第336話:指導 その2
ネフライト男爵はパエオニア王国において一、二を争うと言われる武人であり、王国騎士団の副団長を務める立場でもある。
国王陛下に見出されて今の立場になったが、その本質はどちらかといえば戦士寄りだ。なにせ、俺と戦うとなればワクワクとしたような、期待するような表情になったのだから。
(この国における武の頂点……つまり、この大陸でも頂点に近いってわけだ。いやはや、緊張するが滾りもするな……)
ワクワクしているのはネフライト男爵だけではない。一人の武人として、俺の心中にも沸き立つものがある。
「うわ、ししょーの悪いところが出た……」
透輝が何か言っているけど、今は気にならない。こんな機会、滅多にないからだ。
(ちょっとした動きを見るだけでわかる……俺よりも強いってな)
ランドウ先生の方が強いとは思うが、実際に戦ってみないとわからないだろう。つまり、そのレベルの人ってわけだ。ランドウ先生が相手でも勝ち目がある、俺よりも格上の人物。それがネフライト男爵なのだ。
(ランドウ先生、オリヴィアさん、そしてネフライト男爵……まったく、世界は広いようで狭いな。俺の周囲だけでこんなに強い人がいるんだから)
俺も子どもの頃から比べると相当強くなったが、まだまだ上がいる。その事実が妙に嬉しく、また、心を滾らせるのだ。
「審判は?」
「不要だ。互いにそれが必要な腕でもないだろう?」
そう言ってネフライト男爵が笑う。必要なら透輝に立会をさせるつもりだったが、まあ、男爵の言う通りだ。
問題があるとすれば、お互いにやりすぎないかだが――。
(少しくらいなら……構わんか……)
こんな貴重すぎる機会、逃す手はないだろう。
そんなことを思いつつ、逸る気持ちを抑えて剣の柄に手を乗せる。そしてゆっくりと剣を引き抜くと、ネフライト男爵もまた、腰元の剣を抜いた。剣を抜くには少し早いが、それだけ気が逸っているのだ。
そして視線を交えつつ、訓練場の開いているスペースへと移動する。その間も互いに目線で牽制し合い、隙を探していく。
「ミナト=ラレーテ=サンデューク。参ります」
「ルイス=ネフライトが受けて立つ」
互いに構えを取り、名乗りを上げる。決闘というわけではないが、そうするべきだと思ったのだ。
これから剣を教える兵士達に良いところを見せたいだとか、指導を素直に受けさせるために強いところを見せたいだとか、そういった気持ちは早々に吹き飛んでいた。
――今はただ、目の前の強者と剣を交えてみたい。
そんな思いが、俺に先手を取らせた。あるいは国王陛下の前でアスターではないことを証明するべくそうしたように、先手を譲られたのか。
互いに踏み込み、剣を振るって空中で刃が衝突する。挨拶代わりの一撃は、硬質な金属音を響かせながら火花を散らして停止した。
(やはり……強いっ!)
ランドウ先生ではないが、俺としても剣というのは雄弁に様々なことを語ると思っている。
剣を振るう者の才能や実力、それまで積み重ねてきた努力の量。それらによって当人の性格、剣に懸ける情熱など、様々なものが透けて見えるのだ。
(……っ、マジかよ、この人……)
そして、剣を通してわかったことがある。ネフライト男爵は俺に合わせて剣を抜いたのであって、本人の得手は剣ではなく、別のものだと。
前回の時は一度剣を受け止められただけだったからわからなかったが、明らかに剣術以外の動きを得意としている。正確に言えば、別の得手があるのに剣術も修めていると言うべきか。
(重心の微妙な狂い……引き手が強い? 長物……槍か?)
次から次へを剣を交わしながら、ネフライト男爵の情報を丸裸にしていく。
ちょっとした剣の振り方、踏み込み、重心の移動、間合いの取り方、目線。それらが剣を重点的に修めた俺と異なり、別の武器を得意としていることを示している。
――だが、剣術だけでも十分に強い。
(剣だけなら勝ち目がありそうだが……剣術も達人か)
幾度も剣を交差させながら、俺はネフライト男爵の技量を観察する。逆に、ネフライト男爵からも俺の技量を観察されているのを感じた。
今回の戦いは殺し合いではなく、あくまで模擬戦だ。そのため互いに手を抜いている部分があるが、それでも相手の本気は感じ取れる。
俺が以前感じた、十本に一本勝てるかどうかというのはネフライト男爵の総合的な技量から判断した話だ。剣だけで戦うのなら勝率が上がり、十本中三本、あるいは四本は取れそうな感じである。
(スギイシ流の技を使えば、だけどな)
俺の全力はあくまでスギイシ流の剣士としてだ。『一の払い』をはじめとした技の数々を使ってこそ、勝ち目も見えてくる。
そして、今回は兵士にスギイシ流の技を教えに来たのだ。実際にどんな技なのかを見せるには絶好の機会、絶好の相手といえるだろう。
「その若さでこの剣の冴え……まったく、末恐ろしいな」
「男爵こそ。剣は使えても得手ではないのでしょう? いえ、この技量で得手ではないというのもおかしな話なんですが……」
鍔迫り合いをしているとネフライト男爵が口を開いたため、俺も応じて賞賛する。それとネフライト男爵? 俺で驚いていたら透輝は驚くだけじゃすまないですよ?
そうやって剣を交わし合って、じゃれ合いは終わった。ここからは本気だと言わんばかりにネフライト男爵が距離を取り、剣を鞘に納める。
「では、ここからは互いに本気といこうか」
「ええ」
そう言ってネフライト男爵が発現したのは、槍の『召喚器』だ。
長さは二メートル半程度で、形状は穂先に柄に石突と非常にシンプルである。だが、質素に見えるがその威圧感はすさまじい。発現した槍を構えた瞬間、ネフライト男爵が放つ気迫が数段跳ね上がったように感じられた。
(ビリビリときやがる……これがネフライト男爵の本気か)
正確に言えば、本気というより本領と言うべきか。剣術も十分に達人といえる技量があったが、槍を構えた姿からはランドウ先生と同種の、俺とは違う本物の達人の気配がする。
俺も剣術だけでなく槍術や弓術など、貴族の嗜みとしてそれなりに修めてはいる。だが、剣術と比べれば遊びみたいなものだし、ネフライト男爵とは比べようもないだろう。
ネフライト男爵が槍を中段に構え、その穂先が僅かに揺れ。
「っ!?」
突かれた、と思うよりも先に体が動いていた。放たれた穂先を剣先で弾き、顔の横、ギリギリのところを穂先が通過していく。
目では追うことができない速度だ。だが、僅かな体の動きからどこを、いつ突かれるか明確に想像し、剣を合わせることができていた。
「ほう……」
ネフライト男爵が感心したように声を漏らす。逆に俺は声を出す余裕がなく、静かに息を整える。
(突いた槍に合わせて踏み込む……引き手が速すぎて無理か。間合いが遠い……となると、だ)
俺がただの剣士だったなら、なす術もなく完封されていただろう。だが、俺はスギイシ流の剣士である。
スギイシ流――『一の払い』。
「っ!」
今度はネフライト男爵が驚く番だった。明らかに遠い間合いで剣を振る俺に眉を寄せたが、斬撃が飛んだのを見て即座に槍先で打ち払う。
俺はその間に再度剣を振り、刃を飛ばしてから前へと踏み込んだ。
「今のは驚いたぞ! 斬撃が飛んできたな! これがスギイシ流の技か!?」
「ええ。魔力を使った技です。これを修めればアスターにも気付ける……かもしれません」
何故か嬉しそうにはしゃぐネフライト男爵に、俺は冷や汗を流しながら答える。放った『一の払い』があっさりと打ち払われ、踏み込んで振るった刃も槍の柄で容易く止められたからだ。
(普通ならこちらが有利……なんだが……)
槍というのは内側に入られると弱い。もちろんそういった場合の対処方法も存在するのだが、槍は遠くから叩けるから強いのだ。
それだというのに平然と剣を受け止め、その上で剣と押し合い、こちらの重心を崩そうとしてくる。この辺りは踏んできた場数の差だろう。単純な技量だけでなく、駆け引きを仕掛けてきているのだ。
こちらの重心を、体勢を崩そうとしてくるため敢えて前へと踏み込む――と見せかけ、不利とわかっていても背後へと跳んだ。すると俺が踏み込んでいたら通ったであろう場所を槍の石突が通過する。踏み込んでいたら横から殴り飛ばされていただろう。
だが、距離を取ったら再び穂先が飛んでくる。まるでライフル弾のように速く、急所に命中すればそのまま即死するような威力の突きだ。
それを斬り払いながら、俺はネフライト男爵の動きを観察する。俺もそうだが、ネフライト男爵も本気ではない。本領を発揮してこそいるが、あくまで模擬戦の範疇に納めている。
風を切り、空気を穿つ弾丸のような突き。それでいて俺が受け損なえば寸止めできる程度に加減されており、ネフライト男爵の技量の高さをうかがわせる。
そんなネフライト男爵が繰り出す槍を弾き、逸らし、受け流し。時折踏み込んでは押し返され、体勢を整え直したらまた踏み込む。
そんなことを繰り返すこと数度。互いに有効打はなく、息も上がっていないが、体は完全に温まった。
「ううむ……息子と大差ない年齢の生徒にここまで粘られるとは思わなんだ。しかもまだ余裕があるとは」
「お褒めに預かり恐悦至極、といったところですか。そこまで手加減してもらえればなんとか食らい付けますよ」
そう言って互いに視線をぶつけ合う。おそらく、考えていることは一緒だ。
俺は剣の柄を握り直して構え、ネフライト男爵もまた、槍の柄を握り直して構える。
「剣よ、悠い敵を瞬く間に伐る力をもたらせ――『瞬伐悠剣』」
「槍よ、火を纏いて我が武の礎となれ――『纏火武槍』」
そして同時に、己の『召喚器』の能力を解放した。
俺は体が軽くなり、ネフライト男爵は手に握る槍から炎が噴き出し、纏わりつく。
そうして、ネフライト男爵との模擬戦の第二ラウンドが始まるのだった。




