第324話:いつの間に その3
スグリと将来に関する話を行い、錬金工房を辞した俺は精神的な疲労を抱えながら廊下を歩いていく。
正直なところ、何かが明確に変わったわけではない。俺とスグリの関係は今まで通りだし、スグリが卒業後にサンデューク辺境伯家に錬金術師として就職する……俺に仕える錬金術師になると宣言したぐらいだ。
あとは明確に、スグリの口から好意を告げられたことぐらいで――。
「ミナト様」
「……カリン」
廊下を歩いていくと、まるで待っていたかのようにカリンが姿を見せた。腰まで伸びる深紅の髪を揺らし、僅かに首を傾げてこちらをじっと、覗き込むようにして見てくる。
「スグリさんとのお話、どうでしたか?」
「……君が事前に話をしていたおかげでスムーズにまとまったよ。感謝する」
とりあえず連れ立って歩き出し、ひとまずそう口にする。言葉にした通り、カリンが事前に色々と話をして骨を折ってくれたのは感謝するべき点だからだ。
(事前に教えておいてくれなかったのは……もう少し構ってほしいっていうカリンなりのサインなのかね)
『花コン』のようにゲームじゃないんだ。不満に思うことがあれば自分で考えて行動するし、こちらを驚かせるような手を打ってくることもある。
それを不満に思うかは人それぞれだろうが、カリンも俺との将来を考えての行動だろう。俺としても驚きはあっても不満はなかった。
俺がそんなことを考えていると、カリンから向けられる視線の質が変わる。どことなく不安そうな、窺うような視線だ。
「その……怒っていらっしゃいますか? わたしなりにスグリさんの受け入れについて、手を尽くしたのですが……」
「怒ることがあるとすれば、それは俺自身についてだろうなぁ……」
カリンの言葉に苦笑して答える。スグリからの好意には気付いていても、その他の感情に関しては気付かなかった。正確にいえば、好意に混ざっていて読み切れなかったというべきか。
「カリン……こんなことを君に聞く俺の弱さを許してくれ。俺は、スグリの気持ちを聞いて、貴族としてそれを利用しようとは思わなかった……いや、思えなかったんだ。間違っていると思うか?」
俺は苦笑を浮かべ、そんな弱音を吐く。相手がカリンだからというのもあるだろう。自分の弱いところを晒して、尋ねていた。
「はい。貴族としては間違いでしょうね」
すると、カリンはそれを断ずる。貴族として間違いだと、迷いなく言った。
「ただ、ミナト様を知る身としては、それが正解だったんだと思います」
そして、重ねてそう言う。それを聞いた俺は思わず首を傾げてしまった。
「……正解か?」
「わたしが知るミナト様なら、そうすると思いましたから」
カリンは断言する。俺なら貴族として情を利用し、情で縛るようなことはしないと――。
(……いや、本当か? 結果的に見れば、俺はスグリを情で縛ってるような……)
つまり、情で縛ると思っていたってことだろうか。それも、結果だけを見れば雁字搦めに縛り上げてしまったような気が……。
俺はスグリの将来を案じ、別の道を探すべきだと提示した。スグリは俺の話を聞いた上で、それでもと選択した。好意を抱きながらも、錬金術師として俺に仕えると言ったのだ。
スグリのことを気遣ったようでいて、しっかりと話をすることで逆に情で縛り上げた気がしてきた。カリンもそれを見越しての発言だろうか。
「何か誤解があるようですが……」
そうやって内心で慌てる俺を見てどう思ったのか、カリンが苦笑しながら言う。
「ミナト様のことですから、サンデューク辺境伯家に仕えた場合のデメリットもしっかりと提示されたのでしょう? 家族に会えなくなるとか、王都に戻るのも一苦労だとか、周りに知り合いがほとんどいない生活になるとか……」
(え? まさか聞いてた?)
カリンの話を聞いて俺は戦慄する。錬金工房の扉はきちんと閉めていたし、錬金術を扱う関係上、防音はしっかりしているのだ。一応、扉をノックする音や扉越しに会話できる程度には音も漏れるが……。
「それでもスグリさんはミナト様に仕えることを選んだ……違いますか?」
「違わないが……」
何故そこまでわかるのか。スグリとお茶会をしていたというし、そこでスグリの為人を見抜き、俺との会話でこうなると予想したのか。俺の性格なんかもカリンなら見抜いているだろうし。
「わかりますよ。だって、わたしがスグリさんの立場なら同じことをしますから」
「…………」
カリンの返答に思わず沈黙してしまう。だって、そうだろう? スグリの立場なら同じことをする――それはつまり、スグリと同じで俺に好意を持っているという告白なのだから。
(言葉に出さないだけで、感じ取ってはいたけどさ……)
もちろん、カリンの場合はスグリと違って演技の可能性もあった。表情や感情を偽り、本音とは別のことを口にするなど貴族にとっては朝飯前。練度の差こそあれど、できて当然の技能の一つなのだ。
だが、カリンから向けられる感情は、その慕情は本物だと思っている。いや、ある意味愛情なのかもしれない。恋ではなく結婚してから愛を育む貴族令嬢らしい、深い感情なのかもしれない。
(『花コン』でもカリンはそういう性格だったし、この世界のカリンも同じ……別ルートの俺が出会ったカリンは色々あって攻撃的な性格だったみたいだが……)
『花コン』でのカリンはプレイヤーから『女帝』と呼ばれるぐらい苛烈で貴族然とした少女だ。特に、ミナトの婚約者候補として権謀術数をこなし、ミナトを追い落として破滅させる側面もある。
しかし、ゲームの主人公に対しては個別ルートに入ると不器用ながらも甘え、可愛らしいところを見せてくれる、ただの少女でもあった。
そして本来の性格がそちらではないか……俺が良く知る今のカリンによく似たものであり、貴族然とした態度はあくまで後付けの仮面ではないか、と推測するプレイヤーもいた。
(自分で言うのもなんだけど、カリンとは上手くやってきた……と、思う。俺もカリンのことは嫌いじゃない……むしろ好きだし、カリンもそうだと思ってはいたが……)
先ほど言葉を交わしたスグリと同じことをする、と言われればさすがに動揺する。いくら貴族が感情を偽るのが上手とはいえ、そこまで想われているとは思わなかったのだ。やっぱり俺の目は節穴なのかもしれない。
そんな節穴の目だが、カリンをじっと見つめると頬を桜色に染めながら見つめ返してくる。恥ずかしそうに唇を引き結び、俺の反応を待つように胸元で右手をぎゅっと握り締めた。
カリンから好意を向けられることに関しては、立場上なんの問題もない。むしろ『花コン』みたいに謀殺される可能性が消滅して喜ばしい限りだ。
透輝のグランドエンドももう無理だろうし、婚約者候補と仲良くできるのは俺としても心が休まる話である。
「カリン……」
俺は何かを言おうとして、結局その名前を呼ぶに留めた。するとカリンは肩を震わせ、照れ臭そうに頬を指で掻く。
「あ……はは……その、直接言葉にしたわけでもないのに、恥ずかしい、ですね……照れちゃいます」
そう言いつつも、どこか嬉しそうにはにかむカリンの表情に演技の色はない。心から、本音として嬉しさと照れ臭さを言葉と表情に乗せている。
好意を示されている。その事実は喜ばしい――のだが。
(それならスグリの件は……?)
スグリがサンデューク辺境伯家にとって有用な技術を持っているから、目を瞑るということなのか。それともスグリが俺に好意を示したとしても負けないと、自分が勝つから気にしないという自信の表れなのか。
その点が気になってしまい、素直に喜べない俺がいた。そしてそれはカリンにも伝わったのだろう。カリンは顔をパタパタと手で仰ぎ、顔色を落ち着けてから口を開く。まあ、実際には顔が赤いままだったが。
「スグリさんの件……ですね。ミナト様のことですから、わたしに気を遣ってくださるのはわかっていました。その上で、スグリさんはサンデューク辺境伯家に引き入れるべきだと判断しました」
「……その理由を聞いてもいいかい?」
「もちろんです。貴族として、そしてわたし個人として。理由は二つあります」
そう言って指を二本立てるカリン。
「まず一つ、貴族としてですが……スグリさんの錬金術師としての才能と実力が、そうさせるに足る水準にあるからです。わたしも侯爵家の娘として錬金術師を幾人も見てきましたが、スグリさんは群を抜いています。十年に一人、いえ、百年に一人生まれるかどうかの才能でしょう」
それは、実に正当なスグリへの評価だった。『花コン』云々を抜きにしてもわかるぐらい突出した錬金術の才能があり、実力も才能に見合ったレベルで磨かれつつあるとカリンは言う。
「あれほどの才能の持ち主が、向こうの方から雇ってほしいという態度を見せているのです。雇わないのは貴族ではありません」
「……うん、そうだな」
俺にとって耳が痛い話だった。結果的に良い方向へ転んだが、スグリのことを慮った結果、俺は貴族失格の選択をしたという自覚がある。だからこそ、カリンの言葉に素直に頷く。
「もう一つはわたし個人としての理由です。ミナト様……あなたに重しが必要だと思ったからです」
「俺に、重し? それってカリン個人の理由じゃないような……」
「いえ、わたし個人としての理由です。だって、わたしにとって大切な人にかかわるのですから」
これ以上ないほど真剣な眼差しをしながらカリンは断言する。それが必要なのだと、俺に訴えかける。
「『王国東部の若き英雄』……そう呼ばれるに足る、様々なことを成し遂げてきたではないですか。そして、これからも『魔王』に関して色々と危険なことをするのでしょう? でも、そんなミナト様のことを、わたしは手助けすることができません」
そこまで言って、カリンは目を伏せる。言葉にした通り、手助けできないことを悔いるように。
「それなら、ミナト様が帰ってくるための場所で在ろうと……そう、思っています。ですが、帰ってくるための理由は一つである必要はないとも……そう思ったんです」
「……だからスグリのことを許容すると?」
「はい」
再度、カリンは断言する。そしてそれは、徹頭徹尾俺のためを思っての言葉だった。
カリンからすれば、俺は学生の癖にあちらこちらの危険に飛び込む危なっかしい婚約者候補だろう。だが、それを止めず、咎めず、むしろ支えようとしてくれている。カリンが自分にできることとして、それを望んでくれている。
これから先、俺が窮地に陥ったとして。その窮地から生きて帰ってくるための原動力になりたいのだとカリンは言っているのだ。そして、そのためならスグリのことも許容する。
カリンは俺の目を真っすぐに見ながら、そう言った。しかし不意にその表情を崩し、悪戯っぽく笑う。
「でも、英雄色を好むと言いますが、ほどほどでお願いしますね? わたし、それなりに飲み込める方だとは思いますが……嫉妬もしちゃうんですから」
どこまでがカリンの本音か、冗談か。あるいは全てが本音なのか。他にも何か、思っていることがあるのかもしれない。最終的に自分が勝つという自信があってのことかもしれない。
それでも。
「――俺は良い婚約者候補に恵まれたよ」
冗談やからかいの言葉でなく、本音として。
俺は心からそう思った。




