……)
自惚れるわけではないが、条件として付きつけるには中々に難易度が高い。
というか、この学園でその条件を確実に満たしているのってランドウ先生ぐらいじゃないだろうか。あとはコーラル学園長と……可能性があるのがモリオン? 精神的な強さでいえばアレクなら俺よりも確実に強いだろうが……。
(俺より強い男性か……ん? まさかモモカ、俺よりも強い男性……つまり、ランドウ先生のことが好きだったり……いや、ないか)
仮にそうだとすれば、モモカのことだ。真っ向から真っすぐに告白しているだろう。それこそ『真実の鐘』の前で大々的に告白し、鐘の音を盛大に鳴らすぐらいのことはやりかねない。その場合、ジョージさんの孫娘による伝説の再来ってわけだ。確実に俺の胃に穴があくだろう。
「しまった、先を越されたか――!」
そうやって俺がジェイドを話をしていると、何やら慌てた様子でルチルが駆けてくる。そして俺とジェイドを見るなりそう叫び、教室へと足を踏み入れてきた。
(おいおい、まさか……)
その慌てぶりからまさか、と思っていると、ルチルはジェイドと似たような、真剣かつ闘志を宿らせた表情へと変わる。
「サンデューク殿……いえ、今となっては敢えてこう呼びましょう。ミナト殿、お願いがあって参りました。貴殿の妹であるモモカ殿に対し、結婚を前提としたお付き合いを申し込みたく願います。つきましては、尋常の決闘を申し込みたく」
(すごい……二度目だけど、前半と後半が合ってねえ……)
当主であるレオンさんが領地にいるし、嫡男かつ長兄である俺に妹の結婚話を持ち込むのもわかる話ではある。だがやっぱり、そこに俺への決闘が付随しているのが理解できない。
(可愛い妹に、お兄ちゃんより強い人じゃないとやだ! なんて言われるのは兄冥利に尽きるっちゃ尽きるんだが……モモカの将来を考えると頭と胃が痛い……)
何故モモカはあんな風に育ってしまったのか……え? コレも俺が悪いんだろうか? 俺の影響?
これまで『花コン』に対して色々と影響を与えてきたと思っているが、こんな方向から影響を与えてしまうなんてのは予想外だ。というか、これ以上放置していたらジェイドやルチル以外の生徒からも決闘を申し込まれそうだ。
(でも、モモカの婚約者候補を選ぶとなると……俺としては本人の希望を優先してあげたいし……あれ? そうなると俺より強い奴って条件が出てくるわけで……)
俺としてはモモカのことを真剣に考えてくれる相手なら、認めるのも吝かではない。モモカなら自力で幸せになるだろうし、モモカが食うのに困らないだけの収入があり、きちんとモモカを愛してくれるのならそれで良いのだ。
(とりあえず、俺よりも強いかは別として、だ……)
俺はジェイドとルチルを交互に見る。他にもモモカとの交際を望む男子生徒がいるだろうが、『花コン』のメインキャラだけあって将来性という点ではこの二人が群を抜くだろう。
片や、ネフライト男爵というパエオニア王国でも一、二を争う武人を父に持つが、本人は次男で家督と継ぐ予定もなく、将来に関して未知数のジェイド。
片や、パエオニア王国でも屈指の大商会の息子であり、学園を卒業すればシトリン商会を継ぐであろうルチル。
この二人を比べた場合、ルチルに軍配が上がるだろうか。商会がコケた場合が怖いが、サンデューク辺境伯家と縁戚になれば商売の幅が広がり、商会の規模が更に大きくなる可能性が高い。
ただ、モモカが求める俺よりも強い男という条件に関しては、ジェイドとルチルではジェイドに軍配が上がるか。二人が戦った場合、ジェイドの方が勝つ可能性が高い。その腕っぷしを活かし、王国騎士団や王軍に入ればジェイドも頭角を現し、出世する可能性があるだろう。
モモカに対する愛情に関しては……まあ、認めておくとしよう。今年度に入ってモモカと出会ってからというもの、一途に気持ちを向けているからだ。
何度も手酷く振られていたが、ここまで気持ちが続くのならそこに嘘はないと思う。というか、何度振られても諦めないぐらい心をがっちりと掴んでいるモモカがおかしいというか……あの子のどこにここまで惚れたんだろうな。
さて、そんなわけで、だ。俺としては二人の意気を汲みたいところだが、それ以上にモモカの気持ちが最優先である。モモカが俺に勝てるぐらい強くないと嫌だ、というのなら、お兄ちゃんとしてはそれに応えてあげたいわけだ。
「色々と言いたいことがあるが……まあいい。その決闘、受けて立とう。それで? どっちが先だ?」
決闘も久しぶりだな、なんて思いながら受けて立つ。するとジェイドとルチルは互いに視線をぶつけ始めた。
「俺の方が先に声をかけたんだ。当然、俺の方が先だろ?」
「ジェイド先輩は既に決闘を挑んだことがあるじゃないですか。僕は今回が初めてです」
「……先にお前に決闘を挑んでもいいんだぜ?」
「僕も構いませんよ? 無策でミナト殿に挑みに来たわけではないと証明できますから」
視線だけでなく、言葉の応酬も始める二人。それを聞いていた俺はため息を吐き、軽く手を叩いた。
「戦う相手は俺だろう? 二人が決闘して消耗した状態で勝てると思っているのか?」
「それは……」
「というわけで、コインで決めるぞ。ほら、表と裏、どっちだ?」
俺は銀貨を取り出し、親指で弾いて回転させ、空中でキャッチして隠す形で手の甲に乗せる。するとジェイドとルチルは顔を見合わせ、交互に口を開いた。
「裏だ」
「それじゃあ僕は表です」
二人がそう言ったため、俺は手をどけてコインを確認し――。
「それではこれより、貴族科二年ミナト=ラレーテ=サンデューク対、技術科二年ルチル=シトリンの決闘を執り行う!」
放課後の第一訓練場。
決闘を行うということで野次馬が集まりつつあるが、それに構わず俺とルチルは軽く準備運動を行う。
「お兄様ー! 頑張ってくださいまし!」
そして、事態が事態だけにモモカを呼びにいってもらったら、満面の笑みで俺を応援してくる。モモカ? ルチルもジェイドも君を求めて俺に決闘を挑んできたんだが……そんなに結婚が嫌かい? もしくはそこまで考えていないのかな?
「モモカさん……僕は君のお兄さんに勝ち、改めて求婚したいと思います!」
そんなモモカの様子に微塵もめげず、ルチルが宣言する。その精神力は大したものだろう。だからといってモモカとの結婚を認めるかといえば答えは否だが。
(というか、何か勝算があって挑んできてるんだろうか……さすがに叩き斬るつもりはないけど、根性だけで勝てるほど甘いつもりもないんだが……)
ルチルも『花コン』のヒーローなだけあり、常人と比べれば高い成長力を誇るだろう。だが、これまで接してきた感じからして普段から戦いに身を置いているわけではない。戦闘という面においてはジェイドの方が向いているだろう。
『花コン』だとルチルをパーティに入れた場合、ダンジョン等に挑むとランダムでアイテムを持ってきてくれるという特徴がある。『コレを冒険に役立ててくれたまえ』なんて言って回復ポーションを持ってきたりするのだ。
実家が商会ということもあり、キャラの特徴を出そうと思った結果なのだろう。好感度が高く、なおかつ挑む場所が大規模ダンジョンだったりすると万能回復薬を持ってくることもあったが……それ、どうやって手に入れたの? なんてゲーム機の前でツッコミを入れていたのは内緒だ。
そうやって疑問を抱く俺に気付いたのか、ルチルは真剣な表情を浮かべる。
「ミナト殿、僕とて無策で挑むわけではありません。もちろん、あなたに勝てる可能性は低いとも思っていますが……そこは根性とモモカさんへの想いで乗り越えます!」
「その気概は買うがね……手は抜かんよ」
俺としては苦笑しながらそう言う他ない。本当、気概は買うよ? でも手は抜かないからね。
そんなことを考えながら、俺は剣を抜く。するとルチルは腰を落とし、己の足に手を当てた。
(……まさか)
その仕草に、まさか、と思う。するとルチルは口の端を吊り上げ、力を込めるように己の足を握り締めた。
「僕の覚悟を此処で示します。我が脚よ、雷を伴い閃け――『閃脚伴雷』!」
そう叫び、バチバチと紫電が弾ける音が鳴り響く。それと同時にルチルの両足を覆うように金属製の脚甲が出現した。無駄な装飾がない、白銀の脚甲である。
(自信の源はコレか!?)
思わず内心で声を上げる。どうやら『召喚器』を発現できるようになり、なおかつ『掌握』の位階まで達したらしい。
ルチルに関しては直接戦ったことがなかったし、武闘祭にも出てこなかった。大規模ダンジョンの攻略に誘ったこともないし、どれほど成長しているかわからなかったが――。
(『花コン』の『召喚器』と同じ能力なら脅威はまったくない……だが、妙な威圧感がある……これはアレか? 『花コン』からズレているパターンか?)
油断していたわけではないが、気を引き締めてかからなければならないだろう。
そう自分に言い聞かせ、俺はしっかりと剣を構えるのだった。




