第296話:『朽ちた玄帝のダンジョン』 その7
「ほーら! こっちだこっちー!」
俺は玄武の注意を引くよう、声を上げながら泥の中を駆け回る。
斬りつけた左の前肢は玄武からすれば浅い傷で済んだのだろう。それでも痛みを感じているのか、駆け回る俺を鬱陶しそうに見ている気がする。ゾンビ化していて目が死んでいるため、表情の変化がいまいちわかりにくいが。
それでもデカい頭を動かしてこちらを見ているため、注意を引くことができているのだろう、と思う。目の前をコバエが飛んでいたら気になるのと一緒だ。攻撃してこないコバエでさえ気になるのなら、剣で斬りつけてくる俺はもっと気になるはずである。
そうやって俺が玄武の注意を引いていると、左右から挟むようにして『生新光明』や『風食轟雷』といった上級魔法が飛んでくる。そのついでに『光弾』や『光活唱』も飛んでくるが、上級魔法と比べるとさすがに威力で劣るだろう。
『アアアアアアアアアアァァッ!』
剣で斬りつけるよりもダメージがあるのか、玄武が大気を震わせんばかりに声を上げる。その間に俺は距離を詰めて今度は右の前肢に斬りかかる――が、やはり両断は無理だ。足場が悪いのもあり、剣の刃渡り分しか斬り込むことができなかった。
(硬さと柔らかさが両立したこの感触……これを斬れれば俺は、更に一段強くなれる)
バリスシアに負けてからというもの、これを斬れるようにと励んできたのだ。
相手がでかい? それは言い訳だ。
足場が悪い? それも言い訳だ。
ランドウ先生ならきっと、この状況でも玄武を斬ってみせる。そう思えるぐらい、俺とは何かが違う。それが才能の差か、努力の差か、剣を振った年数の差かはわからない。だが、ランドウ先生に凡才だと言われた身でも、積み重ねれば届くものがあるのだと、そう思う。
「シイィッ!」
足は斬れない。なら、指はどうだ? そう考えた俺は剣を振り下ろし、前肢と比べれば細い爪先を両断する。
『ッ!? アアアアアアアアアァァッ!』
玄武の前肢、鋭い爪が生えた指の太さは一メートル強といったところか。足と比べれば細くて斬りやすく、それでも辛うじて、といった形で指先を斬り飛ばすと、玄武から悲鳴のような声が上がった。
人間でさえタンスの角に足の小指をぶつければ痛いのだ。ぶつけるのではなく、斬り飛ばしたとなるとその痛みは更に大きくなるだろう。
「っと!」
玄武が体を大きく跳ねさせる。前肢を跳ね上げ、後ろ脚だけで立ち上がる。そうして俺を睨みつけながら、押し潰さんと体を落下させてくる。
(心臓――いや、無理かっ!)
それを見た俺は即座にその場から離脱した。心臓を狙うチャンスではあるが、さすがに真上から降ってくる厚さ二十メートル程度の肉の塊を抉り抜けると思うほど自惚れてはいない。『三の突き』で貫いたとしてもそのまま押し潰されるのがオチだろう。
高速で地面を駆け、轟音と共に泥土が巻き上げられるのを横目に疾走していく。ボディプレスによって再び小規模な泥津波が発生するが、高速で駆ける俺には当たらない。メリア達や透輝達も距離があるため届かない。
つまり、俺をどうにかしようと思っての行動だったのだろう。邪魔だと思われる程度には意識されていると判断して良い。
そうやって俺が気を引いている内に、再度魔法が命中する。メリアは相変わらず『生新光明』だが、モリオンは玄武の反応を探るためか、あるいは足元の泥を排除するためか、『火炎旋封』に切り替えて攻撃を仕掛けてきた。
(これで上級魔法が六発……透輝とリリィの分を含めたら八、九発分ぐらいになるか? 『花コン』の通りならHPを三分の一以上削れているはずだが……)
俺が斬りつけた分も加えたら、もう少しダメージを与えられているか。そう考えるものの、玄武の反応はゾンビ化したモンスターらしい鈍さで、いまいち判断がつかない。悲鳴こそ上げるが、本当に効いているのだろうか?
(『花コン』じゃゲージ形式でしか見れなかったけど、HPの表示があったら便利なんだが……っと)
蛇の尾が振るわれ、こちらへと高速で向かってくる。相変わらず周囲を薙ぎ払うような一撃だが、慣れてくれば単調に思える攻撃だ――なんて、思ったのは油断か。
「っ!?」
蛇の尾が途中で軌道を変化させ、波打つようにしてブレながら迫る。どうやら鬱陶しい俺を先に潰す気になったようだ。回避しようにも尻尾が大きく波打っているため、跳び越えるのも潜り抜けるのも容易ではない。
それならどうするか?
簡単だ――斬り抜ける。
「オオオオオォォッ!」
わざわざ俺を狙ってくれるのだ。これはチャンスだと自分に言い聞かせる。上段に剣を構え、俺を轢き潰そうと迫る蛇の尾目掛けてこちらから大きく踏み込む。
蛇の尾は太さが二メートル程度。それならまだ斬れる。上段から振り下ろし、最後まで振り切ることができれば両断できる。
ただ、相手は硬さと柔軟さを両立させ、なおかつ俺が回避しにくいよう大きく波打ちながら尻尾を振るっている。タイミングを計り損なえばそのまま直撃し、最低でも重傷、下手すれば即死するだろう。
つまり、いつも通りってわけだ。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
失敗すれば死ぬのなら、死ぬ気で成功させる。不規則にブレる蛇の尾の動きを見切り、端から端まで一太刀で両断する。
「――――」
剣を振り下ろした俺は息を吐く。ほぼ切断できた蛇の尾が勢いに負けて千切れ飛び、宙を舞って地に落ちる。
蛇の尾は九割方両断することができた。あとは残った皮一枚、遠心力等に負けて千切れて飛んだ。それが結果だ。
(斬れたから上等……では、あるんだがなぁ)
再び駆け出しながらも、この状況ながらも、思わず苦く笑ってしまう。本当は綺麗に両断するつもりだったが、あと一歩、及ばなかった。そのあと一歩が、どうしても遠い。
(考えるのは後だ。次は足を斬り飛ばす……そして最後は首だ)
今は剣士として嘆いている場合じゃない。指揮官として味方を導き、この玄武を殺し切る必要がある。
兎にも角にも、厄介だった蛇の尾は斬り飛ばしたのだ。尻尾はまだ半分ほど残っているが、これまでと比べれば脅威は格段に下がった。これまでのように薙ぎ払えはしないだろう。
そう思ったのは、俺だけでなく玄武もそうだったのか。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!』
蛇の尾を斬られた痛みか、あるいは怒りか。玄武が超音波のような鳴き声を上げながら両手足をばたつかせ、その場で暴れ始める。
まるで駄々っ子が地面に寝転んで両手足を振り回すような有様だったが、それを玄武の巨体でやられると洒落にならない。地面が大きく揺れ、泥水が飛び散り、倒れかけていた木々が地面へと倒れていく。
『アアアアアアアアアアアアァァァッ!』
「っ!」
そして困ったことに、そのままの勢いで玄武が走り始めた。俺は即座にその場から離脱して回避するが、玄武は俺に構わず、透輝達がいる方向へと走っていく。
「待て!」
俺はすぐに玄武を追うが、いくら『瞬伐悠剣』の力を使っているといっても一歩一歩の歩幅が違い過ぎる。
ここにきて、玄武はこちらがされたら嫌なことに思い至ったらしい。それは非常にシンプルで、その巨体を活かして暴れ回ることだ。こちらは一撃で仕留める手段がないが、玄武はそうではない。暴れ回って踏み潰すことができればそれで勝負が決まるのだ。
(くそっ! これが嫌だから俺が注意を引いてたっていうのに!)
ゾンビ化していていても思考が働いているのか、それともただの勘か。もしかすると何も考えていないのかもしれないが、玄武は一直線に透輝達の方へと駆けていく。
「これでもくらえっ!」
俺が追いかけていると、透輝が玄武の顔面目掛けて『光活唱』を放つ。目潰しのつもりかもしれないが、玄武の正面に立って魔法を撃つのは大した度胸だ。
「テンカワ! お前も早く避けろ!」
その間に透輝よりも足が遅いモリオンやナズナが玄武の突進から逃れる。そしてモリオンが透輝に呼びかけると、透輝も回避行動に移る。
「チィッ! こっちだ亀野郎!」
しかし透輝の速度では突進に巻き込まれかねないと判断し、俺は『一の払い』で魔力の刃を飛ばす。そうして後肢に多少なり傷をつけると、玄武の動きが僅かに鈍った。
「サンキュー師匠! っておわああああぁっ!?」
玄武の動きは鈍ったが、透輝の回避はギリギリだった。あとコンマ数秒遅れたら踏み潰されていただろう。そう断言できるぐらい、ギリギリのところを玄武の前肢が通過していく。
「態勢を立て直せ! 距離をもう一度取って遠距離から」
「若様! 敵の増援です!」
立て直すよう指示を出そうとすれば、それを遮るようにしてナズナが声を上げる。言われて何事かと思えば、遠目にモンスターが……それもヴァンパイアの姿が見えた。
(くそっ、よりにもよってヴァンパイアかよ。リリィは……遠い、こっちで対処するしかないか)
透輝達の方へと駆けてきたため、リリィからは離れてしまった。そのため『相埋模個』を使ってもらうわけにもいかず、自力で対処する必要がある。
「ヴァンパイアは俺が仕留める! モリオン達は攻撃を続けろ!」
モリオン達の攻撃リソースは全て玄武へと割り振る。そう判断した俺は再度『一の払い』を玄武目掛けて飛ばし、目につくようわざと飛び跳ねるようにしてヴァンパイアの方へと向かう。
「おら! こっちに来い亀野郎! ついてこい!」
透輝達が立て直す時間を稼ぎつつ、玄武の注意も引く。更にヴァンパイアも倒す。全部やらないとこちらが崩壊しかねない。
そう判断した俺がヴァンパイア目掛けて駆けていくと、背後に玄武の足音が響いてくる。どうやらこちらの思惑通り追いかけてきたようだ。
(その分、こっちがきついんだがなっと!)
ヴァンパイアが放ってきた『暗殺唱』を両断しつつ、更に距離を詰めていく。どうやらこの騒ぎを聞きつけて顔を覗かせたらしいが、放っておくには厄介過ぎる。玄武に集中したい時に不意を打たれてはかなわないのだ。
俺は『瞬伐悠剣』の力を解放したままでヴァンパイアとの距離を詰め、一息に仕留めようとする。しかし相手も上級モンスターだ。伸ばした爪でこちらの剣を受け止め、近距離で刃と爪を交わし合う。
『アアアアアアアアアアアアアアアァァッ!』
そうこうしている内に、背後の玄武が迫ってきた。それを見たヴァンパイアは焦ったように距離を取ろうとするが、俺は背後の圧力に屈せず、そのまま前へと出る。
逃げようとしたヴァンパイアの右足を斬り飛ばし、地面へと転がす。そこまでやったら振り向き様に玄武の顔面目掛けて魔力の刃を飛ばし、目潰しをしてから離脱を図る。
だが、相手もそれを見越していたのだろう。『水竜ノ波濤』と比べれば撃ちやすい、水属性の上級魔法『水操天流』を発現し、ウォーターカッターのように水を発射してくる。
「ぐっ!? あぶ、ねえっ!」
速度優先で放たれた水のビームを剣で弾くが、そのせいで足を止められた。するとすぐさま頭上から玄武の足が降ってきたため、慌てて横っ飛びに回避する。
そうやって俺が玄武の足元で必死に動き回っていると、四度目となる上級魔法が玄武を襲う。完全に距離が取れたわけではないが、俺を少しでも楽にしようとモリオンが『風食轟雷』を撃ち、それを見たメリアが『生新光明』を撃ち込んだのだ。
「よし――っ!?」
これで半分近くHPを削れただろう。そう判断して更に削ろうとした俺だったが、先ほど転がしたヴァンパイアの魔力が高まっていることに気付く。どうやら玄武の突進に巻き込まれてもこちらへの攻撃の意思を失わなかったようだ。
そうして放たれるのは、闇属性の上級魔法である『致死暗澹』だ。それを見た俺は咄嗟に回避しようとするが、射線上に態勢を立て直したばかりのモリオン達がいることに気付き、すぐさま迎撃に移る。
『一の払い』で魔力の刃を飛ばし、威力を低減させたら今度は直接斬る。そうすることで安全かつ確実に『致死暗澹』を無効化できるのだ。
ひとまず仕留めてしまおう。そう判断した俺はヴァンパイアへと踏み込み――後方から飛来した『黒弾』に気付き、寸でのところで上体を傾けて回避する。
(アレは……くそっ、今度はリッチかよ)
見れば、遠くにリッチが表れていた。ヴァンパイアにとどめを刺そうとした俺に向かって指先を向けている。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!』
そんな俺達の争いを他所に、玄武が再び声を上げた。攻撃をしたわけでもないというのに上がったその声に、俺は眉を寄せる。
(まさか、仲間を呼んでるんじゃないだろうな……)
『花コン』ではそういった行動はしなかったが、これだけ大声を上げれば近くのモンスターにも聞こえるだろう。そうなると、玄武を倒さない限り次から次へとモンスターが寄ってくることにもなりかねない。
俺は額に浮かんだ冷や汗を拭うと、改めてヴァンパイア達と向き合うのだった。




