第290話:『朽ちた玄帝のダンジョン』 その1
北の大規模ダンジョンの攻略パーティにリリィを加え、夏の間は連携を磨いたり訓練に励んだり、実際にダンジョンに挑んでみたりする日々を送った。
そして九月になり、真夏の暑さから解放されて秋の気配が僅かながらに感じられるようになった頃。
俺達は北の大規模ダンジョン――『朽ちた玄帝のダンジョン』に本格的に挑むこととした。
大規模ダンジョンの中だろうとリリィの『召喚器』のおかげでモンスターをやり過ごせることを確認し、しっかりと訓練も積めた。あとは実際に時間をかけてダンジョンに潜り、ボスモンスターを探し出して倒すだけである。
もちろん、移動手段であるキュラスも万全だ。やはりというべきかリリィ込みで全員乗せて飛べるようになるまで半年近くかかり、『花コン』の倍近い期間がかかったことになる。それでも全員を乗せて飛べるようになったため、晴れて大規模ダンジョンに挑めることとなった。
大規模ダンジョンに挑むメンバーは俺、透輝、ナズナ、モリオン、メリア、リリィの六人である。
リリィの『相埋模個』があるため、大規模ダンジョン周辺の諸侯によるモンスターの間引きはなし。ただ、ダンジョンが破壊された後はモンスターが残るため、その残敵の掃討に関する注意喚起はしてもらう。
その上でオレア教や各領主がこれまで調べた大規模ダンジョンの情報を共有してもらい、ボスモンスターがいそうなルートを大雑把ながら割り出してもらった。
これはこれまで数えきれないほどのダンジョンが破壊されてきた経験則だが、ボスモンスターというのは大体の場合でダンジョンの一番奥にいる。
『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時みたいにボスモンスターが移動してくるのは例外で、普通なら一番奥でどっしりと構えているものなのだ。
そしてそれは『花コン』で知る情報とも合致しており、北の大規模ダンジョンはランダムではなく固定ダンジョンのため、なおさらボスモンスターの配置が一番奥になると予測される。
ここでいう一番奥というのは、ダンジョンの端から一番遠い場所という意味だ。つまり、仮にダンジョンが円形ならそのど真ん中、中心点にボスモンスターがいるということである。
その点、北の大規模ダンジョンを形で表すなら長方形、あるいは楕円形になる。もちろん綺麗な線で描けるわけではなく、ギザギザとした不定形の線を引き、上空から見ると長方形か楕円形に見えるんじゃないか、ということだ。
複数の国家の国境にまたがる形で、縦は狭く、横は広く形成されているのが北の大規模ダンジョンだ。ただ、狭いといっても端から端まで徒歩で数日以上かかる広さがあるのだが。
そんな広さのダンジョンの一番奥、細かく計算してちょうどピンポイントで中心点にいるわけではないだろうけどボスモンスターがいる。それはある程度参考にできると思う。
『花コン』でのグラフィック通りなら、ダンジョン名にもなっているボスモンスター――『朽ちた玄帝』はそれなりに巨大なため、近くまで行くことができれば見つかるはずだ。
モリオンに『土槍』を使ってもらい、高い場所から確認すれば一発だろう。ただし、高所から目視できる距離まで進むだけで何日かかるかわからないのが難点だが。
そのため、ダンジョンに持ち込む食料は十日分を用意している。水はモリオンに魔法で出してもらうため持ち込みはなしだ。モリオン大活躍である。
ただ、当然ながらこの十日分を使い切るまで探索するわけではない。半分の五日分を使いきる前に折り返し、ダンジョンの脱出に取り掛かる。
キュラスを近くのノーサムの町に待機させているため食料が尽きるまで潜り、いざとなったら竜笛で呼んでもいいのだが、ダンジョンに突入できる光竜という秘密兵器は可能な限り伏せておきたいのだ。
食料、水を入れる水筒、最小限の着替え、薬、野営のための道具、雨具、ポーション類。それらをリュックや剣帯、服のポケットに詰め込み、動きやすさと積載量を確保する。ゲームみたいに無限に物を持ち運べるはずもなく、その辺りは上手く調整する必要があった。
そうやって万全の準備を整えた俺達は、北の大規模ダンジョンへと向かうのだった。
「それじゃあ最終確認だ。各自、装備の再確認をしてくれ。一度しているからって横着はするなよ。ダンジョンの中で『やっぱり足りませんでした』じゃ話にならんぞ」
大規模ダンジョンの傍。ラドフォード伯爵家が設営している兵舎の前でそう切り出した俺は、自分のリュックサックの中身を確認しながらそう言う。
ここでなら兵舎の者に交渉し、物資を購入することができる。そのため最後のチェックポイントと言えるだろう。キュラスに乗って飛んできたため、その途中で物資が落下している可能性もあるのだ。
「問題ありません、若様」
「こちらも同じく」
ナズナとモリオンは手早く物資を確認し、問題がないと報告してくる。それならと透輝達に視線を向けてみると、こちらも頷きを返してきた。
「バッチリだぜ、師匠」
「ん」
「大丈夫です、ミナトさん」
リンネの時みたいな振る舞いをしながら返事をしてくるリリィ。うっかりお父さんって呼ばないかヒヤヒヤするが、案外リンネとしての振る舞いに慣れているのかリリィの発言に淀みはない。
俺は自分の物資が問題ないことを確認すると、リュックを閉めて透輝達へ向き直る。
「それじゃあこれから大規模ダンジョンに挑むわけだが、予定通り、まずはボスモンスターの発見を最優先、そして最低限の目標にする」
「事前の打ち合わせでも聞いたけどさ。最優先っていうのはわかるけど、最低限っていうのは?」
透輝が首を傾げながら聞いてくる。話は聞いているが、理解は浅いという反応だった。
「発見するまでに何日かかかるだろう。そうなると多かれ少なかれ、疲労が溜まっているはずだ。その発見した時の状態によっては撤退を選択することもあり得るってわけだ」
「でも、せっかく何日もかけて見つけたんだし、そのまま戦うのもアリだと思うんだけどなぁ」
もしもの際は竜笛もあるし、と透輝が言う。それは楽観的な反応に思えたが、竜笛という逃げ道があるなら当然の疑問でもあった。
なにせ、この世界はゲームではないのだ。ボスモンスターに戦いを挑んだら『逃げる』コマンドが選べない、なんてこともない。無理な場合は撤退し、再度挑めば良いのだ。
ただ、逃げる際はそう判断するに足る時間、交戦した後になるだろう。ボスモンスターから撤退し、なおかつ再び数日かけてダンジョンから脱出することを思えば撤退の判断もかなり早くなる。こちらに死者が出てから撤退を始めても遅いのだ。
万全の状態で挑むのは無理でも、可能な限り良い状態でボスモンスターに挑みたい。そして挑むからには倒してしまいたい。だが、常に撤退の可能性も考えなくてはならない。
現状、このパーティのリーダーは俺である。『花コン』なら透輝がリーダーだが、強さと経験、立場等から俺以外にリーダーは務まらないだろう。
そうなると撤退の判断も俺がすることになるが、俺としては多少の無茶は許容するとしても、死者が出るようなら撤退する。『魔王』が発生するまでまだ時間的な余裕があるし、今は無理をする時ではないからだ。
もちろん、ボスモンスターに挑めそうなら挑むし、倒せそうなら倒す。その辺りは臨機応変に対応するが、撤退することもあり得ると最初から明言しておくのは大切なことだった。戦っている最中にいきなり撤退と言われても。状況によっては従えないこともあるだろう。
「透輝の言いたいこともわかる。だが、俺としてはこのメンバーの一人も欠けさせるつもりはない。それに、ボスモンスターがいる場所まで一度でも辿り着ければ二度目はもっと早く到着できるだろう? そうすれば二度目以降はもっと良いコンディションで挑めるからな」
「それはまあ……そっか。訓練だとだいぶ慣れたつもりだけど、実際にボスモンスターのところまで到着した頃には疲れが溜まってるかもしれないしなぁ……」
ダンジョンを破壊した後でならキュラスを呼んでいいし、その場合は帰り道での消耗を考えなくて良いからそれ込みで撤退するか挑むかを判断しても良い。ただ、その場合は失敗するとキュラスという切り札を切る必要があるため、挑むなら確実にボスモンスターを倒したいところだ。
「ま、その辺りは実際に潜ってみた感触次第だ。そしてそれ以外でも撤退を検討する可能性があるが、それは何だったか……透輝君」
「はい、せんせー。『魔王の影』がちょっかいを出してきた場合です」
「正解。可能性は低いと予測しているが、もしも『魔王の影』が何かしてきたらそっちの対処を最優先とする。この戦力なら勝てると思うが、仮にボスモンスターと一緒に何か企んでいるなら撤退だ。その場合、遅滞戦闘を行いながらキュラスを呼ぶ。いいな?」
あくまで可能性の一つだが、現時点で『魔王の影』が何かしてきた場合に関しても言い含めておく。
『花コン』を基準とするなら大規模ダンジョンを一つ破壊するまでは本格的な横槍はないと思うが、『花コン』と比べて名前が売れている俺、オレア教の決戦兵器であるメリア、そして未来の人間であるリリィと『魔王の影』の行動を誘発しそうな要素が多い。
そのため『魔王の影』に関しても事前に言い含め、他に何かなかったか、と俺は思考を巡らせる。
「何か気になること、違和感があれば必ず報告しろ。気のせいだとか決めつけるな。まずは周囲への報告、連絡、相談だ。いいな?」
何かあれば報連相。これ、大事。そう思って徹底させるべく念を押す。
「あとは……仮に、何か起きて俺が即死した場合。あるいは指揮が執れなくなった場合……モリオン、君が指揮を引き継げ。何が起きても即座にダンジョンから撤退だ。いいな?」
「はっ! ミナト様に何かあれば即座に撤退します!」
俺が死んだ場合、リリィも消滅する可能性がある。『相埋模個』でその辺のタイムパラドックスをどうにかできる可能性もあるが、俺が死に、リリィが消滅したら戦力的に最早どうしようもない。即座に撤退するようモリオンに命令する。
その可能性を伝えるだけでメンバー全員の表情が引き締まるのが見えた。それぐらい危険な場所にこれから挑むのだと、言外に伝えることができた。
「よし……それじゃあ行こう。各自油断はせず、それでいて緊張しすぎない程度に気を抜くこと。いいな?」
大規模ダンジョンでやるには少し難しいことを注文しながら、俺達は『朽ちた玄帝のダンジョン』へと足を踏み入れるのだった。




