第334話:国王暗殺未遂事件 その5
アスターを撃退し、国王陛下達と話をしていたら、時刻は文化祭が終わる頃へと差し掛かっていた。
「すまない、カリン……せっかくのデートが潰れてしまった」
そのため俺はカリンに頭を下げる。結局、途中からは自由に出歩くことなどできるはずもなく、文化祭が終わりを迎えてしまったのだ。
悪いのは俺ではなく暴れたアスターなのだが、この場で謝罪するのは俺しかいない。ランドウ先生からの師匠命令もあるし、今度会ったら確実に仕留めてくれるわ。
「いえ。陛下の傍に控えるという名誉もいただきましたし、それに、その……魔法から庇ってくださる時の、格好良いミナト様の姿を見ることもできました……から……」
「……そんな姿で良いなら、いくらでも見せるよ」
照れた様子で伝えてくるカリンに、さすがに俺も照れてしまう。最近、こうやって真っすぐに好意を伝えてくるから心臓に悪い。いや、心臓に悪いと言うと悪く聞こえるけど、良い意味でね?
でもまあ、国王陛下と長い時間を共にできたというのはたしかに貴族にとっては名誉か。今回はことがことだけに、カリンの名前もしっかりと覚えられたことだろう。
「あっ! やっと見付けた! ミナト!」
そうやってカリンと話しつつ廊下を歩いていると、向こうから透輝が駆けてくる。アイリスやモリオン、ナズナも一緒だ。
「ミナトが国王陛下を襲ったとか、逆に助けたとか、不審者が暴れたとか……なんか色々と騒ぎになってるんだけど、どうなってるんだ?」
「あー……すまんな。ある意味全部正解だ。で、今、その後始末をしていたところでな」
アスターの捜索や国王陛下への報告を優先していたため、透輝達への情報共有ができていなかった。そのことを詫び、周囲に人気がないことを確認してから俺は今後のことを話す。
「実は他人に化ける能力を持つ『魔王の影』が襲ってきたんだ。ソイツが俺に化けて陛下を襲い、連行されてな。その連行先でソイツが陛下を殺そうとしたところを今度は本物の俺が助け、そのまま戦闘になって撃退した……つまり全部事実だな」
「……なんかとんでもないことになってるな?」
「ああ。で、ソイツを判別するのにスギイシ流の技術が有用って話になってな。俺と透輝で選抜された兵士相手にスギイシ流を教えようって話が出ているんだが」
「どういうこと?」
俺の意思は? と訴えてくる透輝に対し、俺は姿勢を正して頭を下げる。
「突然のことですまない。だが、ことは国王陛下の身の安全にかかわる。透輝が嫌だというのなら俺が一人で教えてくるが……」
剣の師としては透輝が他人に教える良い機会だと思っているが、まずはこの国の貴族の一人として頼む。学生が兵士に剣術を教えるなど、面倒事だと言われれば否定できないからだ。
「え? いや、ビックリしただけで嫌ってほどのことじゃ……それに国王陛下ってアイリスのお父さんだろ? それならまあ……うん、その、ほら……ね?」
いや、ね? って言われても困るんだが。透輝としては、想い人であるアイリスの父親だから、という点を強調したいんだろうが……そんなの直接言え。思春期の中学生か。いや、大差ない高校生だったわ。
「透輝さん……」
だが、そんな透輝の遠回しな伝え方でもアイリスには通じたのだろう。どことなく嬉しそうに微笑を向け、透輝もまた、そんなアイリスに照れた様子で頭を掻く。うんうん、仲が深まっているようで何よりだ。
「『魔王の影』が……」
「…………」
そしてそんな二人を他所に、モリオンが険しい表情で呟く。その隣にはナズナもいるが、こちらは無言で顔をしかめていた。何か思うところがありそうな反応である。
「強さ自体はそれほどでもなかった。一対一で周囲に人質になるような者がいなければ、そこまで苦戦するほどでもない。ただ、不死身に近くてな。何度斬っても死ななかった」
「なんだよソレ。『魔王の影』ってやつの話は聞いたけど、この世界ってそんな化け物もいるのか?」
『魔王の影』に関しては話してあるが、不死身の化け物だとは思わなかった。そう話す透輝に対し、俺も同じ心境だったため苦笑を浮かべてしまう。『花コン』との思わぬ差異にぶつかった気分だ。
「あくまで不死身に近いだけだ。スギイシ流の剣士なら何かに化けていようと気配を感知できるし、ランドウ先生の見立てでは本体を斬ることもできる。多分、スギイシ流が使えなくても粉々になるまで吹き飛ばせばそれはそれで死ぬと思うが……」
魔法なら至近距離から上級魔法を叩き込めば条件を満たせるんじゃないだろうか。ただ、アスターも上級魔法を使っていたし、単純に魔法をぶつけるのは難しいだろう。やはりスギイシ流で斬るのが手っ取り早いか。
(短期間で兵士に教えたとして、どこまで仕込めるか……『一の払い』を習得できるぐらい魔力の運用ができるようになれば、アスターの変化も見抜けるか?)
ランドウ先生の話から推測した限りでは、スギイシ流の技の中でも最も魔力を運用する必要がある『一の払い』を身につけられればどうにかなるはずだ。
仮にアスター本体が斬れなかったとしても、何かに化けているアスターに気付けるだけで対処の幅が広がるだろう。
まずはスギイシ流を教える兵士の選抜を待つ必要があるが、教えられることは教え込もうと思う俺だった。
そんなこんなで、ほとんど見ることができなかった文化祭も閉会式が行われる時刻となり、俺は透輝達と連れ立って学術棟の大ホールへと足を運ぶ。
(……あちこちから見られてるな)
すると、俺は周囲からの視線を感じた。おそらくだが俺に化けたアスターが国王陛下に斬りかかったのを見ていたか、その話を聞いた者達だろう。
数が多いため一人ひとりに釈明するわけにもいかず、そのまま閉会を待つ。すると大して待つことなく閉会式が始まり、開会式と同様にコーラル学園長が軽く話し、あとはアイリスが閉会を宣言するだけになった――のだが。
「あれ……なんで?」
「国王陛下だよな……」
壇上に国王陛下が上がるのを見て、周囲がにわかにざわつく。開会式の時は何も言わなかったというのに、何故閉会式では壇上に立つのかと疑問に思ったのだろう。
それでも国王陛下が壇上に立つのを見ると、波が引くようにして生徒や来賓が静かになっていく。
「クラウス=パエオニア=ピオニーである。閉会の場だけここに立つことを許してほしい。だが、一年に一度、参加する者が楽しむべきこの佳き日に、余の暗殺を企む不届き者がおったのだ」
そして一体何を思ったのか、今日の暗殺騒ぎをあっさりと暴露する国王陛下。それを聞いた者の多くが押し殺したように驚愕の声を上げ、事情を知っている者達も改めて事態の大きさに嘆息する。
さすがに静かでいられるはずもなく、ざわざわと大ホールが騒がしくなる。しかし国王陛下はそれを止めず、生徒や来賓の反応を見ているようだった。
再びこちらへ視線を向けてくる者もそれなりにいるが……こうして平然としていることから、俺が犯人ではないと察するだろう。視線を向けると『やばい、目が合った!』と言わんばかりにうつむく生徒もいるが……取って食ったりはしないよ?
俺がそう思っていると、国王陛下が右手を上げる。するとピタッと喧噪が止み、全員が壇上の国王陛下に視線を集中させた。
「だが、それもこの学園の講師であるランドウ=スギイシ、ならびに生徒であるミナト=ラレーテ=サンデュークによって阻まれた。二人には追って褒賞を出すが、その栄誉をここに称えたいと思い、閉会の場を借りたのだ」
そう言って穏やかに微笑む国王陛下。どうやら俺への誤解を解き、事態を収拾させるために閉会の場を利用したらしい。俺としては助かるため、見えているかわからないが静かに頭を下げる。
今回のアスターの行動は、やられた時点で負けに近い。
俺に関して誤解が解けたとしても、他人に化けることができる何者かが潜み、暴れたという噂はどうしても広まるだろう。それを少しでも抑えるために国王陛下が壇上に立ったのだろうが、不安が広がり、負の感情が溜まることは防ぎようがない。
そういう意味では、逃げ帰ったとしてもアスターは目的を達成したと言えるだろう。本当はそんな目的もなく、愉快犯的な思考で暴れただけかもしれないが。
(今回は誤解が解ける形での騒ぎだから助かったが、別の方法をやられていたらどうなったことか……)
ネフライト男爵のような強者が守る国王陛下ではなく、その辺の民間人を俺の姿で殺傷されていたらどうなったことか。
俺の姿に化けて、『我が名はミナト=ラレーテ=サンデュークである!』とか叫びながら斬られていたら誤解の解きようがない。民間人には『魔王の影』に関して伏せてあるため、疑われた時点で詰むのだ。
もちろん、俺以外に化けられても回避のしようがない。この手を使われるとこちらに対抗策がほとんどなく、負の感情も溜まってしまうのだが――。
(ほんの僅かとはいえ接した感じからすると、そういう手は使わない……正確に言うと、無差別には使わない……かな?)
たとえば、今回の件でアスターと揉めた俺やランドウ先生を嵌めるためなら姿を騙る可能性があるが、無関係の人間に化けることはしない、といった感じか。
確証はないが、オウカ姫の姿を真似てランドウ先生を嘲笑ったように、歪なところがアスターにはあった。その点から、過剰な警戒は不要に思える。
(何かやるなら、こちらが気付けないような場所でこっそりってのはないな。今回みたいに近場で巻き込む形……って、それだけでも十分厄介か)
『花コン』でミナトに化けて潜入したのが仕事だとすれば、今回のように誰かを嵌めるのは趣味だろうか。貴族としての思考と剣士としての観察眼がそう結論付け、俺は小さく頭を振る。
(そしてそれをどうにかするためにも、スギイシ流の伝授が必須と……やることが多くて嫌になるな)
自分を鍛えるだけでなく、乞われた者達も鍛えなければならない。思わぬ予定外のタスクが追加されたことに軽く嘆きたいが、立場上それもできかねる。
俺は事情を説明して壇上から降りる国王陛下と、それと入れ替わるように閉会の挨拶を始めるアイリスを見て、ため息や不満を吐き出すことなく飲み込む。
こうして、二年目の文化祭は散々な形で終わりを告げるのだった。




