第323話:いつの間に その2
スグリの様子から、何かがおかしいと察した俺は探り探り、不審に思われないよう話術を行使して情報を収集した。
その結果、なのだが。
「その、カリン様から、たまにお茶会に誘われてて……ミナト様のところで働く気はあるのか、とお話を受けてまして……」
はにかむように答えるスグリの態度が、答えだった。どうやらカリンが前もって色々と話を通していたらしい。
あくまで働く気があるかを確認する程度で、本当に雇うかどうかは俺の方から切り出すだろう、という信頼の名を借りたキラーパスだったわけだが。
「か、カリン様、すごいですよね……お貴族様なのに、わたしみたいな平民相手でも気さくな方で……その、すごく、すごいと思います」
そう言って紅茶を飲むスグリだが、どうやらカリンに対する印象は良いらしい。
(カリン……)
俺は思わず心中でその名前を呟いてしまう。たしかに、以前スグリとは仲良くできそうみたいなことを言っていたが、実行に移していたようだ。
(カリンからすれば、将来嫁ぐことになる家で雇えそうな非常に優秀な錬金術師……そりゃあ唾もつけるわな……むしろ俺の動きが遅すぎたわけで……)
カリンの目から見たら、何故俺がここまで消極的なのかと不思議に映っただろう。それでも俺に対して何も言わなかった。しかしさすがにおかしいと思い、今回話を振ってきたんだと思う。
(俺が女性を勧誘することについて、何も思わなかったんだろうか……いや、思った上で、サンデューク辺境伯家にとって利益になるからと飲み込んだ、か?)
この点に関しては、むしろ俺の方が気にしすぎているだけなのかもしれない。たしかにスグリとは親しくしているが、男女の関係でもないし――。
(カリンから見たらそうだよな……俺も何も知らなければ……)
俺の脳裏に過ぎったのは、本の『召喚器』に描かれたスグリの十ページ目の絵だ。
この錬金工房で眠ってしまった際、俺を膝枕し、髪で隠れているため実行したか未遂かはわからないがキスをしてきたことを知らなければ、俺も気軽にスグリを勧誘していただろう。
その辺り、一番手っ取り早いのは俺の『召喚器』の能力を説明し、本当にキスをしたか尋ねることだ。だが、仮に肯定されるとそれはそれでまずい。俺は婚約者候補がいる身で、肯定されてしまえばカリンがスグリを罰する理由を得てしまう。
それはある意味当然の権利ではある――あるが、俺が口を閉ざしていれば避けられる未来でもあった。
ただ、カリンはカリンでスグリが俺に対して好意を持っているとわかった上で勧誘している節があるし、その辺りの事情が明るみになっても飲み込んで勧誘を続行しそうである。
(そのあたり、『魔王』を『消滅』させるか長期間の『封印』ができていれば、負の感情の発生もそこまで気にしなくていいかもしれんが……)
この世界では基本的に一夫一妻である。
ただ、王国法では別に禁じていないし、オレア教の教義でも負の感情の発生を防げるのなら問題はないとされているが、一夫多妻だろうと一妻多夫だろうと、負の感情が発生しないなら好きにして良いのだ。
では、実際に一夫多妻や一妻多夫の者がいるかというと、滅多にいない。それが答えである。
辺境伯という、貴族として大身であるレオンさんでさえ妻であるローラさん一筋だ。いやまあ、俺が知らないだけで実は別に愛人がいました、なんてオチもあるかもしれないけど、俺が知る限りはローラさん一筋である。
つまり、スグリにどれだけ好意を持たれたとしても、俺は個人的感情を抜きにして貴族としてその想いに応えられない。カリンもその辺りのことはわかっているはずなのだが――。
(俺がスグリの想いを受け入れないとわかった上での行動か? それとも受け入れても問題ないって判断か? どっちだ……それとも別の目的が……)
スグリと話をするべきだとカリンは言ったが、この分ではカリンとも腰を据えて話をする必要があるだろう。そう考えた俺は、スグリに気付かれないようそっとため息を吐く。
(いや……それもこれも、俺が好き勝手に行動しているのが原因か……)
もっとカリンと向き合う時間を作っていたら、事前に気付けたかもしれない。
俺なりにカリンと過ごす時間を作っていたつもりだが、世間一般の仲が良い婚約者候補同士と比べれば一緒にいる時間が少なかっただろう。ただ、訓練する時間などを考えると、絞り出せる時間にも限りがあるわけで。
(言い訳だな、うん……もっとカリンを大切にしよう……)
スグリの前で考えることではないが、そんなことを決意をした。そしてそれはそれとして、スグリとも話をする必要がある。
「スグリ、君がカリンからどこまで話を聞いたかはわからない……が、まあ、なんだ……君を錬金術師としてスカウトしたい、というのが」
「受けます」
「早い。待ってくれ。最後まで言わせてくれ」
思わぬ即答にちょっと待て、と右手を挙げる。いくらなんでも迷いがなさすぎでは?
「じ、事前にカリン様からも話を聞いて、その、覚悟は決めていた……つもり、です……えっと、ミナト様から見たら、頼りないかもしれないですが……」
「君が頼りなかったら、他の錬金術師はそれ以下になってしまうよ……いや、そうじゃない。まずは話を聞いてくれ。頼むから」
「は、はぁ……」
何を聞けば良いのだろうか、と言わんばかりに首を傾げるスグリ。俺としては本当に困ってしまう。
「最初に断っておくが、君をスカウトしようとしている当家だが、錬金術に関しては他家と比べて遅れている方だ」
「わ、わたしがそれを解決する、ということですねっ」
「うん、そうだね……君ならそれも可能だろうね」
おかしい、かつてないほどにスグリが強いぞ。錬金術に関してここまでの自信を持つとは、一体誰の影響が……え? 俺か?
「そ、それでだ。当家が錬金術に関して遅れているのは、遺憾ながら産出される錬金術の素材が貧弱というのが大きい」
雇っている錬金術師達はみんな頑張ってくれているが、素材の質の良し悪しはどうしようもない。もちろん、スグリと比べると雇っている人達の腕は数段落ちてしまうんだが……。
「そ、それを解決するために、カリン様とご結婚される……んですよね?」
「……うん、そうだな」
カリンの実家では質の良い『魔力石』が産出されるから、それを身内価格で売ってもらい、錬金術の分野を発達させるつもりだ。そのために必要な優れた腕の錬金術師は俺の目の前にいて、期待に満ちた目でこちらを見ている。
「ほ、他の素材の質が悪いのは厳しいですが、質が良い『魔力石』が入手できるのならなんとかなる……ううん、なんとかしますっ。ひ、必要な素材はわたしが育てれば良いですし、ミナト様のお役に立てると思いますっ」
勢い込んで自らのアピールを行うスグリ。まるで就職活動の面接みたいな形になってしまったが、スグリのアピールポイントはサンデューク辺境伯家にとって非常に大きい。
(……これ、俺の葛藤を抜きにしても雇わない理由がないよな? やる気と才能と実力がある、凄腕の錬金術師が向こうから雇ってほしそうにしているんだぞ?)
むしろ、これで断ったら後々レオンさんから説教されそうだ。そう思えるぐらい、スグリはサンデューク辺境伯家への就職に前向きだ。
(それ自体は良いこと、なんだが……)
これ、俺が勝手に気負っているだけなんだろうか? スグリから向けられている感情がわかるからこそ悩んでいたが、見当違いの悩みを勝手に抱えていたんだろうか?
俺はじっと見つめてくるスグリの目を見返しつつ、必死に思考を巡らせる。長年貴族として教育を受けてきたが、その教育が信じられなくなりそうだ。それぐらい自分の目に自信が持てなくなっている。
「……ふぅ……スグリ、腹を割って話そう」
しばらく悩んだ俺は、覚悟を決めてそんな言葉を吐き出す。
このままなあなあにしてスグリの進路を決めるのは、俺にとってもスグリにとっても良くない。貴族としてはこのまま都合良く首尾を運び、スグリを当家お抱えの錬金術師にした方が良いとわかってはいるのだが。
「カリンから色々と話を聞いたようだし、俺の態度も悪かったと思う。その上で改めて聞かせてほしいんだが、本当に君は当家に仕える錬金術師になりたいのかい?」
これまでにないほど真剣に尋ねたからだろう。スグリは黙って俺の話を聞いてくれる。
「当家に来れば、ご家族とも離れ離れになる。王都に帰るのも難しくなるだろう。君の実力と才能を評価し、色々と融通を利かせたとしても数年に一度の頻度で帰ることさえ難しいと思う。それに、俺やカリンがいるとしても君は一人で当家に来ることになる。寂しさもあるだろう」
それがこの世界では普通だ、と言われればそうなのだろう。嫁ぎ先、就職先で一生を過ごす者も珍しくないのだ。そんな状況でこんなことを尋ねる俺は、相当甘いか変わり者だと思われてもおかしくない。
だが、厳しい言い方をするならその辺りの懸念を消化しないままで来られても、お互いに不幸になるだけだ。
そう考えての俺の問いかけに対し、スグリは真剣で真っすぐな瞳を向けてくる。
「……その、少し違います。わたしは、サンデューク辺境伯家に仕える錬金術師になりたいんじゃないんです」
その言葉に、少しだけ意外に思った。
「――ミナト様、わたしはあなたに仕える錬金術師になりたいんです」
だが、続いた言葉は強く、僅かにも揺らがなかった。
スグリはソファーから立ち上がったかと思うと、俺に向かって歩み寄り、『禁忌弱薬』を発現する。そして己の『召喚器』を俺に向かって差し出す。
「最初は、お母さんを助けてくれたことへの感謝と憧れでした。でも、わたしのことを褒めてくれて、わたしに錬金術の才能があるんだって認めてくれて……すごく、嬉しかったんです」
それはまるで、騎士の誓いのようだった。スグリは普段は俯いてしまう顔を上げ、一生懸命に俺を見つめてくる。
「あなたが褒めてくれるのが嬉しかった。わたしが作った道具を見て、喜んでくれるのが嬉しかった。助かったよ、役に立ったよって、いつも言ってくれるのが嬉しかった……」
前髪に隠れていた瞳は、これまでにないほど真剣だった。
「わたしの成長を喜んでくれるあなたを――いつしか好きになっていました」
顔を真っ赤にしながら、スグリが言う。決定的な言葉を、言ってしまう。
「……スグリ、俺にはカリンがいる」
「知っています」
その言葉にも、迷いはなかった。知った上での告白だとスグリは言う。
「当家に来ても、君の気持ちには応えられない」
「それでも好きです」
受け入れられないと伝えても、スグリは折れなかった。
「……スグリ、君のことは友人だと思っている。その上で言うが、俺は君の好意を利用して実家に雇い入れるような真似はしたくない。それは俺にとっても君にとっても良くないことだろう」
スグリの友人として、貴族失格の言葉を吐く。サンデューク辺境伯家にとっての利益を考えるなら、口にするべきではない言葉だ。
「違います……違うんです、ミナト様」
そんな俺の言葉に対し、スグリは首を横に振った。そしてこれまで以上に強い、決意と熱意を込めた瞳を向けてくる。
「わたしは、あなたが好きです。その上で他の何者でもない、あなたの錬金術師になりたいんです」
「スグリ……」
「ミナト様が言う通り、いつか後悔する日が来るのかもしれません。ですが、わたしの錬金術の腕と才能を見込んでくださるというのなら。わたしはあなたの下でこそ、その腕を揮いたいんです」
いつの間に、そんな感情を抱かれていたのか。単純な好意だけではなく、錬金術師としての矜持や忠誠心を混ぜ込んだような感情がスグリの瞳に宿っていた。
(……やっぱり、俺の目は節穴なのかもしれんな)
単純な好き嫌い、感情の好悪にスグリ本人の実力や才覚。それらから全てをわかった気になっていたが、返ってきた言葉と覚悟は予想を上回るものだった。
「そ、その、えっと、その上で、み、ミナト様のことを好きでいさせてもらえれば、嬉しいなって……」
そして最後に、普段のスグリに戻ってそんなことを言う。
俺が断っても構わない。むしろそれが当然で、断ってもなお、好きだという。
そんなスグリに対し、俺はなんとも形容しがたい複雑な感情を抱いた。納得と反発、理解と許容を混ぜ合わせたような、そんな感情だ。割合で言えば肯定的な感情が強いか。
俺にとって都合が良い――いや、良すぎるスグリの申し出に。あるいはそうさせてしまった部分もあるのかな、なんて思って。
「いつか後悔することさえ覚悟しているっていうのなら、これ以上は何も言わん。錬金術師としてその才能と腕を揮ってもらおう」
「あ……は、はいっ!」
『魔王』を倒せるかどうかわからないように、未来のことはわからない。スグリのこれだけの想いと覚悟に応えられる日々がやってこない可能性もある。
それでも、断ってもなお諦めない、好きでいたいと言われてしまっては、俺にできることはもうない。いや、あとはカリンに話をして、スグリの扱いをどうするか決めることぐらいはできるか。
応えきれるかわからない想いを前に、ひとまず俺にできることはしようと――そう思えた。




