第338話:指導 その4
王都の訓練場で始まった兵士向けのスギイシ流の指導。
それは思ったよりもスムーズに受け入れられ、そして思った以上に難しかった。
スムーズに受け入れられたのは、俺や透輝がネフライト男爵と戦うところを見せたからだ。これによってこちらが上という認識を持ってくれたのか、こちらの言うことにも素直に従ってくれる。
それだというのに、教えるのが難しい理由。それは相手が素人ではないからだ。
こちらが伝えた通り、魔力が一定以上あって魔法が苦手な人員がきちんと選抜されている。だが、所属が王国騎士団や王軍ということもあり、全員が素人ではない。今回の場合、それが足を引っ張っていた。
(一から教えるのとここまで勝手が違うとは……あとやっぱり、透輝が天才なんだって実感するな……)
今回選抜された兵士達は短くて何年、長ければ何十年と剣を振ってきた者達である、しかし、積み重ねてきた経験は勝るとしても、単純な剣の技量は透輝の方が上なのだ。まあ、これは兵士達が悪いというより、透輝が異常なだけなんだが。
(覚えさせるのはスギイシ流における魔力の運用……つまり、身に着けている剣術自体はいじる必要がない……)
スギイシ流の剣士を育てるというより、スギイシ流の技を使える剣士に変える、というのが正しいか。具体的には普通の剣士に『一の払い』を覚えさせるような感じである。
(魔力の運用の問題だから、スギイシ流の動きや剣の振り方は必要じゃないんだよな。そう考えると他の流派の剣士でも一から覚えやすい……だから『一の払い』なのか? ランドウ先生はそこまで考えて流派を創始したのか?)
『二の太刀』や『三の突き』、そして奥義の『閃刃』はスギイシ流の動きを身につけなければ覚えるのが困難だろう。
歩法、剣の振り方、体重移動やその他諸々。剣の打ち込み一つ取ってみても、様々な部分が連動しているためスギイシ流に矯正するのは非常に困難だ。
だが、『一の払い』だけなら教えられると思う。試しに素振りをさせてみても、それぞれが得意とする振り方をしているがそれで良いのだ。
『一の払い』に必要なのは魔力を操る感覚。それを通じて魔力の感知能力も高まり、アスターの違和感に気付けるようになる……はずだ。
「最初はさ、魔力がジワジワーっとしか動かせないんだよな。でも慣れてくるとグググッと動かせるようになって、『一の払い』を使える頃になるとシュバババッ! って感じで魔力が操れるんだ」
「……な、なるほど?」
俺と一緒に指導している透輝だが、言葉の中に擬音が混ざりすぎて兵士達が困惑している。ただ、中には納得した様子で頷いている兵士もいるため、わかる人にはわかる教え方なのだろう。もちろん、俺はそんな風に教えたことなどないのだが。
「透輝の話も間違いではないんだ。最初に聞いておくが、この中で下級でも良いから魔法を使える者は?」
剣を教える側ということもあり、敬語は省いて尋ねる俺。すると二十人全員が手を上げた。下級なら努力する時間さえあれば誰でも習得できるし、兵士稼業をするのに必須だと思って覚えたのだろう。
「それなら魔力を操る感覚は多少なりわかると思う。たとえば『火球』を使う場合、魔力を集中させてから魔力を変換させて『火球』という現象を発現させるだろう? 集めた魔力を火に変換するわけだが、スギイシ流では集めた魔力を更に細かく操ることで技に転用しているんだ」
そう言いつつ、俺は軽く剣を振る。そして『一の払い』で魔力の刃を飛ばすと、二十メートルほど離れた場所に立っていた案山子を両断した。
「諸君らに最優先で覚えてもらうのは、この『一の払い』になる。だが、難しいことはない。集めた魔力を剣に乗せ、刃状にして放つだけだ」
だけ、とは言うが、感覚が掴めないと実現できない技なのはたしかだ。
たとえるなら、拳を握り締めて力を込めるのが魔法における魔力の運用である。そこから魔力を魔法に変換するべく、一気に指を開くような感覚だ。
『一の払い』は拳に力を込め、なおかつ拳の先に刃状の魔力の塊を作るような魔力の運用になる。
俺の感覚としては、拳から骨が突き出て体の延長として魔力が存在するような感覚だ。それを研ぎ澄ませ、切り離して飛ばすと『一の払い』での飛ぶ斬撃になる。
(まずはその前段階……武器に魔力を乗せて、魔法を斬るところからだな)
魔力の刃を飛ばすというのは慣れてからだ。まずは武器に魔力を乗せ、研ぎ澄ますところから始める必要がある。
「諸君らは剣士として優れた技量があるように見える。それなら剣を手足の延長のように扱うこともできるだろう? 魔力も同様に手足の延長……手で握った剣に移動させ、集中させることができるはずだ」
そう言って再度『一の払い』を見せる。剣に魔力を乗せた状態と、飛ぶ斬撃の二パターンの両方だ。
「おお……」
「斬撃が飛ぶ……素晴らしい……」
俺が使った『一の払い』を見て、兵士の数人が呟く。その目はどこかキラキラと輝いているが、それに気付いた俺は思わず苦笑してしまった。
飛ぶ斬撃が男のロマンなのは異世界の人間にとっても変わらないらしい。透輝も最初の頃は目をキラキラとさせていたし、俺も同様だ。
(案外、覚えるのが早いかもしれんな)
やる気があるなら習得も早い。
そう自分に言い聞かせつつ、俺は指導を進めるのだった。
そんなこんなで始まったスギイシ流の指導。
なるべく早い内に結果を出すことを求められているが、急ぎだからと早々に習得できれば苦労はしない。
他の剣術を身に着けている点、透輝と比べれば才能で劣る点から、早くても一ヶ月、遅ければ二ヶ月から三ヶ月程度はかかるだろうか。
それもあくまで最低限形になるのがそれぐらいの時間ってだけで、俺や透輝並に使えるようになるにはもっと時間がかかるだろう。
最初の挨拶は放課後になったら王都の第三層に向かったが、翌日からは早朝から、丸一日を使って訓練を始める。
こちらは学生で日中は授業が、兵士達は日中に仕事があるが、ことは国王陛下の身の安全にかかわるのだ。授業や仕事よりも最優先で取り組む必要がある。
とりあえず最初に一週間ほど集中的に訓練を行い、その結果次第で初日のように放課後から指導を行う形になる予定だ。
(国王陛下や王太子殿下の護衛にネフライト男爵やその他の手練れを駆り出しているらしいし、早めに習得させないとな……)
最低限、アスターの変化を見破れる程度の練度があればそれで良い。そこまで習得できれば王都の城門や王城の出入口などに兵士を立たせ、人の出入りを見張ってアスターの侵入を防げるだろう。
もちろん、アスターが馬鹿正直に城門を潜ってくる保証はない。そのため王城に多くの兵士を配置し、こちら側の王を取られないよう守るしかなかった。
そんなわけで、俺達が指導を行う兵士達の士気は高かったりする。『一の払い』を習得した暁には国王陛下や王族を守る盾……近衛兵への栄転が決まっているようなものなのだ。やる気も出るだろう。
(ただ、アスターの場合どう思うんだろうな……警戒されているのを見たら騙すことに本気になるのか、危険を避けて近付かなくなるのか……)
『一の払い』が使えるぐらい魔力の操作に長けたなら、アスターの体内にある本体も斬れるだろう。それを危険と判断して近付かなくなるのか、楽しむためのスリルだと思って逆に潜り込んでくるのか。
(ランドウ先生相手に見せたあの振る舞い……俺が知っている他の『魔王の影』はバリスシアだけだけど、アスターとは全然違ったしな。いや、俺が手傷を与えたら少し反応が変わったし、執着するものがあると反応も変わる……か?)
俺は指導として兵士に剣を打ち込ませつつ、そんなことを考える。
『魔王の影』に関しては『花コン』で知っているつもりだったが、アスターのように差異があってもおかしくはないのだ。
(味方に差異があるのに、敵にはないと考える方が不自然だもんな……そこまで意識してなかったけどさ)
そんなことを思いつつ、俺や透輝の補佐をしてくれているナズナを横目でチラリと見る。俺が『花コン』で知るものと比べ、最も差異があるであろう人物だ。
『花コン』ではいつ俺を見限るかわからないほど、関係が悪化していたのがナズナだ。実家がサンデューク辺境伯家の重臣だというのに、嫡男への忠義を放り捨てて『花コン』の主人公に対して忠誠を誓う、少々考えなしなところもあった。
それが今ではどうだ。仮にナズナが俺を裏切ることがあるとすれば、俺が悪いのだと断言できるほどに忠誠を誓ってくれている。
そこにあるのは単純な忠誠だけではなく、幼い頃から共にいた親愛だったり、友情だったり、あるいは男女としての感情があったりするのかもしれないが――。
(こうして連れ出しても文句一つ言わないどころか、自分の糧にしようと頑張ってるんだよな……)
ナズナの戦い方は盾の『召喚器』を使った守勢が主である。しかし剣術も使うことができ、スギイシ流と違って正統派の、この国でも広く使われている形の剣術を身に着けている。
そのためか、訓練の合間合間に兵士達に声をかけ、剣術談義をしたり実際に剣を振ったりと、己の技術を磨くようにしているのだ。
剣術だけでなく盾を使った防御術に関しても確認しており、兵士達からの反応も悪くない。指導の合間のちょっとした息抜きには丁度良いのだろう。
以前から俺と共に訓練に励んでいたナズナだが、ここ最近、明らかに取り組む姿勢が変わっている。元々真剣だったが、更に真剣さが増しているというか、熱心というか。強くなることに対して貪欲になっているように感じられた。
特に『召喚器』の扱いに関して重点的に訓練をしているようで、兵士に指導する間も『召喚器』を発現して腕を通し、何かあればすぐに使えるようにしている。
(スギイシ流に慣れ親しんでいるから同行させたけど、ナズナの訓練にもなっているのか? それなら良いが……)
『花コン』のメインヒロインの一人として、そしてそれ以上に俺個人として。ナズナが強くなってくれるのなら助かる話だ。
俺は兵士の指導をしながら、そんなことを思うのだった。




