第288話:紹介 その1
リリィの力を借りるにあたって、まずは色々とやるべきことがある。
学籍は必要ないが学園内を歩き回っても咎められないよう、メリアと同様にオレア教から手を回してもらう必要があるし、そのためにもオリヴィアに顔合わせしておく必要があるし、そもそも住む場所等の手配も必要だ。
そういった身元の保証も必須だが、大規模ダンジョンの攻略に連れて行くなら透輝達と会わせる必要もある。今後一緒に戦うのだからその辺りは必須だろう。
ただし、ここでリリィの戦い方が問題になる。
スギイシ流を使う上に光属性魔法が使えて、他にも魔法が使える手練れ。こんな人材をどこから連れてきたのかって話になるし、そもそもなんでスギイシ流を使えるんだって話になる。
そのためランドウ先生に頭を下げ、弟子ではないが以前手解きをしたことがあると口裏を合わせてもらうことにした。つまり立場的には俺の妹弟子みたいな感じである。
その実態は俺の娘にして弟子なんだが、娘云々に関しては基本的に明かすつもりはない。それはメリアが相手でも同様で、俺ではなくリリィの方から言い出したことだが、メリアに娘だと伝えると色々と意識して逆に駄目になる可能性があるらしい。
あと、別ルートの俺の時と違ってカリンの性格が攻撃的ではないため、冷静に婚約者候補という公的な立場からメリアとの接触を禁じられると困るようだ。そこはかとなくメリアとくっ付くようリリィに誘導されているのを感じるが……立場的に仕方ないだろう。
意識してどうこうっていうのなら俺も駄目だと思うんだが、以前も聞いた通り俺は大丈夫らしい。バリスシアから助けた時に事情を説明する必要があったのもそうだが、多分、『花コン』の知識があるから未来云々の話をしても大丈夫って判断なのだろう。
あるいは、俺がメリア以外を選ぶことがないと盲信しているのか。娘の立場からすると、これが理由かもしれない。何があっても、他に誰がいても、最終的にはメリアを選ぶと。そう、信じているのかもしれない。
それは棚上げしておくとして、話をまとめた結果、オレア教ともつながりがあるスギイシ流を操る手練れの魔法剣士という、本当、どこから連れてきたの? って尋ねたくなるような来歴がリリィに与えられることとなった。
なお、名前はそのままである。以前使っていたリンネと名乗らせることも考えたが、『魔王の影』と名乗って王都に侵入した過去があるため、迂闊に名乗れる名前ではないのだ。
リリィ曰く、そうすることで対『魔王の影』……特に他人に化けられるアスター対策の一環になるらしいが、どこまで役に立つかはわからない。一応、オリヴィアが国王陛下には話を通しておいてくれるらしいが。
あとはリンネと名乗ってしまうと、それがカリンやアレクに伝わると王都での一件がバレるというのも理由の一つだ。アレクは全てを察して黙っていてくれるだろうが、カリンに知られたら何故リンネが俺の傍にいるのかと疑問に思われるだろう。
そして、リリィと名乗った上で変装してもらう。変装といっても以前みたいに髪色を染め、髪型を変えてもらうだけだが。
銀髪のままでいると、明らかにメリアの関係者だとバレる。ランドウ先生のことを上手く見ることができない節穴な俺でもわかるぐらい、メリアとリリィは似ているのだ。
さすがにリンネの時みたいにお面をかぶると目立つため、髪色と髪型をいじるだけだがそれでどうにかなる……と、思いたいところである。
正直に言えば勘が鋭い人にはバレそうだが、メリアとリリィは性格がけっこう違うし、髪色が違えば関係性を見抜くのは難しいだろう。まあ、見抜けるとしても姉妹とか親戚とかその程度の認識で、リリィがメリアの娘だと気付くのは無理だと思うけれども。ただしアレクは除く。
それと余談だが、錬金で作った染髪剤を使えば割と長い間髪色が染まったままらしく、俗に言うプリン頭にもならないらしい。頭皮にダメージがいかないか心配してしまうが、その辺りは心配ないようだ。
そんなわけで、ランドウ先生やオリヴィアの力を借り、リリィが大規模ダンジョンの攻略メンバーに加わったのだった。
「えー……急な話だが、北の大規模ダンジョンを攻略するにあたり、オレア教の方から借り受けたリリィさんだ。先日、透輝やメリアと挑んでみてあと一人手練れが欲しいと要請してな。彼女に来てもらった」
「どうも初めまして。リリィと申します」
翌日、放課後になると俺は早速透輝達を集めてリリィとの顔合わせを行う。
リリィは動きやすいよう実習服を身に纏い、黒く染めた髪をポニーテールに結んでいる。その腰元には別ルートの俺が使っていたという話の剣を差していた。
なお、実習服はオリヴィアに頼んで急遽用意してもらった。体の大きさはメリアとそこまで変わらないため、予備があったのだ。あとは制服なども用意してもらう予定である。
リリィがにこやかに微笑みながら挨拶をしたが、透輝達からの反応は鈍い。いきなりの話で困惑しているのだろう。
「若様、戦力が足りないのはわかりますが、リリィ殿は大規模ダンジョンに挑めるだけの腕があるのですか?」
「あるぞ。俺達よりも若いが、昔、ランドウ先生からスギイシ流を教わったことがあるらしくてな。その上で色々と魔法も使えるから対応力も高いらしい。オレア教の方で学んだそうだ」
ナズナが怪訝そうに尋ねてきたため、昨晩作ったカバーストーリーを軽く話す。
リリィはメリアから魔法を習ったそうだし、オレア教の方でというのも嘘ではない。本当のことかと言われるとちょっと困るが。
「へぇ……なんていうか、俺と似たような感じ?」
「そうだな。戦闘スタイルは透輝と似ているか。ただ、今の段階だとリリィの方が強いぞ」
この点はしっかりとさせておく。パーティに加えるに足るメリットがあるのだと断言するためだ。
「マジかよ!? 俺達より年下……多分、十二歳とかそれぐらいだろ? それなのにそんなに強いのか?」
「ああ。スギイシ流を使えると聞いて確認させてもらった。気になるなら模擬戦でもしてみるか?」
そう言って視線を向けると、リリィが小さく頷く。
「せっかくだ。俺やランドウ先生以外のスギイシ流の剣士と立ち会えるんだし、全力でぶつかってみろ。ああ、年下だとか女の子だとか、その辺は意識するな。何もできずに負けるぞ」
「……師匠がそこまで言うってことは、相当な手練れか。わかった、やってみる」
おっと、もう少し油断するか、リリィの外見を見て躊躇するかと思ったけど、割とあっさり頷いたな。真剣な表情で『鋭業廻器』を発現している。
「よろしくお願いしますね、透輝さん」
「ああ。よろしく、リリィさん」
互いに一礼し合い、剣を抜いて構える。あくまで模擬戦、試合の範疇だ。
「それじゃあ俺が審判をしよう。魔法なし、スギイシ流の技はありで。試合……開始っ!」
開始の宣言と同時に、透輝もリリィも前へと踏み込む。どうやら先手必勝を狙ったようで、両者共僅かに目を見開きながらも剣を繰り出した。
「っ!」
「くっ!?」
空中で剣がぶつかり、弾かれ合う。しかし体勢の崩れ方は透輝の方が大きく、リリィはすぐさま体勢を立て直して再び斬撃を繰り出そうとした。
体格、体重の差からリリィに弾き飛ばされるとは思わなかったのだろう。透輝の瞳に焦りの色が浮かんだのが見える。
だが、俺から見れば剣の鋭さはリリィの方が上だし、剣のぶつかり合いもリリィの方が押し込む形になっていたため当然の結果に思えた。むしろ透輝がギリギリとはいえ体勢を崩さずに済んでいることに驚いたぐらいである。
「ちょっ!? ぐっ!? マジで! 強いんだけど!?」
「透輝さんも、剣を習った時間で考えると大した腕ですよ?」
最初の一撃が流れを決定づけたのか、リリィが繰り出す斬撃を透輝が受ける展開になった。
透輝はリリィの斬撃の鋭さ、速さに舌を巻きながらも辛うじて防ぎ、リリィはリリィでそんな透輝に賞賛の声をかける。
声色から伝わってくるが、リリィの賞賛は心からの本音だろう。なにせリリィは幼い頃から俺にスギイシ流を学び、腕を磨いてきたという話だ。そんなリリィの斬撃に対し、剣を学び始めて一年と少々の透輝が食らい付いているのだから。
(剣術だけで見れば、完全にナズナを超えているな……リリィにはまだ届かないし、俺にもまだ届かない。それでもこのまま鍛えていけば……)
色々と飲み込んでリリィに助力を頼んだのは、透輝を鍛えるためでもある。いつもは俺と模擬戦をしているが、普段と違う格上の相手がいれば更なる経験を積めるからだ。
ダンジョンでの実戦、学園での模擬戦と訓練。それらによって透輝を鍛え上げれば『魔王』を倒し得る剣となる……かも、しれない。
(別ルートの俺は修行不足、経験不足で今よりも弱いって話だしな。それなら俺が強くなった分、そしてそんな俺が鍛えた分、透輝は更に強くなる……と、思うんだが……)
希望的観測だが、そんなことを考えてしまう。そうなってほしいという願望を抱きつつ、俺は透輝とリリィの模擬戦をじっくりと見る。
「まだまだいきますよっ!」
「うっそだろ!? まだ速くなるのかよ!?」
気分が乗ってきたのか、リリィの動きが加速する。『疾風迅雷』なしだというのにかなり速い。透輝は透輝でなんとか攻撃を防いでいるが、反撃に転じる余裕はなさそうだった。
「っ! そこっ!」
それでも透輝はリリィの動きの中から僅かな隙を見出し、『二の太刀』を繰り出す。動きの継ぎ目を狙った逆転の一閃だ――ただまあ、それはリリィの誘いなんだが。
「今の隙に気付けたのは良いとして、それがフェイントだって可能性も考えないと駄目ですよ?」
リリィがそう指摘した時には、透輝の剣が宙に舞っていた。繰り出された『二の太刀』を巻き取り、跳ね上げて剣を飛ばしたのだ。
「うっ……ま、参った」
さすがに素手でリリィに挑む気はないらしく、透輝は両手を上げて降参する。それを受けたリリィは剣を引いて鞘に納めると、ペコリと頭を下げた。
「手合わせ、ありがとうございました」
「あ、いや、こちらこそ……ありがとうございました。しかしビックリしたよ。まるでミナトと戦ってるみたいだった」
透輝は悔しさ半分、感心半分といった様子で言う。
そうだろう? うちの娘は強いだろう? なんて鼻高々になりそうだったが、師匠としては勝ってほしかった、という思いもある。
「ところで、リリィさんって……」
透輝は弾かれた『鋭業廻器』を拾いながらそう言って、その途中で言葉を止めてから俺を見てくる。それに俺が何事かと視線を返すと、苦笑しながら手を振った。
「あー……なんでもない。馬鹿なこと考えちまっただけだ。それにしても本当に強いし、これなら心強いな。魔法も使えるんだろ?」
「光属性が少しと、補助系の魔法がいくつか、ぐらいですけどね。足を引っ張らないよう頑張ります」
猫を被っているのか、本音なのか。ニコニコと笑顔を浮かべながら答えるリリィ。
「……ふむ」
「…………?」
そんなリリィを見ながらモリオンが頷き、メリアは首を傾げる。そんな二人の反応に気付いた俺はそちらへ視線を向けた。
「モリオンとメリアは何かないのか? 一緒に戦うのに賛成か、反対か、みたいな意見でもいいんだが」
「いえ……たしかに手練れの前衛があと一人欲しかったところですし、魔法も使えるとなるとこれ以上の選択肢はないでしょう。私は共に戦うことに賛成します」
「……んー……」
モリオンはあっさりと認めたが、メリアは何やら不思議そうな顔をしながらリリィを見ている。そんなメリアの視線に気付いたのかリリィは少しだけ複雑そうな表情を浮かべたあと、作ったように微笑んだ。
「メリアさん……ですよね? よろしく……お願いします、ね?」
本当は、母と呼びたいのだろう。それでもメリアをさん付けで呼ぶリリィに対し、何か感じるところがあったのか。メリアは小さく首を傾げながらも頷く。
「ん……よろしく」
「っ……はい!」
好意的な反応が返ってきたからか、リリィは嬉しそうに大きく返事をする。
そんなリリィの反応を見ながら、これから先のことを考えた俺はひとまず無難に紹介できたな、と密かにため息を吐くのだった。




