第343話:大きな変化
ナズナが己の『召喚器』を『掌握』し、一晩が過ぎた。
本の『召喚器』を確認してみると九十三ページ目に新たなページが――俺が繰り出した『閃刃』を盾で受け止めた時のナズナの姿が描き出されており、やはりというべきか、ナズナの十ページ目に当たるからかページが淡い光を放っていた。
スグリ、カリンに続き、これで三人目である。確認はしていないが、これで多分、ナズナの『汝佐優守』を俺も使うことができるようになっただろう。
ただ、スグリやカリンの『召喚器』と比べると俺でも使いやすいだろうが、ナズナ本人が使った方が強いという点ではカリンの『尖片万火』と変わらない。
バリアは格好良いし強力な能力だが、魔法をバリアで受け止めるぐらいなら『一の払い』で斬った方が早いし安全だ。俺がナズナと同じ強度でバリアを張れる保証もないのだから。
(スグリなら本人が戦うのに向いていないし、『禁忌弱薬』を借りるのも気が咎めないんだが……『汝佐優守』を借りてしまったらナズナが戦力として数えられなくなっちまうよな……)
カリンの『尖片万火』ほどではないが、俺が借りるメリットが乏しいのが現状だ。『汝佐優守』を借りるぐらいだったら俺の隣でナズナに戦ってもらった方がよっぽど効果的である。
一応、俺も盾を使った戦い方を知らないわけではない。スギイシ流ではなんでも使うし、盾を使った防御方法は貴族としての教育の中でも習っている。訓練で使った盾と比べると小型だが、使えないことはないだろう。
ただし、剣は当然だが、槍や弓と比べても習熟が浅いのが盾である。敵の攻撃を防ぎ、シールドバッシュで殴るぐらいしか使い切れないのが難点だが……うん、やっぱりナズナに使ってもらう方が確実に強いだろう。
今はナズナが強くなったことを素直に喜び、これからはこれまで以上に俺の盾として頼るとしよう。そっちの方がナズナも喜んでくれるだろう。
そんなこんなで、ナズナが『掌握』の位階に至って強くなった――それは良いことなのだが。
「おはようございます、カリン様」
「おはようございます、ナズナさん……? 今、何か……」
翌日、教室で見かけたナズナがカリンに向ける態度が何故か変わっていた。言葉にはし辛いが、雰囲気が柔らかくなっているのだ。
「どうかされましたか?」
「い、いえ……どうかもなにも、態度が急に変わったので……」
「おかしなことを仰いますね。カリン様は若様の婚約者候補なのですから、様付けが当然ではないでしょうか?」
「え……ええ……はい。そう言われればそう……なのですが……様付けよりも態度が、その……」
困惑を深めるカリンと、不思議そうにしつつも真剣に話すナズナ。なんだ? 一体何が起きた? 慇懃無礼ってわけではなく、本当に、心からそう言っているように聞こえるぞ。
(一体何が……直近であったことといえば、昨晩の戦いぐらいだが……)
あとはスギイシ流を兵士に教えているぐらいで、他に思い当たる節がない。そのため昨晩の戦いがナズナに何かしらの影響を与えたのだろう、と推測する。
推測をするのだが――。
(態度を変える理由になるか? なんだ? 何が起きた? 『召喚器』を『掌握』できるようになったぐらいで、他には何も……)
やばい。色々と推測はできてもコレだっていう答えが見つからない。新手の精神攻撃を受けたような気分だ。まさか、まだ遭遇していない『魔王の影』による攻撃――?
(いや待て、ナズナの立場になって考えてみよう。ここ最近、主君の力になれてないな、とか、バリスシアの件で守り切れなかった、とか、思うところがあったとして……『召喚器』を『掌握』して主君を守れる確信を得られたから……)
得られたから、何につながるのだろう。俺を守れるから? あるいは俺の盾としてずっと傍にいられるから? 後者か? でも、それだとカリンに対して友好的になる理由が……。
(……カリンにできないことができるっていう心の余裕、か? いやでも、それで友好的になるか? 心の余裕ができたから友好的に接する気になった……そんな感じか?)
そもそもナズナ本人が自覚しているのかわからない。そのため俺としてもどう指摘すれば良いかわからない。
実家で貴族として色々と教育を受けてきたし、部下の扱いや上に立つ者としての態度なんかも習ってきたが、さすがに今回みたいな変化に対する対処方法は学んだ覚えがなかった。
(ま、まあ、悪い変化じゃない……よな? これまでみたいにカリンが相手だと肩肘張ってぶつかるような態度でいる方がまずかったんだし……)
とりあえずは良いことだと捉えよう。そう自分に言い聞かせる俺だった。
そんなこんなで、ナズナの態度に変化が見られるようになって数日。
日中は授業を受け、放課後は王都に行って兵士にスギイシ流を教えて、といった生活を送り続ける俺だったが、観察する限りでは変化したナズナの態度や行動が元に戻ることはなかった。
それは俺の前だけではないらしく、透輝は不思議がり、モリオンは何事かと俺に相談し、カリンは困惑しながらもナズナとの距離を詰めようと頑張っている。
カリンはナズナとの相性が悪かったというか、ナズナの態度がきつい部分があったため、それに応じた態度を取っていた。しかしナズナが一歩引いた態度を取るようになってからはそうもいかず、新しい距離感に困惑しながら接するようになっているのだ。
ナズナは俺の乳母兄妹にしてサンデューク辺境伯家の重臣、パストリス子爵家の娘である。俺の婚約者候補であるカリンからすれば、本来は最初から仲良くするべき相手なのだ。
もちろん、それはナズナの方にも言える。主君の婚約者候補――将来の正妻となる予定のカリンが相手なら、相応に礼儀を払うべきだ。これまでがおかしかったのであって、今こそがある意味で正しい形と言えるのかもしれない。
「それでは若様、わたしはカリン様と一緒にお昼を食べてきます」
「あ、ああ……いってらっしゃい」
それがどうだ。今ではカリンと昼食を共にする仲になっている。まるで普通の友人同士のようだ。どうしたそうなった?
(いかん……数日経ってもナズナの気持ちがわからん……)
ここ数日、ナズナを観察していたがコレだという確信は得られなかった。
「ナズナ、少しいいか?」
そのため、さすがにこのままではまずいだろうと判断した俺は放課後になったらナズナに声をかける。いや、態度を改めているんだからまずいってことはないんだが……精神的な問題だ。
「はい、どうかされましたか?」
「どうかしたというか……うん、こっちが聞きたいというか。ここ数日、ナズナの態度が変化しているからな。何があったのか、と……先日、俺と剣を交えたからか?」
俺がそう尋ねると、ナズナはああ、と納得したように頷く。
「自らの立ち位置がよくわかったから、でしょうか……若様の盾としての自分に自信が持てたというのも大きいですが」
「俺の盾っていうのは……まあ、わかる。普段から頼りにしているからな。だが、立ち位置?」
北の大規模ダンジョンでの戦いもそうだったが、いざ戦いがあるとなれば俺が優先して声をかける相手がナズナである。
東の大規模ダンジョンで一緒に修行をしてきたからお互いの技量がよくわかっている、というのも大きいが、やはり防御に特化しているナズナは味方を守って良し、俺を守ってもらって良し、と頼りになるのだ。
そのため納得をしつつ、ナズナの立ち位置とはどういう意味だろうか、と素直に尋ねた。するとナズナは盾の『召喚器』を発現し、大切なものに触れるように指先で盾の表面を撫でる。
「この子が教えてくれました。わたしは、あなたの盾なんだって。それなのにあなたの大切なものを敵視するのはおかしいでしょう?」
そう言ってナズナが微笑む。その笑みはこれまでと違い、どことなく余裕を感じさせるものだった。
「若様、盾が味方を傷つけますか? そういうことですよ」
「……なるほど?」
どうやら『汝佐優守』を『掌握』するに至り、心境の変化があったらしい。
それが良いものだと俺は断言することができないが、少なくともナズナにとっては良いもので、意識を変革させるに足るものだったようだ。
「それに、若様の正妻となる人物と仲を深めておくのはわたしにとっても良いことですから」
「……え?」
俺が困惑していると、畳みかけるようにしてナズナが言う。それを聞いた俺は余計に困惑してしまったが、ナズナに視線を向けると意味深に微笑まれた。
「あなたの盾として、ずっとお傍にいますから……ね?」
「……ああ……頼りにしているよ」
それが自分の願いだと言わんばかりに微笑むナズナに俺ができたのは、そんな返事をすることだけだった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて13章は終了となります。
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それでは、こんな拙作ではありますが14章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。




