第345話:人生色々 その1
兵士にスギイシ流を教えるという王城からの依頼を達成した俺だったが、かかった期間は三ヶ月ほどとなった。
その間に季節は秋から冬へと移ろい、二月を迎えて本格的な真冬となっていた。ただ、パエオニア王国は割と温暖というか、気候が安定しているため滅茶苦茶寒いということはない。
寒くても氷点下を少し下回る程度。一年に一、二回雪が降るかどうか、という穏やかさだ。もちろんあくまで王都や学園周辺の話であり、北や南に行けば気候も変動するだろうが。
(もう少しすれば進級テストか……普通にテストを受けることに違和感があるなぁ……)
授業を受けながら、ふと、そんなことを思う。
二月末になれば進級テストがあり、一年生や二年生は進級のため、三年生は卒業のためのテストとなる。
滅多にあることではないが、ここで赤点を取ると留年することになるため生徒達は必死だ。普段は真面目に授業を聞いていない生徒も、この時期だけは真剣に授業に耳を傾け、ノートを取るほどである。
(これまでテストを受けてきた感じからすると、赤点は取る方が難しいんだよな……先生達も留年する生徒が出ないよう、授業を聞いていれば余裕で合格できるような問題しか出さないしさ)
俺も他の生徒と同様にノートを取りつつ、軽く思考する。
怪我や病気で長期療養していた場合などは仕方ないが、学園側も極力、留年する生徒が出ないようにしている。クラスで上位に入るためには相応の努力が必要となるが、合格点を取るだけなら本当に簡単なのだ。
(まあ、問題が簡単な分、上位は割と接戦になりそうだけどな……一学期や二学期と比べると油断できないか)
ちなみにだが、二学期の期末試験、俺は九位だった。北の大規模ダンジョンの破壊に挑んだり、兵士の訓練に忙殺されたりしたが、なんとか十位以内をキープすることができたのである。
しかし、同じような感覚で進級テストを受けると十位から脱落する危険性が高い。サンデューク辺境伯家の嫡男として、無様な成績を取らないよう頑張らないといけないだろう。
――何故、こんなに進級テストのことを考えているか?
それはこの時期、『花コン』のメインキャラの中で留年をやらかす者が出るからだ。
誰が留年するか、と言われれば、メインヒーローであるジェイドである。三年生のジェイドが、卒業試験に落ちて留年するのだ。
『花コン』だと主人公も毎年留年する危険性があるが、こちらは意図的に狙わないと達成できないぐらい難易度が低い。
表示されるストーリーに沿ってゲームを進めていればクリアできる程度の難易度で、寄り道をしすぎなければ問題はないのだ。
だが、ジェイドは違う。落第する理由は二パターンあるが、必ず留年する。
落第する理由としては、主人公との友好度が低いと成績不振で落第する。ヤンキーキャラという設定を活かすためなのか、普通に赤点を取って落第するのだ。
そして主人公との友好度が高い場合、成績が悪いのもあるが狙って落第する。友好度が高くなるほどにイベントを進めている場合、ジェイドは主人公の盾になるべく学園に残ろうとするのだ。
どちらの理由がマシかといえば、主人公のために留年する方がマシ……だろうか。いやでも、誰かのために、なんて理由で留年するのって滅茶苦茶重くないだろうか。となると成績不振で留年する方がマシか?
(この世界のジェイド先輩だと、どうなるんだろうな……)
主人公との仲は悪くないが、良いとも言えない。知人以上友人未満といったところか。それよりもモモカに惚れるというイレギュラーが発生しているため、どう転ぶか予想ができないのだ。
(モモカにプロポーズするぐらいだし、普通に卒業して騎士団みたいな定職に就く……か? いや、本当に? というかそれをやられると『花コン』が崩壊するし……現時点でだいぶ崩壊しているけど、メインヒーローの一人が学園からいなくなることに……)
むむむ、と悩んでしまう。『花コン』だとどのみち留年していたから、と放置していたが、モモカに惚れるという変数が発生しているため、どうなることか。
かといって、『花コン』のことは明かせないのに留年してくれとも言えない。そうなるとこのまま見守ることしかできないだろう。あとは留年するよう祈ることぐらいか……って、留年するように祈るっていうのも酷い話だな。
(あとはカトレア先輩も学園に残る……はず……)
ジェイドのことは一度棚上げし、もう一人の先輩のことを考える。
カトレア先輩の場合は赤点を取ることもなく、普通に合格点を取って卒業する。だが、『花コン』だと卒業していなくなるわけではない。新任の教師として学園に残り、主人公達を支えてくれるのだ。
(でも、どうなるか……この世界だとコハクがいるしな……)
『花コン』の場合、カトレア先輩が学園に残るのは在学期間中に結婚相手が見つからなかったから、なんて理由もあったりする。
そのため教師として学園に残る一年から二年程度の間に結婚相手を見つけ、実家に戻る必要があるのだ。
だが、この世界ではコハクと良い感じだし、学園に残る理由がないように思える。
(というか、本来の先輩達の進路を変えかねないのがコハクとモモカ……俺の弟と妹っていうのがこう……お兄ちゃん、きついです……)
本来も何も、この世界だとそれが普通だから咎めることもできないし、するつもりもないのだが……なんでコハクとモモカがこんなことになったのやら。
(ゲームと現実は違うし、二人はあっさり卒業するかもな……)
最後にそう結論付け、俺は授業に意識を集中するのだった。
さて、その日の放課後である。
王都で兵士を鍛える仕事も終わったため、俺は以前のように生徒会室へと足を向ける。俺が委員長になってからは中々発生しないが、決闘委員としての仕事があったり、他の仕事が発生している可能性もあったりするからだ。
「こうしてミナト様と一緒に生徒会室に向かうのも久しぶりですね」
「ええ。ここ三ヶ月ほどはご迷惑をおかけしました」
生徒会室に向かうアイリスと並び、廊下を進む。教室も一緒だし、久しぶりということで一緒に行こうと誘われたのだ。
「迷惑だなんて……お父様やお兄様達を守る手段を増やすためですから。むしろ感謝する他ないです」
「いえいえ、これも臣下の務めですよ。はとこ殿については俺やランドウ先生が学園にいますし……それになにより、透輝が傍にいますからね」
アイリスの警護に関しては、国王陛下達よりもむしろ手厚いほどである。そのためからかうようにして言うと、アイリスは頬を朱色に染めて俯いてしまう。
「と、透輝さんは……はい、そうですね……」
(おや?)
何やら反論しようとしたものの、結局は照れた様子で頷くアイリスを見て俺は内心で首を傾げる。
(これは……アイリスからの透輝に対する好感度が高まっているサイン……やるじゃあないか、我が弟子)
そう判断した俺は、思わず笑みを浮かべそうになった。いやぁ、俺も望んだことではあるが、こうして若い二人が仲良くなっているのを見るとむず痒いものがあるわ。
(『絆石』が輝いていたし、アイリスからの好感度が高まっているのはわかっていた……が、こうして実際に目の当たりにすると、ついにやけてしまうな)
いいね、実にいい。ここまできたらあとは自然と仲が深まるのを待つだけだ。俺はそう判断しつつ、到着した生徒会室の扉を開ける。
「失礼――」
「コハク君……」
「カトレア先輩……」
「しました」
ガラッと扉を開けて、中で何やら向き合っているコハクとカトレア先輩を見て、ピシャリと扉を閉める。
生徒会室の中から複数の気配がするとは思ったが、二人のお邪魔をしてしまうとは。このミナト=ラレーテ=サンデューク、一生の不覚。せめてノックをするべきだったわ。
「あの、ミナト様? 今、何が……」
「少々取り込み中だったようで。殿下、仕事に取り掛かる前にまずは食堂でお茶でもいかがでしょう? 二時間ほど――」
俺が薄く微笑みながらアイリスを食堂へ誘導しようとすると、バタバタと慌てた様子で生徒会室の中に音が響く。そしてすぐさま扉が開き、カトレア先輩が顔を出した。
「ま、待ってちょうだい! 何か誤解があると思うの!」
「いえ、こちらはお気になさらず。むしろ邪魔をして申し訳ないです。とりあえず二時間ほど経ってから戻ってきますので、ごゆるりと……」
せっかくだし、アイリスに今回鍛えた兵士達のことを詳しく報告しておこう。これから国王陛下や殿下達の傍で警護を担当することになるだろうから、アイリスも気になるだろうし。
「兄さん!? 誤解です! まだ何もしてません!」
今度は慌てた様子のコハクも顔を見せた。そしてコハクよ、まだ、という辺りで語るに落ちてるぞ。
「本当に違うの! ただ、わたしの進路についてコハク君と話をしていただけで!」
「……先輩の進路、ですか?」
カトレア先輩が必死に言い募るのを聞いて、俺は眉を寄せる。それは今日、俺が気にしていた情報だからだ。
「ええ! 卒業したら学園で教師をしてみないかって話が出ていて……それを伝えていただけなの!」
「学園で教師、ですか……」
思わず、カトレア先輩が言ったことを繰り返す俺。『花コン』の通りではあるが、いくら優秀とはいえ嫡男がいない伯爵家の長女に振る話じゃないよなぁ、なんて思ったのだ。
「ええ。ほら、コハク君との関係もあるし、学園で少しでも一緒にいられるのなら、なんて思ったら断れなくて……」
「カトレア先輩……」
照れたように告げるカトレア先輩に対し、嬉しそうに微笑むコハク。
「コハク君が卒業するまではラビアータ伯爵家の家督もお父様が管理するし、婿に来てもらったからとすぐに継げるものでもないし……短ければ二年程度だけど、人に教えるのも楽しそうだし」
そう話を着地させるカトレア先輩に、俺はなるほど、と内心で頷いた。
(たしかに、カトレア先輩からすればコハクが学園を卒業しないことには先に進めないか……実家に戻って権力を掌握するとしても、父親がいるのなら無理に進める必要もない。コハクが卒業するまで思い出を作ったり、在学生にコネを作ったりするのもアリ、か……)
まあ、その辺りは他所の家の話になるし、俺が嘴を突っ込むこともない。それにコハクとの間できちんと話が通っているのなら、俺としては特に文句もなかった。一応、レオンさんに手紙で知らせておくぐらいである。
(でも、扉を開けた時の雰囲気がなぁ……大丈夫? 信用するけど、先生になったのに急に退職したりしない?)
コハクとカトレア先輩のことだから大丈夫だとは思うが、そこはかとなく不安を感じる俺だった。
翌日。
昨日のコハクとカトレア先輩のやり取りについて、本当に大丈夫かなぁ、なんて思いながら一日を過ごした俺だったが、放課後になると思わぬ人物が教室に姿を見せた。
「邪魔するぜ、ミナト」
それは、妙に真剣な表情を浮かべたジェイドである。僅かな緊張とたしかな闘志を滲ませながら俺の席までやってきたかと思うと、これまた真剣な眼差しをしながらこう言ったのだ。
「モモカ=ラレーテ=サンデューク殿の婚約者候補に関して、正式に申し込みたい。ついては、一対一で決闘を挑ませていただきたい」




