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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第11章

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第298話:『朽ちた玄帝のダンジョン』 その9

 こい、とは言ったものの。


 俺がやるべきは玄武の注意を引くことだ。


 そのため迫りくる玄武に向かって『一の払い』で魔力の刃を飛ばし、その肉体を僅かに切り裂いたのを見てから一気に駆け出す。


(追いつかれたらアウト、足を何かに取られてもアウト、転んでもアウト……ははっ、さすがにやべえわ!)


 背後から玄武が迫る。その巨体を『水竜ノ波濤』で転がし、地面を抉って耕しながら転がってくる。


 俺は転ばないよう注意しつつも、出せる限りの速度を出して全力で駆けていく。この時ばかりは、どんな足場でも問題なく動けるよう訓練をするスギイシ流の剣士で良かった、と心底から思えた。


 『瞬伐悠剣』の力を使い、全力で駆ける俺の速度はどれほどか。前世なら百メートル走の世界記録を余裕で塗り替える速度でぬかるんだ荒れ地を疾走し、上空から見ればメリア達や透輝達がいる場所から()()()()()()()()進路を取る。


 転がる玄武を真横から撃ってもらい、引っ繰り返すためだ。ただ、玄武ほどの巨体が本当に引っ繰り返るか保証はない。もしも無理だったら追いつかれ、先ほどのヴァンパイアのように俺も轢き潰されるだろう。


 武器を構えての立ち合いとは異なる、追いつかれれば死ぬという理不尽なまでの死の気配を全身に感じる。巨岩が転がるような轟音が少しずつ、ほんの少しずつ背中に迫ってきているのを肌で感じ取る。


 振り返っている余裕も、暇もない。それで速度が落ちれば数秒とかからずに押し潰されるからだ。そのため背後から迫る音を頼りに俺は駆けていく。ここまでくれば横に跳んで回避する暇もない。


 運が良ければ回避できるかもしれないが、二十メートル近い厚みがある玄武を回避できるかは運次第だ。そして俺は自分の運をそこまで信用していなかった。


(あー……やっちまったな。もっと上手い方法があっただろうに……)


 全力で駆けながらも、思考は冷静にそんなことを考える。もっと、別の何かがあったはずなのだ。玄武がいきなり転がり始めたからこんな方法を選んだが、今よりもスマートに倒せる手段があったはずだ、なんて思う。


 しかし、俺には自分の命を賭けて玄武を倒すような方法しか思い浮かばなかった。透輝達が玄武を引っ繰り返してくれると、そう信じることしかできなかった。


「――――」


 無言で、呼吸を最低限にして全力で疾走する。体の内側からドクドクと心臓が脈打つ音が聞こえ、背後の玄武が転がる音と重なっていく。


 真っ向から戦い、斬って倒せるならそれが最善だった。だが、俺には玄武の巨体を両断できるような人外染みた技量はない。そんなことができるのはランドウ先生ぐらいだろう。


 だから今、こうして命をチップにして走っている。少しずつ、背後から音が迫ってくるのを聞きながら駆けていく。


「――! ――――!」


 視界の端で透輝が声を上げているのが見えた。焦ったように、必死になって声を上げている。もしかすると玄武との距離が縮まっているのかもしれない。


 だが、これ以上は無理だ。『瞬伐悠剣』の力を使っても、自身の『召喚器』による身体能力の上乗せがあっても、これ以上の速度は出せない。


 それでも、あと少しだ。あと少しで想定した場所まで玄武を誘導できる。あとはメリアやモリオンに魔法を撃ってもらい、玄武を引っ繰り返すだけだ。


 そう信じて――俺は駆け抜けた。


 モリオンの『風食轟雷』が。


 メリアの『生新光明』が。


 二発の上級魔法が飛来し、転がる玄武に真横から直撃する。それによって玄武の体が大きく傾き、甲羅を下にして倒れ込む――はず、だった。


(ッ、駄目、か!?)


 玄武が倒れ込むには、魔法の威力が足りなかったのだろう。斜めに傾いたものの、そのまま直進してくるのを背後の音で感じ取る。


 斜めには傾いた。それなら一か八か、真横に跳んで玄武の進路から離脱するしかない。追いつかれるまであと数秒もない。即断するしかない。


 俺はすぐさま決意して、横へ跳ぼうとした。


「ミナトッ!」


 それよりも早く、透輝の声が聞こえた気がした。そして三発目となる上級魔法が、『生新光明』が玄武へと直撃する気配を感じ取る。


 ――どうやら、この土壇場で透輝が『生新光明』を身に着けたらしい。


 その事実に驚きつつも、俺は反射的に肩越しに振り返っていた。そして僅かに時間差を置いて命中したことで、勢いよく倒れ始めた玄武の巨体を目撃する。


「っ! 好機だ! 倒れたら一斉に攻めろぉっ!」


 俺は傾き始めた玄武の進路とは逆側へと跳びながら叫ぶ。そして地面を削り取るような勢いで減速すると、傾いた状態での勢いに負け、甲羅を下にして引っ繰り返った玄武へと駆け出した。


 轟音を立てながら停止した玄武は手足をばたつかせ、勢いをつけて引っ繰り返ろうとしている。だが、すぐには戻れないだろう。


 魔法を使えば引っ繰り返ることができそうだが、自分自身に向かって上手く当てないと引っ繰り返るのは難しい。玄武もそれをわかっているからか、体を斜めに揺することで引っ繰り返ろうとしているようだ。


 そうやって玄武が藻掻く中、俺が狙うのは首一択である。引っ繰り返っているため地面側を向いている甲羅は硬く、斬っても致命傷は狙えそうにない。そのため斬ることができれば致命傷になるであろう、首を狙うのだ。


(引っ繰り返っているから高い位置にあるが……あれぐらいなら届く!)


 再び『生新光明』や『風食轟雷』が飛来し、玄武を邪魔するように真横から何度も直撃する。転がる勢いがうっかり増さないよう、タイミングを見計らっての攻撃だ。


『ガアアアアアアアアァァァッ!』


 玄武も限界が近付いてきているのか、上がった悲鳴にはこれまで以上の苦痛が込められている。人間なら一発喰らえば死にかねない上級魔法を十発以上、その身に受けているのだ。さすがに限界を迎えてくれないとこちらが先に力尽きるだろう。


 ドタン、バタンと轟音を立てながら玄武が藻掻く。それに押し潰されないよう注意しつつ、俺は玄武の首を目指す。


 玄武は巨体だが、『瞬伐悠剣』の力を使えばすぐだ。ただ、引っ繰り返った玄武の首は地上から十メートルほどの場所にある。そのため全力で跳躍して斬る必要があるが。


『ッ!?』


 自らに迫る危険に気付いたのか、玄武が瞬時に首を引っ込めた。ゾンビ化してもそれだけの知性、危険を察知する感覚は残っているらしい。


 ――逆にいえば、俺に()()()()()()()()()()()()ということでもあった。


 俺の攻撃が致命的だと、致命傷になり得るのだと、玄武が感じ取っている証拠でもあるのだ。


(だからといって頭を引っ張り出せるわけじゃないけどな……どうする……)


 引っ込んだ頭ごと斬れるほど剣の刃渡りは長くない。魔力で間合いを伸ばしたとしてもそれは同じだ。さすがに両断できるほどは伸ばせない。


 それならば、どうにかやって頭を引っ張り出す必要があるのだが――。


「こういうのは! 上からぶん殴れば出てくるだろっ!」


 いつの間に駆けてきたのか、透輝が跳躍しながら叫んでいた。その手に剣はあっても構えず、光り輝く右拳を振りかぶりながらの跳躍である。


「オラアアアアアァァッ!」


 玄武が暴れるのにも構わず、透輝は引っ込んだ玄武の頭部へと殴り込む。そして白く輝く拳を突き込み、ゼロ距離で『生新光明』を発射した。


『ガアアアアアアアアアァァッ!?』


 さすがにゼロ距離で上級魔法を撃ち込んでくるとは思わなかったのか、玄武の頭部が飛び出してくる。


「ミナトォッ!」

「――任せろ!」


 透輝が殴り込んだ瞬間に、俺も跳んでいた。主人公とうきならこの状況で何か仕出かすと、そう確信して。


 全力での跳躍。


 剣は上段に。


 魔力は全てを注ぎ込む。


 スギイシ流奥義――『閃刃』。


 上段から振り下ろし、勢いで一回転するほど強烈な斬撃を玄武の首に叩き込む。


 手応えは相変わらず硬い。だが、繰り出した刃は確実に玄武の首を切り裂き、端から端まで両断する。


 ゾンビ化していても頭は急所なのか、あるいは他の部位を潰さなければ駄目なのか。そんな不安が脳裏を過ぎったものの、頸部を切断した瞬間に玄武の体が一際強く痙攣し、急に動きを止めて脱力する。


 切断した首から上が、頭部が降ってくる。ズドン、と重苦しい音を立てて地面に落下する。


 俺は剣を振り下ろした勢いに乗ったまま、二回、三回と縦に回転してから着地した。そしてすぐさま玄武へと振り返り、いつ動き出しても良いように剣を構える。


「…………」


 だが、玄武は動かない。引っ繰り返ったまま、首を落とされた状態でピクリとも動かなかった。


 物は試しにと剣を突き刺してみるが、返ってくる反応はない。ゾンビ化した玄武に対してこう表現するのはおかしく思えるが、()()()()()()()()()


「勝っ、た……」


 口に出したらその瞬間にでも玄武が動き出しそうで言えなかったことを、透輝が呟いた。どこか呆然とした、目の前の現実を受け止めきれないような声色での呟きだった。


 そしてその言葉が引き金となったように、これまで周囲を覆っていた大規模ダンジョン特有の威圧感が消失し始める。いきなり全て消えるのではなく、風船から空気が抜けるように、徐々に薄くなっていく。


「勝った……勝った! やったぜミナト! あのデカい化け物に勝ったんだ!」

「ああ……」


 駆け寄ってくる透輝に対し、俺はため息を吐くようにして答える。何か言おうとしたが、他に言葉が出てこなかったのだ。


「ミナト様!」

「若様! ご無事ですか!?」


 見れば、モリオンやナズナも駆け寄ってくる。そんな二人よりも離れた場所から、メリアやリリィが駆け寄ってくるのも見えた。


「……ふぅ……みんなも無事か? 怪我は?」


 玄武が死んだ。


 その事実をようやく認識できた俺は、ため息とも安堵の息ともわからない、長い息を吐いてから尋ねる。


「ミナトが引き付けてくれたから無事だって! というかミナトこそ大丈夫なのかよ?」

「ああ……途中で足が折れたが、ポーションを使ったから無事だ」

「え? いや、それは大丈夫じゃないやつじゃんか……」


 透輝が僅かに引いたように言うが、死んでないなら誤差だよ、誤差。


「ミナトさんっ!」


 そうやって言葉を交わしていると、今度はリリィが飛びつくようにして突撃してくる。その目には心配の色が浮かんでおり、俺はリリィを受け止めると苦笑を向けた。


「リリィもおつかれ。メリアも助かったよ」

「ん……」


 言葉もほとんどなく、しかしその瞳に心配の色を込めながら俺を見てくるメリア。それに苦笑して返すと、俺は玄武の死骸へと視線を向ける。


 こちらを油断させてから動き出す――なんてこともなく。ピクリとも動かないその死骸を見ながら、俺は思う。


(これで一つ目……破壊するとしたらまだ三つあるのか……しかも『花コン』通りなら破壊するごとに残った大規模ダンジョンが手強くなるんだよな……)


 予定では全て破壊するつもりはない。しかしそれでも、玄武の手強さを振り返ると先が思いやられる。


 それでも、ダンジョン内の威圧感が薄れ、爽やかな風が吹き込み始めたのを感じ取った俺は大きく息を吸い、盛大に吐き出した。


「はぁ……なんとか、なったなぁ……」


 それが、心からの感想だった。ダンジョンを破壊してもモンスターが残るため、油断はせずに。それでいて万感の思いを乗せた呟きだった。


 誰一人として欠けることなく、戦いを乗り切ることができた。


 その事実に心底安堵し、俺は威圧感がほどけるようにして消えつつあるダンジョンの空を見上げるのだった。

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― 新着の感想 ―
死な安。イカれた価値観。 作者が胸熱展開にしてくれている。とてもいい。
きっちり倒しきれてて凄い! 初見の最上級攻撃魔法や玄武の巨体など苦戦する要素が多かったのに初戦で倒せるの流石は勇者達とのパーティ。数は力ですねぇ。
祝、快勝! 途中まで「もうミナトさんが主人公でイイっすよ」って感じでしたが、やっぱりトウキも主役の器でしたね
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