第332話:国王暗殺未遂事件 その3
アスターの背後を取ったランドウ先生が刃を振るい、その首を刎ね飛ばした。
それを見届けた俺は思わず、苦笑するように口元を緩めてしまう。
「敵のようだから斬ったが……ミナト、コレはなんだ?」
「えー……『魔王の影』の一人です」
俺は首を斬られ、力なく倒れ伏したアスターの体を見てなんと言ったものかと迷う。色々と変化している最中で、最後に化けていた中年男性の首なし死体がそこには転がっていた。
「コレが? 話に聞いていたのとはずいぶんと違うじゃねえか。ミナト、お前この程度の雑魚に殺されかけたのか?」
「い、いえ、違います先生。俺を殺しかけたのはバリスシアの奴でして。こっちはアスターという名前で、他者に化ける能力があったんですが……」
なんか変な方向から怒られそうだと判断した俺は慌てて言い訳する。さすがに雑魚とは言わないが、バリスシアと比べれば脅威と思えるほどの強さはなかったのだ。
動きを見た限りでは優れた身体能力があったし、こちらの剣を回避できる目の良さもあった。複数の属性で上級魔法を使える器用さもあったことから、魔法使いとしても相応に腕が立つと言えただろう。
ただ、さすがにランドウ先生の前に立つには技量不足だった。首を刎ね飛ばされたため今更だが、俺と喋っている暇があれば逃げるべきだったのだ。
敵ながら思わず同情してしまいそうな、あっさりとした死に際だった――のだが。
(なんだ? 違和感が消えない……そのまま残ってる?)
俺は地面に倒れている首なしの死体をじっと見る。離れた場所には頭が転がっているが、そちらも視界に収めて注視する。
そんな俺の視線の動きを見ていたのか、ランドウ先生は一つ頷いてから口を開く。
「しっかりと残心が取れているな。それで? お前はいつまで死んだふりをしているんだ?」
「――あれ? バレてた?」
ランドウ先生が声をかけると、地面を転がっていた生首からそんな声が響く。
胴体から切り離されているのに、どうやって喋ったんだ? なんて疑問を覚えるより先に、首なし死体が動いて頭を拾い、切断面をくっ付けて平然と立ち上がった。
「ふぅ……いやぁ、ビックリした。っと、いけないいけないいけねえな。ビックリしたぜ」
途中で声色を中年男性のものへと変え、口調もそれらしいものへと変えるアスター。首回りを手で撫で、さすったかと思うと、その視線をランドウ先生へと向ける。
「参考までに聞いて良いか? なんで俺が死んでないってわかった?」
「……? 斬ったのに気配が消えてねえんだ。そりゃ死んでねえだろ」
「ハハハッ……よくわからないってことがわかったぜ」
ランドウ先生なりの理屈を聞いたアスターがどこか呆れたように言う。しかしすぐに何かに気付いたように目を見開くと、五メートルほどの距離を隔てた状態でランドウ先生を頭から爪先まで何度も見る。
「名前が聞こえてはいたが……『キッカの剣鬼』、ランドウ=スギイシか! はぁー……生で見るのは初めてだ。なるほど、こりゃバケモンだわ。たまにこういう人類が出てくるが、今回はとびきりだなぁ、おい」
アスターは感心したように、あるいは呆れたように言う。そして何故か俺の方をじっと見つめてくる。
「てっきりこっちが正解かと思ったんだが……いや、両方正解か? 前回は三人……アイツを入れれば四人だったが今回は二人か? 他にもいるのか?」
「……何を言っている?」
意味深なことを口にするアスターを前に、俺は怪訝な顔をする。そしてその裏では即座に思考を巡らせていく。
(前回は三人、他の誰かを入れれば四人……今回は二人……相手が『魔王の影』だって考慮すれば、前回の『魔王』の発生を指しているのか? そうなると、三人っていうのはオオイシ、レン、アサヒのこと……か?)
こちらを混乱させるためにテキトーに吹いているだけかもしれないが、オレア教のもととなった三人にオリヴィアを加えれば四人だ。俺に思い当たるのはそれぐらいである。
「ふむ……俺も様々なモンスターを見てきたが、首を斬っても死なないモンスターは初めてだ。何回斬れば死ぬ?」
「おっと、モンスター扱いは勘弁してくれよ。是非ともアスターって呼んでくれ。それと、俺が死ぬかどうかは企業秘密ってやつさ」
気さくそうな中年男性の姿のままで、アスターが肩を竦めながら答える。
(デュラハンみたいに元々首が切れているタイプ……じゃ、ないな。『魔王の影』は不老であっても不死ではなかったはず……つまり、何かタネがある?)
『花コン』なら戦闘で倒せば死んだが、現実たるこの世界でもそうだという保証はない。だが、これまでに『魔王の影』と何度も交戦してきたであろうオリヴィアからは何も聞いていない。仮にアスターが不死だったならば事前にそう言っているだろう。
「そうか……」
ランドウ先生がアスターの言葉に呟きを返す。そして、次の瞬間だった。
「っ!?」
一瞬――ほんの一瞬だった。
瞬きする程度の時間で刀を十字に振り切ったランドウ先生により、アスターの体が四つに割断される。人間なら間違いなく致命傷だ。
「うわっ……ビックリしたぁ……」
だが、アスターは生きていた。切断面がくっ付いたかと思うと、心底驚いたように声を漏らす。
「人様をいきなり切断するとかどういう教育を受けてきたの? というか、斬るところが見えなかったんだけど……」
人体ではあり得ない再生の姿に、遠巻きに見ていた王都の民から悲鳴が上がる。千切れた粘土をくっつけるように、平然と動き出したのだ。
そして、アスターの姿が再び変わり始める。老若男女問わず、様々な姿をランダムで取り始める。
「そんな剣の達人でもさぁ、斬れない相手っているよね? さあて、どんなタイプかな――」
「くどい」
今後は八分割だった。ランドウ先生が瞬時にアスターを切り分けたかと思うと、ボタボタと音を立てながら地面に落下していく。
「んー……男じゃないなぁ。女……それも若い女か」
「…………」
だが、地面に落下したアスターは平然と喋り始める。何かを確かめるように、まるでランドウ先生の反応を探るように、次から次へと姿を変えていく。
「若い女で……髪は黒。キッカの女性かな? 髪は長くて、声はどんな感じ? 低い? 高い? ああ、高い感じか。ううん、高い感じね」
そう喋りつつ、似たような外見で次から次へと姿を変えるアスター。身長や体形、雰囲気など、ちょっとした違いを出しながら姿を変えていく。
(おいおい……まさか……)
おそらくはランドウ先生が見せるほんの僅かな、本人が自覚していないような微細な反応を見ているのだろう。
「性格は? 穏やかな感じ? でも強い芯があるタイプかしら? 呼び方は? ランドウさん? ランドウ様? ランドウ君?」
一つの姿を取っている時間は一秒もない。ほんの数瞬で切り替わっているというのに、ランドウ先生の反応をしっかりと見抜いているのだろう。
どんどん、近付いているように感じられた。
「こんな感じ? ねえ――ランドウ?」
ランドウ先生の想い人にして主君だった、オウカ姫に。
俺は思わず、無言でランドウ先生を見た。そっと、間違ってもランドウ先生の興味をひかないよう、静かに。呼吸を殺し、気配を殺し、ほんの僅か、眼球を少しだけ動かしてランドウ先生を見た。
――そして、後悔した。
「…………」
ランドウ先生は、無言だった。それでいてその顔には一切の感情が浮かんでいない。ただ淡々と、目の前の物体をどう切り分けようか思考しているようだった。
ただ、その心の中では確実に――本気で怒っていた。
「……ふふっ」
そんなランドウ先生の反応をどう思ったのか、アスターが小さく笑い声を漏らす。外見は気品のある姫君といった様相だというのに、その笑みはなんとも下卑たものに見えた。
「あははははははははっ! その反応が見たかったのっ! ごめんなさいね? 他の個体は理解してくれないけど、どうしても見たくなっちゃうのよねっ!」
大きく口を開けて笑うアスターの姿に、俺は剣を強く握り締めながら一歩前へ出る。中身がアスターとはいえ、ランドウ先生にオウカ姫の姿をしたものを斬らせるわけにはいかないからだ。
「――それで?」
だが、踏み出した足がランドウ先生の一声で止まる。濃すぎてどんな色かもわからないほど濃縮された殺気が込められた声だった。
「中々に面白い見世物だから眺めていたが……お前が悠長に喋っていられるのは、自分が死なないと思っているからだろう? 斬っても死なない。おそらくは焼いても死なない。それはお前の本体ではないからだ」
そう言いつつ、ランドウ先生がじっとアスターを見る。その体の内側を見透かすように、じっと。
「妙な違和感があると思っていたが……その体、魔力の塊か? いや、微妙に違うな。詳しくは知らんが、負の感情だったか? それを押し固めて形作り、本体が動かしている……操り人形みたいなものか」
そんなランドウ先生の言葉に、俺もアスターの体を注視する。違和感があると思っていたが、どうやら生身の肉体ではないらしい。
(だから動きが雑だったのか……)
身体能力は高くとも、動き自体は雑。それもこれも、テレビゲームでキャラクターをコントローラーで動かすように、何かしらの操作を間に挟んでいるからだろう。
俺がそう納得していると、ランドウ先生が薄く、酷薄に笑いながら言う。
「そんなに余裕なままでいいのか? ――お前の前にいるのは天敵だぞ」
「っ!?」
ここにきてようやく己が死地にいると悟ったのか、アスターが地面を蹴ってランドウ先生から距離を取ろうとする。だが、既に遅い。そこはランドウ先生の間合いの中だ。
俺が止める間もなく、ランドウ先生の刀が閃く。秒を刻む間に幾度の刃が繰り出されたのか、アスターの体が細切れへと変貌する。
だが、一体どのような技術なのか。ランドウ先生が切断した左腕が動き、同じく切断されていた右腕を掴んで大きく遠投する。そして瞬時に鳥に――ハヤブサのような外見の鳥に変化したかと思うと、瞬く間にこの場からの離脱をはかった。
(逃がすかっ!)
それよりも先に、俺は『一の払い』を繰り出す。相手が魔力か負の感情の塊だというなら、『一の払い』で斬れるはずなのだ。
同じことを考えたのか、ランドウ先生も『一の払い』で斬撃を飛ばす。それによってハヤブサの翼が切断され、地面へと落下してくる。
しかし、本体は捉え切れなかったのだろう。切断された場所から再び翼を生やしたかと思うと、勢いよく羽ばたいてあっという間に飛び去っていく。
(……くそ……逃がしたか……)
追うには速すぎる。キュラスを使って追おうにも、その頃にはもう、遠くへ逃げているだろう。そう判断した俺は、この場に残っているアスターの肉体から違和感がなくなっていることを確認してから剣を収める。
「ミナト」
「は、はい」
すると、ランドウ先生から声がかかった。そのため視線を向ける……が、すぐに逸らして地面を見る。直視するのが怖かったのだ。
「次に会うことがあったら確実に殺せ。いいな?」
「……はい」
そんな師匠命令に対し、俺ができたのは素直に頷くことだけだった。




