第339話:相談
俺が透輝やナズナと共に兵士二十人に対するスギイシ流の指導を始めた日の翌日。
とりあえず今日から一週間、丸一日訓練を行っていくということで気合いを入れて指導を行った俺だったが、訓練が終わるなり使者が送られてきて王都に居残ることになった。
使者を送ってきた相手はレオンさん――つまりは身内である。
(学園祭ついでに王都で色々用事を済ませるとは言っていたが……何かあったか?)
用事というのは徐々に迫りつつある『魔王』に関する対策会議らしい。
現状の防備や戦力、『魔王』が発生する場所や日時の予想、その予想を元にした戦力の展開手順、情報の共有方法、共有された情報から援軍を送り出す流れなど、様々なことを話し合うそうだ。
各ダンジョンの破壊や調査、北の大規模ダンジョンの破壊など、様々なことにかかわっている俺だが会議への参加権はない。あくまで各貴族家の当主が参加しての話し合いで、嫡男に過ぎない俺は声がかかることもなかった。
まあ、それよりも先に兵士にスギイシ流を教え込めってことなのだろう。それに一個の戦力としてはともかく、軍を率いてどうこうとなるとさすがに経験が浅い。政治が絡んだ戦略ともなると俺では決断できないことばかりになる。
そのため大人しく兵士の指導を一日中行っていたわけだが――。
「来たか、ミナト」
「はい。お呼びと聞き、参上いたしました」
当主としてのレオンさんに呼び出されたため、嫡男として答える俺。
場所は王都のサンデューク辺境伯家の別邸で、参加者は俺とレオンさんの二人だけだ。護衛としてナズナも同行しているが、ことがことだけに席を外してもらっている。
執務室で机を挟んでソファーに座ると、レオンさんが机の上に一枚の紙を広げる。パエオニア王国の簡易的な地図だ。
各地の貴族の名前や保有する大まかな戦力、砦や城の位置が記されたもので、他国に漏れるとまずい代物である。
「父上、私が見てもよろしいのですか?」
「構わんさ。お前の意見を聞きたくてな」
そう言いつつ、地図の傍に木箱を置くレオンさん。木箱の中には大小様々な駒が入っており、地図に駒を置くことで敵味方の配置をわかりやすくするのだろう。
「お前とは以前、色々と話をしたが……オレア教の教主殿を通じて動いているのは良いが、学生の範疇を越えすぎじゃないか? 先日も『魔王の影』と交戦したし……あまり心配をかけないでくれ。心臓に悪い」
「ご心配をおかけしたようで、申し訳なく……私としても平和に過ごせるならそっちの方が良いんですけどね」
「『魔王』をどうにかするためとはいえ、大規模ダンジョンを学生が破壊するというのもな……待てよ? もしかして、モモカがあんなことになっているのも『魔王』をどうにかするための作戦の一環か?」
「いいえ、父上。モモカのアレは素でやらかしました」
軽い雑談を挟むが、俺を心配しつつ現実逃避をしないでください。
そうやって言葉を交わしつつ、何やら駒を地図上に並べていくレオンさん。その駒の配置を見た俺は、ああ、と声を漏らしていた。
「『魔王』が発生した際の対応……その机上演習みたいなものですか」
「そうだ。『魔王の影』相手にどこまで意味があるかわからんが、文化祭に来るというのを隠れ蓑にしてな。各地の貴族が集まってもしもの場合にどう動くかを話し合っていたんだ。これまでに何度かやってきたことだが……」
ランドウを護衛にしてな、と付け足すレオンさん。どうやらアスター対策はバッチリだったらしい。
「ふむ……この配置だと、『魔王』の発生場所が東か南の大規模ダンジョンに絞る形になりますね。そこまで情報共有がされましたか」
「ああ。オレア教の教主殿からの情報でな」
そう言いつつ、レオンさんがじっと俺を見てくる。
「一応の確認だが、お前にも情報が共有されているな?」
「ええ。教主殿本人から聞いています」
「そうか……」
俺が頷くと、レオンさんはどこか複雑そうな顔をする。
「息子が重用されていることを喜ぶべきか、まだ学生なのに無茶をするなと叱るべきか、学生なのに無茶をしないといけないこの時代を嘆くべきか……迷うな」
「ははは、喜んでくださいよ父上。あなたの息子は立派にやってますってね」
俺は笑って言うが、これはもう、笑うしかないだろう。本当、なんで学生がこんな重責を担っているんだろうね?
そんなことを思いつつ、レオンさんが駒を置いた地図を見る。王都を中心とした地図で、東と南のどちらの大規模ダンジョンで『魔王』が発生しても対応できるよう、南東方面に多くの戦力が配置される形になっている。
東と南のどちらか片方に決め打ちはせず、どちらでも対応できるように備えた布陣だ。
(『花コン』通りなら残っている大規模ダンジョンから『魔王』が発生する可能性が高い……西の大規模ダンジョンは俺達が出向いて『魔王』の発生までに破壊するとして、だ……うーん……)
こうして地図の配置を見ると、俺がオリヴィアに話した内容が反映されているようで肩が重くなる。
ただ、東と南側に戦力の全てを割り振っているわけではない。破壊した北、破壊する予定の西の大規模ダンジョンで『魔王』が発生しても対処できるよう、最低限ではあるが戦力が置かれる形になっている。
それ以外の場所で『魔王』が発生した場合にも備えてあり、近隣の軍がすぐに駆け付けられる位置に砦が作られているのも確認できた。ただ、『魔王』とその配下の軍勢が相手では、時間稼ぎ以上のことはできないだろうが。
「『魔王』が発生すれば竜騎士を飛ばし、各地の軍が動くことになる。戦力の逐次投入は愚策だがな……聞くがミナト、この配置はお前の知識が根底にあるな?」
「……はい」
なんでバレるんだろうな。顔に出ているのか? あるいは父親としての勘だろうか?
俺が素直に頷くと、レオンさんは小さく苦笑を浮かべる。
「以前から色々と話を聞いているが、こんな風に具体的に場所や時期を想定したことがなかったからな。何か参考になる話があったんだろうと思ったのさ」
そう言いつつ、レオンさんはサンデューク辺境伯家を表す大きめの駒を動かす。東の大規模ダンジョンに対し、正面からぶつかる形でだ。
「東側の主戦力は当家が担うことになるだろう。この点に関してはウィリアムにも情報を共有してある。代々『魔王』の発生に備えて準備を整えてきたが、その成果が試されるというわけだ」
レオンさんは口の端を吊り上げるようにして笑うが、俺はその笑みに多少なり虚勢が混ざっているのを感じ取った。
『花コン』でも『魔王』が発生すると津波のようにモンスターが襲ってくると表現されていたが、こちらには前回『魔王』が発生した時に実際に戦ったオリヴィアがいるのだ。どの程度のモンスターが襲ってくるか、その規模もわかっているのだろう。
(『花コン』だと『名もなき英雄』……ウィリアムがサンデューク辺境伯家の騎士団を全滅させながらも奮戦して、それでようやく主人公達が駆け付ける時間が稼げる程度だった……それがゲームでの演出上の都合だったのか、それだけモンスターの規模がやばいのか、どっちなのか)
俺は東の大規模ダンジョンと向かい合うように置かれた駒を見て、そんなことを考える。
東の大規模ダンジョンの傍には城塞都市カールソンがあり、ダンジョンに何かあった時や他国からの侵攻に備えて日々防備を厚くしている。王都にも負けないぐらい立派な城門や城壁を備え、それでいて王都と違って外見より性能重視、頑丈にガッチリとした造りになっているのだ。
サンデューク辺境伯家の本拠地であるラレーテと同じで星型要塞として造られ、城壁の傍には水堀まで設けられた防衛力の高い城塞都市だ。並のモンスターが多少群れになって侵攻してきたところで跳ね返すことができる、鉄壁の要塞と言える。
(『花コン』だとそれでも厳しい、と……でも待てよ? 学園まで情報が伝わるタイムラグはどれぐらいだ? ゲームだと『魔王』が発生して即座にって感じじゃなかったよな)
前世のように電話でもあるなら即座に情報が伝えられるが、この世界における最速の伝達手段は竜騎士だ。
『魔王』が発生し、モンスターが大規模ダンジョンから溢れ、異変に気付いたウィリアム達が防衛を開始すると同時に竜騎士を派遣。王都に情報が伝わり、そこから戦争とは無縁の学園に情報が伝わるのは――。
(更にそこから準備を整えて、キュラスに乗って現地に飛んで……ゲーム上の演出もあっただろうけど、ウィリアムはカールソンの住民を後方に逃がしていたよな。それが可能な程度には余裕がある……?)
それだけウィリアムの手腕が優れていただけなのかもしれないが、諸々を考えると数日は持ち堪えると見て良いだろう。その間に近隣の貴族家の軍が駆け付ければモンスターを押し返すのも不可能ではないかもしれない。
地図上での演習に過ぎないが、南東付近に展開していた軍が大急ぎで駆け付ければ余裕ができるはずだ。ついでに、竜騎士を使ってネフライト男爵等の強者を運搬してもらい、少数精鋭の援軍として投入すれば更に余裕が生まれそうだ。
「ちなみにだが……『魔王』が発生する時期について、オレア教から一応は目安を伝えられている。お前が学園を卒業する頃……約一年と三ヶ月後。その頃だと聞いているが……」
俺があれこれと考えていると、レオンさんが険しい顔をしながら聞いてくる。
「私の予想もその頃です。ただ、『魔王の影』が何かを仕掛けて前倒しにならなければ、ですが」
それこそ先日の一件により、不安が広がっている可能性がある。国王陛下の話で多少は鎮まっただろうが……影響はゼロではないだろう。
俺達が行った北の大規模ダンジョンの破壊やそれに伴うお祭り騒ぎ等、後ろ倒しになったイベントもあるから大きくは変わっていないと思うが――。
「そうか……一年と三ヶ月後、か……」
レオンさんがため息を吐くようにして呟く。そこにあったのは不安と焦燥だ。東の国境線を預かる辺境伯として責任重大だし、強いプレッシャーを感じているのだろう。
それでも、降りかかる重圧を振り払うように頭を振ったかと思うと、レオンさんは俺に向かって心配そうな視線を向けてくる。
「ミナト。お前も色々と大変な立場にあるのだろうが、あまり無茶はしないでくれ。これが無理な願いだとわかってはいるが、死に急ぐような真似は絶対にするな。いいな?」
「……はい。もちろんです」
心底からの心配を込めた言葉に、俺は大きく頷きを返すのだった。




