第265話:『契約』 その3
メリアとの間に交わされた『契約』。
それはこれまでにない莫大な力をもたらした――なんてことはなく。
(……あれ? 何か変わった……か?)
これまでと違いがあるとすれば、メリアが心底嬉しそうに微笑んでいることぐらいだろうか。体の感覚を確認するようにその場で屈伸をしてみるが、特に変わった様子はない。
「初めて成功した『契約』……興味があるわね。どんな効果があるの?」
「いや……どんな効果があるんでしょう……」
オリヴィアからの疑問に対し、思わず困ったように返す。なんというかこう、劇的な変化があるのかなぁ、なんて期待していたんだが。
(メリアとのつながりはたしかに感じるんだが……魔力を扱う感覚に似ているような、少し違うような……)
肉体ではなく精神同士がつながっているような、そんな感覚があった。
(そういえば俺の『召喚器』は……っと?)
本の『召喚器』に視線を落とすが、先ほどは淡く光っていたというのに今は光が消えている。そのため疑問と共にページをめくって内容を確認するが、これといった変化はないようだった。
(ページが新しく増えているってわけでもないし、減っているわけでもない……スグリの十ページ目が光っているのは変わらず……他は変化なし……え? 本当に何もないの? さっきの光はなんだったんだ?)
『召喚器』は魂の具現とも言われているし、メリアと『契約』でつながるのに必要なだけだったんだろうか。
「んふー……」
そうやって俺が色々と確認をしていると、上機嫌な声を零しながらメリアが笑う。どことなくご満悦というか、満足そうな笑顔だ。他の人みたいにニッコリと笑うわけじゃないけど、笑っていることが一目でわかるぐらいには笑顔である。
(『契約』をしておいてなんだけど、メリアのこの懐きぶりも不思議ではあるんだよな……『花コン』の俺なら絶対にこんな反応はしないだろ……)
それどころか歯牙にもかけないだろう。そう断言できるぐらい関わりがなかったし、興味を持たれる存在でもなかったはずだ。
(……あれ? というか、『花コン』と比べるとメリアの性格が少し違うような……たしかに打ち解けると甘えるタイプだけど、こんな風にふにゃっと笑う性格じゃなかった……はず?)
クールと小動物系と不思議系が同居した性格というか。割と今の性格も近いものがあるけれど、少し的を外している気がするのだ。
(以前も考えたけど、リリィがこの時代に存在しているからこそメリアもそっちに引っ張られているってわけじゃないよな? 最初からいずれ結婚するって結果があって、その結果に向かって帳尻を合わせている、みたいな……)
こういうの、なんていうの? なんか前世の映画か何かで似たような話があったと思うんだけど、そこまで理解して見てなかったからわからないわ。
(とりあえず、今の状況は問題はない……んだよな? 『契約』を結んだけどクーリングオフします、みたいな感じで拒否しなくていいんだよな?)
今のところ何かしらの力を感じ取れるわけではないが、同時に、悪いものも感じない。メリアが甘えるように背中にぶら下がり始めたぐらいで……って、何をしていらっしゃる?
「あの……メリア?」
「んー?」
少しレスポンスが早くなったかな? なんて思いながらも後ろを向こうとするが、両腕を首に回された状態でぶら下がってくるため振り向きようがない。なんだこの甘え方? モモカかな?
「一体何をしているの……とりあえず、どんな効果があるか確認しましょうか」
呆れたようにそう言って、オリヴィアがメリアを抱き上げるようにして俺から引き離してくれる。
「えーっと……確認というと?」
今のところ何の変化も感じないんだが、どうやって確認をすればいいんだろう。そんな疑問を込めて尋ねると、オリヴィアは小さく笑った。
「最近、体を動かしていなかったから良い機会だわ。表に出なさい」
「……はい」
あれ? この人って意外とランドウ先生みたいな感じ?
なんてことを思いつつ、俺はオリヴィアやメリアと一緒に図書館から外へと出る。
図書館の外は月明かりがあるためそれなりに視界が確保されており、なおかつ人通りもないため静かだ。足元も石畳で整備されているため動き回るのに支障はない。
そのためオリヴィアの意図するところ――戦って確かめることもたしかに可能だろう。
(以前ならこんなこと、しなかっただろうに)
俺を相手に稽古をつけるというわけではないが、こうして話す以外のことで俺に協力してくれるとは思わなかった。それもこれも、以前よりも深い協力関係になったからか、あるいはオリヴィアに何かしらの意識の変化があったのか。
オリヴィアはごく自然とした動きで俺から距離を取ると、黒一色のオレア教の修道服の裾を翻しながら向き直る。それだけの仕草で大まかにオリヴィアの技量が感じ取れるが――。
(ネフライト男爵と同格か、男爵以上ランドウ先生以下か……)
あくまでも俺の推測でしかないが、この国でも一、二を争うと評判のネフライト男爵に匹敵する圧力を感じ取った。ランドウ先生には敵わないが、戦えば勝利することもあり得る水準にいる……と、思う。
(相性とその時の調子と運次第ってところだけど、この人、滅茶苦茶強えぇ……)
初対面の時に動きを封じられた点からも察してはいたが、下手すると三百年以上の長きに渡って研鑽を積んできたのがオリヴィアという存在なのだ。弱いはずもない。
そんなオリヴィアを超えていると感じ取れるランドウ先生の化け物ぶりが余計に際立つが、思考の片隅に押しのけながら俺は剣を抜く。技量で劣る俺が木剣で相手にするなど、失礼極まりないと思ったからだ。
「ふふ……良い気迫ね。初めて会った時と比べて桁違いに練磨されているのを感じるわ」
「薄々感じてはいましたが、ここまでとは……さすがはオレア教の教主殿、というべきでしょうか?」
これならばたしかに、『魔王の影』が相手でもどうにかなるだろう。遭遇したら『魔王の影』の方が逃げると豪語するのも頷ける。
(メリアとの『契約』の確認もあるけど、胸を借りるだけになりそうだな……いやはや、世界は広い)
『契約』の効果を確認するために戦うなど、贅沢な相手だ。できるなら真っ当に立ち会いたかったが……いや、立ち会ってしまえ。それぐらいのワガママは聞いてくれるだろ。
「敢えて名乗らせてもらいます。ランドウ=スギイシの一番弟子。ミナト=ラレーテ=サンデューク……挑ませていただきます」
尋常の決闘を挑むようにそう名乗り、俺は剣を構える。するとオリヴィアはそんな俺に応えるように拳を握り締め、僅かに腰を落とした。
「まるで決闘ね……オレア教の教主、オリヴィアが受けて立ちます」
メリアとの『契約』に関して確認するのが目的だが、それはそれ、これはこれ。強者が相手となると挑まずにはいられないのが剣士としての性か。
そんな俺の様子を見てどう思ったのか、メリアがトコトコと足音を立てながら俺とオリヴィアの間に立つ。そして右手を上げたかと思うと、審判を務めるように開始を宣言した。
「ん……はじめ」
そんな宣言と共に、俺は地を蹴ってオリヴィアとの距離を詰める。
身体能力に変化は……ない。普段通りの動きだ。速度も腕力も、全てが普段通りだった。
それでも構わん、とオリヴィアに斬りかかる。手加減せずに袈裟懸けに刃を繰り出し――コォン、と音を立てて剣が横にずらされた。
「っ!」
斬撃を拳で真横から叩かれた。種も仕掛けもなく、単純に技量だけでそれをやられた。
瞬時にそれを感じ取った俺は体勢が崩れないよう歩幅を調節し、体重を移動。弾かれた勢いに逆らわず剣を回し、今後は下から切り上げる。
「ふふっ」
再び、斬撃が横から叩かれた。それによって軌道をずらされ、オリヴィアはギリギリのところで斬撃を回避する。
そうして斬撃を回避したオリヴィアは固めた拳を振りかぶりながら踏み込み、敢えてそうしたのか、やや大振りに拳を繰り出した。
(受け、いや、まずいっ!)
腕で受け止めようとした俺だったが、嫌な予感を覚えてその場から離脱する。体勢が崩れるのにも構わず横っ飛びに、回避するためだけに大袈裟に動く。左手一本で側転をしつつ地面を突き離し、オリヴィアから大きく距離を取る。
「あら、良い勘をしているわね?」
拳を空振らせたオリヴィアは追撃することなく、賞賛するように言う。俺はそれを聞きながらもすぐさま体勢を整え、剣を構え直して苦笑した。
「当たると死ぬような気がしまして」
「死にはしないわ。きちんと加減しているもの」
つまり、加減しなければ死んでいたってわけだ。
(ジェイド先輩に似た徒手空拳……でも技量と威力が段違いだ)
魔法で強化しているのか、あるいは自前の腕力なのか。俺もスギイシ流を学ぶ中で素手での戦闘方法を修めたが、素手同士だと太刀打ちができないほどに卓越しているように感じられた。
(加減は要らないかっ!)
僅かに寸止めの意識を残していたが、それさえも邪魔になると放り出す。そして遠慮も躊躇もなく、手数を優先して次から次へと斬撃を繰り出していく。
「シイイィィッ!」
鋭く呼気を発しつつ、秒を刻む間に十度の斬撃を繰り出す。斬り方は拘らず、縦横無尽に。
手数を優先すると言っても、一撃一撃にそれなりに力を込めている。直撃すればそのまま両断することができるぐらいには、一撃の重さがある連撃だ。
直撃すれば、だが。
(ハハッ! なんてこった! この世界は達人が多すぎだろ!)
繰り出した斬撃のことごとくが拳で弾かれる。弾く音が連続しすぎて一つの音に聞こえるほどだ。それでいて時折、受け流さずに真っ向から拳と刃がぶつかっているんだが――?
(どんな拳だ!? 硬いにもほどがある!)
どんな種や仕掛けがあるのか、『瞬伐悠剣』の切れ味でも傷を負わないその頑丈さに目を見開く。剣の側面を叩いて受け流すのはまだ理解できるとして、素手で刃を殴って無傷なのは理解できない。
(いや、刃とぶつかった時の感触がおかしい……僅かに、何かに食い込むような感触がある……拳を何かで覆っている? この一瞬で?)
剣先から返ってくる感触を分析し、そうアタリをつける。おそらく、衝突の瞬間に拳を何かで覆っているんだろうが、それを可能とするのは……。
「金属性の魔法……ですか?」
「御名答。初見でそれを見抜けるなんて大したものね。さすが、と賞賛しておくわ」
仕切り直すように距離を取って尋ねると、オリヴィアは薄く微笑んで拍手をする。その振る舞いは余裕に溢れたもので、よくよく目を凝らすと拳がひび割れ、ポロリと何かしらの欠片が落下するのが見えた。
(金属性の魔法で金属を生み出し、拳の表面を覆っている……モリオンでさえそんな扱い方はできないだろうに……)
金属性は能力を向上させるバフや相手の能力を下げるデバフなど補助に特化しているが、攻撃魔法が存在しないわけではない。下級魔法の『金傷』、中級魔法の『飛爆鉄』など、物理的な攻撃魔法が『花コン』でも存在した。
『金傷』は単体攻撃魔法で、触れた相手に剣で斬りつけたような傷を与える。『飛爆鉄』は範囲攻撃魔法で、文字通り鉄片を爆発させて飛ばすという前世の地雷みたいな魔法だ。
(『飛爆鉄』を爆発させずに拳に留めている……のか?)
俺にはできないが、魔法に長けているなら既存の魔法の威力を調節することは可能である。
『火球』も使う者によっては大きさや威力が異なるし、連射することが可能な者もいるのだ。その点から考えれば、オリヴィアのように拳に魔法を乗せて戦うことも理論上は可能なはずである。
それはつまり、やろうと思えば超至近距離で格闘戦をしつつ、中級魔法や上級魔法を拳に乗せて直接叩き込めるということで。
(拳に魔法……魔法剣士ならぬ、魔法拳士か)
オリヴィアの戦い方を見抜いた俺は、その厄介さに舌を巻きながら冷や汗を流すのだった。




