第335話:指導 その1
文化祭から三日が経った日の放課後。
授業が終わるなり王城から使者と共に手紙が届き、その内容を確認した俺は思わず眉を寄せてしまった。
(この前の件、兵士の選抜がもう終わったのか……早いな……)
手紙を持ってきた使者……鎧姿の騎士にも確認してみるが、スギイシ流を教える兵士の選抜が完了したらしい。
その数、二十名だ。俺の都合さえ良ければ今日からでも教えてほしい、とのことだが。
(近衛兵や騎士団、王軍からスギイシ流をモノにできそうな人を選抜して、受けるかどうか意思を確認して、それでこの人数か……国王陛下に凶刃が届きかねない状況だったし、迅速に選抜したっぽいな)
アスターが再び国王陛下を襲うとは限らないが、対策は必須だろう。相手が襲ってこないことを期待して何も対策せずにいるのはただの馬鹿がやること――なのだが。
(城に侵入されてた時は気付かないふりをしてたんだろうか……情報を抜かれてたっぽいけど、本当に重要な機密は隠してバレても問題ない情報だけ掴ませたのか? そういう敢えて無防備にして情報を掴ませるのも一つの防衛策かもしれんが……)
確証はないが、アスターが城に侵入していたらしい、というのはオリヴィアからの情報である。その時はスパイに徹していたようだが、大暴れした文化祭との違いが何かあるのだろうか。
(『花コン』の主人公である透輝が学園にいるから暴れた……にしては戦ったのは俺とランドウ先生だしな。興味をひく相手がいれば暴れて、それ以外だとスパイに徹するのか……うーん……とりあえずこっちの対処か)
アスター本人に聞いてみなければわからないことは放置するしかない。俺は手紙に目を通しながらそんなことを思考する。
手紙の内容は使者からの伝言と同じ内容で、それを正式な書類としてまとめたものになる。
書類は依頼主であるネフライト男爵からのもので、俺にやってもらいたい依頼の内容や報酬、必要があるなら人手を追加して良いし、兵士の練兵場等の必要となる施設への立ち入り許可も出ている旨が記してあった。
「……なるほど、了解いたしました。今日から早速向かうとしましょう」
「かしこまりました。ネフライト副団長にそうお伝えいたします」
俺の返事と聞き、使者の騎士がキビキビとした動きで去っていく。王国騎士団の所属なのだろう。その動きには高い練度が透けて見えるようだった。
「ミナト、今のは? 文化祭の時に言っていた件か?」
「ああ。ネフライト男爵からの使者でな。向こう側の準備が整ったらしい」
俺と使者のやり取りを遠くから見ていた透輝が声をかけてきたため、それに答える。事前に話をしてあったからか、特に気負っている様子はない。
「えー……早くない? お役所仕事というか、もう少し時間がかかると思ってたよ」
「俺もさ。こんなに早いということは、それだけ期待も大きいってことかもしれんな。責任重大だぞ」
「うへ、プレッシャー……まあ、ししょーが一緒だし大丈夫かぁ……」
透輝がそう言うが、俺としては二十人相手に教えるには手が足りないし、最初から透輝にも頼るつもりだ。あとは――。
「ナズナ。今日からスギイシ流の指導が始まるが、君は問題ないか?」
俺が声をかけたのはナズナである。スギイシ流の技を使えるわけではないが、長い間俺と一緒に訓練をしてきただけあり、補佐ぐらいなら可能と見込んでのことだ。
(それに最近、様子がおかしいしな……)
文化祭の時もそうだったが、ここ最近、妙に悩んでいる節がある。そのため気分転換を兼ねて俺の補佐を頼んだのだ。透輝もそうだが、ナズナにとっても何かしらの刺激があるだろうと考えてのことである。
「はい。いつでも構いません」
ナズナはどことなく嬉しそうに応じる。俺と一緒に長く修行してきただけあり、常在戦場というか、いつでも動けるようにしているのだ。
(ナズナにとっては教える兵士から逆に正統派の剣術を学べる機会でもあるし、勉強になりそうだが……)
『花コン』とは異なる成長を遂げているナズナだが、強くなることに対してかなり貪欲である。強くなりたいと思う理由に関しては……これも『花コン』とは大きく異なるだろうし、敢えて俺から言及することもないが。
(置いていかないで、か……)
かつて、ナズナから言われた願いが脳裏を過ぎり。
俺は頭を振って思考を打ち切ると、王都に向かうべく教室を後にするのだった。
国王陛下の許可もあるし、透輝も同行するため王都へはキュラスに乗って飛んでいく。
馬車で一時間程度の道程も、キュラスならほんの数分程度しかかからない。むしろ飛ぶ距離が短すぎてキュラスが不機嫌になってしまうほどだ。
「ごめんな? あとで美味しいお肉を用意するからな?」
そんなキュラスに対し、俺はお肉で釣る。するとキュラスは俺の言葉を理解したのだろう。すぐに機嫌を直し、キュルル、と甘えるような声を上げた。
「ししょー、あまり肉ばっかり食わせないでくれよ。キュラスが太っちまう」
「なあに、成長期だし、運動もしているんだから多少太っても問題ないだろ。なあ、キュラス?」
『キャウッ!』
肉以外も食べさせようとする透輝と、ついつい甘やかしてしまう俺。懐かれると可愛くてつい、食べさせてしまうのだ。
まあ、さすがに太って飛べなくなったら困るし、ほどほどにするつもりである。俺の場合はたまに美味しいものを食べさせてくれる叔父さんみたいなポジションでいられればそれで良いのだ。
そうやって俺が甘やかしているキュラスで乗り付けたのは、王都でも第三層――兵士の駐屯所や訓練場が集まっている場所の一角だ。
竜騎士が下りられるよう、ヘリポートみたいな形で遮蔽物がない広場や厩舎が用意されており、そこを利用するよう書類にあったのである。
「職務により誰何いたします。ミナト=ラレーテ=サンデューク殿で間違いないでしょうか?」
「間違いありません。こちら、ネフライト男爵よりの書状になります」
すぐに兵士が駆けてきたため、先ほど受け取った書類を提示する。面倒ではあるが、こういうやり取りは事をスムーズに進めるのに必須なのだ。
「……たしかに。副団長閣下より案内を務めるよう命を受けております。まずはこちらへどうぞ」
そう言って俺達が案内されたのは、兵士用の訓練場だ。学園の訓練場と似たような感じで、突き固められた地面に魔法や弓矢の的となる案山子、遠くには訓練用の武具を保管していると思しき小屋もある。
訓練場の広さ自体は縦横五十メートル程度だ。王都の中だし、学園ほど広々としたグラウンドは確保できないらしい。今回の依頼に関してはこの訓練場を使えということだろう。
(現役の兵士や騎士ばっかりだろうし、基礎体力を鍛える必要はない……この程度の広さでも十分か)
少々狭く感じるが、二十人相手に技術を教え込むには十分だ。俺がそんなことを考えていると、遠目に整列している者達の姿を捉える。人数的に今回教える者達だろう。
「うわ、年上の人ばっかりじゃんか……やばい、緊張してきた……」
透輝も気付いたのだろうが、相手の外見からおおよその年齢を割り出したのか、そんなことを呟いている。
今回選抜された者は二十人だが、その全員が俺達よりも年上のようだった。若い者で二十歳程度、一番の年長で三十代半ばといったところか。
(ふむふむ……騎士階級の手練れも混ざってるな。こりゃあ条件に合いそうな人を片っ端からかき集めたか?)
顔付きとちょっとした所作からそう判断する。派閥や強さなどは関係なく、スギイシ流に必要となる一定以上の魔力を持ち、なおかつ魔法が苦手な面子を集めたのだろう。数は少ないが手練れと思しき者が混ざっていた。
(そういえば、一から学ぶんじゃなくてある程度育った人にスギイシ流を教えるのは初めてだな。大変そうだけど良い経験になるか?)
俺は幼い頃から剣術を学んでいたが、あくまで体作りの一環としてである。本格的に学んだのはスギイシ流が初めてだ。
そして俺が教えた透輝は真っ新な、何も学んでいない状態からスギイシ流を教え込んだ。その結果、本人の天才ぶりもあってここまで育ったわけだが……。
(……やばいな。ちゃんと教えきれるか?)
ネフライト男爵からの依頼ではあるが、大本は国王陛下からの依頼である。生半可な結果では駄目だろうし、満足もされないだろう。
「先日以来だな、ミナト殿。依頼を受けてくれて感謝する」
そうやって兵士達の元へ向かうと、依頼主であるネフライト男爵が姿を見せた。どうやら城を抜け出してきたらしく、額に少しばかり汗が浮かんでいる。
「国王陛下の安全にもかかわるとなれば、否やはありませんとも。ただ、この短期間で条件に合った者をよく集めましたね」
「なあに、王国騎士団や王軍の者達については、元々の勤務評定で能力もわかっている。あとはそこから選抜するだけさ」
何でもないことのように笑うネフライト男爵だが、勤務評定とかあるんだ……なんて思う。オレア教の英雄の一人、オオイシは警察官だったと聞くし、彼がもたらした知識の中にあったものを広めたのだろうか。
そんなことをネフライト男爵と話してから、俺は早速仕事に取り掛かる。兵士達を整列させ、その前に立って軽く咳払いをしてから口を開く。
「この度、あなた方の指導を行うことになったミナト=ラレーテ=サンデュークです。こちらは私の補佐を行うトウキ=テンカワとナズナ=ブルサ=パストリス」
「て、天河透輝です」
「……ナズナ=ブルサ=パストリスと申します」
俺が挨拶しつつ透輝やナズナの紹介も行うと、透輝は緊張気味に、ナズナは兵士を観察しながら挨拶をする。
そして兵士達から返ってくる視線はといえば、こっちの年齢が年齢だし、最初は鼻っ柱を圧し折るところから始める必要があるかと思ったんだが――。
(さすがに侮りがゼロとは言わないけど、割と好意的な感じがするな……)
年齢的にどうかと思ったが、想定していたよりも態度が良い。年下の子ども相手に剣術を教わることへの反発はゼロではないが、従う気もゼロ、なんてことはなさそうだった。
「諸君らも知っているだろうが、ミナト殿は『王国東部の若き英雄』と呼ばれる俊英だ。そしてテンカワ殿、パストリス殿も北の大規模ダンジョンを破壊した際のメンバーの一人。若いからといって甘く見ると痛い目にあうぞ?」
そんな俺達の自己紹介を聞き、ネフライト男爵が付け加えるように言う。少しばかりからかうような口調だったが、声色自体は真剣だった。
「だが、自分よりも若い者に教わることへの反発があるのも理解できる」
しかし不意に風向きが変わったのを感じる。ネフライト男爵は俺に視線を向け、どこかワクワクとした様子で口元を笑みの形に変えた。
「どうかな、ミナト殿。ここは一つ、私と模擬戦をして彼らに己の実力を証明してみせるというのは。先日の件もあるしね?」
アスターが俺に化けて国王陛下を襲った後、俺が本物だと証明した際のことを言っているのだろう。ほんの一合、剣を打ち合わせただけだが、アレが不完全燃焼だったと言われれば俺も同意するところである。
「私としては望むところではありますが……よろしいので?」
ネフライト男爵のような強者と剣を交える機会など、滅多にあることではない。そのため俺もワクワクとした気持ちになりつつ、本当に良いのかと確認を取る。
「君の実力、直に味わってみたいと思っていたんだ。国王陛下の護衛は団長にお願いしてきたし、多少派手にやっても問題ない。どうかな?」
「是非」
この国でも一、二を争う強者に、どこまで食らい付けるか。
仕事の一環ではあるが、俺もネフライト男爵と同様に口を端を吊り上げるようにして笑い、承諾するのだった。




