第325話:いつの間に その4
カリンと話をしながら、廊下を歩く。
放課後になって生徒会室がある学術棟に来る生徒はほとんどおらず、二人きりでのんびりと廊下を進んでいく。
カリンから考えていることを聞き、肩の荷が下りた気分だ。そして下りた分に加え、カリンの気持ちを込めて更に荷物が両肩に乗ってきたが……まあ、嫌な重さではない。俺を押し留めるための重りなのだから。
「しかし、俺ってカリンからはそんなにフラフラしているように見えるのか?」
「フラフラしているわけではありません。ただ、足元が覚束ない素振りを見せて異性を引き付けているような……そんな感じです」
「性質が悪くないか、それ……」
え? 俺ってそんなことをしているのか? マジで?
「先ほどもそうでしたが、普段は凄腕の剣士なのにふとした拍子に弱いところを見せてきて……狙ってやっているわけではないのですよね?」
「いや、そんなことは……」
ないよ、と言うが声が小さくなってしまう。こういうのって、自覚なしでやっている可能性が高いからだ。そのため自然と自信がなさそうな反応になってしまう。
「んんっ……まあ、なんだ。とにかく、君の気持ちはわかった。俺にはもったいないぐらい、頼もしい婚約者候補だ」
俺はカリンからの追及から逃げるように、咳払いをしてそんなことを言う。スグリのことは理解できたが、せっかくの機会だし、他にも聞きたいことがあったのだ。
「ただ、スグリのことを話した直後にこれを聞くのはデリカシーがないとわかっているんだが、せっかくの機会だ。聞かせてほしい……ナズナについて、だが」
「…………」
俺がナズナのことを口に出すと、カリンからはにっこりと笑顔が返ってきた。ただ、無言である。ちょっと怖い。
「ナズナさんが……どうかされましたか?」
「うん……どうかしたというか、俺の目から見るとあまり仲が良いようには見えなくてね」
これをカリン本人に尋ねるのはデリカシーの欠片もない行為だとわかってはいるが、爆弾は威力が小さい内に爆発させた方が良い。不満を溜め込んで爆弾が巨大化した後に爆発させると、被害がどうなることか。
俺の問いかけに対し、カリンは数秒沈黙する。そして、はぁ、と小さくため息を吐いた。
「スグリさんのことを許容すると言った直後にこれを言うのは狭量だとわかってはいるのですが……ナズナさんとスグリさんでは立場が違いますから」
その一言で、俺はおおよその事情を察する。
立場が違う――スグリは優れた錬金術師だが、あくまで平民だ。しかし、ナズナは陪臣とはいえ子爵家の娘である。それも、サンデューク辺境伯家にとって重臣にして寵臣である、パストリス子爵家の娘だ。
言い方を変えるなら、俺の乳兄弟で、幼馴染みで、腹心である。恋愛感情を抜きにした距離感でいえば、カリンよりも遥かに近い立場だ。俺にとってもコハクやモモカに近い、妹みたいな存在である。
将来的なことを考えるなら、俺の乳兄弟として重臣となる立場でもあった。正確に言えば騎士団長となるゲラルドとは別の、私的な立場で頼る家臣がナズナである。たとえばアンヌさんのように、俺の子どもの乳母にもなれるような立場なのだ。
そんなナズナの立場的に、俺に嫁ぐ予定のカリンは親しくした方が良いと考えるんだが――。
「ナズナさんはわたしと違って、ミナト様が危険な場所に赴く際も傍にいることができます。それが羨ましくて……妬ましいのです」
そう言って、俺に対して弱味をさらすカリン。
ナズナのことを悪く言っているのではない。むしろ逆で、自分にはできないことができるナズナに対する羨望が滲んだ声だった。
そしてそれはきっと、ナズナも同じ気持ちなのだろう。だからこそ二人は反発し、顔を合わせる度に口喧嘩みたいなことをしている。
(それはそれで仲が良いと言えるのかもしれないが……口には出せんな)
喧嘩するほど仲が良い、なんて言葉もあるが、当人にとってはそこまで前向きには捉えられないと思う。
俺がそんなことを考えていると、カリンからじとっとした目を向けられた。
「ミナト様のことを信じていますが、婚約者候補が異性に人気だと気が気ではないということをご理解ください」
「人気、かなぁ……」
カリンの言葉に思わず呟いてしまう。たしかに先日も技術科のティナに告白されたし、『花コン』のメインヒロイン、サブヒロインともそれなりに親しいが。
(親しいって言えるのは、カリンにスグリ、ナズナと……あとはメリア? リリィはさすがに除外するとして……カトレア先輩やエリカも仲は良いけどなんか違うし、アイリスは向こうから距離を感じるしなぁ)
俺は脳内にそれぞれの顔を思い浮かべていく。以前、メリアと『契約』を結んだ後にカリンが言っていた三人……おそらくはこの三人だろう、という面子の顔が特に思い浮かんだ。
すなわち、スグリとナズナ、メリアの三人である。
その内、メリアは『契約』の関係もあって親しくしている面がある。スグリに関しては先ほど話した通り、カリンも取り込む方向だ。
だが、ナズナに関しては何とも言えない。カリンもナズナに対して認めているようで、嫉妬しているような、複雑な思いがあるみたいだし。
(ただ、それはそれで俺のことを信じてもらえていないみたいで少しショックかな……)
悪いのは俺自身だとわかっているが、思わずそんなことを考えてしまう。
メリアと『契約』を結んだ際も、誤解されたくないからと『魔王』や『魔王の影』に関する情報込みで説明した。それはカリンに誤解され、仲がこじれるのを嫌ったからだ。
それでも、あの時は透輝との訓練に逃げたが、今日ばかりは逃げるわけにもいかない。ここまで話しておいて放置するのはただの馬鹿だろう。前回逃げた時点で馬鹿と言われればそうだが。
「あー……ナズナに関しては、俺の正妻になれる立場だから警戒している。この認識で間違っていないか?」
俺は覚悟を決め、直球で尋ねた。するとカリンはスカートの裾を握り締め、俯いてしまう。
「……はい。醜い嫉妬だと笑ってください」
「いや、君にそう思わせている俺が笑えるはずないだろ」
たしかにナズナは俺の正妻になれる可能性がある。そう、あくまで可能性があるってだけだ。
陪臣とはいえ子爵家の娘で相応に教育を受けているが、その内容は俺の従者としての立ち居振る舞いがメインだ。そして、従者としては一度失格の烙印を捺されて実家に戻され、再教育を受けた身でもある。
今では『花コン』と違い、俺を守るべく盾の『召喚器』を発現したその姿勢を評価され、傍付きとして完全に復帰しているが……多分、ナズナの父親であるウィリアムでさえ俺の正妻にどうこうってのは考えてないと思う。
自分で言うのもなんだが、『王国北部ダンジョン異常成長事件』をはじめとして様々な功績を挙げた俺の正妻として、陪臣の娘では釣り合いが取れないからだ。
これで俺の方から熱烈にナズナを求めているだとか、そういった事情があれば話は別だったが……あくまで乳兄弟で、俺からすると戦闘で頼りになる妹分だ。もちろん、大切かどうかを聞かれたら大切だと答える存在である。
ただし、ナズナから俺に対してどんな感情を抱いているかは――。
(ナズナが自覚しているかは別として、そういうことだよなぁ……)
俺としては反応に困る部分があるし、性別が違うから例に出すのは間違っているかもしれないが、仮にナズナがモリオンみたいなスタンスならカリンとも衝突しなかっただろう。
なんでああなったのかいまいち理解しかねるところもあるが、モリオンから向けられる忠誠心とナズナから向けられる忠誠心にはいくらかの差がある。
それが性別の差、幼馴染みとしての立場の差と言われればそれまでなのだが、それだけでは済まない感情が込められているのをヒシヒシと感じるのだ。
(メリアみたいに、何を考えているのかいまいちわからないタイプも困るけどな)
好意を持ち、なおかつ幼い頃から一緒にいることで気心が知れた仲であるナズナの扱いもそうだが、好意的ではあると思うが行動が謎なメリアみたいな子も困る。
そしてそうやって周囲に異性の影がある俺を見て、カリンもなんだかんだで嫉妬している、と。
(ナズナもメリアも頼りにする仲間だし、距離を取るわけにも……弁えた態度を取るにしても、向こうから距離を詰めてくるし……)
特に、メリアに関しては『契約』やリリィのこともある。ただ、カリンの口ぶりから判断するに、メリアについては許容している節があった。
そうなると問題はナズナだけになるのだが。
「ミナト様の仲間で、護衛で、従者でもある……それは理解しています。ですが、婚約者候補がいるわけでもない異性があなたの傍にいる……そのことに嫉妬してしまうのです」
それは遠回しにナズナに婚約者候補を見付けろということだろうか。主君として家臣に見合う相手を見繕うのはたしかにおかしなことではないが……。
(『魔王』がどうにかできるまで、と逃げてきたツケが回ってきたか? いや、その辺を支えてくれるって言っていたカリンから見ても、さすがに我慢ができない状況だったって話かもしれんが)
俺のことを支えるとは言ったが、その手の問題の対処に関しては自分で行うべきだろう。これまでやっていたように、仲良くするためにお茶会をやるといったようなことは継続してほしいところだが。
「……すまない、としか言えない。君の言う通り、ナズナは護衛として非常に優秀だし、頼りにしているんだ」
「はい……わかっています。わたしのワガママだということも、全部、わかっています」
わかってはいても納得は別ということなのだろう。申し訳なさそうにしているカリンに対し、俺としてもそれ以上のことは言えない。
(実際に結婚すればその辺りの不安も晴れるのかもしれないが……それは先の話だし、『魔王』をどうにかしないことにはな……)
『魔王』を言い訳にするわけではないが、どうにかしなければ世界が滅ぶ以上、そちらを優先するしかない。
器用に振る舞える人間なら『魔王』をどうにかしつつカリンの不安も拭えるのだろうが、今の俺には難しい。前世の記憶はあるが、男女関係においてそこまで器用ではないのだ。特に、貴族同士の恋愛は惚れた腫れただけで片付かないから尚更である。
(カリンが言う通り、重しになってもらうのは悪いことじゃない……ただ、別ルートの俺みたいになる可能性もゼロじゃないんだよな)
そう考えると、カリンとの関係を今まで以上に深めるのは戸惑われる。絶対に死なない、絶対にカリンの元へ戻ってくるとは、断言もできない。
だが、それでもだ。
「カリン……俺の婚約者候補は君だけで、君の婚約者候補も俺だけだ。こう言っては信じてもらえないかもしれないが、俺は君が思う以上に君のことを大切に思っている。それだけは信じてほしい」
「ミナト様……はい。信じています」
今、伝えるべきことは伝えて。
人気のない廊下を二人で並んで歩いていくのだった。




