第340話:置いていかないで その1
これまで王城から受けたことがある依頼――ダンジョンの調査だったり、大規模ダンジョンの破壊だったりと比べると、今回のスギイシ流の指導はかなり優しい依頼だろう。
ただし、事の重要性はこれまでの依頼と同等以上であり、俺としても手が抜けるものではなかった。
(うーむ……順調ではあるんだが……)
指導を始めて二週間が経過した。
当初は一週間だった丸一日の指導を三日ほど延長し、十日間ほど教え込んだ結果、『一の払い』のコツを掴む者が数人出始めている。
そして二週間経った今では半数以上がコツを掴み、剣に魔力を乗せる練習へと取り掛かれるようになっていた。
ここまでくれば俺達が一日中見ておく必要もない。兵士達も最優先でスギイシ流を学ぶのが仕事であり、俺達がいなくても自主訓練という形で一日中魔力の運用に関して練習を続けている。
『一の払い』の良いところは斬撃を飛ばしたり、魔法を斬ったりしなければ自分の魔力を消耗しないという点だ。剣に乗せて振り回すだけなら僅かな消耗しかなく、一日中でも訓練することができる。
そのため俺達も学園に戻ることができ、放課後になったら王都に行って兵士達の指導をしたり、疑問点を解消したりといった形で指導するようになっていた。
「みんな覚えるのが早くないか? なんか俺、自信をなくしちまいそうだよ」
そうやって指導していると、透輝がそんなことを言い出した。どうやら自分が指導する側に回ったことで、自分の足りないところが見えてきたらしい。
ただし、俺としてはその発言を鼻で笑うしかない。
「『二の太刀』を見て覚えて、『一の払い』も本格的に教えたらすぐに覚えた奴が何か言ってら」
「酷くない!? え? あれ? そうだったっけ? 俺、そんな感じだったっけ?」
「そんな感じだったさ。ボケるには早いぞ」
あれー、と首を傾げる透輝だが、お前は本当に覚えるのが早かったから。なんなら教える前から見て覚えていたからな。天才って本当にいるんだ、なんて思ったもんだよ。
「この技、見て覚えられるようなものではないと思うのですが……」
俺と透輝の会話を聞いていた兵士の一人が恐る恐るといった様子で言う。自分で習得しようとしているからこそ、『一の払い』を覚える難易度がよくわかるのだろう。
「見て覚えたのは別の技なんだが、『一の払い』もすぐに覚えてなぁ……調子に乗るからあまり言わないが、天才ってのはコイツのことだと思うよ」
「な、なんだよししょー。いつもはそんなに褒めてくれないのに、今日はやけに褒めるじゃんか」
少しばかり照れた様子で頭を掻く透輝だが、俺だってたまには褒めるさ。もちろん、釘はさすが。
「才能があっても磨かなければ意味はないからな。逆に、才能があまりなくても努力次第で俺程度にはなれる。つまり、だ」
そう言って、俺は透輝をジロリと見る。すると透輝は怒られると思ったのか、背筋をまっすぐに伸ばした。
「才能に溺れて努力を欠かすような真似はするな。いいな?」
「……うっす。了解です」
俺の言葉に対し、真剣な顔で頷く透輝。俺の言葉が透輝を思ってのものだと伝わっているからだろう。同い年の俺に注意されたにもかかわらず、透輝の顔に不満の色はない。
(ううむ……この素直さも透輝の武器だよなぁ。天才の上に素直で飲み込みも早いんだ。そりゃあ強くもなるか……)
『花コン』だともう少し生意気というか、世間知らずというか、鼻っ柱が強い感じがしたんだが……最初に徹底的に圧し折ったからか、実に素直に育ってくれている。それでいて負けん気は折れていないという、素晴らしい塩梅だった。
「若様、こちらで指導をお願いしたく」
「ああ、わかった」
そうやって透輝と話をしていると、ナズナが声をかけてくる。
指導が進んだため、ナズナは兵士が振るう剣を受け止める係になっていた。俺相手に数えきれないほど打ち合いをしてきたことで、『一の払い』が上手くできているかを体で覚えているからだ。
兵士の打ち込みを実際に受け止め、『一の払い』が成功したかどうかを見ているのが今のナズナだった。
ただし、兵士達は最初、ナズナ相手に打ち込むのを遠慮していた。ナズナが年下の少女であり、見た目も可愛らしいからだ。
そのため透輝と模擬戦をさせてどの程度の腕か見せたら、兵士達の遠慮は見事に吹き飛んだようである。北の大規模ダンジョンを破壊したメンバーの一人だということを強く実感したらしい。
俺はナズナが見ていた兵士の指導を引き継ぎ、『一の払い』に関して教えていく。するとナズナは別の兵士の相手を始め、発現した盾の『召喚器』で斬撃を受け止め始めた。
ある時は剣で、ある時は盾の『召喚器』で。器用かつ頑強に防御するナズナの姿に、兵士の一部からはこんな声が上がる。
「ミナト殿、ナズナ殿は望めば王族の近衛兵も目指せると思うのですが……」
防御に特化したナズナの立ち居振る舞いは、たしかに要人の警護に向いているだろう。『召喚器』の能力も防御に向いたものであり、誰かを守るために発現したものだ。
『花コン』だと槍の『召喚器』だったが、この世界では盾の『召喚器』を発現したのがナズナである。その差が何故生まれたのかは、俺とナズナの関係性の違いも影響していると思うのだが。
「たしかに、ナズナなら近衛兵が務まるだけの技量、適性があるだろう」
俺は兵士の言葉を肯定するように頷く。実際、ナズナに守られている俺が言うのだ。間違いはない。
「だが、ナズナは俺の最側近だ。手放すつもりはない。ナズナ本人が望むのならその限りではないが……」
そう言いつつ、俺は兵士の相手をしているナズナをチラリと見る。
『花コン』でのミナトと違い、幼少の頃から親しくしてきた。一緒にいた時間だけでいえば家族よりも長かっただろう。そう断言できるぐらい、一緒にいたのがナズナだ。
そんなナズナだからこそ、俺としても傍にいるのが当たり前になっていた。幼馴染みとして、傍付きとして、護衛として。関係性はいくつかあるが、当たり前の存在になっていたのだ。
俺の返答をどう思ったのか、質問をしてきた兵士は納得したような顔で引き下がるのだった。
さて、そうやって兵士達の指導をしていた、ある日のことである。
「若様。わたしも、今からでもスギイシ流を習得するべきなのでしょうか?」
訓練の合間。兵士達が離れたタイミングで不意にナズナがそんなことを口にした。それを聞いた俺は思わず、ナズナの顔をまじまじと見てしまう。
「急にどうした?」
「いえ……わたしとしては急ではないと言いますか……もっと強くなりたいと、そう思っていまして」
言葉を探すように視線を彷徨わせるナズナ。強くなりたいから何かしらの流派を習うというのは、理解できる話ではあるが。
(でも、ナズナは適性がなぁ……)
俺も昔、同じことをランドウ先生に尋ねたことがある。俺に剣を教えるのならナズナにも一緒に教えてみないか、と。
しかしスギイシ流はなんでもありの流派だ。ナズナには向いていない、才能がないとランドウ先生が見ており、俺もその意見に同感の立場である。
それに、性格の向き不向きもあるが、魔力が足りていないというのも大きかった。スギイシ流を学んだとしても、骨子にある魔力の運用ができないことには思うように強くなれないだろう。
「強くなりたいとは言うが、ナズナに向いているのは防御主体の戦い方だろう? その方面で鍛えれば更に伸びると思うんだが……」
強さにも色々ある――なんてことはナズナも理解しているだろう。
ナズナの場合、自分や誰かを守るのに特化しているのだ。敵を倒すことを強さというのならナズナは弱く、俺の方が遥かに強いだろう。だが、防御に徹したナズナは俺でも容易に崩せない硬さがある。
剣と剣をぶつけ合うのならともかく、盾で斬撃を防ぎ続けるなんて真似は少なくとも俺にはできない。更にはバリアを張って味方を丸ごと守ったり、盾自体で魔法を弾いたりと、盾使いとしてはかなりの手練れに育っている。
そんなナズナがスギイシ流を学び、盾で防ぎつつ剣で相手を斬れるようになれば相当強くなりそうだが――。
(うーん……ナズナは剣の才能がなぁ……俺よりも平凡というか、向いてないというか……)
『花コン』では『召喚器』が槍だったし、元々あまり向いていないのだろう。盾で攻撃を防ぎつつ、片手剣で軽く攻撃するぐらいが丁度良いと見ている。
もっと言えば、攻撃を他人に全て任せて防御はナズナが全て担当する、ぐらいの割り切った運用をした方が戦力としては強い。それこそ固定砲台としてモリオンを置き、その防御をナズナに担当させるといったような運用が一番だろう。
だが、当のナズナもそれを自覚しているらしい。わかってはいるがそれはそれで不満、といったような顔で俺を見てくる。
――同時に、その顔には焦りの色が濃く浮かんでいた。
(置いていってるつもりはないんだが、な)
ナズナの焦りに見当をつける俺だが、解消方法があるわけではなく。俺としては逆に、主人公や『花コン』のメインキャラの成長力に置いていかれないよう、精一杯走っているだけだ。
今は俺の方が強くとも、緩やかな成長曲線を描く俺と違い、透輝やナズナ達はふとしたことをきっかけに一気に成長する。透輝の成長力が突出しているが、それはナズナ達も変わらないのだ。
それでも、ナズナにとって焦っているのは本当のことで。己の成長に満足していないのも本当のことで。
兵士達の訓練が終わり、学園に帰ってきて解散しようとしたタイミングで、ナズナが真剣な表情を浮かべて口を開き。
「若様――わたしと、本気で手合わせをしてもらえませんか?」
真剣な瞳と声色で、そんな願いを口にするのだった。




