第289話:紹介 その2
「それにしても、話には聞いていたけど本当にあの子に娘が生まれるのね……」
平日の深夜。ここ最近よく足を運んでいる図書館に行ったら、希薄な感情の中に確かな喜びの色を混ぜながらオリヴィアが呟いた。
既にリリィを引き合わせ、メリアのように図書館内に寝泊りする場所を借り、学園内でも動けるよう話を通してもらったのだが、リリィに対して色々と思うところがあるらしい。
その発言ができることからわかるように、この場にメリアはいない。なんならリリィもおらず、メリアに構ってもらいに行っている。お母さんとは呼べないが、名前を呼んでメリアにくっ付いているのだ。
「父親である俺からすると、何とも言えませんがね……未来で本当に生まれるのか、その可能性があるだけでこの場にいることができるのか、どっちなのか……」
俺は苦笑を浮かべ、肩を竦める。リリィが娘であることに異論はないが、このまま時が流れて本当に生まれてくるのか、という疑問はあった。
リリィが存在するということは、『魔王』が発生した後の未来が存在する……つまり、最低でも別ルートの俺のように数十年の『魔王』の『封印』ができたということだろう。もしかすると『消滅』させた未来かもしれない。それなら最良だ。
だが、リリィが持つ『相埋模個』が俺にとってノイズである。おそらくは最上級、その中でも破格な能力を持つ『召喚器』でタイムパラドックスを無効化している可能性もあるのだ。
タイムパラドックスって無効化できるの? という疑問も湧くが、その辺りを観測して解説してくれるような者はいない。そのため今の段階だとなるようにしかならないのだ。
「それで? リリィを加えたとして、北の大規模ダンジョンを破壊できるのかしら?」
「可能性はぐっと高まりましたよ。長期間ダンジョンに潜る際、何が問題かといえば安心して休息が取れないことです。その点、あの子の『召喚器』を使えばかなり楽になります」
『相埋模個』を使えばモンスターの認識を曖昧にし、襲ってこないようにもできるとリリィから聞いている。つまり、休もうにも交代で見張りをしながら仮眠しか取れなかったが、もっと本格的に体と精神を休めることができるようになるのだ。
もちろん、『相埋模個』を使うリリィ自身は休めないが、その場合は通常通り見張りを立ててリリィを休ませれば良い。交代しながら休めばある程度の期間だろうとダンジョンに潜り続けることができるだろう。
「そうなると、あとはボスモンスターを倒せるかどうかね……本当にランドウ=スギイシを連れて行かないの?」
「先生がいればたしかに楽ですが、それだと透輝の成長につながりませんからね。リリィがいてくれるだけでも割とギリギリですし」
透輝を鍛えるための難易度調整というわけではないが、ランドウ先生が同行しているとボスモンスターを倒すのも容易になるだろう。
さすがのランドウ先生でも大規模ダンジョンを破壊するには途中で休む必要があり、疲労が溜まると動きや技が鈍る可能性があるが、リリィがいればそれも解消されるのだ。
疲れがない、フルスペックのランドウ先生なら大規模ダンジョンのボスモンスターだろうと一対一で倒しかねない。いや、倒すだろう。そう思えるだけの強さがある。
それは人類にとっては良いことだし、後々『魔王』が発生しないのなら選ぶべき手段だ。特に、死霊系モンスターしか出現しない北の大規模ダンジョンなんて破壊してしまった方が良い。
だが、『魔王』が発生するとなるとランドウ先生一人が強くてもどうしようもない。さすがのランドウ先生でも単独では敵陣を突破して『魔王』の元へ至るのは困難だし、その点を思えばランドウ先生に及ばずとも、準ずる程度でも良いから複数の強者が必要となる。
一緒に敵陣を突破する、あるいはランドウ先生を送り届けることができる強者。叶うならば『魔王』を倒し得る強者。
ソレになり得るのが『花コン』の主人公である透輝だ。メリアみたいに外付けで『魔王』を倒す能力を発揮するのではなく、学園に通う三年間でランドウ先生並に、あるいはそれ以上に強くなる可能性を秘めているのだから。
「メリアを育てたわたしが言うのもなんだけど、似たようなことをしているわね……自分の手で決着をつけられそうにないのが歯痒くて仕方ないわ」
「……まったくです」
もしも自分が透輝の立場だったなら、『花コン』の知識を活かしてグランドエンド一直線で進んでいただろう。
だが、現実はそうではない。なんとかアイリスルートに乗せて、透輝を強くして、更にランドウ先生やメリア、それに二人には劣るが俺が助力して『魔王』を倒そうとしている。
その事実を歯痒く思う感情は、俺にもたしかにあった。右手を拳の形に変え、血が流れそうになるほど強く握り締めるぐらいには。
「ところで……リリィなのだけど、せっかくだし制服は新品を用意しようと思うのよ」
「え? はい……それはありがたいですが……」
そんな俺をどう思ったのか、オリヴィアが突然話を変化させる。そのあまりの緩急ぶりに俺は困惑しながら相槌を打つ。たしかに新品の方がありがたいが、何か気になることでもあるのだろうか?
「授業に出るわけじゃないですし、メリアと同じで学園内を歩き回っても不審がられないのなら中古の制服でも……」
「あの子ぐらいの身長だと、おさがりの制服も中々ないの。それなら新品を用意した方が早いわ」
「はぁ……そうなんですか」
そういうものなのか、と納得する。俺としては本当に、学園内を歩き回っても大丈夫なら新品でも中古でもどちらでも構わないのだが。
「それじゃあ、その辺はオリヴィアさんにお任せするので……」
どのみち女子用の制服に関して知識もないし、購入ルートも知らない。学園の購買で制服って買えたっけ? なんて悩むレベルだ。
「ええ、任せてちょうだい」
とりあえず、これまでにないぐらいやる気が垣間見えたため、オリヴィアに全部任せる俺だった。
大規模ダンジョンを攻略するメンバーに対してリリィの紹介が済み、今後に向けて放課後に集まって訓練をする日々が続く――が、紹介が済んだのはあくまで大規模ダンジョンを攻略するメンバーだけだ。
隠す意図はなく、顔を合わせれば紹介するぐらいのスタンスなのだが、個人的に紹介しにくい相手もいる。それこそが俺の婚約者候補であり、リリィから聞いた別ルートだと俺と別れて発狂することになるカリンだ。
「…………」
「…………」
そして今、『召喚器』の扱いに関して練習に来たカリンがリリィと顔を合わせ、互いに沈黙していた。
カリンはいつの間にか増えていたリリィという存在を訝しむように。
リリィは別ルートのカリンへの嫌悪感を滲ませるように。
奇妙な緊張感を孕んだ沈黙が夜の第一訓練場を支配し、それに気付いた透輝が『あっ、ちょっとあっちで素振りしてくる!』と真っ先に逃げ出す。良い危機管理だ。あとで覚えてろ。
「ミナト様?」
「はい」
「こちらの女性は?」
「はい。オレア教から来てもらっている、リリィさんです」
淡々と尋ねてくるカリンに対し、俺は直立不動で答える。疚しいところはないがつい……って、婚約者候補じゃない、別の女性と間にできる子どもだから疚しいところ満載だったわ。やばいわ。
「色々とあってね……北の大規模ダンジョンを破壊するって依頼を受けたんだけど、前衛が足りないんだ。リリィはそれを埋めるための援軍みたいなものだよ」
敬語で話すと疚しいところがあると思われそうだったため、普段通りを意識して話す。いや、現時点だとメリアに手を出してどうこうなんてしてないし、本当に疚しいところはないんだ。ただ、リリィが俺の娘ってだけで……十分疚しいな、コレ……。
「ミナトさん? こちらの女性を紹介してくださいますか?」
そしてリリィはリリィで、リンネの時みたいな口調で俺に話を振ってくる。何故か笑顔だ。なんでだ……。
「あ、ああ……俺の婚約者候補で、カリン=プセウド=キドニア侯爵令嬢だよ」
「そうですか。婚約者候補……なのですね」
「ええ、そうですが……それが何か?」
意味深に婚約者候補と口にするリリィ。カリンはカリンでそんなリリィの言葉に笑顔で応じている。怖い。
仕方ないとはいえ、リリィからすれば母親以外の女性が俺の傍にいるというのが気に入らないのだろう。その気持ちはわかるが、できる限り抑えてほしい。見ろ、透輝なんか素振りしながら更に遠ざかっているぞ。さりげなさの欠片もない逃げ方だ。
こんな感じで角を突き合わせることもあれば、全く別のパターンもある。それはコハクとモモカが顔を出した時のことだ。
「なんですのこのめっちゃ可愛い子!」
リリィを一目見た瞬間、モモカが飛び跳ねるようにして声を上げた。そして喜び勇んでリリィへ構いにいく。
「お名前は? いくつ? どこの出身かしら? なんかお兄様に似ている気がするけど、どんな関係ですの?」
そして次から次へと質問をぶつけるが……最後の質問に俺は密かに冷や汗を流す。
「モモカ? いきなり何を言うんだい? 俺とリリィがそんなに似ているなんて……」
「似てますわっ! 特にこの目! 目のあたりがそっくりですの!」
平静を装って尋ねると、目のあたりが似ていると断言されてしまう。ランドウ先生も同じことを言っていたけど、他人から見るとそんなに似ているものなんだろうか。
「お兄様に似てるし、わたし、かわいがっちゃいますわっ! ほーら、こっちにおいでー!」
「わぷっ!」
モモカは大喜びでリリィを捕まえ、そのテンションとは裏腹に優しく抱きしめる。リリィはリリィでモモカ相手には何故か大人しく、されるがままになっていた。
「兄上、モモカの行動はいささかいき過ぎですが、モモカの言う通り兄上に似ている気がします。あの子は一体……まさか、父上の隠し子だったりは……」
コハクはモモカとリリィのやり取りを黙ってみていたが、やがて深刻そうな顔になって俺に尋ねてくる。やばい、俺の娘なのに父上の名誉がやばい。
(そうか、年齢的に俺の娘じゃなくて父さんの子どもって線が濃厚になるのか……そりゃそうだ。でもなんか、モモカはコハクと違うものを見ている気が……)
何故かリリィを抱き上げているモモカを見ながら、そんなことを考える。
「いやぁ……父上は母上一筋だし、隠し子なんてことはないだろうさ。そんなことがあればお家騒動につながりかねないし、少なくとも俺には情報を共有するだろう。父上とは他人の空似ってやつだと思うぞ」
俺と似ていることは否定せず、コハクにそう説明する。するとコハクは複雑そうにしながらも頷いた。
「そう……ですよね。父上がそんなこと……馬鹿なことを言いました。忘れてください」
コハクはそう言って苦笑する。そしてそんな俺とコハクを置き去りにしてリリィに構うモモカが、リリィに満面の笑みを向けながら言った。
「リリィちゃんって言うんですのね! それじゃあわたしのことはおばちゃん……だとおかしいから、お姉ちゃんって呼んでほしいですわっ!」
「も、モモカお姉ちゃん……ですか?」
「そうっ! そうですの!」
テンション最高潮と言わんばかりの様子でモモカが言えば、リリィも戸惑いながら姉と呼ぶ。
(というかモモカ? なんで最初の選択肢が『おばちゃん』なんだ? 本当にリリィのこと、気付いてないんだよな?)
モモカとリリィのやり取りを聞いていた俺は流れる冷や汗を更に増やしつつ、必死に表情を取り繕う。モモカの場合、直感でリリィの正体を見抜いてそうで怖いのだ。
そんなこんなで、リリィの存在は紹介するだけでも様々な混乱を巻き起こしたのだった。




