第326話:二年目の文化祭 その1
「今年の文化祭は国王陛下だけでなく、希望する各地の貴族が来る……?」
「ええ。そうよ」
文化祭を目前とした平日の深夜。
手紙で呼び出された俺はいつものことだと図書館に足を運び、オリヴィアにそんな話を聞かされていた。
武闘祭と同じく文化祭も王都の民や貴族が学園を訪れるが、今年は国王陛下だけでなく、各地の領主貴族も学園を訪れるらしい。
「元々、数年前からそういう希望を王城に出して竜騎士を借りる貴族がいたんだけどね。今年はその人数が多くなりそうなのよ」
「それはまた……理由は?」
「『魔王』の発生に備えて……というのが大きな理由かしら」
図書館の一番奥にある休憩スペースにて、椅子に腰を掛けたオリヴィアが僅かな憂いを込めて言う。それを聞いた俺は、ああ、と納得した。
「思い出作り……いや、思い出を振り返るために、ですか」
「そういうことね。貴族にとって、この学園での三年間は楽しいものであることが多いわ。そうした楽しい頃の思い出を振り返り、『魔王』の発生に備えて尽力する……といった形ね」
混乱を招かないよう市井の民には伏せられているが、予想では『魔王』の発生まで残り一年と半年を切っている。
徐々に迫ってきているタイムリミットを前に、かつての楽しかった頃の記憶を振り返ることで気合いを入れ直すのが目的らしい。人間、大切なものを守るためなら普段以上の力を発揮するからだ。そのためにも大切な思い出を振り返っておきたい貴族が多いのだろう。
(青春時代を送った母校だもんな……そりゃあ世界が滅ぶかもしれないってなれば一目見ておきたいか)
王都近郊に領地を持つ貴族なら、少し遠出をすれば見に来ることができる。だが、サンデューク辺境伯家のように遠方に領地を持つ者はそうではない。軍役で王都に来るだけでも二十日以上の時間をかける必要があるのだ。
そこで王城にお願いをして竜騎士を派遣してもらうらしい。王家としても、心置きなく『魔王』対策に邁進するためとなれば否やはないだろう。
去年も学園内を懐かしみながら歩く来訪者の姿をちらほらと見かけたが、今年はそれに輪をかけて来訪者が増えるというのがオリヴィアの話だった。
「なるほど……しかし、なんでまたそんな話を俺に?」
話はわかった。だが、何故俺に話をしたのかがわからない。来訪した貴族の折衝なんかは教師や使用人が行うため、俺に関係があるとすればレオンさんやローラさんが学園に来た場合ぐらいだろう。
(その場合、コハクとカトレア先輩の件とか……あとはモモカが入学早々ジェイド先輩をぶっ飛ばしたこととか……その影響で何故かモモカがモテてるってことも直接伝えないといけないのか)
コハクの件は良いとして、モモカの件は伝えても良いのだろうか? レオンさんやローラさん、その場で卒倒しない? 貴族令嬢が拳で語った結果、相手に惚れられましたとか伝えたら俺の正気を疑われないかな? 一応、手紙で報せてはいるけどさ。
(あとはまあ、カリンを紹介して、スグリを錬金術師として雇うことを話すぐらいか……レオンさん達が来れば、だけどさ)
カリンを紹介するのは良いとして、スグリは直に会わせた方が良いのだろうか。レオンさんの眼力にかかれば俺達の少々複雑な関係も見抜かれそうだが。
そんなことを考えつつ、オリヴィアの返答を待つ。何やら考え込んでいる様子で、未だに返答がなかったのだ。
「……確率としては低いのだけど、『魔王の影』が入り込んでくる危険性を考慮しているわ」
「入り込んでくるとなると……アスターですか」
「ええ、その通りよ」
『魔王の影』の一人、アスター。
性別可変にして外見も可変、『花コン』では俺を殺して外見を真似て学園に潜り込むこともあり、人類へのスパイ行動を行う『魔王の影』の中の諜報担当みたいな存在だ。
他の『魔王の影』と異なり、人間社会に潜り込める程度には人間らしい性格をしていたはずである。それも愉快犯というか、思わぬことを仕出かすタイプだ。
(親しい人間に化けたのなら気付けるだろうけど、外から来る誰かに化けられたら見抜くのが難しいぞ……初対面の相手だとほぼアウトか)
さすがにバリスシアのように強者の気配を垂れ流しにしているわけもないだろうし、友人知人以外に化けられたら見抜きようがないだろう。見抜くための口調や性格などを知らなければどうしようもないのだ。
「アスターについて、あなたが知っていることは何かしら?」
「『魔王の影』の一人で、性別や年齢を問わず人間に化けられることです。ただ、化けたとしてもアスター本人の演技力次第なところがあるので、親しい人間に化けられても気付けると思います。あと、『魔王の影』の中では弱いはずですが……」
『花コン』でミナトに化けた時も、アスターなりに辺境伯家の嫡男として偉そうな貴族のお坊ちゃんらしい演技をした結果、周囲におかしいと思われたのだ。
なお、その際の態度が本物のミナトと比べれば立派だったため、ミナトを見限るはずのナズナでさえミナトが更生した、心を入れ替えたのだ、と喜ぶシーンがあったりする。
そんなわけで、あくまでアスターがどう演じるかによって見分けやすさが異なると言えるだろう。あとは『魔王の影』は『召喚器』を発現できないため、怪しいと思えば『召喚器』を発現してもらうのが手っ取り早い判別方法だが――。
(『花コン』のメインキャラを見ていると勘違いしそうになるけど、『召喚器』を発現できる人間の方が圧倒的に少ないんだよな……『召喚器』を発現できないって言われたらそれで終わっちまうか)
貴族だと『召喚器』を発現できる者が多いが、平民の場合は『召喚器』を発現する練習のための時間を確保する余裕がなく、兵士や冒険者などの荒事に携わる者でもないと率先して練習はしない。
そのため面識がない平民に化けられるとお手上げだ。そして文化祭は王都の民が大勢やってくるイベントのため、その中からアスターを見抜くのは困難極まりないだろう。
金属探知機みたいに『魔王の影』を探知するアイテムがあれば良いのだが、さすがにそんな都合の良い物は錬金術でも作れなかった。
「学園にはわたしもいるし、向こうも避けると思うのだけど……北の大規模ダンジョンを破壊したメンバーの偵察に来るんじゃないか、と危惧しているの」
「自分で言うのもなんですが、人類側の主力の一つみたいなものですからね。確認できる機会があるなら見に来ますか」
そしてあわよくば暗殺して成り代わる可能性もある。いや、成り代わってもバレる可能性があるし、暗殺がメインかな?
(北の大規模ダンジョンに挑んだメンバーなら、油断さえしなければ大丈夫だと思うが……)
俺、透輝、モリオン、ナズナ、メリア、リリィと、戦闘に長けたメンバーばかりだ。そうなると、長期戦を見越して学生の誰かに成り代わり、時間をかけてこちらの隙を窺う可能性も否定できない。
「……厄介ですね。誰かに化けているかもしれないって頭に過ぎるだけで、こちらの行動が制限されます」
「考えすぎても疲れるだけだものね。ただ、あなたが言った通り他の『魔王の影』と比べると弱いわ。それでも並の兵士よりは遥かに強いのだけど、学園内で正体が露見すれば簡単に始末できるでしょう。だから、向こうも偵察だけで大っぴらに行動することはないと思うの」
「今の学園ならオリヴィアさんだけでなく、ランドウ先生もいますからね……」
俺達北の大規模ダンジョンに挑んだメンバーもいるが、ランドウ先生の存在が頼もしすぎる。アスターもうっかりランドウ先生に化けようとして手を出し、自爆してくれないだろうか?
「あなたには北の大規模ダンジョンに挑んだメンバーへの情報共有と、ランドウ=スギイシへの協力要請をお願いしたいの」
「俺達は油断しないように。ランドウ先生は……どんな状況でも不意打ちなんて通じない人ですけど、文化祭の日は普段以上に周囲を警戒してもらいますか」
ランドウ先生ならたとえアスターが民間人に化けていたとしても、一発で気配を見抜いて一刀両断にしてくれるだろうという信頼がある。
(ま、向こうからすれば王都や学園周辺はオレア教のお膝元だ。迂闊な真似はしないだろうな)
オリヴィアさんの今回の話も、あくまで可能性があるって段階だ。不特定多数の人間が学園に来るから、警戒はしておくようにって話である。
(そういえば、王城の上層部にアスターが潜んでいる可能性もあったんだっけか……その辺りはどうなってるんだろうな)
以前、国王陛下を直接通した依頼では何も起きず、王城の上層部を通した依頼ではダンジョンの発生に巻き込まれるというアクシデントがあった。
それに加え、バリスシアに俺のことを知られていたことから、情報を収集して『魔王の影』に流している存在――おそらくはアスターが王城に潜んでいるのだろう、という推測を立てたことがある。
その辺りの情報をオリヴィアに直接確認してはいない。この国の上層部を疑うことになるし、仮に放置しているのだとすればそこに何らかの意図があるはずだからだ。
「何か気になることでもあるの?」
俺の視線の動きから疑問を察したのだろう。オリヴィアが不思議そうにしながら聞いてくる。
「ああ、いえ……王都の民ではなく、来賓に化けられたらどうしようか、と思いましてね」
曖昧に濁し、遠回りに危惧を伝える。するとオリヴィアはすぐにこちらの意図に気付いたのか、苦笑を浮かべた。
「目星をつけていた貴族が数人いたのだけど、どうやらすり替わったのは一時的だったみたいでね。情報だけ抜かれた形になるわ」
「ということは、以前の依頼の件は偶然……いや、抜いた情報によっては可能ですか。他人に化けられるというのは本当に厄介ですね」
おそらくは情報収集に徹していたのだろう。バレる前に情報を集め、すぐさま撤収したらしい。それでもこうしてオリヴィアに捕捉されている辺り、何かしらの落ち度があったのだと思われた。
(王城まで『魔王の影』に侵入されているっていうのは恐ろしい話なんだが……向こうの目的は『魔王』の発生だ。『花コン』でもそれぞれの役割に徹していただけで、タイムリミットまでの暇潰しみたいなもんではあったが……)
なりふり構わないのなら、王都のど真ん中に行って最上級魔法を撃てばそれだけで負の感情が爆発的に増えるだろう。だが、『魔王の影』はそれをしない。寿命がないから急ぐ必要がないのだ。
それなのに時折大事件を起こしては人類に打撃を与えてくることもあるため、非常に厄介だし油断はできないのだが。
「ひとまず、アスターについては了解しました。こちらでもしっかりと警戒しておきます」
あくまで可能性の段階だが、北の大規模ダンジョンを破壊した俺達が気になり、敵情視察に来るかもしれないというのは真っ当な予想だろう。
俺はオリヴィアに対して一礼すると、この場を後にする――前に、何故か止められる。
「まだリリィは起きているわよ。少しで良いから顔を見ていってあげなさい」
「…………」
なんでそんなことを把握しているんだろう、なんて疑問が浮かんだが、それには触れずに頷きだけ返す俺だった。




