第297話:『朽ちた玄帝のダンジョン』 その8
背後には玄武。正面には手負いのヴァンパイアとリッチ。
そんな状況に置かれた俺は敢えて大きく深呼吸をすると、意識をリラックスさせるように息を吐く。
追い詰められた状況だからこそ、冷静になれ。
(手負いのヴァンパイアが一匹、リッチが一匹……あれは……デュラハンも一匹、と)
俺は周囲の気配を探り、こちらに迫ってきている敵モンスターを確認する。やはり玄武の声が原因なのか、更に追加でデュラハンが駆けてきているのが見えた。
玄武の巨体もそうだが、ヴァンパイア達の何が厄介かというと一発もらえば即死しかねない魔法が飛んでくるという点だろう。俺は自分が運が良い人間だとは思っていない。どんなに低確率だろうと当たれば即死する、という緊張感を持って挑んでいる。
そのため一度たりとも敵の魔法を受けられない。『黒弾』なら即死する確率は五パーセントだが、だからといって喰らうのはただの馬鹿だろう。『暗殺唱』になれば二割、『致死暗澹』になれば三分の一の確率で即死すると考えると、ますます喰らってはいられない。
(玄武に踏み潰されるか、魔法で即死するか……まったく、リーダーってのは楽じゃないな)
思わず苦笑してしまう。玄武の最初の跳躍といい、俺が一人で囮になってかき回している現状といい、予想外れもいいところだ。
二手に別れて魔法を撃ちまくり、玄武にどちらを攻撃させるか迷わせている間に可能な限りHPを削るつもりだったんだが……すぐさま跳躍して『水竜ノ波濤』で反撃してくるなんて、対応が早すぎて賞賛すらしてしまいそうだ。
そんな賞賛も、背後に迫る玄武へ投げかける意味はない。聞く耳なんて持たないだろう。そもそもゾンビ化しているし、聴覚が働いているかすらわからない。
『シャアアアアアアァァッ!』
そうやって苦笑する俺をどう思ったのか、片足にもかかわらずヴァンパイアが飛び掛かってくる。両手の爪を振りかざし、失った足の分バランスを崩しながらも迫るその姿は敵ながら大したものだろう。
しかし、俺はヴァンパイアの攻撃に付き合わない。背後に玄武が迫っていることもあり、ヴァンパイアを回避するとそのままリッチの方へと駆けていく。
向こうの方から距離を詰めてくれるヴァンパイアと異なり、リッチは距離を保ったまま魔法を撃ってくるため面倒だ。先に片付けておこう、と一気に距離を詰める。
するとそれに気づいたのか、こちらに向かっていたデュラハンが進路を変えて襲い掛かってくる。首無し馬を操り、仲間を守らんと駆けてくる。
だが、ボスモンスター化したデュラハンならともかく、普通のデュラハンが相手で手こずるほど俺も弱くはない。『一の払い』で首無し馬を両断してデュラハンを落馬させると、立ち直る暇を与えずに袈裟懸けに切り裂く。そしてその勢いに乗ってリッチのもとへと辿り着いた。
リッチは逃げる暇はないと判断したのか、迎撃を選択した様子である。こちらに右手を突き出し、『暗殺唱』を繰り出そうとするが……それも遅い。
既にこちらの射程に入っており、魔力の刃を飛ばすことで妨害。リッチが怯んでいる間に更に距離を詰め、交差しながらリッチの胴体を泣き別れさせる。
(雑魚はこれでよし……ヴァンパイアは……まだ生きてるか)
俺がわざわざヴァンパイアを放置した理由。それはもしかすると敵モンスター同士なら攻撃をしないのではないか、なんてことを考えたからだ。
もしも玄武の攻撃を制限できるのなら、他の敵モンスターを盾にしながら戦えば良いと思ったのである。
だが、味方を踏み潰さないよう玄武が配慮したのか、ヴァンパイアが避けたのか、それとも偶然踏まれなかっただけなのか、判別がつかない。
(物は試しだ。やるだけやってみるか)
俺は危険を承知で玄武と、そしてヴァンパイアとの距離を詰める。それに気づいたヴァンパイアが再び爪を振りかざし、片足で跳んで襲い掛かってくる――が、今度は回避せず、わざと剣で爪を受ける。
そうしている間に玄武が迫ってきたのを目視した俺は、前蹴りをヴァンパイアに叩き込んで強引に距離を開けさせた。相手は片足しかないため踏ん張れず、こちらが思った通りの場所へと弾かれてくれる。
俺が蹴り飛ばした先、それは玄武の進路上だ。玄武がヴァンパイアを避けるのか、踏み潰すのか、踏み潰すとしても戸惑うのか。
俺はいつでも離脱できるようにしながら、玄武の動きを見る。
結果は――躊躇なく踏み潰した。
つまり、同士打ちを忌避することはないってわけだ。
(チッ……敵モンスターを盾にはできない、か)
心の底から期待していたわけではないが、残念に思ってしまう。地響きを立てながら迫りくる玄武から逃げ回りつつ、俺は他に何か利用できるものはないかと思考を巡らせた。
だが、今すぐ使えそうなものは思いつかないし見つからない。結局は自力で倒すしかないということだろう。
(他のモンスターが片付いた今の内に、削れるだけ削らないと……)
後方の玄武を肩越しに見ながら、俺はそう思う。そろそろ次の魔法が飛んできてもおかしくないはずなんだが……走り回っているから狙いを定めにくいのか?
俺がそう考えた、次の瞬間だった。走っていた玄武が突然跳躍して背後から迫っていた魔法を、『生新光明』を回避する。そして眼下の俺を睨みつけ、一気に魔力を高めたのだ。
(まずい――!)
どうやら、思ったよりも怒りを買っていたらしい。最初にやった空中からの『水竜ノ波濤』、それを俺だけを狙って実行しようというのだ。
それでも、最初と違うのは玄武が俺だけに狙いを定めている点だろう。明らかに俺を鬱陶しく思い、排除してやろうという意思が感じられた。
――俺だけに意識を集中した玄武に、モリオンの『風食轟雷』が直撃する。
『ッ!? アアアアアアアアアアァァッ!』
先ほどの『生新光明』が回避されると判断したのか、撃つタイミングが合わなかっただけなのか。これまで以上に苦痛の声を漏らす玄武の姿に、俺は勝利が近付いてきているのを感じ取る。
よくよく見れば、これまで魔法が命中した場所が抉れ、しっかりとした傷になっていた。ゾンビ化しているからか出血はないが、ところどころが欠損した状態になっている。
今回モリオンが撃ち込んだ『風食轟雷』も、玄武の巨体にしっかりと傷を残す。直撃した場所が抉れ、ゾンビ化しているにもかかわらず悲鳴を上げさせるほどに。
『ギィ――ガアアアアアアアアアアァァッ!』
だが、ここにきて玄武の様子が変わった。これまでとは毛色の違う声を上げたかと思うと、『風食轟雷』の直撃で崩れた体勢にもかかわらず『水竜ノ波濤』を発現する。
今度こそ俺一人で斬ってやる、と身構えたが、玄武の狙いは俺ではなかった。かといって透輝達やメリア達でもない。空中に向かって濁流となる水を発射し、その勢いで回転し始めたのだ。
「は?」
思わずそんな声が漏れた。多分、距離はあるけど透輝達も似たような反応をしているんじゃないだろうか。
玄武が回転しながら地表に落下してくる。そして車のタイヤのように、『水竜ノ波濤』の勢いで回転しながら転がってくる。
(そんな攻撃方法は知らねえぞ!?)
『花コン』では登場しない攻撃方法だった。そのため驚愕し、僅かに反応が遅れてしまう。
「ぎっ!?」
加速して転がってくる玄武からギリギリ避難する――が、ギリギリ過ぎて左足が取り残され、僅かに接触しただけで圧し折られた。
そのため悲鳴を噛み殺し、地面を転がって受け身を取る。
(くそっ! 少し避け損ねただけでコレかよ!)
俺は中品質の回復ポーションを取り出して左足にかける。本当は足を引っ張り、骨を接いでからの方がきちんと治るのだが、今はそんなことをしている暇はなかった。
外側から中品質の回復ポーションをかけ、低品質の回復ポーションを飲むことで内側からも強引に治す。
(動けるようになるまでもう少し……玄武は転がっていったからまだ大丈夫……っ!?)
背後に殺気を感じ、俺は無事な右足一本で地を蹴る。そして体を捻りながら左手だけで側転すると、左足を庇いながら着地して剣を構えた。
見れば、いつの間に近付いてきていたのかヴァンパイアがそこにいた。治療中の俺を狙い、爪を振り下ろしてきたのだ。
(……かすめた、か。ポーションを飲んだ直後で良かったな……)
爪を回避し損ねたのか、背中に痛みと血が流れ出る感触があった。ただ、ポーションを使った直後のためすぐに傷がふさがると判断してヴァンパイアに注力する。
注力しようとする、のだが――。
(っ! またきた!)
転がる玄武が進路を変え、再びこちらへと転がってくる。それだけ俺が鬱陶しかったのか、あるいは何かしら癪に障ったのか、リーダーだと見抜いたのか。『水竜ノ波濤』を推進力にして一直線に突っ込んでくる。
「剣よ。悠敵を瞬く間に伐るための力をこの身に宿せ――『瞬伐悠剣』」
左足が折れた拍子に解けてしまった『瞬伐悠剣』の力を再度発現し、俺は右足に力を込める。そして左側に跳ぶ――と見せかけて右側に強引に跳んだ。
『ッ!?』
足の向き的に、俺が左側に跳ぶと思っていたのだろう。爪を振りかざして飛び掛かってきたヴァンパイが驚愕したような視線を向けてくる。そして、そんなヴァンパイアと同じ考えだったのか、俺が跳んだ方向とは反対側に進路を切った玄武が突っ込んできた。
『瞬伐悠剣』の力を使って一気に跳躍したことで、ギリギリのところで玄武を回避する。体長もそうだが、厚さも二十メートル近くあるのだ。回避するだけでも一苦労である。
(避けるだけならなんとか……でもこの動きを止めないことにはどうしようもないぞ)
俺はヴァンパイアが轢き潰されるのを横目に見つつ、治りかけで痛みが伝わってくる左足を無視して駆け出す。全力で蹴りつけるのは無理でもなんとか走るぐらいはできそうだ。
(アレを止めるには……亀だし、引っ繰り返すか?)
轟音を響かせながら転がる玄武の姿に、ふと、そんなことを思う。ただし『水竜ノ波濤』を噴射して転がっているため、簡単には倒れないだろう。
それでも他に勝機はない。このまま転がり続けているだけでこちらが全滅しかねないのだ。あの巨体で転がられると速度も速く、逃げることさえできないのだから。
「俺が引き付ける! 横から撃って倒してくれ!」
判断を下せば即座に行動だ。俺は声を張り上げて指示を出すと、玄武の注意を引くべく駆け出す。
転がる物体を倒すにはどうすれば良いか? そりゃあ横から衝撃を与えるしかないだろう。
問題は、横を向かせて魔法を直撃させる隙を作らないといけないことだが。
(足は……痛みはあるけど、これぐらいなら走れる……他のモンスターは……いない……ここが正念場、か)
俺は玄武以外のモンスターがいないことを確認すると、大きく深呼吸をする。途中で邪魔をされたら今度こそ死ぬからだ。
「よし――こいっ!」
玄武が進路を変え、再びこちらの方へ向かってくるのを確認した俺は、自分自身に気合いを入れるようにそう声を上げるのだった。




