第275話:問い その2
「――君は、何を思って剣を振るう?」
そんな俺の問いかけに対し、透輝が真っ先に示した反応は困惑だった。
だが、それも仕方がないだろう。剣の師匠にいきなりこんなことを問われて即答できるほど、透輝は普段から理由がどうこうと考える性格をしていないからだ。
鍛えれば鍛えた分だけ伸びる。どんどん自分が成長していくのがわかる。それが楽しくて剣を振っている、という部分も大きいだろう。
もちろんこれまではそれで良かった。楽しいから剣を振るっていうのも立派な理由だ。振ったら振った分だけ成長していくんだから、それを楽しんで理由にするのも当然と言えば当然だろう。
正直なところ、俺は透輝が剣を振るにあたってご立派な理由は必要としていない。それが確固たる理由なら、楽しいからでもいいのだ。
これから世界を救っていくのに、ブレない理由ならなんでもいいのだ。
オリヴィアからの依頼で北の大規模ダンジョンを破壊するわけだが、実際にそれを成し遂げた場合、これまでにないほど周囲から目を向けられることとなるだろう。
俺が矢面に立って衆目を引き付けるとしても、それはある程度でしかない。不本意ながら名前が売れている俺が一身に引き付けようにも、大規模ダンジョンの破壊に関与した者は嫌でも名前と顔が売れる。
そうして向けられるのは賞賛だけではない。好奇心、嫉妬、その他諸々の善悪両方の感情を向けられることだろう。そういったプレッシャーなら俺も耐えられるが、透輝もそうであるという保証はない。
だからこそ、剣士として確固たる芯を一本打ち立てておいてほしかった。
「俺はな、透輝。死にたくない、だから強くなりたい……そんな単純な理由から剣を学んでいる。『魔王の影』はお前も見ただろう? あんな奴らがいるのがこの世界なんだ。聞かせるにはヤバい情報もあるから伏せるところは伏せるが、奴らに勝つために俺は剣を鍛えている」
まずは自分のことを話す。そんな理由でもいいんだ、と伝えるために。
「あとはランドウ先生が振るった剣に魅せられたっていうのもある。かつてあの人が見せてくれた剣……人は、人体とは、ここまで綺麗に動けるものかと感動した。あの剣に、技に、少しでも近づきたいと俺は思っている」
前者は人間として、後者は剣士としての理由だ。つまるところ生存と憧れが俺の信念といっても良い。その程度の理由だが、命を賭けるに足ると断言できるのならそれで良いのだ。
それで命を本当に賭けられるかというと、既に何度も賭けているわけで。バリスシアに敗北した悔しさと恐怖は今でも残っているが、次に戦う機会があれば絶対に勝つという気概もある。
(ここから先は透輝にも命を賭けてもらう必要があるからな……大規模ダンジョンの破壊に『魔王の影』、それに『魔王』……この世界と関わりがないはずの透輝に、命を賭けてもらうんだ。その理由はしっかりと持ってもらわないと厳しいし、仮に持てないようなら……)
――何故俺が透輝に剣を振る理由を求めているか?
それは透輝が剣士として成長したというのもあるが、これから先、厳しい戦いが待っているからである。
下手すれば冗談抜きで死ぬ。リリィの話を信じるなら俺には使えたようだが、ゲームのように透輝に対して『宝玉』が使えなかったらそこで終わりで、命を落としかねない戦いがいくつも透輝を待っているのだ。
全て破壊する予定ではないが、四つの大規模ダンジョン。
四人いる『魔王の影』。
そして『魔王』。
なまじ戦力として数えられるぐらい強くなってきたからこそ、これからの戦いでは俺に守られるのではなく、一緒に肩を並べて戦ってもらうことになる。
透輝は既に初陣を終えているが、強敵相手に命を取り、取られるような激戦は経験していない。模擬戦で厳しく鍛えてはいるものの、実戦の空気は別物だ。
これから先、俺が助けようがない、厳しい激戦に巻き込まれて命を賭けて戦う機会が絶対にやってくるだろう。
だからこそ、その前にこうして問うのだ。
何を思って戦うのか、と。
「もう一度問うが、透輝……君は何を思って剣を振るう?」
「…………」
いっそ穏やかとすらいえる雰囲気での俺の問いかけに対し、透輝は無言だった。俺の雰囲気から冗談や軽口での問いではなく、本気の問いかけだと気付いたのだろう。目線を彷徨わせ、己の中で答えを探すように沈黙している。
「俺は……俺、は……」
透輝は何かを言おうとして、口を閉ざす。多分、そこまで立派な理由じゃない、なんて考えたのだろう。
「好きに言え。怒ることはないし、馬鹿にもしない」
ここで本当に俺が怒るような言葉は出てこないだろう。そう思えるぐらい、透輝とは濃い付き合いになった。
「俺さ……なんて言えばいいのかな? こっちの世界に来るまでは平凡というか、つまらない人間というか……とにかくそんな感じだったんだよな」
しばらく沈黙していたが、やがて透輝がぽつぽつと喋り出す。照れるように、困ったように頭を掻きながら、恥を吐き出すように。
「それがアイリスに召喚されて、剣と魔法のファンタジーの世界だー、なんてこっそり喜んだりもしてさ。少し時間が経ったら、これ、元の世界に戻れないじゃん、なんて冷静にもなって……向こうの世界に残してきた家族や友達とも、もう会えないのかって」
「…………」
俺は黙って透輝の話を聞く。ここは言葉をかけるべきところじゃないだろう。
「アイリスを恨めばいいのか、恨んでしまっていいのか、でも偶然の事故みたいなものだし、滅茶苦茶しゅんとしてるし、俺が謝罪代わりに何を求めても頷きそうだし……まあ、アレだ。召喚されて最初の頃は頭の中が割とグチャグチャだったんだよ」
「うん」
「俺、あんま頭が良くないからさ。前向きに考えてこっちの世界を楽しもうとか、けっこう文化的だし生活もしやすそうとか、アイリスみたいな可愛いお姫様と一緒にいられるなら勝ち組じゃね? みたいな、まあ、馬鹿なことを考えてたんだ」
剣を振るう理由を問いかけたことへの返答としては、ズレた会話だろう。しかし透輝にとって大切な話だと判断し、俺は静かに相槌を打つに留める。
「そんな中、ミナトと出会ってさ。最初はなんだこの強面のニイちゃん、って怖かったんだけど、話してみたらめっちゃ良い奴で、俺のことを何かと気にかけてくれるし、こっちの世界のことを教えてくれるし……本当、助かったよ。それと嬉しかった」
「そうか」
「うん、そうなんだ。で、さ……こっちに召喚されてすぐの頃、バリーの剣を蹴っちゃってミナトと決闘になっただろ? それで戦って、すごい奴だなぁって思ったのが剣を振りたくなった最初の切っ掛け……だな」
自分自身の気持ちを確かめるようにそう言って、透輝は何度も頷く。
「ぶっちゃけさ、剣と魔法のファンタジー世界だから自分も剣や魔法を使えるようになってみたい、みたいなガキっぽい理由もあったんだ。でも、ミナトが火竜相手に本物の剣を見せてくれた……ああ……そうだ。うん、やっぱりそうなんだよな」
そこまで話し、透輝は自らの両手へ視線を落とす。そこには、ここ一年あまりの鍛錬でできたタコや、何度も皮が剥けたことで分厚く頑丈になった手の平があった。
透輝がこれまで培ってきた努力の跡が、たしかにそこにはあった。
「最初はさ、ミナトが振るう剣に憧れたんだ。前にも言った気がするけど、ミナトが見せてくれた剣があまりにも綺麗だったから自分もって……そう思ったんだよ」
「今は違うのか?」
透輝の口ぶりからそう相槌を打てば、透輝は苦笑を浮かべる。
「今でもそう思っているけど、それ以上に剣を振るのが楽しいんだ。昨日できなかったことが今日はできて、明日になったらもっと違うことができる。それが楽しくて仕方ないんだよ」
それはある意味、透輝だからこそ言える言葉だった。それだけの才能があるからこそ言える――言うことが許される言葉だった。
「でもさ、ミナトやランドウ大師匠と比べると俺の剣って軽いんだよな……多分、それがミナトの言う剣を振るう理由ってやつが関係しているんだと思う」
「…………」
どうやら自分である程度のところまでは至っていたらしい。俺がわざわざ言うまでもなく、透輝は自分で剣を振る理由を探していたのか。天才という人種はそういった精神面での問題にさえ気付けるというのか。
「その上で理由を探すとしたら、やっぱりミナトへの憧れ……なのかね?」
本人を前にして言うのは恥ずかしいけど、と透輝は苦笑しながら言う。
「剣をもっと振れるようになりたいし、もっと強くなりたいし、当然何かあった時に死にたくもない。そんな当たり前の欲求があって、その上でミナトみたいな剣を振りたいなって思うんだ」
「……俺みたいな剣?」
以前も言っていたが、どんな剣なんだろうか。俺もランドウ先生が振るう剣に憧れた部分があるからとやかく言えないが、いまいち納得ができない。
「んー……なんだろうな? 磨かれた岩? 黒光りする泥団子を見た感動? 磨きに磨いた結果、光り輝くようになった石みたいな……」
岩や石、泥団子と出てくるあたり、俺に剣の才能がないということを遠回りに言っているのではないだろうか。
だが、磨きに磨いた――つまり努力をした結果身につけた俺の剣技に対し、魅力を感じているということか。
「さっきさ、この世界に来るまで俺はつまらない平凡な人間だったって言ったろ? だからなのかな? ミナトが振るう剣がさ、すごく綺麗に見えるんだ。俺も同じようになりたいって思えるぐらいにさ」
そう透輝は締め括る。その表情に嘘はなく、心からそう思っていることが感じ取れた。
(……ああ、そうか)
だからこそ、俺は納得した。透輝に剣を振るう理由を尋ねたが、目の前のコイツは、そんな次元にいないのだと。
「強敵が相手でも戦えるか? 命を賭け、下手すると命を落としかねない戦いでも戦えるか?」
それを確認するように、俺は問う。これから先、間違いなく訪れるであろう強敵との戦いに関して、問う。
「戦うさ。だって、それが剣士って生き物だろ?」
そんな問いかけに対し、透輝はごく自然とそう答えた。それが当たり前で、剣士としての在り方なのだと。そう胸を張る。
(俺がごちゃごちゃと考えていたことを、当たり前のように受け止めていたのか……これも才能ってやつなのかね……)
俺としては苦笑するほかない。それと同時に、透輝に関してアドバイスをもらいに行ったランドウ先生が、最初の内はあれだけ無関心な態度だったことにも納得がいった。
(多分、ランドウ先生は気付いていたんだろうな)
透輝は自分で勝手に気付く、あるいは既に気付いているって、ランドウ先生はわかっていたのだろう。それでも俺が問いただして考え込むあたり、あくまで漠然とした理解であって明確な言葉にはしていなかったのか。
(ランドウ先生が言った、自覚させろってそういう……)
なんだかんだで透輝のことをよく見ていたのか、あるいは天才同士のシンパシーがそうさせるのか。俺が理解していなかった点で通じ合っていたらしい。
無駄とは言わないが、少し空回りをした気分だ。そのため苦笑を浮かべていると、透輝は真剣な顔で頷く。
「この質問って多分、剣士にとって大切なことなんだろ? 今回、すごく大切なことを聞かれた気がするんだよな。だからありがとうな、ミナト。いつも気にかけてくれて嬉しいし、助かってるよ」
「……ああ。俺は師匠だからな」
まだまだ未熟で、弟子のこともきちんとわかっていてやれないが。それでも可能な限り透輝を導いていこうと、そう思えた。
「せっかくだ。あと少し剣を振って……いや、模擬戦するか」
「お、いいなー。俺ももう少し剣を振りたい気分だったんだ……というわけでししょー、手加減はしてね?」
「全力でやりたい気分なんだよなぁ」
「やめて! 死ぬからやめて!?」
半分本気で言うと、透輝はそれまでの真剣な雰囲気を放り投げて俺から逃げ出す。それを見た俺は思わず破顔し、腹を抱えて笑い始めた。
(……コイツを死なせるわけにはいかねえわなぁ)
これから先、強敵を相手に戦うことがあったとして。
仮に死ぬことがあれば俺の方が師匠として先に死ぬ。
だが、死ななくても済むようにもっと己を鍛え、透輝も鍛えていくとしよう。
透輝が戦う理由を聞いて――俺は強くそう思った。




