第287話:迷い その2
リリィに協力を頼んだその直後。
思い立ったが吉日というか、俺は、覚悟を決めてランドウ先生のところへ足を運んでいた。誰にも見つからないよう、気配を消したリリィを連れて、である。
リリィがオウカ姫じゃないか、なんて匂わせたことを黙っておくという選択肢はない。こういう問題は後に回せば回すほど、バレた時の被害が大きくなるからだ。今ならまだ、最小限の傷口で済む……はず……。
(お、思い立ったらすぐに行動したからセーフ……にならんかなぁ……)
以前、俺がやさぐれていた時。バリスシアから逃げ切るのに何者かの手助けがあったと察していたぐらいである。ランドウ先生の観察眼を前にしたら、俺なんかの隠し事はあっさりとバレてしまうだろう。
それなら自分の方から正直に報告した方が良い。本当はもっと早くに伝えるべきだったが、ランドウ先生にリンネのことを話したのはもう何年も前のことだ。今になって思い出せただけ早かったほうだろう……と、自分に言い訳する。
嫌だなぁ、怖いなぁ、と覚悟を決めた割に後悔しつつ、真夜中の学園を進んでいく。そうして足を進めた先は、第一訓練場の外れだ。俺達が利用する場所に近く、何かある時はすぐに顔を出せる距離でランドウ先生も自主訓練をしているからだ。
「お父さんが若いってことは、ランドウせんせーも若いんだよね……どんな感じなのかな?」
心臓がキュッと縮みそうになっている俺と違い、リリィはどこかワクワクとした、嬉しそうな雰囲気である。
以前聞いた話だと、俺が存在を消滅させても何かがおかしいと気付き、剣を教えた弟子がいたはずだと見抜いていたのがランドウ先生だ。リリィはそんなランドウ先生に師事していた時期があるみたいだし、他の者よりも好感度が高いらしい。
「多分、未来のランドウ先生とあまり変わらないんじゃないかな……俺が初めて会った時と比べてもあまり変わった感じがしないしさ」
歳を取ってもランドウ先生はランドウ先生のままだろう、なんて確信がある。精々、外見が老けるぐらいじゃないだろうか。それでも一目見ればランドウ先生だと気付けそうだが。
そうやってリリィと言葉を交わしながら進んでいくと、訓練中と思しきランドウ先生を見つけることができた。無言で剣を振っているが、その切っ先があまりにも速すぎて音を置き去りにしている。
(ランドウ先生ならリリィのことを話しても口外しないだろうし、オウカ姫の件もきちんと話せば許してくれると思う……けど、やっぱり怖い……)
頭が上がらない恩師に怒られるかもしれない、というだけで妙な緊張感と怖さがあった。それでも黙っているわけにもいかず、ランドウ先生の素振りが一段落したタイミングを見計らって声をかける。
「ランドウ先生」
「ミナトか。それと……誰だ? いや……ああ?」
リリィの顔を見て怪訝そうにするランドウ先生。最後はなんというか、唸るような声を出したが……え? リリィがどうかした?
「見たことがない嬢ちゃんだが……ミナト、どういうことだ? 話が違うじゃねえか。その嬢ちゃんが以前言っていたリンネって娘なんだろう?」
「ッ……」
やばい、何も言ってないのに一目で見抜かれた。以前報告した時とは髪の色が違うのに、なんでバレるんだよ。
ランドウ先生から向けられる疑問の声――と、薄っすらとした殺気。それを前にした俺は片膝を突き、頭を下げて師に対する最敬礼を示す。
「色々と……そう、本当に色々とありまして……その説明に来ました」
頭を下げるというのは、首を差し出すのと同じだ。何かあれば斬ってくれて構わないという意思表示でもある。
「いや、いい。そっちの嬢ちゃんに聞く」
「えっ?」
俺は思わず顔を上げた。ランドウ先生はリリィを真っすぐ見ており、意味深に目を細めている。
「話に聞いた通り、スギイシ流を修めているようだな。それなら立ち会った方が早いだろ。剣は嘘を吐かねえからな」
「――はいっ!」
ランドウ先生の言葉に反応したのは俺でなく、リリィだった。それでこそランドウ先生、と言わんばかりにどこか嬉しそうに剣を抜く。さすがは未来でランドウ先生に斬りかかった無鉄砲さというべきか。
止めようかと迷うが、俺も剣士の端くれ。剣を交えれば相手のことがわかるというのも理解できる話だ。それがランドウ先生ほどの手練れともなれば、言葉を交わすよりも雄弁にリリィのことを読み取るだろう。
あとは弟子として、師匠の判断に口を挟めなかったというのもあるが。
「いきますっ!」
止めようかと迷う俺とは違い、リリィには一切の迷いがなかった。抜いた剣を両手で握り、躊躇なくランドウ先生へと踏み込む。
「はっ!」
そうして繰り出された斬撃も、これまた迷いがない。ランドウ先生が防御しなければ袈裟懸けに一刀両断するような、鋭い太刀筋だった。
「……ふむ」
そんな刃を、ごく当たり前のようにランドウ先生が刀を使って受け止める。最小限の動きで最適に、一切の無駄なく刀を振るう姿は相変わらず冗談みたいに滑らかだ。
だが、リリィもリリィでランドウ先生のでたらめさをよく知っているのだろう。斬撃を止められたことを当然と受け止め、次から次へと刃を繰り出していく。
リリィはスギイシ流の動きに則り、剣筋から体捌き、足運びに至るまで、その全てがランドウ先生に似ている。完全に一致しないのは身長や体重、体格や筋力の違いによって最適な剣の振り方が異なるからだ。
それでも骨子にスギイシ流の技があり、リリィはどこか楽しげに、それでいて嬉しそうに剣を振るっている。
「シィッ!」
続いて、リリィが鋭い呼気を発しつつ『二の太刀』を繰り出した。その動きを見たランドウ先生の眉が僅かに寄り、技を出すことなく『二の太刀』を受け止める。
そうして『二の太刀』を受け止めた後は、今度はランドウ先生が攻撃に回った。リリィに向かって刃を繰り出し、防御させることでその動きを確認していく。
当然ながら、攻撃に回ってもランドウ先生は手加減をしていた。剣を繰り出しながら、何かを確認するようにリリィの動きをじっと観察している。
そんな刃の応酬がどれだけ続いたか。時間にすれば二分から三分程度と、実戦で考えると長い時間だろう。リリィの実力を確認するための模擬戦だからこそ長引いた戦いはランドウ先生が刀を引いたことで終わりを告げる。
ランドウ先生は刀を鞘に納めると、己の右手をじっと見た。そして険しさを帯びた真剣な声色を俺に向けてくる。
「……ミナト、嘘偽りなく答えろ」
「は、はい」
わざわざ嘘偽りなく、と宣言され、緊張しながら頷く。するとランドウ先生はリリィを見て、疑問を込めながら言った。
「この嬢ちゃん、未来の人間……いや、少し違うな。おかしな話だが、別のお前の娘か?」
「――え?」
その問いかけは、あまりにも大きな驚きをもたらした。そのためろくな反応ができずにいると、ランドウ先生は眉を寄せながら頭を掻く。
「剣筋を見ればわかるが、この嬢ちゃんにスギイシ流の基本を教えたのはお前だろう。ただ、今のお前と比べても弱い……理解が浅いお前が教えた痕跡がある。その後に俺が剣を教えた節があるからな……その条件を満たすのは、別のお前が未来の世界で教えて、更に俺も教えたことがある、なんて荒唐無稽な話になるんだが」
そう言って不思議そうな顔をするランドウ先生だが、己の判断に自信があるのだろう。冗談ではなく本気でそう言っているのが伝わってくる。
「なっ……は、え? そ、そんな、わかるもの……なんですか?」
「わかるから言ってるんだろうが。ところどころ、昔のお前と似た癖が出ているんだよ。それを俺が矯正した跡もある。孫弟子がお前そっくりの動きをしていただろう? アレと同じだ」
「な、なるほど……」
たしかに、透輝に関しても俺の動きを見て真似たとランドウ先生は見抜いていた。それを同じことをリリィに対して行ったのだろう。
「俺の娘っていうのは……」
「ああ? 顔を見ればわかるだろうが。目のあたりがそっくりだぞ」
剣術は関係ない、とランドウ先生が言う。どうやら俺とリリィの顔に似ている部分があったようだ……えっ? 本当に? 見てわかるぐらい似てる? 俺にはわからなかったんだけど……。
「~~っ! ランドウせんせー!」
困惑する俺と違い、リリィは嬉しそうにランドウ先生の名前を呼んだ。なんというか、尊敬できる恩師に再会できた喜びを感じているのか、目がキラキラしている。
「それで? お前さんは未来から来たのか?」
「はいっ! お父さんが死んじゃう未来を変えにきました! あっ、正確に言うともう変えちゃったんですけど……ランドウせんせーが相変わらずみたいで嬉しいです!」
「そうか。その反応、今の冗談みたいな話が本当だってことか……」
喜ぶリリィとは対照的に、ランドウ先生は渋い顔をしている。
「……まあ、いい。それで? リリィだったか? わざわざ連れてきてどうした。俺に会わせたかったのか?」
「いえ、その、以前黒髪でお面をつけたスギイシ流の剣士が襲ってきた、なんて話をしたと思うんですが、それがリリィでして……えー、あの時はリンネと名乗っていたんですが、俺を死なないようにするために色々とリリィが考えた結果、そうなったようでして」
思ったよりも軽いランドウ先生の反応だが、俺としては説明に困ってしまう。というかランドウ先生の反応が鋭すぎて、さっきリリィをリンネだと見抜かれたことすら忘れて必死に説明をしてしまった。だってまさか、剣を交えただけでそこまで見抜かれるとは思わないだろう?
「そうか、それで?」
「それで、と仰いますと?」
あれ? なんかオウカ姫云々で俺が予想した反応がないな。リリィに対して怒るかもしれない、と警戒したんだけど。
「それよりもだ。お前が死ぬ未来っていうのはどういうことだ? 嬢ちゃんは回避したっていうが、俺はそれに関して何の報告も受けてねえぞ」
そう言って、ランドウ先生が鋭い視線を向けてくる。だが、そのランドウ先生の口ぶりから察するに、これは。
(オウカ姫のことより、俺を心配して……?)
多分、そういうことなのだろう。リリィがオウカ姫と勘違いするような格好をしたことよりも、俺が死んでいた未来があった、という事実を問いただしているのだ。
「それは……以前お話した『魔王の影』との戦いですが、リリィが言うには俺はあそこで死んでいた、とのことで……それを防ぐためにこの子が来てくれたんです」
俺を強くするためだとか、名声を稼ぐためだとか、そういった部分を端折ればそういうことになる。
ランドウ先生はバリスシアから俺を逃がした者がいるって見抜いていたし、ここまで説明すればリリィがその時の助けだったってわかるだろう。
「ああ、あの件か……ん? 解せねえな。本来は死んでいるんだろう? それならなんで死んだお前の娘が未来からやってこれる?」
「透輝の『召喚器』に蘇生させる能力があったみたいでして。それで生き返って、将来的にリリィが生まれるようなんです」
「蘇生、だと?」
ピクリ、とランドウ先生の表情が動く。おそらくだがオウカ姫を蘇生させる可能性について思い至ったのだろう。
「死んだ直後なら可能みたいでして……ただ、回数限定で、透輝はそれを使ったと」
「……そうか。まあ、そううまい話はないわな」
僅かに乱れた気配を瞬時に沈静化させながら、ランドウ先生が言う。
「それで? 蘇生したお前の娘が未来から来たっていうのは理解した……だけど、だ。なんでお前が死ぬのを回避する必要があったんだ? 蘇生するのなら別にそのままでもいいだろう?」
そしてぶつけて当然の疑問をぶつけられ、俺は簡単に『魔王』が発生すること、別ルートの俺は『魔王』を倒せずに『封印』しかできなかったこと、その原因の一つに透輝の『召喚器』が『宝玉』を消耗して弱っていたことを伝える。
するとランドウ先生は思考するように己の顎を指先で撫でた後、納得した様子で頷いた。
「孫弟子の『召喚器』にそんな秘密がなぁ……本人には言ってないんだろ?」
「今のところはまだ伝えてないです。折を見て話そうとは思っているんですが……」
ただ、こんなとんでもないプレッシャーがかかる話をいつ、どう伝えれば良いのか。俺が透輝の立場だったなら、こんなことを伝えられても潰れかねない。そう思うと可能な限り黙っていてもいいだろう。
「伝えるとしてもまだまだ先だな。少なくとも剣士として一人前になるまでは禁止だ。いいな?」
「それは構いませんが……やっぱり折れると?」
既に剣士としてそれなり以上の技量を身に着けているが、ランドウ先生がこう言うってことはスギイシ流をしっかりと修めるまで言うな、ということなのだろう。
「折れる前に逃げるかもしれんぞ。俺やお前にとっちゃあ自分事だが、孫弟子はなんだ、別の世界から召喚されたらしいじゃねえか。そんなことを伝えられても困るだろ」
「……たしかに、そうですね」
俺は『花コン』の主人公なら大丈夫かと思ったが、折れる可能性があるとは思わなかった。そのためランドウ先生の意見にしっかりと頷く。
(伝える必要があったら伝える、ぐらいでいいか?)
たしかに今の状況で伝えても折れる前に逃げるかもしれない。透輝の性格的にないとは思うが、それが絶対だとは断言できないのだ。たとえ折れなくとも、プレッシャーになることは間違いない。
(プレッシャーを感じて胃を痛めるのは俺だけでいいか……うん、そうだな……)
そんなことを考え、俺はリリィと言葉を交わすランドウ先生をチラリと見る。
どうやらリリィがオウカ姫だと誤認される格好をしていた件に関して、何も言うことがないらしい。それなりに長い付き合いとなった俺から見ても怒りを堪えている節はない。
その事実を目の当たりにした俺は、密かに肩を落とす。
(ランドウ先生、怒るかもって思ったんだが……全然だったな……)
ランドウ先生は俺のことをよく理解してくれているのに、俺の方は理解が及んでいなかった。
(……きつい、なぁ)
その事実に気付いた時、俺は静かにそう思うのだった。




