第341話:置いていかないで その2
「若様――わたしと、本気で手合わせをしてもらえませんか?」
ナズナがそう口にした瞬間、俺は反射的にナズナが身に着けている剣へと視線を向けていた。
剣の鞘には俺が子どもの頃に贈った白いリボンが結ばれており、夜風によって小さく揺れている。
(……とりあえず、俺を見限っての発言ではない、か)
『花コン』だと俺に愛想を尽かすと鞘からリボンを外し、立ち絵自体も変化することで心情の変化を知らせてくるのがナズナという少女だ。つい反射的に、いつ以来になるかわからないほど久しぶりに確認してしまったが、リボンはきちんと鞘に結ばれている。
「手合わせ自体は……まあ、構わんが」
俺は返事をしつつ、ナズナをじっと見る。
「何をそんなに焦っている?」
改めて俺は問いただす。ここ最近、何か思うところがありそうだとは思っていたため、良い機会だと思って吐き出させることにする。
するとナズナは視線を伏せ、迷うように口を開く。
「……若様についていけない自分が、情けないのです」
そしてポツリと、呟くようにして言う。俺がその発言に眉を寄せていると、ナズナは盾の『召喚器』を発現して右腕に通し、持ち手をしっかりと握り締める。
「この盾を発現できた時、これからは若様を守れる、守るんだ、と思いました。きっと、若様を守るために盾の『召喚器』を発現できたのだと、そう思えました」
「…………」
ナズナの言葉を俺は黙って聞く。今は言葉を止めるべきではないと、そう判断して。
「『魔王の影』……バリスシアと遭遇し、若様を置いて撤退するよう命令された時……自分の中でヒビが入ったのを感じました。守るべき人を、守りたい人を置き去りにして逃げるなんて、何をしているのか、と……」
そう言いつつ、ナズナは己の胸に左手を当てる。そして服ごと、胸を搔きむしるようにして拳を握った。
「先日のアスターの時もそうです。俺の傍にいてくれ、俺を守ってくれと言って欲しかった。でも、若様は一人で、カリン殿と学園祭を見て回ると……モリオン殿の護衛もありますし、若様単独の方が動きやすく、カリン殿を守りやすいというのも理解しているつもり……なのですが……」
理解と感情は別だということなのだろう。表情と声が、そう語っている。
それでも、お互いにもう、初めて出会った頃のような子どもではない。立場や理屈を理解して――ナズナは苦笑を浮かべる。
「駄目、ですね……ミナト様、あなたと二人でいると、つい、昔のようになってしまう。わがままで、ただの子どもだった頃のわたしに戻ってしまいます」
そう言って、ナズナは盾を握る右手に力を込める。それが傍目にもよくわかった。
「ただ、わたしは……あなたの従者として、あなたの盾として、傍に在りたい。そのために強くなりたいのです」
「……だから本気で手合わせをしたいと?」
「はい。ランドウ殿のような規格外の存在を除き、わたしの身近なところで最も強いのが若様……あなたですから」
真っすぐにこちらを見て、そんなことを言ってくる。それを聞いた俺はなんとも反応に困り、思わず、といった様で頬を掻いた。
(色々と感情が混ざっているようだが……強くなりたいって気持ちに嘘はない、か。で、一皮剝けるためにも俺と全力で戦いたいと……)
まさかナズナがこんなことを言い出すなんて、という個人的な驚き。
そして強者と戦いたいという欲求に対する、剣士としての理解。
それらの感情を等分に抱きながら、俺は苦笑を浮かべて剣の柄を軽く叩く。
「俺と戦うことで見えるものがあると言うのなら、是非もない。やろうか」
「……はい」
俺が受け入れたことに対し、ほっと安堵の息を吐くナズナ。しかしすぐに意識を切り替えたのか、再び真剣な表情になる。
「それでは早速」
「ああ」
俺はナズナと共に第一訓練場へ移動し、十メートルほど距離を取って互いに向き合い――思わず苦笑を浮かべてしまった。
(なんか、前世で見たようなシチュエーションだな)
今の俺とナズナは前世で見た古い漫画のように、夕焼けの河原で殴り合って友情を確かめ合うシチュエーションに似ているかもしれない。アレって実際にやっても喧嘩別れするだけだと思っていたが、なるほど、こうして同じような立場になるとその気持ちもわからないではなかった。
実態は友情を確かめ合うのではなく、ナズナが更に強くなるため……つまり訓練の一環で、微妙どころかだいぶ違うが。
ナズナは右手に盾を、左手に剣を握り、構えを取る。利き手と逆に剣を握っているのはナズナなりの防御に特化した構えで、腰を落として構えた姿にはほとんど隙がなかった。
「それでは若様、本気でお願いいたします」
「……わかった」
立会人も審判もいないが、本気を出したからといって寸止めに失敗するほど未熟でもない。俺はナズナの頼みを承諾すると、剣の柄を握ってゆっくりと剣を抜き、正眼の構えを取る。
こうして、ナズナと一対一の戦いが始まるのだった。
俺がナズナという少女と出会ったのは、三歳になるかどうかといった幼い頃。
この世界に生まれ落ち、コハクやモモカ、そしてなにより自分の名前から『花コン』の世界ではないか、と疑いを持った俺の前に現れた、『花コン』のヒロイン。
それからは俺の付き人として、学友として、幼馴染みとして、常に傍に在った。
まあ、俺が初陣に挑む頃になると周囲から色々と問題視され、一時引き離されることになったが……今はこうして、共に学園に通っている。
そんなナズナと、一対一で向き合っているこの現状。それが少しおかしくて、俺は苦笑ともつかない笑みを零しそうになってしまう。
だが、その笑みを表に出すことはない。真剣な表情を浮かべ、構えた剣をどう振ろうかと思考する。
(さてさて……ナズナを正面から切り崩すとなると中々に骨だが……)
ナズナは盾と剣を構えたまま、動こうとしない。こちらの動きをじっと見ているだけだ。
(隙を晒すまで見合っていてもいいが……それはナズナが望むことじゃないな)
おそらく、ナズナが求めているのは追い込まれた状況からの成長だ。身近なところでは透輝のように、何度もそれで成長している者がいるため真似しようということなのだろう。
ただ、アレは主人公だからこそできていることである。しかも俺から見れば窮地とは言えない、軽い追い込みでも覚醒するのが透輝だ。もちろん、透輝からすればギリギリまで追い詰められたからこそ覚醒しているんだろうが。
(ナズナはどうだろうな……そういうタイプには見えないが)
『花コン』のヒロインということで、常人と比べれば高い成長力を持つのはたしかだ。俺みたいに努力量で補わずとも、適切な危険に直面するだけで適切に成長できるだけの才能がある。
だが、透輝と比べるとさすがに劣るだろう。透輝がおかしいのであって、ナズナ達ヒロインやヒーローも十分な成長力があるのだが。
(ま、やってみないことにはわからんか)
俺にとっても訓練になる。そう判断し、俺は地面を蹴りつけて一気に前へ出る。
スギイシ流――『一の払い』。
「っ!?」
距離を詰める前に『一の払い』で斬撃を飛ばし、ナズナが盾で防いでいる間に踏み込む。するとナズナが驚きで目を見開き、ギリギリのところで剣で受け止めた。
「甘い」
俺は即座にナズナの左足を蹴り払い、体勢を崩す。そしてナズナが体勢を持ち直そうとした瞬間を狙い、槍のような蹴りを繰り出して盾ごとナズナを蹴り飛ばした。
「くっ!?」
なんとか両足で着地するナズナだが、俺はその間に距離を詰めて剣を振りかぶる。そうして剣を振り下ろそうとすれば、それを妨げるようにしてナズナがバリアを張り――。
「温い」
そのまま剣を振り下ろし、バリアを両断する。
ナズナのバリアは中級魔法を防ぎきることができるし、上級魔法が相手でも数秒は止めることができる。だが、俺は上級魔法を斬れるのだ。この程度のバリアなら『一の払い』で突破することができる。
「ぐっ……おも、い……」
バリアを切り裂き、そのまま剣を振り下ろせばナズナは盾の本体で受け止める。しかし体重の差、筋力の差から苦しげに声を漏らし、辛うじて、といった様子で剣を弾き返した。
「弾いて良いのか?」
剣を弾かれた俺は即座に刃を翻し、再度斬撃を繰り出す。それは弾かれることも見越した動きで、ナズナとの長い付き合いがそうさせた面もあった。
俺とナズナの付き合いは本当に長い。三歳からだから今年で十四年になる。途中で一時離れていたが、その分を差し引いても十三年半といったところか。
だからこそ、動きが読める。剣士としての技量差もあるが、どう攻めればどう防御するか、それが手に取るようにわかる。
しかし逆に、ナズナの方からは俺をどうにかできるだけの技量がない。こちらの攻撃を受け止め、防ぐことはできるが、主体的に動いてどうこうっていうのは戦闘のスタイル的に無理だ。
「どうした、ナズナ。これじゃあ本気を出そうにも出せんぞ」
俺は発破をかけるためにもわざとそう言う。こんなものかと、もっと力を引き出せるだろうと、挑発と期待を込めて言葉を投げかける。
あるいは、気付かない内にナズナとの間に追いつけないほどの技量差ができていたのか。そんな思考が脳裏に過ぎったが、それはない、とすぐに打ち消す。
ナズナならもっとできるはずだ。透輝ほどではなくとも、追い込めばもっと輝くはずなのだ。そう自分に言い聞かせ、俺は剣を振るう。
スギイシの技は使わず、全力の手前、八割ほどの力で斬撃を繰り出していく。そんな俺の動きに対し、ナズナは懸命に盾と剣と振るい、斬撃を弾いていく。
相手が並の生徒なら、とっくの昔に勝負がついているだろう。そう思えるぐらいには力を込めて剣を振るい――ナズナは苦しそうな様子で、必死に剣を受け止める。
「…………」
「っ……」
無言で剣を押し込む俺と、歯を食い縛って盾を押し返すナズナ。
どう見てもこちらが優勢だ。全力を出すことはなく、八割方の力で十分に抑え込める。
この程度でもナズナに勝てる、勝ててしまう――と、思った瞬間だった。
「っ! わた、しはぁっ!」
俺の思考を読み取ったのか、あるいは全力を出していないと感じ取ったのか。ナズナが吼えるようにして叫び、強引に盾を振るって剣を弾く。
俺はそんなナズナの動きに無理に逆らわず、後ろへと跳んで距離を――。
(……? 盾が……光ってる?)
その途中で、ナズナが握る盾が淡く光を帯びていることに気付いた。まるでナズナの叫びに、感情に呼応するように光が瞬く。
(窮地に追い込んだ……ってほどじゃねえ……ということは、元々覚醒が近かったのか?)
ナズナが盾の『召喚器』を発現して、既に何年も経っている。『召喚器』の中には俺の本の『召喚器』みたいに長年名前すら謎のものもあるが、ナズナの『召喚器』はそうではなかったのだろう。
「あなたを守り、助ける盾でありたいっ!」
ナズナがそう叫ぶと共に、握られた盾が眩い光を放つのだった。




