第312話:特別試合 その1
試合の開始と共に、俺と透輝はまったく同じ動きで剣を構える。
互いにスギイシ流を学ぶ剣士で、しかも透輝は俺の弟子だ。透輝は透輝なりに自分の剣の形を身につけつつあるが、基本的な構えや所作は俺と共通している。
「おや……開始直後は距離が離れていてチャンスなのに、魔法は撃ってこないのか?」
「冗談言うなよ。この程度の距離、詰めるのに一秒もかからないだろ?」
うん。さすがに十メートル程度の距離しか空いていないのに魔法を選択するようなヘマはしないか。そもそも透輝が開始と同時に撃てるとすれば下級魔法の『光弾』ぐらいだ。『光活唱』は人間に使うと回復して強化も盛ってしまうし、『生新光明』となると魔力の溜めがいる。
もちろん、他の属性魔法も透輝は習得できる才能があるのだが……その程度、避けるまでもない。斬って間合いを詰められるし、慣れない属性の魔法を使う暇があったら余裕で勝負を決めることができる。
(付け焼刃で挑んでくるほど馬鹿じゃない、か……いいね。実にいい)
俺は思わず口の端を吊り上げるようにして笑ってしまう。駆け引きとも言えない程度のやり取りだが、それだけでも楽しかった。
「やべえ、師匠が怖い……マジで怖い……本当、なんでそんなにやる気満々なの……」
透輝が震えるようにして言うが、その瞳は真剣だ。口では怯えたように言っておきながら、俺の隙を必死に探しているのが感じ取れる。
「言葉ではそう言っておきながら、視線は俺の隙を探しているじゃないか。どうだ? 見つかったか?」
そう言いながら、俺は透輝との間合いを詰めていく。剣を構えてこそいるが無造作に、それでいて透輝がどんな行動を取ろうと反応できるよう慎重に、傍目から見れば大胆に間合いを詰めていると思わせる足取りで。
「っ! いくぞ、ミナト!」
そうやって間合いを詰めていくと、覚悟を決めたのだろう。透輝が大きく息を吸い込み、剣を構えて俺との距離を瞬時に潰してくる。
「ああ、こい!」
踏み込みと同時、繰り出された剣を瞬時に受ける。横薙ぎの一閃を受け、体重移動と同時に剣を捻って上方へと流し、透輝の体勢を崩してから反撃の一撃を返す。
「ぐっ!?」
透輝はギリギリのところで体勢が崩れるのを堪えた。しかし俺が繰り出した袈裟懸けの一撃を苦しそうに受け止めると、なんとか、といった様子で弾き返す。
そこからは剣と剣の応酬だ。互いに次から次へと斬撃を繰り出し、弾き合い、受け流し、回避し、時に受け止める。
しかしながら徐々に技量差が浮き彫りになり、俺の方が攻め込む機会が増えていく。
最初は互角だったのが、六対四、七対三と、斬撃を繰り出す割合が変わっていく。
「どうした透輝! そんなものか!? 出せる手は全て出せ! 尽くせる手は尽くせ! さあ、どうする!? ここまでか!?」
互いに大技は出さず、基本的な剣術だけでの戦いになった。しかしそうなると俺の方が強い。才能の面では大きく負けるとしても、剣の技量に関してはまだまだ俺の方が上だからだ。
積み重ねてきた年月、努力、経験。いくら透輝の才能が優れているとしても、容易に引っ繰り返されるほど俺も弱くない。
「く、そ、ぉ……『光活唱』!」
俺が相手ということで、剣だけでの勝負にこだわっていたのか。透輝は悔しそうな顔をしたかと思うと、己に対して『光活唱』を発現する。
死霊系モンスター相手に使えば攻撃として作用するが、自分や味方に使えば全体回復に加えてステータスを強化する援護魔法としても作用するのが光属性魔法だ。
『光活唱』は全ステータスを三ターンの間一割強化するというものだが、今の状況では使わずにはいられないだろう。一応、『生新光明』なら味方に使えばステータスが二割強化されるのだが、戦いながら使えるほど習熟していないらしい。
それでも、『光活唱』によるステータスの一割強化は大きい。事実、それまで押し込まれていた透輝が俺の動きに追従し、再び五分五分の戦いへと押し返してきた。
ただし、余裕を持って剣を振るう俺と異なり、透輝は既に必死である。限界まで目を見開き、俺の動きを見落とすまいと注視し、懸命に剣を振るっている。そうすることでようやく互角に渡り合っているのだ。
(よくぞ、ここまで育った……たった一年半で、本当に、よくここまで……)
透輝の剣を弾き返しながら、俺はそんなことを思う。最初は剣の握り方も知らないような素人だったのに、よくぞここまで、と感慨深く思う。
だが同時に、一年半という俺からすれば短い年月でここまで強くなったことに、苦笑とも言えない笑いが浮かびそうになった。
「くっそ! 余裕すぎんだろ! なんでそんなに強いんだよ!」
そうやって笑う俺をどう思ったのか、透輝が叫ぶ。悔しさが混じったその声は、心からのものだ。
「剣を振ってきた年数が違うからな。そっちこそ、まだ喋る元気があるじゃないか」
そう言いつつ、透輝の体勢を崩す。剣越しに重心を崩して転ばせようとするが、透輝はギリギリのところで堪えた。ただし、その顔は必死で余裕がない。
「ぐっ、ぬ……少しは届くと、思ったんだけどなぁっ!」
上昇した身体能力任せに俺の剣を押し返し、剣を弾いてから透輝が後ろに下がる。俺は敢えてそれを追うことはせず、透輝が呼吸を整えるのを待った。
「どうした? もう限界か?」
「くそぉ……マジで、つえぇ……」
透輝は呼吸を整えながら呟くが、まだ余裕がありそうだ。限界ギリギリまで……いや、限界を超えるところまで追い込まないと。そうすればもっと輝くかもしれない。
「いつも言っているだろう? お前から見れば強いかもしれんが、俺もまた、修行中の身に過ぎん。俺より強い人はいるし、後から追いかけてきて俺を追い越すような人もいる」
「そうは、言うけどさ……」
呼吸を整え、大きく息を吐いてから透輝が剣を構え直した。それを見た俺もまた、剣を構え直す。
「透輝、お前には才能がある。俺よりも強くなれる才能がな……俺が剣にかけてきた年月よりも遥かに短い年月でお前は俺を超えるだろう。それはそうなるって可能性じゃない。確信だ」
「……そんな自信、俺にはないんだけど」
「謙虚だな。お前が剣を振るってきた一年半という年月……ランドウ先生に剣を学び始めた頃から数えたとしても、お前は当時の俺を超えている。あと一年も学べば今の俺さえ超えるだろう」
剣の切っ先を透輝に向けながら、俺はゆっくりを腰を落としていく。
「だが、それは今じゃない。今はまだ、負けてやれない。お前の壁であり続ける。だから――」
それは、俺にとっての願いだった。まだ負けてやれないと、お前の師匠で在り続けるという宣言だった。
「死に物狂いでこい。その上で叩き潰す」
これが武闘祭の特別試合だとか、観客がいるだとか。そういうことは最早頭から抜けていた。透輝の剣の師匠として成すべきことを成すと、それだけを考えて剣を握る。
「っ……おうっ!」
透輝もまた、俺と似たような心情だったのだろう。大きく頷くと、剣を深く構え直して突っ込んでくるのだった。
「はぁ……はぁ……っ……くそっ……」
「…………」
剣を交えること、三分あまり。
実戦にしては長い時間剣を振り続けたことで透輝は呼吸が乱れ、肩で息をしている。しかしながら俺の方は平常通り、まだまだ余裕があった。
透輝は『光活唱』を何度も使い、身体能力を引き上げることで必死になって食らい付いてくる。そのおかげもあって互いに有効打はない。透輝は細かい傷ぐらいはついているし、何度も地面に転がしたことで体のあちらこちらが土で汚れている程度だ。
観客に見せる試合ではないが、観客席からは相応に声援が飛んでくる。派手に斬り合っているし、それなりに盛り上がっているのだろう。
(よくしのぐ……今この瞬間にも成長しているな)
俺としてはもっと早くに勝負を決めるつもりだった。だが、透輝はギリギリのところで剣を防ぎきり、致命傷を避けて僅かな傷に留めている。それも一度や二度じゃない、既に七度、似たようなことをしている。
(実戦じゃないが、実戦に近い状況で対峙したからこそよくわかる……こいつは吸収力の塊だ。こちらの動きを真似てどんどん強くなる……)
以前からわかっていたことではあるが、透輝は他者の動きを見て真似るのが上手い。正確にいえば他者の動きを自分の動きに取り込むのが上手い、というべきか。
見様見真似で『二の太刀』を覚えたように、覚えたいと思った動きを自らに取り込み、真似るのだ。
以前、ランドウ先生に指摘されたことでその辺りの癖は粗方矯正したが、相手の技術を吸収するという部分に変わりはない。今も俺の動きから剣を学び、少しずつ強くなっている。
「そろそろ限界か?」
だが、それも終わりだ。透輝はたしかに強くなっているが、体力が限界に近い。実力以上の力を発揮し続けたことで体が悲鳴を上げているのだ。
あとは剣を弾くなり、一撃入れるなりして決着である。透輝の目を見る限り、諦めた様子はないから微塵も油断はできないが。
「これで」
「――透輝さんっ!」
終わりだ、という俺の声を遮るようにして、観客席から声が飛んだ。それは俺もよく知るアイリスのもので、その声に思わずそちらへ視線を向けてしまう。
(おいおい……王女が特定の個人に声援を飛ばすとは……)
それがどんな意味をもたらすのか、わからないアイリスではないだろう。王女たるアイリスの言葉にはそれだけの意味があるのだ。
それでもアイリスは胸の前で手を組み、必死に、祈るようにして声を上げる。
「がんばって! 負けないで!」
他の観客の声援に紛れながらも、その声はたしかに透輝に届いた。それが確信できたのは、透輝が身に纏う空気が一気に変わったからだ。
(これは……)
透輝から威圧感が膨れ上がる。それを感じ取った俺は僅かに後ろへと下がり、剣を構え直す。
それまで肩で息をしていた透輝が顔を上げる。その顔にはそれまでになかった覇気がみなぎっており、俺を真っすぐに見つめてくる眼差しはこれまでにないほど力強かった。
「わりぃな、師匠。やっぱり俺じゃあ勝てないと思ってたけど――負けるわけにはいかなくなったぜ!」
透輝がそう叫んだ、その瞬間だった。
透輝が握る『鋭業廻器』。その刀身にはめ込まれた『絆石』の一つが眩い光を放ち始める。まるで透輝の、そしてアイリスの気持ちに応えるように。
(おいおい……このタイミングでか!)
それを見た俺は驚き――すぐに笑う。大きく口を開けて、獰猛に。
「ハハッ……いいぞ、こい! 透輝!」
主人公らしい力の解放を前に、俺はそう叫んで笑うのだった。




